第8話 ゼロから始まる英雄譚

「うっ! ぐおぁ!! がはっ!!!」


 凄まじい攻撃がハルマを襲う。

 殴り、蹴り、踏み、突き飛ばし。

 ハルマを取り囲むチンピラ達に一切の手加減はない。

 何の抵抗も出来ないハルマを容赦なくボコボコにしていく。


「へっ、なんだコイツ? くっそ弱いじゃねえか。こんなでよくこの街に来る気になったな」


「……ぐっ。 ――! ぐぶっ――!」


 そして人気のない路地に連れ込まれたハルマには救済者もいない。

 故に顔中が腫れあがっていようと、余りの攻撃に吐血しようと、誰かがハルマを助けることはなかった。


「お! マジかよ!! 見ろ、7万ギルトも入ってやがる!!!」


「すげえ! 今日は良い酒が飲めそうだな!!!」


「なッ!? ふざけんな! それは俺の――ぐおぁ!」


「うるせえ! ザコは大人しく寝ころんでりゃいいんだよ!」


 財布を取り返そうと殴りかかっても、一発軽く突き飛ばされただけでハルマはふっとばされてしまった。

 ……相手との強さにあまりにも差があり過ぎる。


「ったく、ザコのくせに……ん? おい、テメエ何を隠してやがる?」


「――! 何を言って……別に俺は何も……」


「嘘つくんじゃねえよ。テメエ腹になんか隠してるじゃねえか」


 ――マ、マズい……。この水晶玉だけは……絶対に守らないと……!


 にじり寄るチンピラ達。

 だが、流石にハルマもこれだけは絶対に渡せなかった。

 お金とは話が違うのだ、これは普通に働いたりするだけでは取り戻せない。

 ここで奪われてしまったら、ここまでの苦労が全て無駄になってしまう。


 ――上等だ……! 水晶玉の一つくらい、守り切ってやるさ……!


「ほら、出せよ。……それとも、まだこうしねえと分かんねえか!?」


 ――来る!!!


 勢いよく迫る蹴り。

 だが、ハルマにその蹴りが当たることはなかった。


「――ッ! 痛ってえ!!!」


 ギンッと、乾いた金属音が辺りに響く。

 ハルマは無抵抗に腕に蹴りをくらったかのように見えたが、実際はそうではなかった。

 今、ハルマの腕にはクウェインの腕輪がある。

 120ギルトで買った安物とはいえ、チンピラの蹴りを一発受けるくらいの耐久力はあるのだ。

 流石に壊れてはしまったが。


 ――よし……! 今の隙に……!!


 生まれた一瞬の隙、この隙にハルマがしたことは――


「あ! テメエ逃げるんじゃねえ!!!」


 逃走だ。

 抵抗なんてしたってどうしようもない。

 なら今は、この隙に出来るだけ遠くに逃げるしかない。


「待ちやがれ!!!」


 ――待てって言われて待つ奴が居るかよ!!!


 がむしゃらに駆け抜ける……が、すぐに追いつかれてしまいそうだった。

 そも足が遅いうえに、傷だらけのハルマには逃げる事すらままならなかったのだ。


 ――くっそ! 逃げることすら出来ないのか、俺は!!!


 そのまま、追いかけてきたチンピラがハルマの肩を掴もうとした……その時。


「フレア!!!」


「――!」


 何処からか飛来した火の玉がチンピラを吹き飛ばす。


「誰だ!? こんなことしやがるのは!!!」


「私です」


「なッ!!!」


「それ以上その子を傷つけるなら……もう容赦しませんよ?」


「――!」


 炎を両手に滾らせながらチンピラ達を睨むホムラ。

 その迫力は凄まじく、助けられているハルマでさえ少し怯えてしまうほどだった。


「痛い目にあいたくなかったら、盗ったお金を返してさっさと何処かへ行ってください」


「く、くそ!!!」


 ゴミを捨てるように金をハルマに投げつけ、チンピラ達はどこかに逃げていく。

 まあ、あれだけ恐ろしい雰囲気を放たれれば逃げて当然ではあるが……。


「……」


 さて、助けられたハルマは暫しボケーッと呆けていたが、すぐにホムラが駆け寄ってきた。


「ハルマ! 大丈……夫ではなさそうね! ちょっと動かないで!」


「あ、はい」


「ごめんね、私の癒術は全然効かないと思うけど……。気休めにはなるかもしれないから……」


「?」


 ホムラはそっとハルマの傷に触れ、何かをし始める。

 すると淡い緑の光が傷を包み、ハルマの傷がみるみるうちに癒えていくではないか。


 ――すげえ……、流石RPG世界だな……。簡単に傷が治っていくじゃんか。


 癒えていく傷を驚いて見ていたハルマだが……。


「え!? 嘘!?」


「え?」


 何故かホムラ本人まで驚いていた。


「凄い! こんなこと初めてだわ……、私の癒術がこんなに効くなんて……」


「……? えっとさ、なんか今凄い感じなの?」


「うん、凄く凄いわ。ほら、癒術って魔術適性が多い人ほど効きにくいでしょう? 私はその、ちょっと魔術適性が複雑なの。だからもの凄く癒術が効きにくいのに、ハルマはどんどん傷が回復していくからびっくりしちゃって。ハルマってもしかしてそういう体質なの?」


「……」


「? どうしたの?」


「えっと、ごめん。魔術適性……? って何?」


「え? 知らないの!?」


「うん、知らない」


「……」


 さらに呆気にとられるホムラ。

 どうやらこの世界ではかなり当たり前のことらしい。

 魔術適性……、言葉の通りに捉えれば魔術への適性のことなのだろうが……。


「えっと……そっか。じゃあそれは今度ちゃんと説明するね。とりあえず簡単に言うと、私の癒術は物凄く効きづらいのにハルマには凄く効果があったからびっくりしたの」


「なるほど、理解した」


 とりあえず何に驚いているかは理解出来たが、『魔術適性』なるものを知らなかったのは流石にかなり衝撃だったらしい。

 明らかにホムラのハルマを見る目が変わっている気がする。

「どれだけ田舎に住んでいたのかしら……」と言いたげな感じだった。


 ――いつか、いいタイミングでちゃんと説明しないとな……。俺が異世界出身だって……。


 まあ、まだ今はその時ではない。

 さて、そんな訳で何故か異様に効果を発揮した癒術のお陰でハルマはすっかり全回復。

 もうどこも痛くないし、辛くもなかった。


「よっしゃ! 全回復!! ありがとう、ホムラ」


「どういたしまして。……じゃあはい、そこに座って」


「え?」


「座って」


「あ、はい」


 声が今までにないくらい真剣だったので素直に従うハルマ。

 結果、何故か路地裏で正座することになってしまった。


「まあ今回は一人で取りに行かせちゃった私も私だけど……、今後はあんまり無茶をしないこと。失礼だけどハルマは弱いんだから」


「無茶って……。別に俺そんな大したことしてな……くもないか」


 冷静に考えてみると、自分が結構危ないことをしていることにようやく気付いたハルマ。

 裏社会で有名な犯罪者追っかけて犯罪街に足を踏み入れるなど、普通に考えればちょっと……いや、かなり危険で無茶な行為だ。


「はい、分かりました。今後は出来る限りは無茶しません」


「よろしい。それじゃあ、はい」


「え?」


 ホムラが差し出したのは……小指?

 握った手の小指だけをハルマに向けており、これではまるで……。


「指切りげんまんよ。……もしかしてこれも知らない?」


「いや、流石にこれは知ってるけど……。なんで?」


「簡単な事よ。これからは無茶しないって約束」


「ああ、なるほど」


 ハルマにとって指切りげんまんなんていつぶりだろうか。

 最後にしたのは……確か幼稚園児の頃だ。


「ゆーびきーりげーんまーん、うそつーいたらはりせんぼんのーます、指切った!」


「うん、指切った」


「じゃあ約束したからね? ちゃんと守ってよ?」


「うん、分かってるよ。俺は約束は守る男さ」


 10年近くぶりの指切りげんまん。

 ハルマは懐かしい過去を思い出して、とてもしみじみとした気分になっていた。

 最後に指切りげんまんをしたのは幼稚園児の頃。

 もう記憶は薄れつつあるが、その事はしっかりとハルマは覚えていた。




 ―ゼロリア―

「じゃ、俺は酒場の人達にお礼言ってくるから。ホムラは水晶玉返してきてくれる?」


「え? あ、うん……良いけど……」


「……流石に酒場の人達は大丈夫だと思うけどなぁ」


「そうだけど、流石にあんな事があった後だもの。ちょっと心配になってもしょうがないでしょう?」


「まあ、それはそうだけどさ……」


「……いい? 何かあったら誰かに助けてもらうのよ? 変な意地張らないでね?」


「うん、大丈夫。約束したからね」


「そうね。じゃあ私は占い屋に居るから、お礼が済んだらハルマも来てね」


「了解」


 という訳で再び単独行動。

 なのだが今回はメチャクチャ心配されるハルマなのだった。


 ――ダサいな……。俺がもう少し強ければどうにかなるのに……。


 だが、そんなことを思っても弱いものはしょうがない。

 もうこれはどうしようもないのだから、弱いなら弱いなりになんとか工夫していくしかないのだ。


「ちわーす」


「お! おいみんな! 兄ちゃん帰ってきたぞ!!!」


「おお! マジか!」


「ふっ、あのワンドライに行って無事で帰ってくるとは……大したもんでさァ」


「……」


 予想以上の喜び&歓迎に驚きが隠せず、しばし呆気に取られるハルマだったが……。


「おう! 六音時高校生徒会長代理、天宮晴馬! 無事にご帰還しました!」


「ろくおんじこうこう?」


「ああ、気にしないでくれ。伝わらないのは分かってる」


「じゃあ何で言ったんだよ!?」


 笑顔で歓迎を受け入れるのだった。




「にしても、マジですげえよ兄ちゃん。ワンドライに行って無事に帰ってくるなんてよ」


「いや、全然無事じゃないんだけどね? ボッコボコにされた挙句、吐血までしましたけどね? 今大丈夫なのは治してもらったからだよ」


「ああ、なるほど。あの姉ちゃんの癒術か。……まあだとしてもだ。あそこは普通なら運が良くて指の1本、悪ければ命取られてもおかしくはねえんだぜ?」


「怖!? え、何!? そんなヤバい所なのあそこ!?」


「そうでさァ、だから俺はアンタを『勇敢』だって言ったんでさァ」


「いや、そんなに危険な所ならもっと引き止めろよ! まあ止められても行ってたけどさ!」


「行くんじゃねえかよ!」


 すっかり酒場の荒くれ達と仲良くなったハルマは、しばし賑やかな雑談を楽しんでいた。

 ……が、いつまでもそうしている訳にもいかない。


「あー、悪い。俺そろそろ行かないと。他にも用があるんだ」


「ああ、姉ちゃん待たせてるのか? なら早く行ってやれ、女を待たせるもんじゃねえぞ」


「うん、そうするよ。じゃあみんな、改めてありがとう」


「気にするなって。またゼロリアに来たら、遊びに来いよ」


「おう!」


 挨拶を済ませ、占い屋に向かって行こう……と思ったのだが。

 ハルマは一つだけ気になっていたことがあったのを思い出した。


「そうだ、一つだけ聞いていいかな?」


「ん?」


「みんなはさ、何でこんなに俺達に協力してくれたんだ? いくらなんでもちょっとお人好し過ぎない?」 


「……」


 まあ、ハルマの疑問もおかしくはない。

 普通初対面の街の人間でもない奴にここまで仲良く&協力してくれる人はそう居ないだろう。

 だが、酒場の荒くれ達は何の疑問もなく、ハルマにそうしてくれた。

 ハルマはそれが少し不思議だったのだ。


「なんだかなぁ……。あれだ、兄ちゃんには嫌な感じがねえんだよな」


「嫌な感じ?」


「そうだ。こう、警戒心っていうか……、迫力っていうか……、拒絶感っていうか……。とりあえず馴染みやすいんだよな」


「ほう……」


「あれですよ。アンタは今の世じゃ珍しいくらいに弱いんでさァ。だから自然と俺達に警戒をさせないんでさァ」


「あ、そっすか……」


 弱いが故に恐れる必要がない……という事だろうか。

 ……コミュニケーションが取り易いのは良いことなのだが、どうにも複雑なハルマだった。




 ―占い屋―

 さて、酒場の荒くれ達と別れた次は占い屋。

 もちろんこちらでも歓迎がハルマを待っていた。


「おお! お待ちしておりましたぞ! えっと……えーと」


「ハルマです」


「そうじゃ、そうじゃ! ハルマさん、本当にありがとうございました!」


「もう……恩人の名前くらいは覚えてよ……お爺ちゃん」


 恥ずかしそうなノートを横に、カッカッカと笑うレイトス。

 そんな様子をハルマとホムラは呆れ半分、微笑ましさ半分といった感じで眺めていた。


「さて! では約束の通り……、通り……。えっと、どんな約束をしたんじゃったか?」


「ただで占うんでしょう!? しっかりしてよ、もう!」


「ああ! そうじゃった! では、約束の通りお二人はただで占いましょうぞ!」


「……ねえ、ハルマ。これノートさん居なかったらこの人どうするのかしらね?」


「さあ……。メモでも使えば……いやメモの場所を忘れそうだな」


 驚異的な忘却力に驚くハルマとホムラ。

 ホント、この人普段どうやって生活しているのだろうか?


「それでは……ホムラさん。貴女は何を占うのですかな?」


「……私は探している人が居るんです」


「ほう」


「私の……兄なのですが、どこに居るか分かりますか?」


「兄ですか、しばしお待ちくだされ」


 ――……ホムラはお兄さんを探して旅をしているのか。


 そういえばホムラの旅の目的は聞いていなかったハルマ。

 少し複雑そうな事情に、何か口出しをするのは避けておいた。


「……ん~。――! 出ました!」


「! どこ、兄さんはどこに!?」


「ここより少し南に向かった場所にある、ツートリスの村。そこに兄上は居ますな」


「ツートリスの……村」


 ハルマには聞いたことがない地名。

 ここから南に行った所にある……らしい。


「そうですか! ありがとうございます!」


「いえいえ、礼には及びませんぞ。さて、次はハルマさんじゃな」


「あ、それなんですけど……」


「?」


「俺、特に占って欲しいことないんですよね……。だから大丈夫ですよ」


 まあ、本音を言えば「ない」というのは嘘なのだが。

「異世界転生について!」とか言ったら、「は?」と言われそうなので流石に止めておいたハルマだった。


「そうですか……、うーむ……」


「ホントに良いの? なんでも占えるのよ?」


「……うん。マジで何もないんだよね」


「無欲ね……」


「しかし、こちらも何かしらの礼をなぁ……。――! そうだ、ノート! あの剣をお渡ししよう!」


「え!? あれ渡すの!? あんなのを!?」


「あんなのとはなんじゃ! あれは由緒正しき我が家に伝わる剣じゃぞ! それなりの価値は……多分あるじゃろ!」


「……」


 なんだろう。

 物凄く微妙な空気が漂っている。

 一体、何を渡されるのだろうか。


「すみません、こんな物しか渡せなくて……」


「これは……」


 ノートが恥ずかしそうに取り出したのは……1本の剣だった。

 いや、それは正確に言えば剣ではない。


 ――刀だな……これ。しかも日本刀にそっくりだ……。


 それは確かに刀だった。

 錆びてボロボロではあったが、どう見てもハルマもテレビや本で見たことのある日本刀にそっくりなのだ。


 ――何故か使えるお金、トランプや指切りげんまんといった元の世界と共通するもの、それに加えて日本刀まで出てくるなんて……。マジでこの異世界はどうなってるんだ……?


 妙に元の世界とリンクしているこの世界に少し違和感を感じたハルマだが……。

 今はどんなに考えてもその答えは出せない。

 なら、これは一旦保留にするしかないだろう。


「ありがとうございます。じゃあせっかくなので、この剣を貰いますよ」


「そう言ってくださるか!」


「もう……。すみません、そんなボロで……。今度、もっとしっかりしたお礼をしますので……」


「あ、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ」


「ありがとうございます……」


 申し訳なそうなのノートと、やはりカッカッカと笑うレイトス。

 さて、水晶玉を取り返すのにいろいろあったが……。

 なんとか、ゼロリアの騒動も終わりを迎えたのだった。




 ―次の日、街を出て―

「さて……という訳で私は兄さんを追ってツートリスに向かうのだけど……ハルマも来る?」


「もちろん! というか頼む、俺も連れて行ってくれ!」


「ふふ、大丈夫よ。置いて行ったりなんてしないから。……それじゃ、これから改めてよろしくね」


「ああ、よろしく!」


 そんな訳で次の目的地は南方の村、ツートリス。

 ホムラの兄を追う旅の、二つ目の目的地。




 ――これは遥かなる英雄譚。

『最弱』として世界に堕ちた少年と、『最強』の因子を受け継いだ少女。

 英雄にはなれない少年と、英雄にしかなれない少女。

 そんな二人が織りなす、遥かなる世界の英雄譚。


『最弱』が『最弱』のまま、英雄へと成り行く――最弱勇者の英雄譚である。




【後書き雑談トピックス】

 8話で一旦区切るのが好きな物書き、ハルレッド。

 てな訳で2作目となる『最弱勇者の英雄譚』もよろしくお願いしますm(_ _"m)

 


 次回 第9話「ホムラの青空魔法教室」

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