第7話 欲望の街 ワンドライ

「だから、ソイツのこと俺は知ってますぜ」


 掛けられた一言。

 その声は酒場の隅で一人酒を飲んでいた怪しげな雰囲気の男のものだった。


「え、えっと……? 貴方は?」


「俺はシガミっていうしがない情報屋でさァ」


 情報屋を名乗る男、シガミ。

 彼は長い髪に右目が隠れていたり、顔色はびっくりするくらい色白だったりと、怪しげな雰囲気がプンプンだった。

 流石にハルマとホムラも訝しげな顔で相手の様子を伺っていたのだが……。


「大丈夫さ、兄ちゃん達。まあ、ソイツの怪しさは半端じゃないが……悪い奴ではねえよ」


「そうですか……」


「警戒されるとは悲しいもんですなァ」


 ――普通警戒するだろうよ……。


 心底そう思ったが……ハルマはそれは言わないでおいた。

 言ったところでどうにもならないだろうし。


「えっと、それで……。貴方はコイツ知ってるんですよね?」


「ああ、知ってまさァ。ソイツは裏社会じゃ結構有名な『置き剥ぎのボック』ってヤツでさァ」


「置き剥ぎ……?」


「狙って人の置き忘れをパクっていくから置き剥ぎでさァ。しかしアンタら……コイツと関わろうって言うんですかァ?」


 裏社会で結構有名な泥棒……。

 明らかにハルマ達が関わるのには危険な相手だ。

 だが、もうここまで来れば乗り掛かった舟というもの。

 それに本当にヤバそうだったら逃げればいいし。

 ……というか何でこの人は普通に裏社会の事情を知っているのだろうか。


「……ソイツ、何処にいますか?」


「……コイツと関わろうとは勇敢な人達でさァ。ソイツが何処に居るかは知りませんが……ソイツがパクった物は大体同じ場所に売ってるって話でさァ」


「同じ場所?」


「ワンドライ……でさァ」


「ワンドライ!?」


「……ホムラ?」


 今まで黙っていたホムラが突然声を上げる。

 その顔は何か怯えているかのような表情だった。


「ハルマ……ワンドライって知らないの?」


「知らない」


「ワンドライ、欲望の街 ワンドライ横丁。世界中から盗賊とか犯罪者たちが集まってる――簡単に言えば悪い人達の街よ」


 ――犯罪者の街……か。


 明らかに危険に満ち満ちている。

 ……だからホムラは怯えたのか。

 そういえば最初酒場に来たときもホムラは怯えていた。


「……どうしますかァ? 止めておきますかァ?」


 ……面白そうな顔しながらこちらを見るシガミ。

 裏社会で有名な犯罪者に加えて、世界的に有名な盗賊街。

 普通に考えれば怯えて逃げ出すものだろう。

 だが、ハルマは……。


「……いや、行きますよ」


 逃げなかった。


「ハルマ!?」


「大丈夫だって、危険なことはしないからさ。それにホムラは来たくないなら待っていてくれてもいいし」


「え!? いや……でもそれは流石に……」


「ふっ、本当に勇敢なもんでさァ。ほら、それならこれを渡しておきまさァ」


 シガミがハルマに手渡したのはワンドライへの地図。

 地図を見た限りではゼロリアからそう遠くはない。

 大体徒歩1時間と言ったところだろうか。


「一応言っておくと、ただワンドライに行くだけじゃ取り返せはしませんぜ。それ相応の金は必須でさァ」


「それには及ばないですよ、ちゃんと金はありますから。……それじゃ! 失礼します!」


「ちょっと!? ハルマ本当に行くの!?」


 条件は全て揃っている、ならここでやめる道理はない。

 そんな訳で、ハルマは地図を頼りにワンドライの街へ向かって行った。




 ―ワンドライ横丁―

「着いた……。意外と時間掛かったな……」


 ハルマはすっかり忘れていたが……ハルマの徒歩1時間とこの世界の一般人の徒歩1時間は話が違う。

 思いっきりいろいろ苦労して2時間近く掛かってしまった。


「……それで?」


 が、逆に2時間程度で済んだのは――理由がある。

 ハルマは一人でここに来たわけではないのだ。


「どうしてホムラは来てくれたの? ここ、怖いんでしょ?」


「もう! バカ! ハルマのバカ! 一人で行くなんて言ってる人をほおっておける訳ないでしょう!? ハルマはあんなに弱いのに!!」


「あはは……ごめんね。でもありがとう、着いてきてくれて」


「――ッ! も、もういいから! さっさと用事済ませて、さっさと帰りましょう!」


「うん、分かってるよ」


 ホムラの為にも、ササッと水晶を取り戻さなくては。

 ハルマはそう思いながら欲望の街へと足を踏み入れた。




「……なるほどねぇ」


 欲望の街、犯罪天下、吹き溜まりの里、ここはいろいろ酷い言われ方をしているらしいが……どれも嘘ではなかった。

 ゼロリアとは正反対に清潔さの欠片もなく、それらじゅうにゴミ山が出来ている。

 特に整備もされておらず、店で売っている商品もぼったくり価格のものばかり。

 普通こんな所誰だって来たくないだろう。

 ……犯罪者達以外は。


「それで……ボックは一体この街の何処に売ったのかな」


「街の奥のオークション……」


「え?」


「ワンドライで物を売るっていったら十中八九オークションよ。そこでバカみたいな暴利で売り飛ばすの。それが犯罪者達の常識」


「……なんで知ってるの?」


「……、……知ってるから。ただそれだけよ」


「……」


 ……どうにも、ホムラは泥棒や犯罪者と何かしらあるらしい。

 事実、やけに酒場やここを恐れていたし、その割には裏社会の事情に詳しい。

 だが、本人はそこら辺の関係性は頑なに話そうとしなかった。


 ――なら、聞かないでおくか。


 が、ハルマは気にはなっても無理に聞き出すことはしなかった。

 いずれ本人が話したくなったら、聞けばいい。

 誰にだって話したくことの一つや二つはあるものだ。

 ……誰だって。


「ハルマ」


「あ、はい。ハルマです」


「着いたわ、ここよ。ここがオークション」


「ほう……」


 目の前にあったのは……体育館くらいの大きさの建物だった。

 薄汚れたワンドライの街のなかではまだ豪華な建物だが……これも木造の壊れかけであり、お世辞にも綺麗とは言えない。

 街の一番大切な建物でさえこの状態なのだから、この街が如何に苦しいかがよく分かる。


「……」


「どうしたの?」


「あ、ううん。なんでもないよ、じゃあ行こうか」


 少し、少しだけ。

 失礼とは分かっていても、ハルマはここの住民に同情をしてしまった。

 望まぬ生活を強いられ、金のあるはずの国からの援助なども与えられず、世間の人達からは忌み嫌われる住民達を。




 ―オークション―

「さあさあさあ! お次の商品はこちら――」


 さて、そこはまさにオークション。

 次から次へと提示される商品に値段をつけ合う金の戦い。

 ハルマも良く知るオークションのまんまだった。


「水晶玉は……まだ売られてないみたいだ。良かったね、これなら買い戻せる」


「そ、そうね……」


「……」


 オークションの中に入ってから、ホムラの怯え具合はさらに増していた。

 見るもの全てが恐ろしいとでも言うようにカタカタと小さく震えている。

 それでも立ち続け、目を見開き続けているのは……ハルマを守らないといけないという責任感があるからだろうか。


 ――情けないな……俺。


 普通こういう立場なら守るのは自分の方だろうと、ハルマは自分の弱さを恨むのだった。



 そもそも、こんな危険な場所まで絡んでくるのなら、もうこれは国の騎士などに任せるべきなのでは? と思う人もいるかもしれない。

 だが、それは無理なのだ。

 『騎士』と聞けば聞こえは良いが、実際彼らはそんな立派な者ではない……と、ハルマはここに来る前に聞かされていた。


『騎士なんて大したもんじゃねえんでさァ。権力と武力を行使して偉そうな顔してるくせに、肝心な時は仕事はしねえ。かと思いきやしなくても良い仕事……つまり金やら権力者が絡んでいるような仕事はしやがる。俺ら住民のことも自分達が守ってやっている連中だと見下してやがる。あんなのを頼りにしてると、アンタらも腐っちまいすぜ?』


 と、言ったのはシガミ。

 ボロクソに言っているが酒場の誰もが否定しなかったことから、あながち嘘でもないようだ。


 ――まあ、そこまで意外でもないけどな。


 ハルマはその手のゲームや小説で『権力者の卑劣』さはよくよく知っていたので、そこまで驚きも落胆もしなかった。

 そもそも、ゲームでも騎士が敵側というにはよくあることだ。

 中世風の世界において、権力はまさに『強さ』の一つなのである。



 そんな訳で、ハルマとホムラはこんな危険な街に二人でやって来たのだった。


「さて! 次の商品はこちら! どんな未来も見通す水晶玉! さあさあさあ! これは一体誰の手に渡るのでしょうかねぇ!!! まずは100ギルトから!!」


 ――占い師じゃなきゃ、その水晶玉は使えねぇだろうがよ。


 平然と放たれた嘘に心中ツッコミを入れるハルマ。

 どこでもブレない様子に若干呆れながらも、騒ぐ犯罪者達を凍り付かせる一言をハルマは言い放つ。


「1万ギルト」


「……え?」


「だから、俺はその水晶に1万ギルト出すって言ってるんだ」


 1万ギルト、元の世界の価値観に合わせれば10万円。

 そこまで大した額ではないが……この貧民街においてそれは余りにも莫大な金額だった。

 そもそも、この水晶玉の始め値は100ギルト。

 いきなり100倍を提示されたら誰でも驚くだろう。


「ちょっとハルマいいの? もう少し安くても買えると思うけど?」


「いや、いきなり上げる方が効果的なんだよ。チビチビと金額を上げていくと頭の弱い奴はバカみたいな金額になってもくっついてくるからね」


「なるほど……」


 実際、100円上昇100回と1万円上昇1回では、同じ上昇率でも話が違う。

 目先の金額の違いや意地を張られてしまったりと、チビチビ値段を上げるのは最低限の値段で得やすいようで……実際は効率が悪い。

 なら寧ろ、堂々と一気に勝負に出るほうが良いのだ。


「……1万ギルト! さあ誰か他には居ますか!?」


「……」


「……はい! では1万ギルトです! 1万ギルトで落札です!」


「よし!」


 結果、ハルマの判断は正しく。

 素早く、かつ効率的に水晶玉を取り返すことに成功したのだった。




「それじゃあ俺は水晶玉受け取ってくるね」


「うん」


 然したる苦労もなく、水晶玉奪還は成功。

 ハルマは早速受付に水晶玉を受け取りに行く。


「いやー、お兄さん良い買いっぷりだったねぇ! 1万ギルトとは豪華なもんだ!」


「まあ、そうですかね」


「ほら、約束の水晶玉だよ。大事に使うんだな」


「どうも」


 ようやく取り戻せた水晶玉。

 これでやっと占いをしてもらえる……と思ったその時。


「おい、兄ちゃん」


「……え?」


「兄ちゃん随分と金に縁があるみたいじゃねぇか。ちょっと俺達と……遊んでいこうぜ?」


「……」


 ハルマはいつの間にか屈強な男達に取り囲まれていたのだった。



 【後書き雑談トピックス】

  ゼロリアの住民からは嫌われまくっている騎士。

  しかし、何もこの世界の騎士が全てそうという訳ではない。

  実際、北にある聖王国の騎士達はしっかりとシガミ達にも尊敬されている。

  『強さ』の使い方は人それぞれだ。



  次回 第8話「ゼロから始まる英雄譚」

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