第74話 異世界洞窟事情
「よっしゃー! ついにこの日がキター!!!」
ハルマとジバ公が集落に到着してから3日。ついに、ようやく、やっとこの日がやって来た。
集落で目を覚ましてからずっと待ち望んでいたこの日。思えばハルマはここに着いてからずっとこの日の事を考えていた。
……そう、今日は他ならぬハルマ完治の日である。
「うむ、身体の調子は上々! しっかし、動けるってのはいいなぁ! ずっと寝てたからそのありがたみが今はよーく分かる……」
ベットの上に立って軽く体操するハルマ。
初日はまったく動かせなかった身体ももうすっかり全回復だ、その五体は3日間動かせなかった反動とでも言わんばかりに活力に満ち満ちている。今なら歩くのはもちろん、水泳だって出来るだろう。……まあ、しないけど。
普通に考えればこんな極寒の地で水泳なんかしたら確実に死ぬ。流石に凍死しかけて助かった直後に超寒中水泳はキツい。
「……やれやれ」
「ん?」
と、そんな完治の歓喜を享受するハルマとは対照的に、ジバ公のテンションはやけに低い。
いつもの呆れ顔でハルマを見ているのだが、今日のはそれはさらに磨きが掛かっていた。
なんかもうここまで来ると若干同情の視線も混じっている気がする。
「どうしたんだよ、ジバ公。せっかく俺が完治したんだからもっとはしゃごうぜ? もっと喜びをプリーズ、プリーズ!」
「朝っぱらからそんなはしゃげねえよ。……ホント、お前って毎日元気だよな」
「別に毎日って程じゃないと思うんだが? それに今日元気なのはしょうがない。なんせ俺は今までずっとベットの上で寝ていたんだぞ? そんなつまらぬ生活をしていたら、身体の中にアグレッシブパワーが溜まってしまうのも致し方なしなのだよ」
「ガキかお前は。てかアグレッシブパワーって何? 頭がおかしくなる成分か何かか?」
テンションは一切上げないまま、ハルマのノリにジバ公は鋭いツッコミをかます。
……どうしたんだろうか。今日は寝起きという点を考慮したとしても、いつも以上にテンションが低い気がする。
なにか機嫌を損ねるようなこともであったんだろうか。
今朝起きてからあったことといえば、こうやって騒いで寝ているジバ公を起こしたことくらいだが……。
「なんか良くないことでもあった?」
「良くないことなら現在進行形で発生してるよ」
「え?」
「……まあいい、身体が動くなら早速行くぞ。もう僕もそろそろ限界なんだよ」
機嫌が悪く、眠そうな割りには行動的なジバ公。
いつもなら朝に弱い彼は、起きてしばらくしてもボーっとしているはずなのだが……今日はもう既に出かける準備をし始めていた。
まあ、ジバ公の準備って言っても特に何もすることはないんだが。別に装備品とかないし。
「限界? 限界って何が?」
「……ホムラちゃん成分が足りないんだよ。だってもう3日も顔合わせてないんだぞ、そのせいで昨日から変な震えが出てきてるんだよ」
「アル中かよ!」
思いっきり禁断症状一直線である。
あれか、人間は(ジバ公はスライムだが)愛する人と長らく会えないと、そんな現象を引き起こすようにまでなるのか。ヤバくないか、愛。
ていうか、それはもう立派な病気な気がするのだが……。
「ほら、早く行くぞ。このままこの症状が進行したら、僕は最悪正気を失うかもしれん」
「どんだけだよ!? 怖いなぁ、愛……」
今度は逆にハルマがジバ公に呆れ返す。てか正直ここまで言われるとちょっと怖い。
正気を失いかねない愛とか、ホントどういう次元なんだろうか。
「ほら、早く行くぞ! さっさと着替えろ!」
「ああ、分かってるって! スパルタ教師か、お前は!」
ジバ公に急かされながら、ハルマは里の住人から貰った暖かい服に身を包んでいく。これにて準備は完了、早速ドアを開けて2人は外の世界へ。
すると、その瞬間に吹き込んだ寒い空気に思わず目を瞑ってしまうが……それは、これから目に映す光景の為の前置きだったのだろう。
風に慣れ、ゆっくりと目を開けたハルマ。その眼前には――
「うおお……」
3日目とは打って変わった穏やかな雪原が広がっていた。
「……凄え、雪原ってこんなに綺麗なのか。地味に俺、こういう風景見るの初めてなんだね。東京……地元じゃ雪なんてほとんど降らないからさ」
「へえ……。僕は雪原なんて何度か見たことあるから、改めて特に何かを思ったりはしないな。まあ綺麗なのは綺麗だけど」
3日目前は凄まじい吹雪のせいで風景など全く見えなかったが、今日は吹雪も止んでいるので綺麗な雪原の様子がよく伺える。
それは一面に広がる綺麗な『白』だ。
こないだの吹雪が見せていた濁った『白』とは違う、透き通るような美しい『白』。それが雪原いっぱいに広がっていた。
しかもただでさえ綺麗なそれが、今は朝日をキラキラと反射してまるで宝石のようである。
なるほど、これは確かに絶景と言えるだろう。
同じ場所で『天国』と『地獄』を両方見れるとは、なかなか不思議な話だ。
「んで、まあ綺麗なのは分かるけどさ……それよりも早く行こうよ」
「分かってるって、そう急かすなよ。……えっと、それじゃあお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いしますね」
と、ハルマはいつの間にかそこに来ていた別の同行者の方を向いて一礼。
その同行者はシャンプーだ。今回の捜索には彼女も同行してくれることになっている。
なぜかというと、それは単純にハルマ達がこの地に慣れていないからだ。ハルマ達は来たばかりなのでここの土地勘なんて全然ないし、そもそもハルマに至っては雪にすら慣れていない。
そんな不安要素満天の2人をサポートするべく、シャンプーが里の住人を代表して付いて来てくれることになったのだ。
ちなみに他の住人はグレン襲来に備えて現在里で大忙し中である。
「それじゃあ、とりあえずは少し行ったところにある洞窟に向かいましょう。仲間の方も多少移動していることを考慮すると、恐らくその辺りにいらっしゃると思うんです。流石に雪原のど真ん中で夜を明かしたりはしていないでしょうしね」
「了解です。それじゃあ案内よろしくお願いしますです」
「はい。それでは深い雪の中ですが、頑張って着いてきてくださいね」
「はい!」
てなわけで目指すは雪原の洞窟だ。
そこで、ホムラ達に会えればいいのだが……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ふう……。はい、お疲れ様です。洞窟に着きましたよ」
「おっふ……。なるほど、降り積もった雪の中を歩くって結構しんどいのね……。で、ここがその洞窟ですか」
降り積もる静かな雪原を歩き続け約1時間。
ようやくハルマ達は目的の洞窟まで辿り着いた。
そこは雪の山のふもとにぽっかりと開いた洞窟で、見た感じ結構大きい洞窟のようである。
「……どうだ、ジバ公。ホムラセンサーに反応あるか?」
「流石にそんなセンサーは持ってないわ」
「ええ!? やれやれ、使えないなぁ……」
「はあ!? おい、なんだその言い草は!!!」
ハルマの軽口に割とガチの反応をするジバ公。
それもそのはず、『使えない』なんて最弱のハルマにだけは言われなくないセリフである。
そりゃジバ公がキレても無理はない。
「おお、やっぱり俺の煽りは切れ味凄いな。こりゃ割と本気で気を付けないと」
「分かってるなら僕を煽るな!」
「悪い、悪い」
「ははは……、お二人は本当に仲が良いですね。さて、それじゃあ早速ですが行きましょうか」
「おう!」
「ちょっと! 僕はまだ納得してないぞ!」
「はいはい」
キレるジバ公は適当にあしらっておいて、ハルマ達は早速洞窟潜入開始。
ホムラ達は見つからなくても、せめて手掛かりくらいは見つかれば良いなと思いながら一行は洞窟の奥へと足を踏み入れていく。
……そこは洞窟でありながら不思議と明るかった。
最初は不思議に思ったハルマだったが、周りを観察してすぐにその原因に気付いた。
明るさの原因は洞窟の中に無数に生える氷の柱だ。これがキラキラと光を反射することで、この洞窟はある程度進んでもなお明るさに満ちている。
それはまさに極寒の地の洞窟だから起こる現象であり、なんとも神秘的な雰囲気だ。
「まさにファンタジーって感じだな。てか、この氷まるで宝石みたいだな」
「売ろうとか思うなよ? 所詮ただの氷だからな、そんなの「宝石です」なんて言って売ったら捕まるぞ?」
「しないわそんなこと! そんな氷の偽宝石売るくらいなら、洞窟で宝箱でも探すよ」
「へえー。まあ、お前が異常に無欲なのは知ってるけどさ」
「じゃあ言うなや」
まあ、「分かってるなら言うな」はついさっき同じことをしたばかりのハルマが言えたセリフではないのだが。
……と、ここでついさっき自分がした発言で一つ疑問が出てきた。
「ねえ。こういう洞窟ってさ、たまに宝箱置いてあるだろ?」
「そうだな」
「あれってさ、誰が置いてるの?」
素朴な疑問。
RPGにおいて、ダンジョンの宝箱なんてもう存在して当然の物なのだが……じゃああれを誰が置いているのか、と言われるとまるで想像がつかない。
わざわざダンジョンの奥深くに潜って装備品を宝箱にしまっていく理由が分からなかった。
が、そんな疑問にジバ公とシャンプーはすぐに答える。
「ああ。あれはですね、前にその洞窟を訪れた冒険者が置いていった物なんですよ」
「前の冒険者?」
「はい。ほら、洞窟の中ってモンスターとか居るじゃないですか。そうすると自然と戦闘も発生しますよね」
「そうですね」
「そうするとたまに戦利品が手に入るでしょう? この時、今まで自分が持っていた装備品より戦利品の方が強かったら……アメミヤさんならどうしますか?」
「? 普通に装備し直しますけど?」
「そうですよね。そんな時に余ってしまうお古の方の装備が、あのダンジョンに置かれている宝箱の正体です」
「……え? どゆこと?」
今の説明だけではイマイチピンとこなかったハルマ。
そんなハルマに今度はジバ公が補足して説明していく。
「考えてみろよ。旅人だってそう何個も装備を持てる訳じゃないからさ、あんまり持ち物が多いと大変になる。だから邪魔になった今までの装備はその場で置いていくんだよ。そうすれば次にこの洞窟に来た人の助けにもなるだろ?」
「ああ、なるほど! え、じゃあああいうのって全部誰かのおさがりなのか!?」
「そうだよ」
まさかの新事実。長いことRPGをやっていたハルマにもその発想はなかった。
……がしかし、そうなるとまた別の疑問もいくつか出てくる。
「え、じゃあたまに鍵が掛かってるのがあるのはなんで?」
「簡単なことだよ。強い装備を置いていく場合、鍵でも掛けておかないと万が一モンスターが開けたら大変なことになるだろ? だから余計迷惑にならないように鍵かけて置いていくんだよ」
「なるほど……」
なるほど。確かに、言われてみれば鍵付きの宝箱の中身は大抵貴重な物ばかりだ。
あれは間違ってモンスターが中身を取らないようにする為の鍵だったのか……。
RPGの『鍵がかかっていて開かない宝箱』の真実をようやく理解出来た。
(まあ普通宝箱は鍵をかけるものなのだが……)
「でも、それならいろいろ合点がいくな。じゃあ簡単な洞窟の宝箱が決まってしょぼいのも……」
「そもそもモンスターから得られる戦利品が弱いのと、何度も人が入ってくるのが原因だね。普通は元の中身よりグレードが低い物と交換するだろうから、そりゃ何度も人が入る洞窟の宝箱は中身もしょぼくなるよ」
「……ほう。じゃあさ、たまに空の宝箱があるじゃん。あれは何?」
「あれは中身を持って行った奴が『強欲』な奴だった場合の結果。たまに居るんだよ、中身取ったくせに交換しないで持って行っちゃう奴。誰も見てないし、自分だってバレないからいいやってね」
「そういうのって凄く迷惑なんですよ。冒険者たちの間では『宝箱の中身を取ったら、代わりに何かを入れ直しておく』のはもう常識なのに。まあ、わざわざ誰かが言っている訳ではないですけど。暗黙の了解ってやつですね」
「……へえ」
……つまり、宝箱を開けても中身を交換しない全国のRPG主人公は、全員その『強欲な冒険者』に該当することになる。
まあ、そもそも他人の住居に無断で侵入した挙句、タンスの中身を勝手に持って行く奴がそんなことするはずないと言われてしまえば、それまでなのだが……。
「今後は宝箱見つけたらちゃんと何か置いていこう……」
せめて自分はそうはならないようにと。
ハルマは異世界の洞窟宝箱事情をしっかりと脳に焼き付けるのだった。
まあ、ハルマはそもそも他人の住居に無断で侵入したりとかしなけど。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さて、宝箱について話しながら歩いていた一行はいつの間にか洞窟の最深部へ。
……が、残念なことにここに来るまでにホムラ達と出会うことはなかった。
「どうやら外れみたいですね」
「そっか……まあ、それなら他をあたるとしようか」
という訳でもうここに用はない。
特に残る理由もないので、そのまま回れ右して帰ろうとした。
その時――
「……あのさ、勝手に人の住居に侵入しておいて謝罪の一つもなしってどうなの? それってちょっとあまりにも傲慢すぎるんじゃない?」
「え?」
ついさっきハルマが『しない』と思ったばかりのことを非難する声が。
「『え?』って……何? 君達はここは誰の洞窟なのかも理解出来てなかったわけ? ……ちょっと失礼だけどさ、教養がなさ過ぎじゃない?」
そして突然現れた氷の柱が帰路を塞ぐ。それと同時に背後から聞こえてきたのは嫌みったらしい男の声だ。
突然のことに驚きながら振り返るハルマ達、するとそこには……。
「そんな知識量でこれからも生活していくつもり? そんな風にこれからも他人に迷惑かけ続けていくの? それってちょっとあまりにもさ……傲慢すぎると思うんだけど?」
その言い分とは裏腹に、とてつもなく強烈に傲慢な雰囲気を漂わせる一人の青年が立っていた。
【後書き雑談トピックス】
まあでも勇者の窃盗(擬き)行為は公認の疑いがあるんですよね。
実際、ド■クエ4では泥棒の濡れ衣を着せられた場合は、勇者でも捕まりましたし。つまり普段なんともないのはそういうことなんでしょう。
……まあ、それはそれとして俺は武装集団が家を物色し始めたとしても、文句なんて言えないですが。
次回 第75話「傲慢なる憤怒」
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