第71話 極寒の洗礼

「寒っ!!!」


 エイトスのでの一件から2日後。ハルマ達は山を下り終え、雪原地帯に入っていた。

 下りは登りほどキツくはなかったので、ハルマも今回はバテることはなかったのだが……現在それ以上にヤバい問題に差し掛かっている。

 それが――


「寒い! 寒い!! 寒い!!!」


「うるさい! 寒い寒い言うな!!!」


「だって寒いじゃんかよ! ジバ公は寒くないのか!?」


「僕だって死ぬほど寒いわ!!!」


「ですよね!?」


 雪原地帯の地獄のような環境そのものである。

 ハルマも『雪原地帯』と聞いていたので、それなりに厳しい環境であることくらいは予想していたのだが……現実はその想像の何百倍も酷かった。


 まず前が見えない。どんなに頑張って目を凝らしても、視界に映るのはただただ『白』のみなのだ。

 強すぎる吹雪はもはやそれを『雪』とすら認識させてくれず、ハルマの目にはただ凄まじい勢いで『白』が流れていくようにしか見えなかった。

 そして次に音も聞こえない。吹雪が流れるごうごうという音が大きすぎて、叫ばないと近くの声すら聞こえないのだ。

 故に会話はは全て音量MAX、このままだと喉が死ぬ。

 そして何よりも。こんな地獄みたいな状態ならもう分かりきったことだが、一番大変な根本的なことがある。

 ――そう、『寒さ』だ。


「ああああああ!!!! 寒い、寒い、寒い!!! マジで死ぬって! これは普通に死ぬって!!!」


「なんかハルマ元気になってない!? 気のせいかしら!?」


「何でだろうね!? 寒すぎてテンションがヤバくなってるのかな!?」


「どういう仕組みだよ!?」


 もうその『寒さ』がそれはそれは尋常ではないのだ。

 どれくらい寒いのかというと、ほんの少し歩いているだけで服や髪がどんどん凍り付いていき、空気が冷たすぎて呼吸するだけで肺が痛むレベルである。

 まさに極寒地獄。どう考えてもここは人間……否、生物が生きていく場所ではない。


「ホントにこんな所に人が住んでるのか!? もし本当だとしたら住民はみんな馬鹿なの!? なんなの!? 寒さ感じない系の方達なの!?」


「ふ、普段がここまで酷くはないんだよ! だけど……今日のこの吹雪は凄まじいな! とりあえず、まずはどこか休める場所を探そう!!!」


「頼む、そうしてくれえええええええ!!!!!」


「うるさいっての!」


 寒さに比例してどんどんと謎にテンションが上がっていくハルマ。

 それはきっと、あまりの寒さに割と本気で死にかけている身体が必死で抵抗している結果なのだが……果たして本人はそれに気づいているのだろうか。

 多分気付いていない。


 ……そもそも、なんで死にかけまで至ってしまったのかというと、それは根本的にハルマに『寒さ』の慣れがないのが原因だ。

 何故なら彼が生まれ育ったのは日本は関東に属する東京都。まあ確かに東京も冬になれば多少は寒くなるが、その程度世界的に見ればたかが知れている。

 そんな元の世界でさえ比較的『温暖』と分類されるような場所の寒さしか知らないハルマが、この地獄のような極寒に対応できるはずがないのだ。


 故に、ハルマの命は確実に少しづつ削り取られてきていた。

 ……そして、それはそろそろ自覚出来る症状となって表れてくる。


「ああああああああ!!!!! ……? ……」


「……ハルマ? どうした、急に黙りこくって」


「な、なんか……急に眠く……」


「!? ちょ、待て待て待て!!! 寝るなアホ! 死にたいのか!?」


「いや……でも……マジで……」


「ああああああああ!!! ソメイ、急げ! マジでこいつ死にかけてる! このままだと死んじゃう!!!」


「そんなこと言われても!!!」


 ジバ公が必死にソメイを急かすが、だからといってそんな簡単には行かない。

 そもそも吹雪で視界が本気で遮れているこの状況で、みんなが休めそうな場所を見つけ出すなど、いくら『白昼の騎士』だろうとそんな容易く出来ることではないのだ。

 おまけに今は、ソメイ自身の『寒気』と急かされた『焦り』とハルマの異常状態における『動揺』まで入り混じっており、いつも以上に捜索が滞る。


「……、……」


「ハルマー!!!! しっかりしろ! 目を開けろ!!!」


「……ん、あ……」


「ソメイーーー!!!」


「分かってはいるんだけどね!?」


 刻一刻と死の眠りに堕ちていくハルマ。

 ジバ公が必死で呼びかけるも……確実に返す声は弱くなっていく。


「こうなったら……」


「ホムラちゃん?」


 故に、そんなハルマを助け出すため……とうとうホムラが最終手段に出た。

 それは……。


「ハルマ、ごめん! 緊急事態だから我慢して!!!」


「? ……!? 熱っ!!!!! 熱つつつつつつつつ!?!?!」


「ホムラちゃん!?」


 ……彼女が何をしたのか、それを一言でいえば『着火』である。

 つまり、ハルマの身体を強制的に温めるため、弱めの火炎魔術をハルマに放ったのだった。

 だが、もちろん弱めといえど炎は炎。

 もちろんハルマは魔術をくらった瞬間、弾けるように暴れ始める。


「熱っ! 熱っ!!!!! ……ば、馬っ鹿じゃねえの!? いくら凍え死にそうだったからって火で焼く奴があるか!?」


「……ッ! で、でも他に方法なかったし……」


「なんでさ!? なんかもうちょっと穏便な方法探せばあるでしょうに!?」


 珍しく本気で非難するハルマ。

 確かに目は覚めたのだが、おかげで今度が焼死しかけたのだから、まあ文句を言っても不思議ではない。

 だが、ジバ公はそれを許さなかった。


「うるさい! 元気になれたんだから文句言うな! それじゃあ今のうちにさっさと歩くぞ! そうじゃないとまた焼かないといけなくなるからな!!!」


「ジバ公お前さぁ!!! ……ええ!? なにこの氷炎地獄!?」


 凍えた後に感じる炎の熱は、それはそれは熱かった。

 このままこの起こし方を続けていたら、ハルマは凍死する前に焼死するような気がしする。

 吹雪の雪原で焼死とはなんとまあ珍しいことか。


「ちょ、待って! 早く、早く休める場所見つけよう! そうしないと俺が世界で初めての死に方をしてしまう!!!」


「ハルマ、安心してほしい! たった今、洞窟を発見したよ!」


「ありがとうだけど、遅いわ! 焼かれる前に見つけてほしかった!!!」


「すまない!!!」


 探してもらった立場の割にはなんとも傲慢な文句を言うハルマ。

 だが、特にそれをソメイが気にすることはなく、一行はとりあえず一時的に洞窟で非難することになった。

 



 ―洞窟―

「ほんと、『焼死』ってのは間違いなく一番苦しい死に方だな……」


「……」


「まだ言うか。何度も言うがホムラちゃんの行動がなかったら、お前マジで死んでたんだぞ?」


「危うく凍死を焼死にすり替えるだけでしたけどね!?」


 すっかり元気になったハルマのキレの良いツッコミが洞窟に響く。

 その様子を見る限り、過程はどうあれ……とりあえずハルマの死は避けられたようだった。


「ごめんなさい……火力、もうちょっと下げるべきだったわね……」


「違う! そうじゃない! そもそもいくら凍死しそうだからって焼くな! なんかもっと他に方法あるでしょ!?」


「例えば?」


「え? 温めるとか出来ないの? こう、手の上に炎を翳してさ」


「その程度の熱で助かると思うか?」


「……う。……いや、でも、流石に焼くのはさ……。……、……まあ、でも、ありがとう」


「え? あ、どういたしまして」


 まだ納得いかない様子のハルマだったが……もう諦めたのか、思い出したかのようにお礼を言うハルマ。

 それが突然のことだったので、少しホムラは驚いてしまった。


「どうしたの? 急に反論止めたけど」


「うん、まあ、方法はメチャクチャだったけど、助けてくれたことは事実だし。あんまり文句言うのもあれかなっと」


「なんで急に理解するんだよ……」


 ジバ公も若干府に落ちない感じではあったが、とりあえずこの話題は終わったようだ。

 ……そう、話題は終わったのだが。


「吹雪……止みそうにないな」


「多分これは明日の朝くらいまで続くと思うよ。……つまり今日はこの洞窟で野宿だね」


「マジですか……」


 肝心の吹雪は一向に収まる様子なし。

 そんな訳でハルマ達は止む終えず洞窟で一晩過ごすことになったのだった。


「大丈夫かあ、奥からなんか出てきたりしないよな……?」


「こ、怖いこと言わないでよ! 本当に居たらどうするのよ!」


「その場合は俺悪くなくない!? てか、いつもみたいに倒せばいいじゃん!」


「そんな簡単に言わないでよ。ダンジョンのモンスターは外のに居るのより強いことが多いんだから、いつもみたいにはいかないわ」


「へえ、そうなんだ……」


ここに来て知った新しい事実。

まあ、RPGにおいてダンジョンの方が敵のレベルが高いのは最早常識のレベルではあるのだが。

と、ここでふと一つの疑問がハルマに生まれる。


「……、……そういえばさ、少し疑問だったことがあるんだけど」


「? なんだい?」


「今言ったみたいにモンスターはダンジョンに居るヤツの方が強いんだろ?」


「そうだね」


「……じゃあさ。この世界ってさ、『冒険者協会』とか『ギルド』ってないの? ほら、『魔物討伐』の依頼をクエストとして出して、それを受けたりするあれだよ」


 転生者であるハルマならではの疑問。

 『ギルド』や『冒険者協会』といえば冒険者たちが集まってパーティを組みクエストに挑む、異世界系では超ポピュラーかつお決まりの組織だ。

 だが、ハルマはこの世界に来てからはまだそれらしいものを見かけていない。

 一応シックスダラーのクノープ率いる『シグルス』はギルトらしいが、それはハルマの想像するギルトとは少し違っている。


「ギルドに冒険者協会、か。……そうだね、そういうものはあまり見かけないな」


「なんで?」


「……多分だけど、責任が取れないからじゃないかな? ダンジョンにいるモンスターはかなり手強いことも多々あるからね。もし何かあったら基本的にはクエストを引き受けた者の自己責任といえ……ギルトや協会にもまったく非がない、とは言えないだろう?」


「なるほど……」


 つまり、ハルマ的に解釈すればこれは世界観の違いということのようだ。

 この世界は分かりやすく言えば『平和系異世界』ではないために、モンスターの強さが割とガチだ。故に、ギルトや協会を作る下地があったも、その責任が持てないから誰も作らないということらしい。


「つまり、この世界ではデカいカエルに丸呑みにされたり、冬の将軍や雪の妖精と遭遇したり、空飛ぶキャベツを回収したりは出来ないのか……」


「……何の話? 空飛ぶ……キャベツ?」


「え? あ、いや、なんでもないよ。こっちの話」


 異世界人には通じないネタを言いながら、一人ちょっと落ち込むハルマ。

 もちろんホムラ達はハルマが何を言ってるのか分かるはずもなく、不思議に思いながら首を傾げるのだった。




 ―次の日―

「おお! 止んだ! 止んだぞ!」


「良かった……」


 さて、寒い洞窟でなんとか一晩過ごして次の日。

 凄まじかった吹雪もすっかり止んで、外には美しい雪原が広がっていた。


「これならなんとか辿り着けそうだね。……それじゃ、早速だけどまた吹雪く前に急いで進むとしようか」


「アイアイさー!」


 まだ朝早くだが、だからって文句を言ってはいられない。

 昨日の地獄をその身でしっかりと味わったハルマ達は、誰もソメイの意見には反対しなかった。


「さて、それじゃ目指すは『雪の集落』だ! レディ、ゴー!」


「……なんか、ハルマまた元気になってるわね」


「雪がたくさんあって嬉しいんじゃない? ハルマってほら、子供だし」


「ああ、なるほどね」


「そこー、聞こえてますよー」


 まあ、実際その通りなのだが。

 遥か昔から犬と子供は雪が積もればはしゃぐと決まっているものなのである。

 もちろんハルマもその例に漏れることはない。


「……ハルマ、雪遊びは目的地に着いてからね」


「流石に道中ではしないわ! そんなガキじゃねえし!」


「そうかしら?」


「『そうかしら』って何さ、ホムラ!?」


「別にー」


「……」


 相変わらず子供扱いされているハルマだが……今回は目に見えてはしゃいでいるので強く反論は出来ない。

 それをハルマも分かっているので、反論はこの程度にしておくことにしたようだ。


「それじゃ行こうぜ。早く雪遊……じゃなくて、雪の集落に行こう」


「はいはい」


 微笑ましいといった感じの返事をホムラが返した。

 その時。


 ――――――――――――—!!!!!!!


「!?」


 遠くから凄まじい轟音が響いてきた。


「な、何!?」


「……、……! ホムラ! 危ない!!!」


「え!?」


 突然、ホムラをハルマは突き飛ばす。

 何が起きたのか分からず、ホムラはすっ転んで目を白黒させるのだが……。

 次の瞬間、信じられない速度でその答えがやって来た。


「――ハルマ!!!!!」


「――ッ!!!」


 それは一瞬だった。

 ほんの僅かの刹那の時間で、目の前を白い流れが駆け抜けていく。

 それが『雪崩』だとホムラが気付いたのは……もう目の前を流れが通り過ぎてから。

 自分を庇って代わりに雪崩に巻き込まれたハルマが、目の前から姿を一瞬で消してからだった。



 

【後書き雑談トピックス】

 ジバ公の身体は半分液体みたいなものなので、あまりに冷たくなると氷にみたいに固まる。

 逆にあまりにも温められるとちょっと蒸発してくる。

 自由自在な身体も時には不便なのだ。



 次回 第72話「雪の集落」

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