第73話 伝承からの使命
「おお! 無事目を覚まされましたか!」
「うおわ」
ハルマが目を覚ましてから約1時間後。養生のため仮眠をしていたハルマの元に、集落の人達がやってきた。
ハルマからすれば全員初めて顔を合わせる相手なのだが、向こうはなかなか起きないハルマを心配してくれていたようだ。無事、目を覚ましたと聞いて誰もが心底嬉しそうな顔をしていた。
そんな住人達を代表するように、一人の老人が前に出てハルマに話しかけてくる。
「アメミヤ殿、どこか不具合があったりはしませんか? ……と、身体が動かない状態で聞くのはあれかもしれまんせんが」
「いや、そこは気にしなくて大丈夫ですよ。えっと……動かないこと以外には特に問題はありません」
「そうですか、それは良かった」
「……。あー、えっと……そのまずは助けてくれてありがとうございました。おかげさまでなんとか死なずに済んだわけでして……」
「いえいえ、そんなそれこそ気になさらないでください。当然のことをしたまでですから。それに、礼を言うのはこちらの方ですよ」
「え?」
予想外の返答に思わず聞き返すハルマ。
その疑問を解消するかの如く、住人達はハルマに向けて一斉に恭しく一礼した。
「アメミヤ殿、わざわざ遠方より警告に来てくださりありがとうございました」
「!? ちょ、ちょっと待ってくださいって! 俺はそんな大したことしてないですよ! ここに来たのも半分は自分達の目的ですし!!!」
「それでもですよ。……あのオーブは我らにとって命よりも大切な宝なのですから」
「え? 命よりも?」
「はい、そうです。命よりです」
一切の迷いなく長老はそう言い切る。だが、ハルマはその発言には少し疑問を感じざるを得なかった。
……確かに、今まで訪れたオーブを所要する国や村もオーブを大切に扱ってはいた。しかしそのどの場所でも流石に『命よりも大切』とはまではいかない。
実際、マルサンク王国では被害を抑える為にオーブを渡しているくらいなのだから。
そのことから考えても、この集落のオーブへの想いは今までのどの場所よりも圧倒的に強かった。
……あれだろうか、この集落はオーブを伝承の時代から守り続けているとのことだが、それが何か関係しているのだろうか。
「……どうして、そんなに大事なんですか?」
「簡単なことですよ。我々はただあのオーブを宝として守っている訳ではないのです。あのオーブを守り抜くことは、我々に与えられた使命なのですよ」
「使命?」
「はい。かつて勇者ユウキが生きていた伝承の時代から受け継がれてきた使命です。そして我々は100年間、その使命を守り続けてきた」
「?」
イマイチ言葉の意味が分からず、ハルマは首を傾げる。
100年前から受け継がれてきた使命はどういうことなのだろうか。この人達はユウキと何か関係があるということなのか?
「……単刀直入に話した方が早いですね。実は、我々はただの人間が集まった集落ではなく、とある勇者ユウキと関わり深い方々の子孫とその弟子たちの集まりなのです」
「ユウキと関わり深い方々?」
「はい。その方達の名を『伝承の戦士 レンネル』と『伝承の武人 マキラ』と言います。……つまり私達は勇者の仲間の子孫、という訳なのです」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
伝承の戦士レンネル、伝承の武人マキラ。
その名前と存在を聞くこと自体はハルマは初めてだったが、なんとなくその存在には勘づいていた。
その理由は大陸の名前だ。
今ハルマが居るのは『ガダルカナル大陸』、この名前は伝承の賢者ガダルカナルと同じになっている。
そして前に聞いた話だと来たには『ユウキ大陸』と呼ばれる大陸もあるという。
なら、かつて旅をした『マキラ大陸』と『レンネル大陸』に対応するユウキの仲間も居るのだろうとはハルマも思っていたのだ。
……が、まさかその縁者にこんな所で出会うとは思ってもみなかった。
もちろんこれには純粋にびっくりである。
「え、えええ!? ユウキの仲間の子孫ですか!?」
「はい、そうです。……あ、名乗り遅れました。私、レンネル・トラムデリカとマキラ・トラムデリカの子孫たる、リンス・トラムデリカといいます」
「しかも『トラムデリカ』って!」
これはついさっき聞いたばかりの苗字である。
そう、それは他ならぬ最初に相対したこの集落の住人、シャンプー・トラムデリカの苗字だ。
つまり、彼女もレンネルとマキラの子孫ということになる。
あの優しそうな少女が『武人』と『戦士』の子孫とは……本当に人は見かけでは分からないものだ。
「……」
「ははは、驚かせてしまいましたかな。まあ、つまり我々がオーブに執着するのはそういうことなのですよ。なにせ伝承の勇者様と、その仲間であるご先祖直々の使命ですからな。果たさない訳にはいきますまい」
「どうりで……」
そりゃそれだけ大事にする訳だ。
まあそれでも『命より大切』は少し言い過ぎな気がしないでもないが……。
「だからこそ、事前にオーブを狙う者が居る事の警告をしてくださるのは本当にありがたいのです。……改めて、感謝します。アメミヤ殿」
「いえ、そんな……」
「……ハルマ、諦めて受けれ入れた方が良いぞ。そうしないとこの下り永遠に終わらないからな」
「……なんでお前が知ってるんだよ」
「僕がさっき同じことを経験したからだよ」
「あ」
言われてみればその通り。
ずっとハルマは寝ていたのに集落の人達が事情を知っているのは、先にジバ公がそのことを話したからに他ならない。
なら、彼も同じように御礼地獄を受けていてもなんらおかしなことはなかった。その証拠にジバ公には遠い諦めの表情が浮かんでいる。
……まあ、別に怒られている訳でもないのだし、そんなに頑なに否定する理由もないのだが。正直、助けられ寝ていただけでこんなに礼を言われると、とても申し訳ない感情でいっぱいになってくるのだ……。
だからこそ――
「か、勘弁してください……」
ハルマは顔を真っ赤にして、ひたすら続くお礼に恥ずかしさと申し訳なさを感じるのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……マジで、マジで一歩も引かないとは思わなった」
それから30分後、根負けして感謝を受け入れたハルマは虚しく天井を見上げていた。
「だから言っただろ? 永遠に続くって」
呆れた感情MAXのジバ公の声に耳が痛い。
ハルマは最初、ジバ公はああ言ったがそれでも数回断れば相手も折れると思っていた。……しかし、その考えはとんでもなく甘かったとすぐに思い知らされることになった。
……折れないのだ。
どんなにこっちが感謝を拒否しても、リンスは一切退く様子はない。集落の人達が若干引き始めてもなおだ。
それどころか断れば断るほどに何故か感謝の度合いは大きくなっていき、最終的にはなんかもう命の恩人レベルの感謝にまで到達しようとしていた。
本当に何も出来ていないのに感謝されるのは案外辛い、正直、ハルマにとっては蔑まれるよりキツかった。
「強い、強いなぁ……。流石、伝承の武人と戦士の子孫だ……」
「すみません、お爺ちゃん昔から変なところで頑固なんですよ……」
シャンプーも祖父の鋼……もといダイヤモンドメンタルには少しびっくりしたようで、ハルマの遠い言葉を聞いて苦笑していた。
現在、集落の人達はグレンの襲来に備えて警戒にあたっていたが、唯一シャンプーだけはこの部屋でハルマの看病をしてくれている。
本人曰く「警戒するって言っても私じゃ居るだけ足手纏い」とのことらしい。ハルマは他ならぬ伝承の武人と戦士の子孫なのに? と思ったが、シャンプー本人がその意見を決して曲げないので納得することにした。
……頑固はシャンプーも同じだと思いながら。
「えっと、何かしてほしいこととかありませんか? なんでも何なりとお申し付けください」
「シャンプーちゃん、コイツに「なんでも」なんて言わない方が良いよ。きっととんでもないお願——むぐ!?」
「ジ、バ、公? 俺がいつそういうことしたかな? ありもしない変な俺の印象を受け付けようとするのは止めようネ!」
「むぐぅーーーー!!!」
両手で思い切りジバ公を挟む。
まったく、少し目を放した隙にどんでもないことをしようとしやがるスライムだ。
危うくシャンプーに「Yo■tube」のコメント欄に大量発生しがちな変態だと思われるところだった。
「あはは……。お二人は仲が良いんですね……」
「シャンプーちゃん!? これのどこが……ああ、くっそ! お前死にかけだったくせに案外力強いな!」
「ふははは! ずっとフードに入って旅すらサボってるお前とは違うんだよ!!!」
「と、見せかけてニュルン」
「あああ!?」
こんにゃくみたいにニュルンとハルマの手から逃げるジバ公。
まさに半分身体が液体で出来たジバ公ならではの逃げ方である。
「へへー」
「あ、こら待て!!!」
「ちょっと! こんなことでムキになって動かない身体を動かそうとしないでください!」
「うぐ……」
そのままドアの外へとジバ公は逃げていく。
ハルマは一瞬追いかけようとしたのだが、それはシャンプーによって阻止されてしまった。結果、ジバ公はまんまと逃走成功である。
「もう……子供じゃないんですから。ちゃんと自分の身体くらいは労わってください」
「……はい」
そういう言い方をされると何も言えない。
だって、子供じゃないし。なんかホムラ達は凄い子供扱いしてくるけど、シャンプーの言う通り子供ではないから。
何か反論する訳にはいかなかった。
「……それで、何かして欲しいことありますか?」
「特には……。あ、そうだ。じゃあ、少しお話いいですか?」
「なんでしょう?」
「伝承の戦士と武人の子孫って、何かこう特別な力とかあったりするんですか?」
これは元の世界でいろいろなRPGを嗜んだハルマだからこその質問だ。
ゲームとかだと大体この手の人には特別な力があるものである。この世界はいろいろとRPGなどのあるあるが通用するので、今回もそうなんじゃないかとハルマは思ったのだ。
そして、それは案の定正解であった。
「はい、私達には特別なオーブとは別に特別な武術が受け継がれています。……氷炎舞流というのですが、ご存じですか?」
「……いえ」
「では、ご説明しましょう。氷炎舞流とはその名の通り『氷』と『炎』の武術です。本来相反するこの二つに力を掛け合わせて戦う武術なんです」
「へえ……氷と炎を同時にですか! それって例えばどんな技があるんです!?」
本来確実に混ざり合うはずのない『氷』と『炎』を組み合わせた武術とは、なんとも異世界らしい。
仮に元の世界で同じことをしようとしたところで、多分氷が溶けてそれ終わるだろう。
だからこそ、ハルマは一瞬でこの『氷炎舞流』に興味を引き付けられてしまった。
異世界系小説好きの本領発揮といったところか。
「そうですね……。例えば、氷と炎を立て続けに拳から放つ『焼凍連牙』などがありますよ。この技は二つの温度差を利用して、相手に通常以上のダメージを与えることが出来るんです」
「凄い!」
「そう……ですか? 私としてはそんなに感激するレベルものではないと思うのですが……」
「そんなことないですよ! 俺からすれば凄いカッコいいと思いますよ!」
効果も、仕組みも、名前も。
子供っぽさ全開のハルマからすればどれもがカッコよさ全開だった。
それがシャンプーにとっては少々意外だったみたいで、素直に感激するハルマに少し照れているようである。
「あ、ありがとうございます。……まあ、私には使うことは出来ないんですけどね」
「……え? え、えっと……それはどうして……?」
「その、私凄く弱くて臆病で……。戦いはとても苦手なんです。だから、武術とかも全然身に付かなくて……」
「……ああ。でもまあ、別にそれはしょうがないんじゃないですかね……」
シャンプーの事情は人それぞれだからしょうがない気がするが。別に英雄の子孫だからって、その人が強くて戦いが得意と限る訳ではないだろう。
強い人の子だから強いはずだなんて、そんな考え方はあまりにも身勝手で傲慢だ。
「別にそんなの気にしないで良いと思いますよ。なんなら俺だって全然強くないし、ていうか多分世界最弱ですから」
「……それは流石に言い過ぎなのでは?」
「それがそうでもないんですよね……」
「?」
もちろんそんなことを突然言われてもピンとくるはずがないが……ハルマの言っていることはあながち嘘ではない。
事実悲しいことにハルマは世界で一番弱い。
改めて再認識すると、なんとも悲しくなってくる事実である……。
「……ともかく! 自分が『弱い』ってことはそんなに気に止まなくても良いんじゃないですかね、ってことです! 俺みたいにクッソ弱くても普通に生活してる奴いますし」
「……はい。ありがとうございます」
ハルマの言葉は彼女にとっても心強かったのだろうか。
シャンプーはハルマの言葉に笑顔で、そうお礼を言った。
「……」
それが、何故だかハルマにとってもとても嬉しくて――。
「えへへ……」
少し、小さな笑みをハルマも零すのであった。
【後書き雑談トピックス】
2日連続で予告変更は申し訳ないと思っています。
書いているうちに変わっちゃうんですよね……。
次回 第74話「異世界洞窟事情」
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