第78話 冷たい朝

 もう、何度も繰り返した言葉がある。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 その言葉を繰り返した。


 その程度では届かないと分かっているのに。

 その程度では足りないと理解出来ているのに。


 何度も、何度も、何度も。

 その言葉を流転させる。


 ――ごめんなさい、と。


 何度も、何度でも。

 少年はその言葉を重ね続けた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「――寒!?」


 朝、ハルマは突き刺すような痛みと共に目を覚ました。

 その痛みにハルマは、何か棘のような物が身体に突き刺さっているのではないかと思ったのだが……寝室の様子を見る限りどうやらそうではないらしい。


「……なんじゃこりゃ」


 寝室の様子は昨日眠りに堕ちた時とは見違えるほどに変わっていた。

 それが例えば模様替えとかクリーニングなら、ハルマもそこまで困りはしなかったのだが現実は非情。そんな淡い期待に応えることはしてくれない。

 ……まあ、寝ている間に勝手に部屋の模様替えとか普通に怖いのだが。


 とまあそんな戯言は置いておいて。

 一体ハルマの寝室がどのように変わったのか、それを一言で表すと『冬仕様』になったとでも言うべきだろうか。

 ただしそれはクリスマスツリーとか、門松などのような楽しい感じではなく……。


 部屋一面が氷漬けになっているという、なんとも物理的な『冬仕様』なのだが。


「いや、何事!? 目が覚めたら氷の中とかシャレにならないんだけど!? もうちょっと起きるの遅かったら俺、永遠の眠りにつくところだったわ!!!」


 自分でもよくもまあ、こんな部屋の中で目覚められたものだとは思う。

 だって天井も、床も、壁も、机などの備品も全て完全にアイス状態なのだ。こんな部屋で呑気に眠ったりなんかしていたら、下手すれば永遠に起きないだろう。

 それが運良く目覚められたのだから、こんな風に驚くのも無理はない。

(まあ全身凍りかけの痛みはあるが)


「で、ホントに何があったよ。……誰かが発魔期でも起こしたか? そうなった場合、『第1回チキチキ雪の集落雪祭り』を開催しなきゃいけなくなるんだが……」


 四六時中雪が降っている『雪の集落』で雪祭り? という根本的なツッコミが飛んできそうだが……今はそれは置いておこう。

 大事なのは気持ちだ。気持ちさえあればそういう問題は全て解決される……はず。

 まあそもそも開催しないのだが。


「さて、冗談はこの程度にしておこう。流石にツッコミ役無しでずっとこれ言ってるのは悲しくなる。……とりあえず誰かに話し聞いて、何が起きているのか教えてもらうか」


 と、いう訳で凍り付いてカチカチになった布団を除けて、着替えたハルマはドアに手を伸ばす。

 ……凍り付いたドアに触れた瞬間、焼けつくような激痛が走り『クッツケナクチャ』にならないことを祈りながら。


「……? あ、あれ?」


 ハルマに走る疑問。

 多分人生で一番ドキドキしたドアノブキャッチは無事に成功したのだが……肝心のドアはビクともしない。

 押しても引いてもだ。ドアはその場から1ミリも動こうとはしてくれなかった。

 ……つまり。


「……ええ!? まさか凍り付いて固まっちゃったってことか!? マジで言ってるの!?」


 焦ってドアを思い切り引っ張るor押すがやはりビクともしてくれない。

 ……なんと言うことでしょう。自然の粋な計らいにより、今この場に天然冷凍庫が完成したのです。

 中身は少年天宮晴馬、きっといい冷凍肉が出来ることでしょう。


「冗談じゃねえ! 頼む! 誰か、助けて! ヘルプミー!!!!!!」


 悲痛な叫びと共にドアを叩くハルマ。

 がしかし、その声は氷に阻まれなかなか外には届かないのであった……。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 それから30分後。


「ぶえっくし!!!」


 ようやく部屋を脱出することに成功したハルマは、朝日を浴びながら暖炉の前で冷え切った身体を温めていた。


「大丈夫ですか……?」


「な、なんとか……今は大丈夫……です。マジで……死ぬかと……思ったけど……」


「こう数日で何度も死に掛ける奴も珍しいよね。お前、そういう才能あるんじゃないの?」


「何の才能だよ……」


 ジバ公の皮肉に対する反撃も今日は弱い。

 それだけハルマは本気で危なかったのである。


 あの後、自分の置かれた状況のヤバさに気付いたハルマは、生まれて初めてレベルで己の頭脳をフル回転させることになった。

 しかし、どんなに良さそうな案を出しても『最弱』の肉体が着いて行かず、失敗の連続。

 結果、ハルマの少ない体力はすぐになくなってしまい、冷たい部屋で段々と眠たくなっていく恐怖に襲われることになる。

 ホムラ達が部屋に駆け付けた時にはハルマはもう殆ど眠る直前であり、本気であと5分でも遅れていたら今頃ハルマは冷凍保存されていたことだろう。

 まさに文字通りコールドスリープである。この場合意識は二度と戻らないが。


「そ、それで……? 一体何があってああなった? 誰かが魔術を暴走させたりしたのか?」


「いえ、そうではないです。実は、その……多分村の発電機が止まってしまったみたいで……」


「発電機が止まった……。つまりそれで電気が来なくなって、村全体の暖房がストップしたと?」


「はい……」


 ……そう言えば、明るくて気づいていなかったが今日は部屋の電気が着いていない。

 それに今ハルマが暖を取っているのも、電気的な暖房ではなく暖炉の火だ。

 恐らく、それも発電機が止まったことで電気が供給されなくなったからだろう。


「でも、何で急に発電機が止まったりしたんだ? 凍っちゃったとか?」


「いや、それはないと思うよ。こういう寒冷地で取り扱われる機械は、凍ってしまわないように洞窟の中などに置かれるからね。恐らくこの集落の発電機もそうしているはずだ」


「はい、ソメイさんの言う通りです」


「……。じゃあ何で? 普通に壊れたとかか?」


「いえ、こないだメンテナンスも行ったばかりなので、『壊れた』ということもないと思います。つまり、これは何者かによって発電機を『壊された』のではないかと……」


「壊された……? ——! まさか、グレンが襲撃を楽にする為に発電機を!?」


「それならもうとっくに来てるんじゃねえの?」


「それも……そうか」


 確かにジバ公の言う通り。そうなのであればもう攻めて来ているはずである。

 だが、現状集落は凍り付いたこと以外は平穏そのもの。

 つまりこの発電機破壊はグレンによるものではないだろう。


「……なら、関係ない第三者が犯人か。何か目的があるのか、それともいたずらなのか。どっちにしろタイミング悪すぎるだろ……」


「そうなんですよね。ですから、早急に解決する為に早速今から様子を見に行くことになったんです。なったんですけど……えっと、その」


「?」


「もし……良ければ、アメミヤさん達に着いて来てもらえないかな……って。……その本来なら私一人でも熟せる仕事なので、凄く身勝手ではありますが……」


「ああ、それは全然問題ないですよ。ちょうど俺達からしても恩返しになりますし。ぜひとも同行させてください」


「! ありがとうございます!」


 ハルマの返事を受けてパッと表情が明るくなるシャンプー。

 恐らくなんて返されるのか結構不安だったのだろう。

 その証拠に、彼女の笑顔には分かりやすく『安堵』の感情が現れていた。

 ……これ、断っていたらどうなっていたんだろうか。


「……シャンプーさん、もし仮に同行を断られてたらどうするつもりだったんです?」


「その場合は集落の誰かに同行を頼みます。皆さんお優しいので、断ったりは多分しないと思うんですが……その……」


「その?」


「で、出来ればアメミヤさん達ともっと仲良くなりたいなって……」


「……」


 照れながらシャンプーは一言。

 その言葉は、ハルマ達にも嬉しい言葉だったのだが……。

 お互いに少し恥ずかしくなって全員何を言えばいいのか分からなくなってしまうのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ほっ!」


「ちょ、わざと雪が深い所に行かないの!」


「大丈夫だよ、別にそんな心配しなくても流石に平k———ああああああ!!?」


「ハルマー!?」


 この少年、フラグ回収が早すぎる。


 さて、そんな訳で昨日に引き続き外に出ることになったハルマ達。

 今日も今日とて冷たい雪がしんしんと降り注いではいたが、流石にハルマ達もこう何度も出歩いていれば慣れてくるというもの。

 初日はおぼつかなかった足取りも、今では雪国出身と勝るとも劣らないものへと進化を遂げていた。

 慣れって凄い。


 ……だが、どんなに雪に慣れてきたとしても、消えないものがハルマにはあった。

 それは――雪に対する喜びだ。

 子供っぽい+元は雪が少ない東京在住+辺り一面雪景色、とここまで条件が重なればもう彼を止める手段はない。

 歓喜と躍動に染まる少年の勢いは止まらないのである。

 おまけに初日や昨日は状況が状況なので、我慢していたのも理由の一つだ。


 てな訳で、少年天宮晴馬は現在雪にはしゃぎまくっていた。


「――ぶへっ! ちくしょう、雪に隠れた天然トラップに気が付かなかった! これは雪の罠、その163『埋もれて見えない木の根っこ』をしっかりと脳内フォルダに登録しておかねば」


「何言ってるの? あと、なんで163? 他の162個は?」


「いや、RPGのナンバリング収集アイテムは大体順番じゃないじゃん。これはそれの再現ですよ。いくつあるのか分からないドキドキに胸躍らない?」


「えっと、普通によく分からない。あと、私なら最低でもあと162個もあるのかと思うと、ちょっと億劫になる」


「確かに!? これがRPGあるある『これ開発側は楽しいのかもしれないけど、やらされるこっちからすれば苦行でしかないんだよね』か! なるほど……開発者はこういう心境で……。今ならお前の気持ちが分かる気がするぜ……」


「今日のお前、ちょっとテンション高すぎじゃね?」


 雪でテンションが舞い上がり、ついハルマはこちらでは通じないRPGあるあるネタを連発。

 結果、完全にホムラとジバ公は置いてけぼりにされている。

 そして、そんな様子をソメイとシャンプーは遠目に見守っているのであった。


「ははは……。まあハルマが楽しそうで何より、かな」


「……」


「? どうかしたのかい、シャンプー」


「え? あ、いや、なんでも」


「?」


 そんななか、シャンプーだけは少し複雑な表情をしていた。

 それをソメイは少し疑問に思ったのだが――


「えりゃ」


「わぶし!? ちょ、お前何で僕に雪玉投げた!?」


「ゆ、許せジバ公……! 人間は雪玉を作ると投げたくなる習性を持った生き物なんだ……! ……実際アニメや漫画の『とりあえず雪玉投げつけとけ』感はヤバい」


「知らねえよ! そんなんで納得出来ると思うな!」


「ははは。ならばやり返しなさい、ジバ公。お前が俺に雪玉を当てられるn――じぇらしぃ!?」


「ふふ。ハルマ、後ろが隙だらけよ」


「まさかの援護射撃!? おのれ、ジバ公! 2体1とは卑怯な!」


「勝手に開戦しておいて何を偉そうな!!!」


 質問する前にハルマ達の雪合戦が始まったので、ソメイはそちらに行くことにした。

 いくら何でもここで雪合戦しているほどの暇はない。

 早いところ彼らを落ち着かせて、先に進まなければ。


「ごめん、シャンプー! 僕はちょっとハルマ達を止めてくる!」


「あ。はい、分かりました」


「すまない、すぐに戻るよ! ……あー、みんな! 雪合戦はやるべきことが終わってか――おっと」


「はあ!? お前、どういう回避力してんの!? 普通、今のは避けられないだろ!?」


「ご、ごめん。つい、目の前に急に飛んできたから無意識に……」


「しかも無意識って! 某傲慢の極意か!」


「いや。でも、これはそう難しいことではないんだ。ハルマだって練習すればきっと出来るようになるさ」


「そんな某傲慢の極意みたいなの身に付けられるか!!!」


「……あのー、ソメイさん?」


 なんか、シャンプーから見ればミイラ取りがミイラになっている気がするが……。

 確かに微笑ましい光景なので、あと少しくらいはこのままでも良いかもしれない。

 ……まあ、あそこに混ざるつもりはないが。


「ここで、こうやって身体を動かして……」


「おかしい! やっぱコイツ天然だよ! このイケメン天然騎士め!」


「ハルマ、それ私には褒めているようにも聞こえるのだけど?」


 ただ一つだけ、シャンプーに気になることがあるとすれば、それは――


「確かに! お、おのれイケメン!」


 その微笑ましさの中に、他の誰も気づかない小さな陰りがあることだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「さてさてさーて、そんな訳で無事に洞窟に着きました。着きましたけども……我、雪合戦ではしゃぎ過ぎたせいでメチャクチ暑いで候……」


「私も……ちょっと遊び過ぎたわ……」


 さて。その後、無事に到着することは出来たハルマ達なのだが……。

 途中の雪合戦でマジになり過ぎたようだ、一行は雪の中だというのに汗までかいてしまっている。

 暖かい服に身を纏っているのもあって、その暑さはまるで夏のようだった。


「途中参戦したシャンプーさんの超雪玉には流石の俺も死を覚悟したよ。1日で2回も死を覚悟するとかヤバくね? しかも両方午前中よ?」


「す、すみません……。つい……」


「まあ全然良いんですけど、寧ろグッジョブ」


 なお、静観を決め込んでいるつもりだったシャンプーもあの後無事(?)参戦した様子。

 しかもこの様子だと結構活躍したようである。長年雪原地帯に住んでいるが故の経験が力を発揮したのだろうか。


 ……と、雑談を交わしながら洞窟を進んでいくが。

 なかなか暑さが収まらない。よっぽど身体にいい運動だったのだろうか。


「……それにしても暑いな。どれくらい暑いかと言ったら、それは洞窟の中の氷も溶けるくらいに――って! なんかおかしいと思ったら!!!」


 ドロドロに溶けている氷の水晶たち。

 いくらハルマ達の身体が火照っていても、周りの氷が溶けるはずがない。

 つまり――


「……なるほど。暑いのは僕達の身体ではなく、この洞窟そのものの方か」


「通りでずっと暑いわけだ! ああ、なにこの洞窟!? サウナ!?」


「ハルマ、『さうな』って何?」


「ここでも異世界ギャップ!!! ユウキ、サウナぐらいは伝承しとけよ!」


 ……届くことのないユウキへの文句は良いとして。

 つまり、異様に暑いのはこの洞窟自体が暑いのが原因だった。

 その暑さは今ハルマが言ったようにまさにサウナ。下手な夏よりもよっぽど暑い。

 ましてやどう考えてもこれは雪原地帯の洞窟でありえる気温ではない。


「な、なんでこんなに暑いんでしょうか……」


「……きっと、理由はあれだろうね」


「え?」


 シャンプーの質問にソメイは洞窟の奥を指さす。

 そこには――



「イェーイ! 今日も盛り上がっていこうぜー!!!」



「……」


 やたらとテンションが高い、炎の老人モンスターが佇んでいた。




【次回予告】

 ソメ「ところでハルマ、結局『さうな』とは何なんだい?」

 ハル「それを聞いちまうか、ソメイ……。分かった、特別に教えてやろう!」

 ソメ「……凄まじい気迫だ。さうな、そんなに凄いものなのかい?」

 ハル「ああ。……いいか、サウナってのは簡単に言えば『戦場』だ」

 ソメ「戦場……!」

 ハル「そうだ。あれはまさに情熱と意地の張り合う熱き人々の戦場なんだ」

 ソメ「そうまで言われてしまうと……挑戦せずにはいられないね」

 ハル「――! ……おい、その先は地獄だぞ」

 ソメ「例え地獄だとしても……だよ。でもその前に予告はしておこうか」


 ソメ「次回、第79話『氷炎の阿呆決戦』」


 ソメ「それじゃあ……、行ってくるよ」

 ハル「……! ……ソメイ、生きて帰れよ!!!」

 ジバ「……なにこれ?」

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