第77話 心を掴む恐怖

「うん! やっぱシャバの空気は美味いな!」


 無事洞窟から脱出し、全身に赤い夕日を浴びながらハルマは一言。

 肺に流れ込むのはキンキンに冷えた冷たい空気だが、それでも新鮮な空気はやはり美味しいものだ。

 ついさっきまで死に掛けていたのもあって文字通り『生き返った』気する。


「ハルマ、『しゃば』って何?」


「シャバってのは外って言う意味。……ああ、でもこの言葉はあんまり品のいい言葉じゃないから、ホムラはこんな言葉は使っちゃダメだよ? 『うわぁ、何あの人? ムショ帰り?』とか思われちゃうからね」


「うわぁ、何この人? 死に掛けのクソザコムショ帰り?」


「はい! 速攻でパワーアップしたカウンター、ありがとうなジバ公! ……お礼に握りつぶしてやるよ!」


「いや、遠慮しまーす」


 ハルマの肩からスルリと降りたジバ公はそのまま逃走開始。

 ハルマも必死でそんなジバ公を追いかけるが……その差はまさに歴然だ。

 走れば走る程に差が広がっていく気がする。


「あー、もう!。ホント、すぐに喧嘩するんだから……」


「まあ、あれも二人の仲がいい証拠さ。ほら、ユウキはよく言ったそうじゃないか、『喧嘩するほど仲が良い』とね」


「それはそうだけどね。それでも少しは控えてほしいものだわ、二人とも子供じゃないんだし。……ハルマはそうでもないけど」


「ホムラ!? 今不必要な補足が聞こえた気がするんだけど!?」


 ジバ公を追いかけながらホムラにツッコミを入れるが、その点に関しては誰も何も言わない。というか言ってくれない。

 ジバ公やソメイはおろか、シャンプーまで苦笑しながら否定しないのは若干ショックであった。

 ……まあ、それも全部自分の行いが原因。つまり自業自得なのだが。


「あはは……。……アメミヤさんは本当に賑やかな方ですね、普段からあんな感じなのですか?」


「ああ、そうだよ。かく言う僕らも彼の明るさのお陰で、毎日楽しい旅をさせてもらっているんだ」


「へえ……」


「……と、自己紹介が遅れたね。一応さっき聞こえていたかもしれないけれど、改めて名乗っておこう。僕の名前はソメイ・ユリハルリス、聖王国キャメロットにて白昼の騎士を務めされてもらっている者だ。以後お見知りおきを」


「あ、ご丁寧にありがとうございます。私はシャンプー、シャンプー・トラムデリカです。よろしくお願いします、ソメイさん」


「うん、よろしく」


 互いに挨拶をしあうソメイとシャンプー。

 二人とも育ちがとても良いためだろうか。ただ自己紹介しているだけなのに、その様子はなんだかとても上品で優雅なものに見えた。

 普段のハルマがしているコメディと勢いに任せた自己紹介とは、まさに雲泥の差がある気がする……。


「……いや、あれはあれで俺らしくて良いと思うんだ。うん、大事なのは個性」


「なんのことか分かんねぇけど、自己紹介における第一印象って今後付き合っていく上でかなり大事だからな? 個性あっても……と僕は思うぞ」


「何のことか分かってんじゃねえか! でも的確なアドバイスありがとうね!」


 まあ、参考にはしないのだが。

 今更あの自己紹介を止める気は毛頭にないし。


 ……さて、なんだかわちゃわちゃして来た場の雰囲気。

 それを引き締め、立て直すためにここでホムラがとりあえずまずは一声かける。


「はい! 自己紹介も済んだことだし、一旦注目! これからのことをちゃんと話し合いましょう!」


「はーい。……って言っても、まあ話し合うことなんてそんなにない気もするけどね」


「というと? ハルマはもうこの先が見据えているということかい?」


「ああ。なんせ俺の活躍(雪崩ダイブ)によって雪の集落の場所は分かってるからな。……まあ、集落の住民であるシャンプーさんが一緒に居る時点でお察しだが。で、俺達が全然焦った様子がないことからも分かると思うけど、オーブはまだ無事だ。なら、もう言わなくても今後ことは分かるだろ?」


「なるほど。なら、僕達は雪の集落にて待ち構えていれば良い……ということか」


「そゆこと」


 オーブが集落にあり、そしてグレンがオーブを狙っていると分かっているならば悩むことはない。こちらが何か特別な行動を起こさなくても、グレンは自分からこちらに来てくれることだろう。

 そうすれば、後は全力で交戦して彼を魔王から解放すれば良いだけだ。まあ、簡単に『だけ』と言えるほどの優しいクエストだとは思えないが。


「まあ、それは悩んでいてもしょうがないよな……。結局難しかろうが、簡単だろうが俺は全力を出すだけだし。……で、そんな訳だから俺達は一旦集落に戻ろう。シャンプーさん、案内また頼んでも良いですか?」


「もちろん。じゃあ、皆さん着いて来てください」


「……ハルマ、集落の場所分かってるんじゃなかったの?」


「……」


 ホムラの何気ない質問にはハルマは返事をしなかった。

 あれだ。別に案内出来ない訳ではないが、ハルマがするよりもシャンプーの方がより適しているというだけの話なのだ。

 決してあんな風に言っておいたけど、いざ案内するとなると不安になってきたとかではない。


「ハルマ?」


「さあ! 雪の集落でゆっくりと身体を休めようぜ!」


「……」


 ……とまあ! 交戦したり、死に掛けたりといろいろありはしたが!!!

 無事に、ハルマ達は合流を果たすことが出来たのだった。




 ―夜―

「ふう、やっと着いたね」


「あああ……、暖かい服着ててもやっぱ流石に夜は冷えるな……」


「そうね……」


 あれから約1時間ほど。

 洞窟を脱出したハルマ達は無事、雪の集落まで辿り着いていた。

 その頃には赤い夕陽が昇っていた空もすっかり暗くなり、辺りの空気はより一層冷たいものになっていたが。


「良し! 集落の様子も特に異常はないから、俺達が出かけている間にグレンが襲撃してきたってこともなさそうだな」


「そのようだね。それじゃあ、僕とホムラは集落の方々に挨拶をしてくるよ。ハルマは先に戻っていてくれたまえ」


「え? でも、俺も一緒に行った方が良くない?」


「……疲れが顔に出ているよ。アルファルド戦の時もそうだったが、君は1回死に掛けているんだ。もっと自分の身体は大切にした方がいい」


「……」


 そう言われてみれば、なんとなく怠いような気がしなくもな――いや、怠い。

 もう身体中に鉛を付けられたかのように、足も手も重くてしょうがないくらいだ。


「……そう、だな。悪い、じゃあ俺とジバ公はさきに部屋に戻らせてもらうわ」


「なんで僕まで巻き込むんだよ。僕はホムラちゃんと一緒に居るから、部屋に戻るなら一人で戻ってくれ」


「なッ!? 裏切ったな、てめえ! この薄情者!」


「何の裏切りだよ。あと、裏切る以前に僕はお前の味方じゃない。つまりこれは裏切りでも何でもない」


「まさかの切り返し!? それは流石に俺でも傷つくんだが!?」


「……はい、それじゃあ先に部屋に戻ってましょうね。アメミヤさん」


「シャンプーさん!?」


 まさかのここでシャンプー。

 2度も相手の予想外の行動に驚かされるハルマだったが、それを聞き入れらることはなく。

 疲れ切った彼はそのまま部屋へと連れていかれるのであった。




 ―部屋―

 さて、ということでハルマは今朝ぶりに与えられた部屋に帰還。

 まだこの部屋を借りてから数日なのだが、既にハルマはこの場に戻ってくることで安心感を感じるようになっていた。

 順応が早すぎる。


「うーん……この実家浮気速度の異常なまでのスピードよ。これは元の世界に帰っても『私とは所詮お遊びだったのね!』と実家に言われかねん。いや、実家に文句言われるってどういう状況だよ。まあ、俺は浮気とか世界最低の行為だと思ってるから、そんなことしないけどさ」


「……何の話ですか?」


「あ、いや、なんでも。こっちの話です」


「……少し思ったんですが、アメミヤさんはそういう発言が多いですよね」


「――!? いや、まあ事実ですけど! そういう言い方されるとなんか独り言が多いヤバい奴みたいに聞こえません!?」


 実際その通りなのだが。

 だが、これは決して悲しい意味のない独り言なのではなく、その場の雰囲気を明るくする有意義な独り言なのだと理解していただきたい。

 ……なんだ、有意義な独り言って。


「別に悪い意味で言っている訳ではありませんよ。楽しそうでとても良いと思います」


「……うーん、この微妙な認識の違い。まあ悪い意味でないならこの際もう良しとするか……」


「……。……あの、それで……」


「ん?」


 と、ハルマの言葉に小さな笑みを浮かべた後、シャンプーは一転暗い表情になる。

 なんだかとても申し訳なさそうな様子だ。

 何か謝られるようなことされただろうか?


「どうしました?」


「……その、本当に申し訳ありませんでした。私のせいで……あんな大怪我させてしまって……」


「……? ……ああ、洞窟でのことですか? 別にそんなの気にしなくて平気ですよ。失敗なんて誰にでもあることですし、結局俺もなんともないので」


「……」


 思い切り致命傷だったのだが、ハルマは特に怒ることも咎めることもしなかった。

 そのハルマの寛容さにはシャンプーも素直に驚く。だって普通こんなあっさりと流す人はそうそう居ないだろう。


「それに、シャンプーさんは戦い慣れていなんですよね? ならいきなりあんなことしろって言われて失敗しても無理ないですって。……寧ろ、いきなりあんな無茶言ってしまって、俺の方こそすみませんでした」


「――! いえ、そんな謝罪をしないでください! 今回悪いのは私なんですから!」


「いや、でも……」


「……それに……私は戦うのは初めてではないです……。本当に、あの失敗は私の弱さが招いたことなんですよ……」


「……」


 シャンプーは暗い表情をしながら俯く。心の奥底から『罪悪感』と『申し訳なさ』を感じつつ。

 そんな彼女に、ハルマは場の空気を少し変える為にも一つ質問をしてみることにした。


「あの、えっと、シャンプーさん。もし、言いたくなかったら言わなくても良いんですけど……。その、昔……何かあったんですか?」


「……そうですね。言い訳のようにしか聞こえないかもしれまんせんが、それでも良いですか?」


「全然問題ないです」


「……」


 何の迷いもなく一瞬で即答するハルマ。

 そのことにシャンプーは少しだけ笑った後、また暗い顔で自らの過去を語り始めた。


「……昔、私が6歳だった頃の話です。その日、私達は村の全員で街にまで出かけていました。買い出しなどをするために」


「ほう」


「その道中にはもちろんモンスターとも何度遭遇しましたが……その時の私はとくになんともありませんでした。まだ、あの頃が怖くなかったんです。それに……」


「それに?」


「まだ、あの頃は氷炎舞流も使えましたから」


「……」


 確か、この間話を聞いた時にシャンプーは『氷炎舞流』を使えないと言っていた。

 つまり、彼女は昔は使うことが出来た技を今は使うことが出来なくななってしまった……と、いうことになる。

 そして、その理由がこの続きにあるのだろう。


「……あ、話を戻しますね。それで、私達は全員で買い出しに行って滞りなくそれを済ませることが出来ました。問題は、その帰りだったんです」


「帰りに……強いモンスターと遭遇したとか?」


「……まあ、そんな感じですね。……その日の帰り道は、とても吹雪いていて前が見づらい状態でした。それが原因だったんでしょう、私達はモンスターが近づいてきていることに気付かなかったんです」


「……」


「そのせいで私達は奇襲を受けることになりました。……まず、リーダーとして私達を先導してくれていた方が殺され、その次に私と仲良くしてくれていた方が殺されました。……その時、私はそれをただ見ていることしか出来なかったんです。私は……戦えたのに」


 シャンプーは心底自らの行いを悔いているのだろう。

 その証拠に、過去を語る彼女の顔はとても辛そうで……苦しそうだった。

 話を聞き、その顔を見ているハルマが辛くなってくるほどに。


「その後、そんな無力な私を庇うべく、お父さんとお母さんがモンスターと交戦を始めたんです。……そのまま二人は戦いの中で私達から離れてしまい、やがて吹雪に呑まれ見えなくなるほどに遠ざかっていってしまいました。それが――私が二人を見た最後でした」


「――!」


「戻ってきたのはお父さんとお母さんではなく、新しい別のモンスターでした。おそらく二人は戦いを終えた隙に別のモンスターの追撃を受けてしまったんでしょう」


「……」


「そんな状況ではありましたが、その後私はお爺ちゃんと集落の方のお陰でなんとか生き延びることは出来ました。でも、出来たのは生き延びることだけです」


「シャンプーさん……」


「分かってます、分かってるんです。私にだって出来ることはあったのに、それが出来なかったことがどれ程罪深いのかは。でも、でも……! 戦いの光景を見るたびに、怖くて怖くてしょうがないんです!!! 目の前で人が死んでいく様子が、目の前で人が傷つけられていく様子が脳裏をよぎって身体が動かせなくなってしまうんです!!! ……そのせいで、また同じことをしてしまうと……分かっているのに……」


「……」


 悲痛にシャンプーは叫ぶが……彼女のことも無理はない話だ。

 いくら強いからといっても、まだ6歳の子供が目の前で人が殺されていく様子を目の当たりにしてトラウマになるなという方が無理がある。

 それが心を掴み、放さなくても何ら不思議なことはない。

 だから、


「そんなに……気にしなくても大丈夫だと思いますよ。シャンプーさん」


「……え?」


「あ、ご両親のことを忘れろとか言っている訳ではなくてですね。怖がることや恐れることを間違いだと思う必要はないと思います、ってことです」


「アメミヤさん……」


「怖いものを前にして恐怖するのは当たり前のことです。人が死を恐れるのも当然で、傷つくことに怯えるのは何もおかしなことではない。そしてそこに『強さ』が関わってくることもないはずですよ。強くても、英雄の子孫でも人は人。怖いものは怖いし、痛いものは痛い。それが当たり前のことですから」


「……」


「だから、そんなに自分を責めることはないと思いますよ」


「……ありがとうございます」


 ハルマの発言がどれ程彼女の助けになるかは分からない。

 話を聞いたところで、所詮はハルマはそれを知っているだけ。彼女の気持ちや辛さを理解することまでは出来やしない。

 ……だが、それでも。ハルマは自分の言葉が少しでも彼女の気を楽にすることが出来ればいいと。

 そう思うのだった。




【後書き雑談トピックス】

 シャンプーの『恐怖』が当然だと言うのであれば、ハルマの『勇気』は一体どこから来るのだろうか。

 そもそも彼は何故、『勇気』の上に立つのだろうか。



 次回 第78話「冷たい朝」

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