第124話 『神風』を吹かす者
――もう、これで何度目になるのだろうか。
「……マジかよ」
そうやって、ハルマはいつもいつも同じ事を繰り返してきた。
もう数えるのもうんざりする程に何度も感じたこの感情を、今回もまたハルマは懲りずにぐるぐると心の中で繰り返している。
自分の常識、世界の摂理、自然の在り方。
そんな本来当たり前で不変であるはずのものを、まるで嘲笑うかのように軽く凌駕していく彼ら。そんな常識外の連中に、ハルマはいつものこの感情を感じていた。
それが何ともワンパターンで、面白みのない反応であることは理解している。
だが、そうと分かっていてもなお、ハルマの脳と心はやはりこの感情を反芻させるのだ。
まるで、そうする事こそが自分なりの彼らに対する敬意の表れであるかのように。
「はっ、はははっ……」
掠れた笑いと共に零れる、この感嘆と驚愕と呆れを混ぜ合わせた奇怪な感情こそが、今の自分の数少ない存在意義なのだとでも言うように。
× ×
「――ハッ」
『神風』が蠢く戦火の中、ヘルメス・ファウストは乾ききった笑みを浮かべていた。
「……、……」
それはなんとも悪趣味な笑みだ。
潤いの無い、悪辣なまでに乾ききった笑み。そこには何の期待もなく、何の価値もない。その笑みに出来る事は精々誰かに少しの不快感を与えることぐらい。
そんな、無意味で無価値な笑みを、彼は一人浮かべていた。……だが、
「……ふむ。なんだ、小僧。不満か?」
「……。……そう、だな。不満っちゃ不満だ。今の現状そのものがな」
「おいおい。それを言い出てしまったらどうしようもないだろう」
シーキッドはそんな彼の笑みにも不快感を見せる事はない。
それどころか、寧ろ彼はヘルメスに対し笑い返してすらいる。シーキッドはあの悪辣な笑みを経てなお、彼に対しにこやかな態度を崩すことはなかった。
しかし――、
「何が『どうしようもない』だ。……一応この際だから言っておくが、俺がテメエと同じだと思うなよ。俺は確かにどうしようもねえ人間だが、それでもテメエほど腐った人間でもねえんだ」
「……」
「俺には生き方も立場もある。俺はお前みたいな、どうしようない馬鹿とは違うんだよ。まずはその事をよく理解してから口を利け」
「……。……そうか、それはすまない事をしたな。非礼を詫びよう」
「……チッ」
そんな態度すらヘルメスには気に入らなかったのか。
ヘルメス・ファウストはその内に燃やす黒い炎を、さらに熱く熱く燃え上がらせていた。
× ×
「あれが最強の騎士……か。ほんと、ほんとに異世界ってのはメチャクチャだ。一体何がどうなったらああなるんだよ……」
最強の騎士と海賊の戦い。
それはまさに、神業としか言い表しようのない所業であった。
事実、そのくらいの言葉でないと、彼らの戦いを上手く形容する事が出来ないのである。
――その戦いは、まさにぶつかり合う不可視と不可視だった。
どちらもが確実に技を放ち、どちらもが確実に駆け抜けていて、どちらもが確実に攻撃を防いでいる。なのに、すぐそばで二人の戦いを見守るハルマ、シャンプー、ジバ公にはその戦いがまるで見えていなかった。
それはすぐ目の前で起こっている事のはずなのに、3人にはまるでその戦いが見えていなかったのである。
――その理由は、二つ。
一つはヘルメスが速過ぎるから。
これは単純な理由だ。人間の目というのは脆弱なようでいて案外敏感に出来ているが、それでもあまりに常識を凌駕した速度は留める事が出来ない。
鳥や昆虫の羽ばたきが目に映らないように、ライフルから放たれた弾丸を捕らえる事が出来ないように、人の目には限界が存在する。
つまりヘルメスが見えないのは、彼が纏う速度もまた、その次元の速度に達していたというだけの事だ。
そして、もう一つの理由。
それは……、
「なあ、シャンプー。さっきシーキッドが名乗った名前からして、やっぱりアイツって……」
「……はい、恐らくハルマ君の言う通りだと思われます。これはまた……厄介な相手が出てきてしまいましたね」
「やっぱ、そうか……。……まだ俺なんも言ってないけどな」
「大丈夫、問題ありません。ハルマ君が考えている事は顔を見れば分かりますので。ちなみに今はシーキッドが持っているであろう特別な力について確認したかったのですよね?」
「うん。まあ、そうだけども……」
「やっぱり! どうです、以前もでしたが私の読みもなかなかのものでしょう?」
「……」
ハルマの考えを見事に当て、嬉しそうな様子のシャンプー。
がしかし、当のハルマ本人は表情だけで考えていた事を見事に当てられ、流石にちょっと引いてしまっていた。
――……マジかよ。
あまりの衝撃に思わず脳内にて、本日2回目のセリフを零すハルマ。
だが、思い返してみると確かシャンプーは前にそんな事を言っていたような気がする。……うん、言ってたわ。
すると、つまり彼女は今もなおこの技をしっかりと覚えたままでいたようである。残念な事に途中で1 2の……ポカン!で忘れてはくれなかったらしい。
……まあ、あの世界のテレパシーは技じゃないのでそもポカンで忘れることは出来ないが。
「……てか、お前のそれよく考えてみたら前より進化してる気がするんだけど? 確か前はここまで的確には当ててなかったよな?」
「そう……ですね。これは多分ですが、この進化は偏に今日までの間に日々積み上げてきた愛の力によるものではないかと。本物の愛がこの能力にさらなる進化を施したのだと思います」
「本物の、愛が」
「はい。本物の愛が」
「……」
……だとしたら愛の力凄すぎないだろうか。
元々超能力なんて持っていなかった人に力を授け、そしてさらにそれをどんどんと進化させていくとか一体どういう理屈の力なんだろう。シンプルに怖いです。
あと、その原理で行くと多分いつの日か完全に心を読めるようになる日が来るのだが……それは、どうなんでしょうか。
「……流石に、それはいくら俺でも嫌なんだけど。俺も心の中くらいにはプライベートゾーンは欲しいよ?」
「え? ああ、大丈夫ですよ。そういう時はちゃんとOFFにしておきますので。どうぞハルマ君はご自由に妄想ください」
「いやOFFってなんだよ!? 何、お前のテレパシーON/OFF出来んの!? 某ピンクの超能力者も某スパイの娘もON/OFF出来なくて弊害受けてるのに!?」
「えっと……その方達がどなたかは存じ上げませんが、問題ありません! 今は無くともいずれ本物の愛の力を使って私はON/OFF機能くらい軽く会得してみせます! あ、あとそれから音量調節機能と録音機能もあるといいですね」
「愛、怖いなあ!」
万能すぎる超パワー、愛。もうこうなってくるとなんでもありな気がしてきた。
なんだよ……テレパシーの録音機能って。そんなん付いたら完全に妄想の逃げ場がなくなるじゃないか……。
「……、……お前ら、目の前で人が戦ってるのにいつまで惚気てるつもりなんだよ」
と、ハルマが愛の恐ろしさに震えたその時。しばらく黙っていたジバ公が、ようやく脱線を越えて暴走し始めていた二人のブレーキを踏んでくれた。
「え? ……あ、ごめん。ついまた話が脱線しちゃってた」
「ついって……もうこのくだり何度目だよ。 何? お前らは一々脱線しないと話も出来ないのか?」
「いや、別に俺だって好きで脱線してる訳じゃないからね? どっちかって言うと俺が話する度に一々シャンプーがボケを挟むから毎回こうなってるんだよ」
「……すみません。出来るだけハルマ君とたくさんお話したかったので、つい……。……まあ、でも自分の気持ちに正直な事や、仲間とたくさんコミュニケーションを取るのは良い事ですよね。はい、とても良い事です。なのでこれからもこのくだりは止めませんね」
「ええ……」
「ふふっ。――で、話を戻して本題の方ですが。まあさっきも答えましたけど、恐らくシーキッドはハルマ君の予想通り特別な力……、『加護』を持っているものと思われます。現に、あの異様な風は魔術の域に収まるレベルのものではありません」
と、つい先程までのふにゃっとした表情から一転、今度はキリッとした真面目な顔つきでそう言い切るシャンプー。
彼女のその様子、そして実際に先程からハルマ達も感じていた戦いの余波からして、やはりハルマの嫌な予感は見事に的中してしまったらしい。
「……まあ、名前を聞いた時からそうだろうとは俺も思ってたけどな。天恵苗字……、あいつもフォリス院長やムースさんと同じ加護を持って生まれた人間って訳だ」
「はい。……そして、恐らく彼が持つ加護は『神風』。自分の意思で風を自由自在に操ることが出来る五つの加護の内の一つだと思われます」
吹き流れてきた風に目を細めつつも、的確に答えを言い当てるシャンプー。
そう、これが、この加護こそがシーキッドの持つ特別な力であり、そしてハルマ達に眼前の戦いが見えていなかった理由であった。
ハルマ達に二人の戦いが見えていなかった、もう一つの理由。
それは――、
シーキッド・ダグラス・バルトメロイは、『加護』によって目には見えぬ神風を吹かす者であったから、だ。
【後書き雑談トピックス】
多分シーキッドはポ〇モンならみず・ひこうタイプ。
別に電気に弱かったりはしませんが。
ちなみに、もしハルマにもタイプを付けるなら彼はノーマル・ゴーストで。
次回 第125話「決して分かり合えぬ者たち」
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