第123話 海賊
「我は海の覇者、シーキッド・ダグラス・バルトメロイ!!! この世界の全てを欲し奪う、罪の覇道を進む愚者である!!!!!」
――それは、あまりにも圧倒的な名乗りであった。
自分で自分を『愚者』と称しながらも一切恥じることも躊躇うこともなく、寧ろ当然の事のように堂々と言い切ってしまうその豪快さ。
そんなどこまでもぶっ飛んだ彼の在り方に、ハルマ達は文字通り言葉を失ってしまう。
「……」
あまりにも分かりやすく、そしてアホみたいにシンプルな反応。
だが、そうだとよく分かっていてもなお、身体はそんな反応を止めようとしない。
それほど、この男……シーキッド・ダグラス・バルトメロイは圧倒的で、豪快だったのである。
……だが、そんなハルマ達の反応を他所に。
一人、シーキッドの豪快な名乗りを冷ややかな溜息と共に受け流す者が居た。
「……ったく、相変わらずアホ丸出しだなテメェは。今更だけどさ、そんな生き方で恥ずかしくねえの?」
そう、最強の騎士ことヘルメス・ファウストである。
この空間でただ一人、彼だけはシーキッドの豪快さに当てられてなお言葉を失うことはなく、それどころか寧ろ普段より磨きのかかった罵倒を炸裂させていた。
しかし――、
「恥ずかしい? ああっはっは! そんな訳ないだろうさ! この生き方は俺が何年も切望し、そして叶えた夢の生き方だ! それを恥ずかしいなどとどうして思えるか!」
「……。……テメェに、常人の感性を期待した俺が馬鹿だったよ」
恥ずかしげもなく再び豪快に笑うシーキッド。そんな彼に対し、「はぁ」と分かりやすく少しオーバーにヘルメスは呆れの表情を見せる。
……それは、一見すると仲の良い友人の同士の会話のようにも見えるやりとりだった。もし今の状況を知らない者が彼らを見れば、昔馴染み達の会話だと勘違いしてもおかしくはないだろう。
だが、そんな微笑ましそうなやりとりの裏に流れる、ヘルメスの悍ましいそれをハルマは見逃さなかった。――いや、見逃せなかった。
「――!」
『それ』は――思わず無関係のハルマさえ震えるほどの圧倒的な【憤怒】だ。
例えるのなら、それは怒りと苛立ちをぐつぐつと何時間も煮込んだかのような、熱くそして同時に冷たい感情。相手を殺すのではなく、苦しめる事を望む歪んだ殺意。その存在自体を否定するかのようなどす黒い殺意、敵意、憎悪。
「……、……」
「……ハルマ君。大丈夫です、あの海賊の動きにはちゃんと私も警戒しています。だからそんなにならなくても平気ですよ」
「え? あ、いや、その……」
と、その時。ハルマからすれば少々的外れな言葉をシャンプーが投げかけてくれた。……どうやら、彼女はヘルメスの黒い感情には気がつかなかったらしい。
……まあ、とても頼もしい言葉なのは確かなのだが。それでも、ハルマの今の心情とはやはり少々ズレてしまっていた。
何故なら、今ハルマの心中を支配していたにはシーキッドではなく――、
「ッ……」
その時、ぶるりとハルマの全身に震えが走る。それはまるでハルマに確信を持たせるかのように。
……やはり、それは間違いなく、ハルマに流れた一つのとある『感情』が起こしたものであった。
……ああ、そうだ。間違いない。ハルマは今もなお表情と口調は普段の様子を装っているヘルメスに、内に隠した憎悪を微塵も自分以外には察知させないヘルメスに――、
天宮晴馬はヘルメス・ファウストに、この時初めて『恐怖』していたのだ。
「……ッ」
頬をつたる冷や汗と共に、ハルマはごくりと唾を飲む。
まだハルマはヘルメスと出会ってからそれほど長い時間を共に過ごした訳ではないが、それでも今のハルマには目の前の恩人がとても大きく、そして黒く黒く見えていた。
……だが、それでもいつまでもこのまま無言を貫く訳にもいくまい。
例え身震いするような恐怖を感じていたとしても、このままいつまでも話掛けなければ状況は進展しないだろう。故にハルマは少し声に震えを交えつつも、恐る恐るヘルメスに声を掛ける事にした。
「あ、あの……」
「……、……ん? ……あ、ごめん。もしかしてビビらせちゃった? ごめんね、ついちょっとイラついちゃってさ……わり、許してちょ」
「あ、いや、それは……」
ハルマが声を掛けた瞬間、一瞬で普段の雰囲気に戻るヘルメス。
その時そこに居たのは、もういつもの気さくなお兄さんといった感じの彼であった。
――……マジか。
その一瞬の早変わりに、ハルマは先程とは別の意味でヘルメスに再び恐怖する。
どうやら、そのまるで別人になったかのような一瞬の早変わりには、さしものハルマも少々不気味さを感じたらしい。
……なんだかんだ言いつつ、自分も同じような『狂人』である事はそっと棚に置きながら。
と、そんな風に二度目の恐怖に震えるハルマに対し、ヘルメスはハルマの心情には気づいていないのか、まるで何事もなかったかのように普段の穏やかな口調で話を続け始めた。
「悪いね、ちゃんと次からは気を付けるからさ。……んで、まあもうなんとなーく分かってくれたとは思うけど。あれがオーブ探し最大の邪魔ってワケ。前々から『オーブはテメェらが探してるような宝じゃねえ』って何度も言ってんだけどね、全っ然聞き入れてくんねえのよ」
「……ああ。まあ、人の話聞きそうにはないですしね……」
……というか、多分あれは聞いていたとしてもその上で無視するタイプだろう。
ハルマは実際にそう言う人と会ったことがある訳ではないが、それでも事実ああいうタイプはこっちが何を言おうと全部聞いた上で、なお無視するのがこの手のものではお約束だ。
某赤毛の王とか、某金色の王みたいに。
「そ。だからお陰様でめちゃめちゃ面倒されてましてね。今回みたいに船に乗り込んでよく喧嘩をおっぱじめやがんのよ。その癖、割と強えからなかなかとっ捕まえらんねぇし。だからほんとに邪魔で邪魔でね……。と、これがオーブ探しに僕が苦戦してる理由。ご理解した?」
「はい、よく」
「うん、ありがとう。……で、まあそんな訳だからさ、悪いけどハルマちゃんはシャンプーちゃんと一緒にちょっと後ろに避難してておくれ。何、心配しなくてもそっちには指一本触れさせやしねえからよ」
「え!? あ、いや、でも……!」
「ハルマ君、下がりますよ! 気持ちは分りますが、私達ではヘルメスさんには足手纏いにしかなれません!」
「……! ……」
と、ハルマの腕を少し強引に引くシャンプー。そんな彼女にハルマは一瞬反論しそうになった――が、すぐに断念した。
今のシャンプーの言葉はいくらハルマでもいくらか思う所のあるものではあったが……それでも、それは確かになんら間違いはない言葉でもあったからだ。
事実、シャンプーの言う通り今のハルマ達でははっきり言ってヘルメスの邪魔にしかならないだろう。
何故なら単純に彼とハルマ達では戦闘力が違い過ぎる。ハルマはもう言うまでもないが、例えさしものシャンプーであっても多分ヘルメスにはまるで追いつくことは出来ない。
そんな状態では、加勢した所でヘルメスにとっては邪魔にしかならないのだ。
故に、ハルマは悔しさに奥歯を噛み締めながらも、素直にシャンプーと共に後ろに下がる。
そんなハルマ達にヘルメスはニッと笑顔を向けると、またもや一瞬で表情を変えシーキッドと向かい合った。
「まったく……。あの子らはあんなに聞き訳が良いのに、なんで年上のテメェはこんなに効き訳が悪いんだろうな。テメェももういい大人だろ? いい加減夢みてえなことばかり考えて生きてんじゃねえよ」
「悪いな、小僧。生憎と俺は夢にしか生きる事が出来ない男でな。それは残念ながら叶わぬ願いというやつだ。そんな訳で一つ潔く諦めてくれ」
「……よく人に『諦めろ』なんて頼めたな。テメェ自分がどういう立場か弁えてんのか?」
「そうさな、そう言われてしまうとまあ何も反論できないのだが……。まあ俺は強欲なのでな、これくらいは平気で押し通させてもらおう。海賊とはそういうものさ」
「そうですかい。はぁ……ほんと、海賊ってのはダメな生き物だな」
もう何度目になるのか分からないヘルメスの重いため息。しかしそれとは対照的にシーキッドは、ここまで来ても未だその豪快な雰囲気を崩さない。
状況はまさに平行線、互いに一歩も引かない状況が続いていく。
「ああ、そうだとも。海賊なんてそんなものだ。目に映る物、欲したもの、美しいもの、それらを全て奪って、奪って、奪い尽くして――最後に全て奪われるが海賊よ。これほどまで馬鹿らしい生き方などそうはないだろうなぁ」
「よく分かってんじゃねえか。……でも、結局そんな風に言ってもこれからもどうせ海賊続けてこうってんだろ、テメェは」
「お前もよく分かっているではないか。ああ、そうだとも。誰に何を言われようと、何をされようと、俺はこの生き方を続けていくとも!」
「そうかいそうかい。そんならこっちもこういう手段に出ても……しょうがねえよな?」
「構わぬとも。というか、もういつもの事じゃあないか」
「ふん。俺は立場が立場なんだよ」
あくまで口調は変わらぬ腹立たし気なまま。しかし、ヘルメスはとうとうその手に剣を取る。
だが、シーキッドは微塵も焦ることはなく。寧ろ待ってましたと言わんばかりの笑みをその顔に浮かべていた。
「さあ、今日もいつものように始めようではないか! 今度こそ俺の『神風』がお前の剣を断ち切ってみせるとも!!!」
「……なら、まず俺に抜刀させてみせるんだな。話はそれからだ」
「ああ! ぜひ、そうしよう!!!」
瞬間、シーキッドは全身に風を――否、『神風』を纏わせ、最強の騎士ヘルメスに立ち向かう。
――この時。遥かに見える水平線を背に、『神風』の海賊と最強の騎士の
【後書き雑談トピックス】
魔法少女ではない。断じて魔法少女ではないのだ。
次回 第124話「『神風』を吹かす者」
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