第125話 決して分かり合えぬ者たち

 ――それは、きっと喜びから零れた笑みだった。


「本当に……本当にどうかしている! 一体何を食ったらそんな身体になると言うんだ!」


 一粒の冷や汗と未完成の笑みを浮かべながら、シーキッドは目の前の男にそう叫ぶ。さも当然の事のように駆け抜ける最強の騎士こと、ヘルメス・ファウストに向けて。


「ああ、全く貴様と言う奴は……本当に!」


「……」


 それは一見呆れているかのようにも聞こえる言葉。

 だがその言葉を発する当の本人の顔には、驚愕と呆然に邪魔され上手く出力出来ていないものの確実に『笑顔』と呼ばれる表情が浮かんでいた。


「これだから本当に面白い!」


「……。そうかよ」


 きっとそれは喜びが生んだ表情だ。

 そう、シーキッドはいつだって、自分の強さと『加護』を簡単に追い抜いていくこの男に心の底から歓喜していたのである。

 それはまだまだ上が存在する事への喜びか、はたまた強者と戦える事への喜びか、それとも――、


「もっとだ! もっと、もっと俺は震えるぞ! この程度の騒めき、嘶き、蠢きでは到底物足りん!!!」


 まあどうであれ、それで彼の自由なる歓喜が震えている事に変わりはない。


 そして『神風』はさらなる風を吹かす。

 真空を纏いながら進む目に見えぬ狂悪な凶器を、弱者を吹き払いながら進軍する凶悪な狂気を、この凶器と狂気を何とも思わぬ男に向けて。


「ああ、本当にこれだから! 人生というヤツは素晴らしい!!!」


 風と、凶気を、その余りにも自由な背中に引き連れながら。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ――きっと、それは怒りから零れた笑いだったのだと思う。


「本当に、本当にこの男は……どこまでもどうかしてやがる」


 どれだけ海面を駆け抜け両の足だけで空を飛ぼうと、汗一つ流さぬ冷ややかな顔色のまま。ヘルメスは零すようにそう小さく呟いていた。


「……」


「ああ、全く貴様と言う奴は……本当に!」


 一見呆れているかのようにも聞こえる言葉を叫ぶシーキッド。

 だがその言葉を発する彼の心中をヘルメスは知っていた。今、奴の中に流れている感情は呆れなどではなく、どうしようない歓喜だという事を。

 ……まあ、それ以前に彼の顔には上手く出力は出来ていないもののどう見ても笑顔にしか見えない表情が浮かんでいたのだが。


「これだから本当に面白い!」


「……。そうかよ」


 だから、きっとあれはその歓喜が生んだ表情なのだろう。

 そうだ、この男はいつだって自分の強さと『加護』を簡単に追い抜いていくヘルメスに、心の底から歓喜していているのである。

 それはまだまだ上が存在する事への喜びなのか、はたまた強者と戦える事への喜びなのか、それとも――、


「もっとだ! もっと、もっと俺は震えるぞ! この程度の騒めき、嘶き、蠢きでは到底物足りん!!!」


 まあどうであれ、それがヘルメスの脳内にどす黒い感情を作る事に変わりはない。


 故に『最強』はさらなる殺意を燃え上がらせる。

 真空を纏いながら進む目に見えぬ狂悪な凶器を薙ぎ払い、弱者を吹き払いながら進軍する凶悪な狂気を吹き飛ばし、この凶器と狂気を風吹かす男にますます敵意を昂らせながら。


 ……何故、そこまでこの男にこんな黒い感情を抱くのか自分でも少し疑問に思いつつ。


「ああ、本当にこれだから。人生ってのは厄介なんだ」


 黒い炎と、凶気を、その余りにも強靭な身体にのさばらせて。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「――SIN陰流、雷来」


「おおっと!?」


 瞬間、振りかざされる鞘入りの剣は確かな雷撃を纏っていた。

 きっとあれは本来抜刀して放つ技のはずだ。それを一切抜刀する事なく平然と鞘のまま打ち放つとは、本当に……本当に最強の騎士というやつは出鱈目な強さである。


「いや、だとしてもおかしいだろさ……。なんで世界に5つしかない『加護』を持ったシーキッドの方が印象薄いんだよ。普通こういうのは相手側が超絶無双して一旦こっち側が負ける展開だろうに」


 あまり強さに逆に呆れの言葉が出てしまうハルマ。だが、今回ばかりはハルマの言い分ももっともなような気がしてしまう。

 事実、今眼前で起こっているこの戦いの主役は誰がどう見てもヘルメスの方だった。


「まったく、当たり前のように風を切り裂くんじゃない! こっちの常識を疑いたくなるだろうが!」


「知るかよ、そんな事」


 風を一つ、二つ、三つ。当たり前のように斬り落としていく。

 本当に何事もでもないかのように、それが当然の事であるかのように、鞘に納めたままの剣で撃ち落としていく。

 そしてそのまま歩む足はシーキッドに向けて直進。その間にもシーキッドは形や大きさ、数を変えて風を吹かすも事実は何も変わらない。


 まるで、大雨のように数え切れぬ程の風を吹かせてもヘルメスは全て打ち払い。

 きっと、大木だって打ち砕けるような強風を放ってもヘルメスは片手で弾き飛ばし。

 恐らく、大火だろうと薙ぎ払だろう突風を放とうともヘルメスは微動だにしない。


 事実は、何も、変わらないのだ。


「SIN陰流、雨刀身」


「があッ――!?!」


 だが対するヘルメスの放つ一撃は、たった一つで大きく事実を捻じ曲げた。


 これまた当たり前のように、本来一生の内に一つ会得出来れば上出来とされるSIN陰流の二つ目を使いながら振るわれた剣。

 その一撃を受けたシーキッドは傷を抑えつつ、なんとも釈然としない表情を浮かべていた。


「……。なあ、一応確認なんだが……。今、俺防御したよな?」


「ああ、してたぞ。どうした、何かあったのか?」


「……。なるほど、要するにの攻撃という訳か。やれやれ……、本当に何でもござれだな、貴様は!」


 そう、それこそがSIN陰流 雨刀身の真価。

 激流を纏うこの剣の前にはどんな防御も意味を成さず、このまるでチェーンソーのように渦巻く水の刃にその身を引き裂かれてしまう。

 そんな、使う者によっては最後の『必殺技』となっていても何らおかしくはないこの技。それをこの男、ヘルメス・ファウストは数ある自身の技の一つとして軽く使いこなしたのだった。


 ……それが、如何に常識外れな事なのかは、シーキッドもしっかりと理解していた。故に――否、だからこそ、


「だが、……それが、良い! ああ、そうだ! そうだとも! これぐらい、これぐらい常識から狂った者でなくては、戦いは面白みがないというものだ!!!」


 その身の歓喜をさらにさらに震えさせる。

 ――そして、


「ああ、そうかい。だが、もうテメエのその理屈は聞き飽きたさ!!!」


 それに呼応するかのように、ヘルメスはさらに敵意と殺意を燃え上がらせるのだ。


「――いくぞ、小僧!!! 次の『神風』も受けきれるか!?」


「当ったり前だ、クソ野郎!!!」


 響く二つの叫び。

 そしてその叫びを合図に両者再び足を弾き、その感情を極限まで昂り震えあがった――その瞬間、



「ヘルメスさん!!! シーキッド!!!」



 その極限に一つの声が割り込んだ。


「――!? なっ、どうしたハルマちゃん!?」


「二人とも前! 前!!!」


「……前? ――なッ!? クソ! いつの間に!?」


「これはこれは。どうやらちいとばかり、のめり込み過ぎてしまったか……」 


 叫ぶハルマの声のまま、前に向き直るヘルメスとシーキッド。

 その眼前には、黒くそして何よりも高く聳え立つ一つの脅威が佇んでいた。


 海を渡る全ての者の黒き自然の恐怖……嵐の海域が。




【後書き雑談トピックス】

 第125話の構成成分。

 布団85%、パスタ&ピザ5%、風呂上り10%。


 

 次回 第126話「嵐の海域」

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