第122話 海域を荒す者

「ヤッホー!」


 心地いい潮風に吹かれながら、ハルマはまるで子供のような屈託のない笑顔を浮かべる。

 現在、彼らが居るのはバルトメロイ海域のど真ん中。ハルマ達は海王国のオーブ捜索のため、海王トライデントから借りた船でヘルメスと共に広い広い海へと乗り出していた。


「いやー、やっぱり船はいいね。思わず『ヤッホー』と叫びたくなってしまうこの、ドキドキした感覚がなんとも言えぬのだよ」


「そうですね。まあ、どちらかと言えば私は『ヤッホー』は山じゃないかとも思いますが、そんな些細な事はこの爽快感の前ではどうでもいい事です」


「うん、もう何度か言った事だけどさ。ボケてるって気付いたのなら出来ればツッコんでね、シャンプー。愉快なハルマさんも流石にスルーは寂しいよ?」


「なら初めからボケるなよ」


「いやいや! それじゃあつまらないでしょ、ジバ公ちゃん。ぼかぁね、いついかなる時もエンターテイメントを忘れず生きていたいのよ。分かる?」


「分からん」


 最早言い返す気力もなくなったのか。完全に呆れ切ったと言いたげな表情でハルマをじっと見下ろすジバ公。

 ……全く、このスライムは本当にこういう所が分かっていない。限りあるこの人生、常に面白おかしく生きないで一体どう生きるというのか。例えそれがバカらしくても、アホらしくも、折角の人生なのだから楽しく生きなくてはもったいないではないか。


「そう、だからこそ俺は例えこの先もまた何度スルーされ続けようと、日々のちょっとした会話に鮮やかなボケを交えていきたいのだ。そうやって場を和ませ、暖かくしながら生きていく事が俺は何よりも楽しいからね」


「おお、流石はハルマ君です! 半分くらい何言ってるのか聞いてませんでしたけど、それはとても素晴らしい志だと思います!」


「……お前さ、なんか日に日に俺に対して辛辣になってきてない?」


「そうですか?」


「……」


「はっはっは。いやぁホント仲良いんだね、ハルマちゃん達」


「へ? あ、ヘルメスさん」


 割と思い切り心を抉ったシャンプーの言葉に、顔を歪ませるハルマ。

 そんな彼らに後ろからにこやかに話しかけてきたのは、海王国の騎士にして最強の騎士ことヘルメス・ファウストだ。

 どうやらその様子から察するに、彼もハルマ達の会話に混ざりに来たらしい。


「うんうん、やっぱ仲の良い友達ってのは良いもんだよ。ほら、僕はこんないい加減な性格なせいで友達少ないからさ。正直、ハルマちゃん達が羨ましい」


「いえいえそんな! 私とハルマ君がもう結婚して何十年経ってもいつも仲良しで一度も喧嘩もしたことないような近所で評判の仲良し夫婦さんみたいだなんて、それは流石に言い過ぎですよ! まあ、一ミリも否定は出来ませんが!」


「……うん、別にそこまでは言ってないけどね。何? もしかしてシャンプーちゃんっていつもこんな感じなわけ? ハルマちゃん」


「まあ……そうっすね。少なくとも出会った当初はこんなではなかったんですけど」


「そっかー。……うん。なんだ、その、まあ頑張れ」


「……はい、ありがとうございます」


 割とマジトーンの「頑張れ」が心に深く刺さる。

 がしかし、シャンプーがこんなになってしまった原因を探ると、どうしても最終的にはハルマ本人に行き着くため、ハルマはこの状況から逃げる事は出来ないのでありました。無念。


 ……と、なんやかんや話が(かなり)逸れてしまったが、ここで一度本題に戻るとしよう。

 わざわざヘルメスは話に混ざりに来たのだから、多分何かしらの用事があるのだろう。まあ、別にただ話に来ただけかもしれないが、とりあえず何か用があるのか聞いておくに越したことはない。


「それで? 何か用ですか、ヘルメスさん? あと若干スルーされそうになってますが、俺的には何故あのやり取りを見て『俺とシャンプーが仲良い』って判断したのかもかなり気になるんですが」


「なあに。毒のある発言が出来る間柄ってのは大体仲良しか、逆の超仲悪しかって相場は決まってるんだ。で、ハルマちゃん達は一緒に旅してるくらいなんだし、そんな仲悪しさんではないでしょ? だから仲良しなんだなって思ったのさ。……んで、用の方は今後の方針について話しとこうと思ってね」


「なるほど。……てか、ちゃんと今後の方針とかあったんですね」


「別に何の当てもなく海に乗り出した訳じゃあねえのよ? 一応こちとら大まかな予定は立ててから出航してますからね?」


「そうだったんですか。ちょっと意外でした」


「な。僕もてっきり何も考えないで海に出たもんだと思ってたわ」


 珍しくハルマの意見に素直に賛成するジバ公。

 どうやらはハルマ達は本気でヘルメスが何も考えていないと思っていたらしい。……まあ、それはまだ知り合って間もないハルマ達でさえ、もう分かりきったヘルメスのいい加減な性格のせいでもあるのだが。


「うーん。何だろう、この信用してるし信頼してるけど、でも尊敬はされてない感。言っておくけど僕は肉体的には最強でもメンタルは常人並みですからね? ……まあ、別に尊敬されたい訳じゃないしそんな気にしてはないけど」


「気にしてないんかい!!!」


「いつもの事だしね。……で、今後の予定なんだけど、とりあえずこれからしばらくは近くの島を順に巡って行こうと思ってる」


「ほう」


「まあ、もう島で聞き込みなんてのは何度もして来たことだけどさ。海ってのは情報の流れも早いからね、割とちょっとしたらすぐに新しい事が起きてたりもするのよ。例えば魚取った時に変なのも一緒に釣りあげたり……とか」


「そうなんですか。……ん? じゃあ、もしかして今もこの船は近くの島に向かって行ってるって事ですか?」


 それは会話の流れから浮かんできた順当な疑問だ。

 そんなハルマの質問に対し、ソメイはニカッとニヒルな笑みを浮かべながらその質問を待ってましたとでも言いたげな風に答える。


「ご名答! 今この船はここから一番近くにある島。……その名も『アーチボル島』って所に向かってる真っ最中さ。安心安全のオート運転で素早く快適にお送り中ですよ」


「そいつはありがたい。……ちなみにヘルメスさん。つかぬ事を伺いますが、そのアーチボル島ってのは名産品に水銀があったりはしませんか?」


「いや、別にないけど……なんで? 欲しいの、水銀? 言っとくけどあれは食えないからね?」


「別に食べ物だとは思ってないですよ!!! ただ、その、ちょっとしたあれで……」


「?」


 うむ。何やらなんとなく聞いたことがあるような名前の島だったので、一応質問してみたが……やはりだからといってそういう事になる訳ではないらしい。

 まあ、そもそもこのハルマの確認は『あれ』を知らない人には「なんのこっちゃ?」と言った話であり、まず世界ごと違うこの異世界ではそんなネタ通じるはずがないのだが。

 ……しかしそれでもハルマは『あれ』を知り、そしてそれなりには『あれ』のシリーズを愛する者の端くれ。そんな者としてこの質問はせざるを得なかったのである。

 最近、これの親戚のイベントの復刻もやったし。


「どったのハルマちゃん? まあ使用用途にもよるけど、何かで水銀が必要だってんならヘルメスさんが買ってあげるよ?」


「なッ! そ、それなら私が用意しますので大丈夫です! ハルマくん待っててください、今から私が大浴場いっぱいになるくらいの水銀を準備してきますので!」


「そんなに要らんわ!!! てか、どっからそんな大量に用意してくるんだよ!?」


「え? そりゃ、鉱山にでも行って銀を溶かしてドロドロと」


「……シャンプー。一応言っておくけど水銀は銀とは全く違うもんだぞ」


「え!? そうなんですか!?」


 ジバ公の補足にに本気で驚くシャンプー。……どうやら本気で銀と水銀は同じものだと思っていたらしい。

 ……まあ確かにどちらも名前に『銀』と付いているので勘違いする気持ちも分からなくはないが、実際には銀と水銀はまったく違うものだ。具体的に言うと沸点や密度が全然違うし、安全性の面でもかなり違いがある。

 銀はそこまで危険ではないが、水銀は割と有名なくらいには立派な毒だ。特に水銀は中枢神経に対して強い毒性を発揮し、かの始皇帝もその死因は水銀であったと言われている(始皇帝は自分で食ったらしいが)。


 ……と、なんかいつの間にか銀と水銀の知恵袋コーナーになっていたが、とりあえず銀と水銀は全く違う物なのです。

 みんなもその辺り勘違いしないようにね。


「……あれかい? ハルマちゃん達はいつもこんな風に旅してんの?」


「そうですね」


「そっか……。うん、まあ賑やかなのはいい事だね」


「賑やか。うん、まあ確かに賑やかではあるか」


 ……どちらかと言えば「うるさい」の方が正しいような気もするが。まあそこは別に敢えて訂正する必要もないだろう。

 そもそもの話、ハルマもその「うるさい」の筆頭な訳ですし。流石に自分で自分の首を絞めるような事はハルマもしないのである。


「……てか、さっきの話ってホムラとソメイにはしなくて良かったんですか? それとももう先にしてあったんです?」


「ごめん、さっきの話ってどれの事? もう何かいろいろ飛躍し過ぎて微妙に何の話がしたいのかが分からなくて……」


「あ、すんません。今後の方針についての事です」


「ああ、それね。いや、僕ももちろん二人にもしようと思ったんだけどさ。さっき様子を見に行ったら二人とも寝ちゃってて。流石に起こすのは良くないかなぁと思って二人は後回しにしたの」


「いや寝てんのかよ、あいつら」


 ……それはいくらなんでも少し呑気過ぎやしないだろうか。

 一応これでもハルマ達は現在復活までリーチが掛かっている魔王のオーブを、何としても先に見つけ確保しておかないといけないというのに。

 そんな状況下でもなお、パーティメンバーの3分の1が平然とお昼寝中とか一体どうなってるんだ。


「ホムラちゃんはもうぐっすりって感じだったね。ま、多分見た目から察するにベットでしばらくゴロゴロしてたら、波の心地良さも相まってそのまま寝ちゃったってところじゃないかなぁ」


「子供かよ……。……いや、確かにゆらゆらして眠たくなる気持ちはちょっと分かるけどさ」


「まあね。……で、次にソメイ君の方なんだけど、あの子に関しては『寝てる』って言うよりはどっちかって言うと『寝込んでる』の方が正しいかなー」


「寝込んでる?」


「そう。どうにもソメイ君いつも乗ってる船とサイズとか速度が違うから、いろいろ上手くいかなくて船に酔っちゃったみたい。さっき見に行ったらずっと顔真っ青にして部屋で辛そうにしてたよ」


「ああ……。まあ、それはしょうがないか。流石に船酔いにダメ出しはちょっと可哀そうだし」


 船酔いは生理現象、それに対し文句を言うのはいくら何でも少し酷な話だ。それにハルマも昔は病弱でよく乗り物に酔っていたからその辛さはよーく分かっている。


 ……しかし、それはそれとして。ハルマとしてはあのソメイでも船に酔うとは少し意外だった。確かに今回の船はいつもの船とは大分違う船だが、それでも日々騎士として様々な出来事に挑んできたソメイがまさか船で酔ってしまうとは。

 どうやら肉体的に強かったり、アンバランスな状況での戦いに慣れていても、酔わなくなったりするという事はないらしい。


「つまり、人はいくら鍛えても乗り物酔いには勝てないって事なのか……」


「うーん……。まあでも確かに戦いと船とじゃいろいろと感覚が違うし。いくら戦い慣れてても酔いには強くなれないかもね。……あ、ちなみにだけどヘルメスさんは全然平気ですよ。まあ海王国の騎士が船に酔うなんてどんなシャレだよって感じだけど」


「まあ、そうですね」


 ま、そんな事言ったら世の中には「泳げない海賊王を目指す海賊」とかも居たりするのだが。

 別にそれは一々言わなくともいいだろう。そもそも、わざわざ話の腰を折る必要はない。


「……と、まあそんな訳でソメイ君達はしばらく動けなさそうだから、二人には後で僕からこの話はしておくよ。ハルマちゃん達は気にせずのんびりしてくれてていいからね」


「すみません……」


「いいのいいの、元々今回のこれは僕の仕事なんだし。これくらいの事は当然さ。それにそもそもこのオーブ探しもを除けばそんなにめんどい仕事じゃあないしね、そんなに負担が増える訳じゃないのよ」


「ある一点?」


「あれ、まだ話してなかったっけ? 僕がなんでこんなにオーブ探しにてこずってるのか」


「え……? それは、この探す範囲が広いからじゃないんですか?」


「いや、まあ確かにそれもあるけど、理由はそれだけじゃないよ。寧ろこっちの方が理由としては大k――、……、……ッ!!!」


「ヘルメスさん?」


 と、その瞬間。

 突然ヘルメスは言葉を途中で途切れさせると、怒りに満ちた少し恐ろしい視線を遥か海の彼方へと向けた。

 だが、そこに何かがあるようにはハルマ達には見えない。


「……ヘルメスさん?」


「……チッ、やっぱ見間違いじゃなかったか。……ああ、ごめん。ちょっと嫌なものが見えちゃってね」


「嫌なもの?」


「うん、凄く嫌なもの。このオーブ探しの一番の邪魔になってる、凄え面倒なもんさ」


「……?」


 そう言いながら、ヘルメスの表情は明らかに不機嫌なものへと変わっていく。

 だが、やはりヘルメスの見つめた先に何が見える事はない。そこにあるのは変わらず綺麗な海と、その果てに見える水平線のみ――


「……、……ん?」


 と、その時その果ての水平線でハルマは何か動いたように感じた。

 初めはそれはただの見間違いか勘違いかと思ったのだが、見つめる内に次第とその動きは大きくなっていく。


 ……何かが、水平線の果てからこちらに向かって近づいて来ていた。


「……なんだ、あれ? シャンプー、ジバ公、見える?」


「僕にはまだ何かが近づいて来てるとしか……」


「うーん、もう少し近づけば見えそうなんですが……。 ……、……ん? あれは、船……ですかね?」


「船?」


 必死に目を凝らしながらそう答えるシャンプー。

 ……なるほど、確かにそう言われてみればそれは船に見えない事もない。

 だが、しかしその船はハルマが今まで見てきた船とは大分違う形をしており……。


「……まさか」


「ふふ、分かったっぽいねハルマちゃん。そう、そのまさかだよ。あれがこのオーブ探し最大の難点さ」


「!」


 どんどんと近づいてくる船。

 そのスピードはかなりもので、先ほどまでは小さな点にしか見えなかったそれは、今ではもうしっかり船と認識出来る所にまで来ていた。


 ……そう、だからこそハルマ達にはその船のおかしさが目に見えて分かる。


 他の船にはない巨大な砲台と真っ黒の船体、隠そうともしないその豪快で粗暴な雰囲気は見る者全てに本能的な警戒心を与えていた。

 実際、その船に乗っている者達も何だかガラが悪そうな者ばかりであり、とてもじゃないが友好的な印象は受けられない。

 おまけに帆に描かれた巨大な髑髏のマーク。この悪目立ちとし言いようがない悪趣味なデザインが、何よりも真っ先にそれが『危険』なのだと伝えていた。


「……おいおい、本当にイメージそのままじゃんかよ。もうちょっと何か捻れなかったのか?」


 あまりにも「それ」がイメージ通り過ぎたが為に、つい呆れの言葉がため息と共に漏れてしまったハルマ。だが、実際「それ」はそんな反応をしたくなりたくなるくらいそのまんまだったのだからこれはしょうがない事だろう。



 そう、「それ」は誰がどこから見てもまさに『海賊船』そのものであった。

 そして……、



「ぶわっはっは!!! おう、小僧! 今回はまた随分と馬鹿でかい船を引っ張りだしたもんだな! さてはとうとう本格的に宝探しに乗り出したな?」


「馬鹿野郎、何度も言ってるだろ。俺がやってるこれは仕事、テメエらみたいに好きに遊んでるんじゃねえんだよ。何度も同じこと言わせんな」


 船の先に立つ豪快な大男は躊躇う事もなくヘルメスへと話しかける。

 そんな大男の態度にヘルメスは心底億劫そうな様子を見せたが、それでも無視することはなくヘルメスは律義に大男へと文句を込めた返事を返した。


「ヘルメスさん、あいつは……」


「ああ、うん。まあ見ればもう分かると思うけど、あの海賊船の船長さ。昔この海で大暴れした三賊レンネルに憧れて海に出た大馬鹿のね」


「――!」


「おい、初対面の人の前なんだ。せめて名乗るくらいしたらどうなんだ、馬鹿」


「ん? ああ、これはすまん! つい浮かれてしまい気付かなんだわ!!!」


 ハルマはガッハッハとこれまた豪快に笑うその姿に、どことなくあの遺跡で見たレンネルの面影があるような気がした。

 そして、そんな豪奢と剛力に満ちた大男は一切その雰囲気を崩すことなく、堂々とハルマ達へ自らの名を告げる。




「我は海の覇者、シーキッド・ダグラス・バルトメロイ!!! この世界の全てを欲し奪う、罪の覇道を進む愚者である!!!!!」




【後書き雑談トピックス】

 ようやっとこの方の登場まで話が進みました。

 まさか去年の8月のケツに始めた5章の主要人物全員登場までに、年越すことになるとは……。

 毎日更新してた頃が懐かしいですね。(頑張れよ)



 次回 第123話「海賊」

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