第72話 雪の集落

 ――思考を支配したのは圧倒的な『死』の感覚だった。


 削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り。


 少しづつ、命が削れていく。少しづつ、温かみが消えていく。

 その感覚に痛みはない、苦しさもない、熱さも、寒さも……特に何もない。

 だが、圧倒的に不快ではあった。


 削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り、削り。


 気味が悪い、気色悪い、吐き気がする。

 ただ、ただただただただただただ――『死』は不快な感覚だった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……知らない天井だ」


 目を開けて最初にハルマの視界に映ったのは見知らぬ天井だった。

 故にとりあえずキャメロットでは言えなかったセリフを言っておく。

 これでハルマの『しょうもないやりたいことリスト』がまた一つ埋まる訳だ。

 それはとても喜ばしいこと、なのだが……。


 ――まさか本当にこれを言える日が来るとはね……。……で? そんな知らない天井のここは何処なんだろうか……。


 周りを見渡してみても、そこにあるのは知らない壁と知らない床。

 レンガ造りのその部屋は温かみと安心感はあるが、ハルマの記憶にはない場所だ。


 ――ええっと……俺は何がどうなったんだっけ……?


 なんとか思い返してみると、ハルマの記憶の最後は凄まじい速度で流れてくる雪崩からホムラを庇ったところで終わっていた。

 つまり、本来ならそのまま雪崩に流され、今頃は雪の下で生き埋めになっているはずなのだが……。

 どうやらそうはならなかったようである。

 

 ――雪崩に巻き込まれて死ぬ前に誰かが助けてくれた、ってところか……。……ホント、運だけは神懸ってるな……俺。


 まさかあの凄まじい雪崩から死ぬ前に助け出されるとは。

 正直、庇った瞬間に「あ、これは死んだわ」と諦めていたので、現状の生存には結構驚いていた。……本当に、運の良さだけは凄まじく高いようである。


 ……だが、そんな幸運の申し子ハルマも、流石に今回はノーダメージとはいかなかったようだ。


 ――……。身体が動かない……。まあ、本来死ぬはずだったんだから当然っちゃ当然か……。


 とりあえずベットから立ち上がろうとしてみたのだが、身体が一切言うことを聞かなかった。手も、足もピクリとも動く様子はない。

 つまり、身動きが取れなかった。


 ――マジか……。これはちょっと困ったな……。


 これでは何をすることも出来ない。

 ちょっとした緊急事態に、ようやく焦りを感じ始めた……その時。


「……とりあえず、起きて早々『知らない天井だ』なんて戯言が言えるなら、とりあえずある程度は元気になったみたいだな」


「え? ジバ公?」


 横から聞き慣れたスライムの声が。

 その声の方向を向いてみると、そこではジバ公がぴょんと床からベットにぴょんとジャンプして、いつもの呆れ顔でハルマを見ていた。

 どうやら、彼は特に何の問題もないようだが……根本的な疑問がある。


「なんで……お前までここに居るんだ?」


「……とっさに飛びついちゃったんだよ、お前を助けようとして。……まあ、無理だったけど」


「ははは……そりゃ、そうだろうな。……でも、ありがとう。助けようとしてくれて」


「……別に」


 素直な礼を前に目を逸らすジバ公。まったく、本当に素直じゃない奴である。

 まあその点を本人に指摘するとどうせまた怒るだろうから、敢えてそのことは言わないでおいたが。今は余計ないざこざを増やしたくないし。

 


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 さて、そんな訳で無事に目を覚ますことは出来たのだが、残念なことに現状は全く把握出来ていなかった。

 一方、ジバ公はその平然とした感じの様子から、とりあえずある程度は現状が把握できている様子。

 それなら、彼に聞かない手はないだろう。

 

「……えっと。ジバ公、ここ何処だか分かるか? てか、今の状況分かる?」


「……、……ハルマ、お前に良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」


「お前、それの元ネタ知ってるの?」


「元ネタ? よくユウキが使ってたフレーズだって言うのは知ってるけど?」


「……なるほど」


 元の世界ではよく聞いたフレーズが出てきて困惑するハルマだったが、ジバ公の答えに一瞬で納得。流石は異世界エンジョイ勢こと最強勇者ユウキだ。

 どうやら元の世界のネタを持ち込むことも抜かりはないようである。

 ……てかそれなら、案外この世界は元の世界のネタがたくさん溢れかえっているのではないのだろうか。

 まあ、それを探している暇はないのだが。


「で、どっちからって言われてもねぇ……」

 

 いざ実際にこの質問をされても、結局最終的な結果に違いはないからぶっちゃけどっちでもいいのだが……今回はとりあえず良いニュースから聞くことにした。

 理由は簡単。現状が既に結構な状況なので、一回メンタル回復を挟みたかったから。

 まあ、結局その後でもう1回ダメージを受けることになるのだが。


「じゃあ、良いニュースから」


「分かった。えっとね、ここ僕らが目指してた『雪の集落』みたい。流れ着いた先が偶然ここだった。で、まだオーブも無事」


「そっか! それは良かった……」


 オーブが無事ということを聞いてそれには心から安堵する。

 現状はオーブがかなり大事だ。

 何故ならオーブはハルマ達の根本的な旅の目的。これが奪われていてはここまで頑張ってやって来たことも、全てが無駄になってしまう。


 と、思いのほか良いニュースを聞くことが出来たのだが……。

 では悪いニュースは何なのだろうか。

 これに匹敵するレベルの悪いニュースなのだとしたら、あまり聞きたくはないが……。


「……じゃあ、悪い方は?」


「……お前の身体だけど、全治するまでにあと3日かかる。いつもの異常に癒術が効くやつのおかげでとりあえず命は助かったけど。それでも、流石にすぐに全快は無理だってさ」


「了解。まあ、それはしょうがないわな。本当なら死んでたんだし……。……で、悪いニュースはそれで終わり?」


「うん」


「そっか、それは良かった」


 思いのほか大したことない悪いニュースはほっと一安心。

 ……どうやら予想していたほど状況は深刻という訳でもないようだ。これくらいの状況ならまだいくらでも取り返しがつく。


「じゃあ、まず俺は養生しますか……。それで回復したらホムラ達を探しにいかないとな」


「そうだね。まあ、ここで待っていれば確実に合流出来るだろうけど、早いに越したことはないし」


「そだね」


 と、いう訳でハルマはまず身体を癒すべく、再び眠りに堕ちようとした……のだが。

 その時——


「えっと……ジバ公さん。アメミヤさん、目を覚まされましたか?」


 鈴の音のような綺麗な声と共に、一人の少女が部屋に入ってきた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「どうでしょうか。なかなか目を覚まされませんが……」


「あ、それならさっき起き――」


「はい。しっかりばっちり起きました」


「うわ!?」


 ジバ公に向けられた質問に、ジバ公が答える前より早くハルマ本人が答える。

 そんなまさかの回答者に、部屋に入ってきた少女は驚いて腰を抜かしてしまった。

 まあ寝ていると思っていた相手がいきなり目を見開いて喋ったら、そりゃ驚くだろう。


「あ、ごめんなさい……。驚かすつもりじゃなかったんですけど……」


「いや、今のは驚くだろ。……すみません、ウチのハルマが」


「いえ、私の方こそ申し訳ないです……。ちょっといきなりだったので、びっくりしてしまいました」


 部屋に入ってきたのはハルマと同い年くらいだと思われる少女だ。

 短く綺麗に纏められた透き通るような銀髪に、青空のように澄んだ綺麗な碧い瞳をしており、その顔には可憐な幼さとそれに逆らうかのような威厳が同居している。

 だが、そんな顔も今は純粋な喜びと安堵の表情に満ちていた。


「えっと……とりあえず、目が覚めたみたいで良かったです。どこか良くない場所はありませんか?」


「おかげさまで特には何も。えっと、助けてくれて本当にありがとうございました」


「いえいえ、そんなお礼を言われる程のことはしていませんよ。……あ、私はこの集落の住人のシャンプー・トラムデリカといいます。よろしくお願いします、アメミヤさん」


 シャンプーと名乗った少女はそう言うと恭しく一礼。

 本来ならこっちがそうするはずの立場なのに、逆にされてしまうとはなんとも不思議な感覚だ。

 あと、少し申し訳ない。


「えっと、わざわざご丁寧にありがとうございます……。あ、えっと、それで……。シャンプーさんはどれくらい俺達の事情を把握している感じですかね? とりあえず俺の名前は知っているみたいですけども」


「名前はジバ公さんからお伺いしました。それで、今私が知っているのはハルマさん達がオーブのことで旅をしていて、途中で仲間の方とはぐれてしまった……ということくらいです」


「あ、分かりました」


 どうやらジバ公が先に結構話しておいてくれたらしい。もう既にあシャンプーは結構こっちの事情に精通していた。

 正直、それは逐一説明しないで良いということなので純粋に助かる。


「ええと、もう既に集落の皆もオーブの件は把握しているので、それについては大丈夫です。なので、アメミヤさんはとりあえず安心して養生なさってください。部屋を使うことは気になさらないで構わないので」


「……ありがとうございます」


 まあ、仮にそうじゃなかったとしてもハルマはには現状それしか出来ないのだが。



 さて、雪崩による分断(と臨死体験)から始まった『雪の集落』の冒険。

 まだまだ問題は山積みだが……なんとか最悪の事態は回避出来たようである。

 もちろん、これからこの事態を解決していかないといけないが……とりあえず今は安心して養生の眠りに落ちるハルマだった。




【後書き雑談トピックス】

 ハル「ちなみに俺、どれくらい寝てました?」

 シャ「大体5時間くらいですかね。正直異様な回復速度に少し驚いています」

 ジバ「こいつ異様に癒術が効くんですよね」

 ハル「あはは……」



 次回 第73話「伝承からの使命」

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