第5話 ハルマと最初の英雄譚

 さて、疲れに疲れた夜から一晩。

 窓の外には眩しい朝日が昇っていた。


「……朝か」


 確かに寝ることは出来た……が、いろいろあり過ぎたせいで疲れが全然取れていない。

 その証拠にハルマの目の下にはくっきりとクマが出来てきた。


「あ、おはようハルマ。昨日はいつもと違う枕だったでしょうけど、よく眠れた?」


「うん、まあ眠れはしたかな。……あと、子供じゃないんだから枕変わったくらいで眠れなくなったりはしないよ」


「そう。それなら良いんだけど」


 ――どうにも子供みたいに見られてるな……。そんなに子供みたいに見えるかね?


 まあ、ホムラのこの感じもしょうがないことなのかもしれない。

 ハルマは161cmと高2にしては結構背が低く、顔も俗に言う『童顔』というやつだった。

 故に元の世界でも時たま中学生に間違えられることが多々ある。

 ハルマは自分の歳をホムラに話したりはしていないので、もしかしたら14歳くらいだと思われているのかもしれない。


「今度機会があったら訂正しておくかな……」


「?」




 ―街に出て―

「そう言えばさ、何も聞いてなかったけどホムラってここに何か用があるの?」


 宿を出て再びゼロリアの街を歩く二人。

 特に何も聞かないで着いてきたハルマは、今更なことをホムラに質問する。


「ええ、ここに居る人を訪ねに来たのよ」


「人?」


「うん、このゼロリアには凄く有名な占い師が居るの。……知らなかった?」


「知らなかった」


 当たり前だが、こっちに転生してきたばかりのハルマがそんなことを知っているはずがない。

 ただ、ホムラの感じからしてその人は結構有名な人のようだ。


「占い師か……」


 ゾクゾクっと小さな鳥肌がハルマに走る、それは小さな興奮の鳥肌だ。

 今、ハルマは脳内にてまさに『ベタなファンタジー占い師』を想像していた。


 ちょっと胡散臭い雰囲気のお婆さん。

 青く鏡のような水晶玉。

 薄暗くオカルトな空気が漂う建物。

 そして予言の如く全てを見通す力。


 そんなあるあるを実際に見ることが出来るのではないか、と大きな期待が零れ出てしまったのだ。


「どうしたの? ちょっと変な顔しているけど」


「へ? あ、うん、なんでもない。なんでもないよー」


「そう? なら良いのだけど。……あ、ここよ。ここが占い屋」


「おお……おぉぉぉ? あ、あるえー……?」


 ホムラが指さす建物は……ハルマの予想とは些か違った。

 特に怪しい雰囲気はなく、普通にどこにでもありそうな建物なのだ。


 ――まあ、ヤバい建物だったら入りにくいし……しょうがないのかな……。


 若干期待を裏切られ、ちょっとしょんぼりしながら建物の中へ。

 がしかし……?


「失礼しまーす、占いをー……あれ?」


「誰も居ないね」


 中には誰も居なかった。

 そして、内装もハルマが期待していた感じではなく、普通におしゃれな建物。

 おどろおどろしい感じも、オカルトな雰囲気もちっともない。

 まあ外装が普通だった時点でハルマは既に想像は出来ていたが。


「おかしいな……、別にお休みとかじゃないはずなんだけど」


「ちょっと出かけてるんじゃない?」


 元の世界だったら職務中に仕事放棄してお出掛けとかあり得ない、が……。

 RPGとかならばフリーダムな仕事人は割と居る。

 そもそもここは元の世界ほどカツカツした雰囲気でもないし、特にそれくらいは問題ないのだろう。


 ――ってことは……これもそのパターンかな。


 そんな訳で、とりあえず占い師が帰ってくるまで待つことにした二人。

 しばし、中で待ちぼうけていると……。


「大変じゃ! 大変じゃー! 儂はもう終わりじゃー!!!」


「!? な、何!?」


 メチャクチャ焦った様子のお爺さん……もとい占い師が駆け込んできたのだった。




「ああ! あああ! これから儂は一体どうすればいいんじゃー!?」


「お、落ち着いてください! 一体どうしたんですか!?」


「おわ!? 誰じゃね君達は!?」


 動揺に驚きが重なる占い師。

 ホムラのただの問いかけにさえびっくりして飛びのいてしまった。

 どうやらよっぽど大変な何かがあったらしい。


「あ、すみません名乗りもせずに。私はホムラ・フォルリアスといいます。ここには占いをしてもらいに来ました。で、こっちが……」


「俺は六音時高校生徒会長代理、天宮晴馬です。どうぞよろしく」


「ろくおんじこうこう?」


「ああ、気にしないでください。伝わらないのは分かってますから」


「だから、じゃあ何で言ったの!?」


「……。とりあえず、貴方達はお客人なのじゃな」


 ハルマとホムラの自己紹介コントに若干驚きつつも、そのおかげで占い師は少し落ち着きを取り戻す。

 こういう時は雰囲気を和ませるのが効果的なのだ。


「しかし申し訳ないの……、せっかく来てもらったのに」


「……何があったんです?」


「大変なことがおきてしまったのじゃよ。実は……」


「実は?」


「……、……? ……あれ、なんじゃったかの」


「は!? 嘘でしょ!?」


 まさかのボケに、思わずキレのいいツッコミをかますハルマ。

 しかし、ツッコミを入れたところで記憶は戻らない。

 うんうんと悩み始めた占い師に、どうしようかとハルマたちも悩み始める。

 と、その時誰かが占い師に遅れて建物に入ってきた。


「もう! だから水晶玉がなくなったんでしょ!? そんなことまで忘れないでよ!」


「あ、そうじゃったそうじゃった!」


「まったく……その物忘れどうにかならないの……?」


 入ってきたのは若い女性。

 どうやら占い師とは親しい間柄の人物らしい。


「えっと、貴女は?」


「あ、私は助手兼孫娘のノートと言います。貴方達はお客様なんですよね?」


「はい、そうです。そうですけど……なんか今大変みたいですね」


「そうなんですよ! 今、ホントにホントに大変なんです!」


 ノートさんも焦りが隠せていない。

 どうやらハルマ達は、かなり変なタイミングで訪れてしまったようだ……。




「そういえばまだ名乗っておらんかったの。儂はレイトス、知って通りここで占いをさせてもらっておる」


「もう、自己紹介は最初にしてよ。いつも言ってるでしょう?」


「すまんの。つい忘れてしまって」


「……」


 どうも占い師……改めレイトスは忘れっぽいようだ。

 さっきからいろいろとすぐに忘れている。


「えっと、それで……具体的には今どういう状況なんですか?」


 ホムラは落ち着いて来た二人に改めて質問。

 すると、二人は落胆を隠さずに現状を語り始めた。


「実はですね。昨日出掛けた先でお爺ちゃんが何処かに水晶玉を忘れてきたらしいくて……。それで今朝から全く占いが出来ないんです」


 ――普通そんな大事なものを忘れ……いや、この人なら忘れるか。


 一瞬疑問に思いかけるがすぐに納得。

 この忘れっぽさなら特に不思議ではない。


「それでいろいろ探していたのですが、お爺ちゃんがどこ行ったのか覚えていないのと、もう年で探し回るのが大変で全然見つからなくて……」


「なるほど、それで……」


「そう、だから儂らは途方に暮れていたのじゃ。水晶玉はそう簡単には手に入らんしのう……」


 ――……なんてこった。まさかこんなことになるとは……。


 最初の街の最初の用事でいきなりのアクシデント。

 なんとも不運な話だ、とハルマは思ったのだが……。


 ――待てよ? これは捉えようによってはチャンスじゃないか?


 ここで、一つの名案をハルマは思いつく。


「ねえ、みんな。俺に一ついい案があるんだけど」


「? 何、ハルマ?」


「その水晶玉さ、俺達で探さない?」


「え?」


 ホムラはハルマの意図が分からず聞き返してしまう。

 しかし、ちゃんとハルマには考えがあった。


「レイトスさん達は探すのが大変なんだろ? ならここは代わりに俺達で水晶玉を探したほうが効率的だ。そうだな、それで代わりに占いをタダでしてもらうってのはどうかな? そうすればみんなが得できると思うんだけど」


「なるほど! 私はそれ良いと思う!」


 ホムラはこの案に賛成のようだ。

 まあ実際特に大きなデメリットがないので、当然と言えば当然だが。


「ノートさんとレイトスさんもそれで良いですか?」


「ああ、もちろんじゃ。そうしてもらえるならなんとありがたいことか。うむ、もし水晶玉を見つけてきてくれたら、貴方達はタダで占おう」


「あ、いや別に俺は……」


「まあまあ遠慮しないでください、別にお爺ちゃんに負担があったりはしませんから」


「そうなんですか? じゃあ、まあ、せっかくだし」


 と、そんな訳で。

 こうしてハルマとホムラの最初の英雄譚、『ゼロリア水晶捜査線』は幕を開けたのだった。




 ―街の中―

「で? どうするの? 普通に探すだけでは見つからないと思うけど」


 店を出て街を歩く二人。

 そんななか、ホムラはハルマにごもっともな質問をする。

 ホムラの言う通り普通に探しても見つかることはないだろう。

 それで見つかるなら、レイトス達がもう見つけている。


「分かってるよ。だからまずは情報を収集しようと思うんだ」


「情報?」


「そう、昨日レイトスさんが何処で何をしたのかっていうのをね」


「なるほど……。でも、何処で聞くの?」


「それを今探してるんだけど……」


 キョロキョロと街を見渡すが、お目当ての店は見つからない。

 RPGで情報収集といえば『あの店』と相場は決まっているのだが……。


「うーんと……。あ! あった!」


「え? あれ? あそこ探してたの?」


「そうだよ」


「え……?」


 ホムラは少し困惑していた。

 どうやらこっちではそういう意識はないようである。

 ハルマが情報収集のために探していた店、それは『酒場』だ。

 だいたいRPGではここで情報を得ることが多い。


「だ、大丈夫? 私も流石にこういう所は来たことないんだけど……」


「大丈夫だって! さ、聞き込みだ!」


 ハルマは恐れることなく扉を両手で勢いよく開ける。

 そこには――


「……わお」


「ん? なんだ兄ちゃん?」


 なんともガタイのいい荒くれ達がたくさん揃っておりました……。



【後書き雑談トピックス】

 ゼロリアの酒場は24時間営業。

 朝から晩まで常に賑わいが絶えることはない。

 お酒も何故かなくなることはない、不思議。



 次回 第6話「ゼロリア水晶捜査線」

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