第6話 ゼロリア水晶捜査線

「ん? なんだ兄ちゃん?」


「……わお」


 意気揚々と酒場に入ったハルマ。

 と、そこまでは良かったのだが……中にいる男達はそれはそれはガタイのいい方達だった。

 その迫力にハルマは一瞬で怯えてしまい、一気に気力が削がれていく。

 端的に言うと普通に怖かった。


「あ? どうしたんだよ、兄ちゃん達」


「あ、いや、えっと……」


「もう……! だから言ったのに……!」


 ハルマの後ろに隠れたりはしないものの、ホムラもハルマ同様にビビってしまっている。

 ……なら、ここはハルマが頑張らないといけない。

 ちょっと怖いけど勇気を出して話しかけてみよう。


「何だ? 酒飲みに来たのか? まだ兄ちゃん達に早いんじゃねぇか?」


「あ、いや、えっと……少し聞きたいことがありましてですね……」


「聞きてぇこと?」


「えっと、実は俺……じゃなくて僕たちはレイトスさんに頼まれて探し物をしておりまして……」


「レイトス? ……ぷっ、あっははははははは!!!!」


「!?」


 恐る恐る要件を話すと……何故かハルマ達はメチャクチャに笑われた。

 何か変なことを言っただろうか、と考えるがその答えが出る前に荒くれたちが笑いながら事情を話し始める。


「そうか! さては兄ちゃん達この街に来たばっかりだろう?」


「へ? あ、はい」


「やっぱりか。何、この街じゃレイトス爺さんが物を無くすなんてよくあることだからな。『また無くしたのか』と思っちまってよ、いきなり笑って悪かったな」


「あー……」


 まあ、あの忘れっぽさなら度々無くし物をしてもおかしくはない。

 が、この笑われ方からして結構な頻度で無くし物をして街を騒がせているようだ……。


「それで? 今回は何を無くしたんだ?」


「水晶玉だそうです」


「なッ!? それはやべえな……てかそんな大事な物まで忘れるなよ……」


「……それは俺も思います」


 ホント、なんでそんな生命線といっても差し支えない物まで忘れるのかはハルマも疑問ではある。

 がしかし、実際無くしてしまった物はしょうがない。

 それは今後レイトスさんに気を付けてもらうしかないだろう。


「えっと、それでレイトスさんが昨日何してたか知ってる人居ませんか?」


「昨日? おい、誰か知ってるかー?」


 ――なんか……意外と優しいなこの人達。


 厳つい外見とは裏腹に案外優しい荒くれ達。

 嫌そうな顔一つせずハルマの捜索に協力してくれていた。

 最初、怯えたことにハルマは少し罪悪感を覚える。


「レイトス爺さんなら昨日郵便局で見たぞ」


「ホントですか! ありがとうございます!」


「おう。まあ頑張れよー」


 そんな訳で優しい荒くれ達に見送られ、ハルマとホムラは郵便局に向かって行くことに。




「……ハルマ凄いわね」


「何が?」


「だって怖くなかったの? あの人達は優しかったけど、普通ああいう所に居る人って怖い人ばっかりよ?」


「ああ、うーん……。ごめん、最初はあんまり考えてなかったわ」


「ええ……」


 ジト目ででハルマを睨むホムラ。

 まあ、何も考えずに酒場に突っ込んで行ったハルマの判断はかなり危ういものだったのは事実だが。


「……。それで郵便局って何処にあるのかな」


「そこの先よ、ほらあのワイバーンがいっぱい居るところ」


「……え? あれ? あれ、牧場じゃないの? 確かに建物は綺麗だけどさ」


 ハルマにはとてもじゃないが郵便局には見えなかった。

 確かに建物は綺麗で、元の世界と同じように赤を基調としておりそれっぽいが……。

 何よりも建物の周りに大量に居るワイバーン達が凄まじい違和感を作り出している。

 さながらそれは動物園のようであった。


「郵便局よ、ワイバーン郵便局。あの子達に乗って荷物を運ぶの」


「ほえぇ……」


 ドラゴンに乗って郵便とは流石は異世界。

 元の世界じゃドラゴンというだけで神秘的なのに、それがこの世界では人々と共に生き、人々を運んでいるのだから驚きだ。


「ここに水晶玉あるといいわね」


「だね」




 ―建物の中―

「全く! 一体いつになるのじゃ!!!」


「――!」


 建物に入って一番最初に聞こえてきたのは老人の怒鳴り声。

 ハルマとホムラは自分が怒られた訳でもないのについ委縮してしてしまう。

 それくらいその声は恐ろしさと威厳に満ちていたのだ。


「儂は昨日も6時39分から5時間31分待たされたのじゃぞ!? 今日だって儂は7時2分から待っている! 一体どれ程儂を待たせるのじゃ!」


「で、ですから……。こちらにも順番がありまして……」


 ――やけに記憶力良いなあの爺さん……。


 若干ズレたことを考えつつ、ハルマもカウンターへ。

 ちょっと怖いのでなるべくあのお爺さんには関わらないようにして。


「あのー、一つお聞きしてもいいですか?」


「どうしました?」


「この郵便局に昨日忘れ物とかありませんでした?」


「ああ、もしかしてレイトスさんですか? 確かに昨日の朝にいらっしゃられはしましたが……特に何か忘れはしておりませんよ」


「そうですか」


 残念ながらここには水晶玉はないようだ。

 というか、『忘れ物』と言っただけでレイトスさんが関わっていると思われるとは……もはや筋金入りである。


「レイトスさんなら昨日『次に行くのは果物屋』と言っておりましたので、そちらを伺ってみては?」


「! ありがとうございます!」


 さて、ならば次に向かうは果物屋だ。

 ……なんだか、このままたらい回しにされるような気がしないでもないハルマだったが。

 まあそんなことを不安がっていてもしょうがない。


「ハルマ、何か分かった?」


「ここには水晶玉がないことと、果物屋に向かったってこと」


「そっか、じゃあ次は果物屋ね」


 さて、この水晶玉探しはいつになったら終われるのだろうか。


「ええい! まだか!? 儂はもう今日は1時間と43分も待っているのじゃぞ!?」


 ……あのお爺さんの問題も早く終わればいいが。




 ―果物屋―

「ん? ああ、昨日のお前さんか。なんだ、またミンゴ買いに来たのか?」


「今日はそうじゃないんだ、ちょっと聞きたいことがあってさ。……まあそれはそれとしてミンゴは貰おうかな」


「毎度」


 実はこっそりミンゴの美味しさに魅せられてしまったハルマ。

 あの甘酸っぱさがなんとも言えないのである。


「それで? 聞きてえことって?」


「昨日レイトスさんが来なかったかな? ちょっと探し物してるんだけど」


「ああ、またあの爺さんか。確かに昨日来たが……特に忘れるようなものは持ってなかったぞ?」


「え? マジで?」


 ……ということはレイトスさんはここに来る前に無くしたことになる。

 っていうかそんなに早く無くしたのなら普通気が付くと思うのだが。


「うーん……ってことは結局無くなったのは郵便局ってことか?」


「でもそれなら郵便局の人が管理してるはずじゃない?」


「そうだよな」


 でも郵便局に水晶玉はないという……これは一体どういうことか?


「これは……事件ね」


「どゆこと?」


「つまりレイトスさんが忘れた水晶玉を誰かが持って行っちゃったのよ。そうじゃなかったら郵便局にあるはずでしょ?」


「なるほど……。ってそれ泥棒じゃん!」


「そうよ、だから事件って言ったの」


 なんてことだ。

 ただの物探しのはずが、まさかの盗難事件に発展。

 これは少し面倒なことになってきてしまった……。


「どうする? また郵便局に戻る?」


「うーん、まあそうするけど……。盗られたんだったら郵便局の人に聞いても意味ないよな……」


 誰か、誰か昨日レイトスさんが来たときのことをしっかり覚えている人……。

 具体的に言えば誰が近くに座ったとか鮮明に覚えていそうな都合のいい人……。

 そんな人が居る訳……居る訳? あれ?

 と、その時ハルマの脳裏に一人の人物が思い浮かぶ。




 ―郵便局―

「何じゃ? 儂に用か?」


 ハルマとホムラが話しかけたのは郵便局のお爺さん。

 即ち、あの異様に記憶力のいいお爺さんだ。


「あのー、お爺さん昨日のレイトスさんが来たときのこととか覚えていませんか?」


「レイトス? ああ、覚えているぞ」


「ホントですか! あの、良ければ教えてくださいませんか?」


「良いぞ、すっかり全て鮮明に覚えておるからの」


 ――凄えな、この爺さん。


 この記憶力、少しくらいレイトスさんに分けてもらえないだろうか。

 ハルマは心底そう思ったが、まあ出来ないことを強請ってもしょうがない。


「昨日の7時11分、3番玄関からレイトスは入ってきたのう。そしてそこの椅子に座って21分ほど自分が呼ばれるのを待っておった」


「ほうほう」


「それで呼ばれる2分ほど前に別の客が隣に座ったの。結構ガタイのいい男じゃった」


「ソイツだ! ソイツが犯人だ! 頼む、爺さん! ソイツがどんな奴だったか教えてくれないか!?」


「おう、良いぞ。儂の記憶力にかかればただの絵でも……」


 パパっと紙に男の絵を描き始める記憶爺さん。

 そして、ものの1分もしないうちに絵は完成した。

 そこには酒場の荒くれにも負けない厳つさ&立派な髭の男が描かれている。


「この通りじゃ」


「すっげえ!!! もうこれほとんど写真じゃねえか!」


「これ良いか?」


「ああ! ありがとうございます!」


「うむ。……さて、儂の番はいつになるんじゃ!?」


 そんな訳で、犯人の手がかりをいとも簡単に手に入れた二人。

 記憶爺さんの問題は全然解決していないが……、それはまあ早く終わることを祈るしかない。




 ―酒場―

「で? ここに戻ってきたのか?」


「はい、そういう訳です。誰かこの人知りませんか?」


 再び情報を求めて酒場へ。

 怖い人達じゃないと分かったらホムラももうそんなに怯えてはいない。

(相変わらず喋ろうとはしないが)


「うーん……? 見たことねえヤツだな……」


「そうですか……」


 がしかし、ハルマの期待した情報は得られず。

 まあ、流石に何でも知っている訳ではないのでそれはしょうがないことだ。

 こうなったら多少面倒だが、街の人に聞き込みを――と思ったのが。


「ソイツ、俺は知ってますぜ」


「え?」


「だから、ソイツのこと俺は知ってますぜ」


 掛けられた一言。

 その声は酒場の隅で一人酒を飲んでいた怪しげな雰囲気の男のものだった。



【後書きモンスター図鑑:ワイバーン】

 端的に言えばドラゴン、その中でも飛竜と呼ばれる種類に該当する。

 見た目は恐ろしいが、そのほとんどが子犬のように大人しい性質。

 その為、この世界では古くから人と共存してきたようだ。

 なお北の大陸には竜たちがたくさん屯するスポットもあるらしい。



 次回 第7話「欲望の街 ワンドライ」

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