第23話 おん・ざ・しっぷ えぶりでい Ⅲ
船旅3日目。
長きに亘ったこの船の旅も今日の午後には終了。
ハルマはなんとなく寂しさが湧いているところだった。
「出会いがあれば別れがある、か……」
レオ船長とはホムラとジバ公を除けば、旅の中で一番長く関わった人物だ。
なら、やはり別れとなれば多少の寂しさも出てくるものだろう。
と思ったのだが……。
「よう、兄ちゃん! ……なんだ、元気ねえな?」
「ハルマ、おはよう。今日はちょっと話があるんだけど時間ある?」
「ほら、ハルマさっさと支度しろよ。今日の昼には着くんだぞ」
「……」
案外誰もそこまで気にしていない様子。
まあ……旅慣れしている彼らは当然別れも何度も経験してきたのだろう。
なんとなく疎外感を感じるハルマだった。
―食堂―
「それで? 話って何?」
さて、ある程度準備を済ませたハルマは、ホムラに呼ばれ食堂へ。
「話がある」との事だったが、一体何用だろうか。
……怒られるようなことはしていないはずだが。
「ああ、そんなに身構えなくても大丈夫よ。ほら、こないだハルマは『バビロニアを知らない』って言ってじゃない」
「バビロニア……、あ、ああ! スリームに着いた時に言ってた国ね! 森王国バビロニアって言ってたヤツ!」
「そうそう。……で、ハルマは知らないのかもしれないけど、これって結構世の中じゃ普通に皆が知っていることなのよね。だから、この機会に教えておこうかなって思ったの」
「なるほど。それは非常にありがたいでごんす」
「ったく……。僕は何で知らないのかが気になるけどね。お前どんなド田舎で育ったのさ」
「……」
まあこの世界からすれば辺境も辺境の異世界出身なのだから、常識がなくてもしょうがない。
いい加減、内密的にホムラとジバ公だけにでも自分の本当の出身を話しておきたいとは思っていたのだが……。
いろいろと複雑な心境と状況が混ざってなかなか言い出せないハルマだった。
「えっと、じゃあまず『森王国 バビロニア』がどういう国なのか説明するね」
「はい、よろしくお願いします」
「バビロニアは『五大王国』っていう特別な括りの国の1つなの。1つの大陸に1つしかない王国のなかの王国。その大陸のリーダーみたいな感じ」
「ほお」
「で、バビロニアはこないだまで私達が居た『マキラ大陸』の国。在るのはウォールの東側だから今回は行けなかったけどね」
「なるほどね……。ってことは、他の4つは他の大陸に1個ずつある訳だ」
「そういうこと」
一体どんな感じなのだろうか。
王国のなかの王国というくらいなのだから、ゼロリアなど比にならないくらい豪華だったりするのかもしれない。
或いはゼロリア以上にRPG感あふれるロマンの塊のような国かもしれない。
そんな風にまだ見ぬ国への妄想を膨らませるハルマ。
その様子を特に気にすることはなく、ホムラは話を続ける。
「それで。どの大陸にどの国か、くらいは子供知っていることだからハルマも覚えておいてね」
「了解です」
「まずはさっきも言った通りマキラの『森王国 バビロニア』。次がこれから向かう西のレンネル大陸の『覇王国 ケルト』。北のガダルカナル大陸は『聖王国 キャメロット』。南のユウキ大陸が『天王国 オーディン』ね」
「へえ……あれ? あと1個は?」
「もう1つは海の王国、『海王国 オリュンポス』。オリュンポスは海に対応する国で、どこかの大陸に属している訳ではないわ」
「へー、海の国か」
まあ確かに世界は陸だけで出来ている訳ではないので、海の国があってもおかしくはないだろう。
しかし海の国、とは一体どんな感じなんだろうか?
もしかしたら竜宮城みたいな感じなのかもしれない。まあ、流石に異世界とは言っても海中に国がある……なんて事はないとは思うが。
「これで五大王国は分かった?」
「うん、分かったよ。ありがとう」
『バビロニア』『ケルト』『キャメロット』『オーディン』『オリュンポス』
これが教えてもらった五大王国の名前だ。
そしてこれは……全て元の世界と関係のある名前でもある。
――バビロニア神話、ケルト神話、アーサー王伝説、北欧神話、ギリシャ神話……。アーサー王伝説はちょっと違うとはいえ、全部『神話』に関係する名前だ。偶然とも思えないな……。
ガダルカナル大魔書館で発見したノートの件も含め、さらに信憑性が高まってくる。
やはりこの世界にはハルマ以外の転生者がおり、その人物が今のこの世界に多大な影響を齎したとしか思えないのだ。
そうでなければ何度もハルマの前に現れる『妙に元の世界と関連性があるもの』の説明がつかない。
――しかしまさか国の名前にまで出てくるとは……。もしかしたらメチャクチャ有名人なのか……?
今まで過去の転生者の話は聞いたことがない。
だが、もしそれが『敢えて話す必要などない』程に常識なのだとしたら……有名でも話題に出てこないのは不思議ではない。
――でも、なあ……。
だが確証は持てない。
前にも考慮したことだが、『世界に影響を与えた=有名』ではないのだ。
もし転生者が降臨したのがメチャクチャ昔だったら、世界に影響を与えてなお有名じゃない事も十分ありうる。
例えば、ほとんどの人が『日本』とか『アメリカ』という名前を名付けた人物が、一体誰なのかまでは知らないのと同じことだ。
――情けない……。
悩んだ末にやはり沈黙。
……どうしてもハルマは慎重になってしまっていた。
別に『過去に異世界転生してきたヤツって居たりする?』と聞くくらいなんともないと思うかもしれない。
だが、ここは異世界だ。
一体どこまでが許容される範囲なのか、どこまで常識なのかなどハルマは全く持って知りはしない。
現にハルマはこの世界の常識である『五大王国』を1ミリも知らなかった。
もしおかしな所でタブーに触れてしまえば……相当厄介なことになるだろう。
それこそどっかの権力者の怒りや恐れを買ってしまえば一巻の終わりだ。
この世界に置いて『権力』がどれ程の『歪んだ強さ』を発揮するのかは、ワンドライの一件で嫌という程理解している。
そうでなければあんな酷い貧民街が放任……いや、それ以上に誕生もしていないだろう。
……自分の失敗で自分が傷つくのは我慢できる。
だが、自分の失敗で、自分の『弱さ』で他人に迷惑は掛けたくなかった。
自分が転生者だと教えるということは、それを知った人にもその件で問題があった時に多少の責任が流れるということ。
その責任は正当性など無視して、時にその人を害するだろう。
故に『転生者が安全』ということをハッキリと理解出来るまでは……。
「? どうしたの、ハルマ?」
「……いや、なんでもない」
真実を話すことは出来なかった。
他ならぬホムラ達の為に。
ハルマももう少し強ければ多少は大胆な行動が出来ただろう。
だが、彼はこの世界において小さな子供にさえ劣る、正真正銘の『最弱』。
どんな事態にも一人では対処することが出来ない。
情けなく誰かを頼らないといけない。
だから、どうしても一番慎重で……一番臆病な手段を取らざる得ないのだ。
それがハルマには、あまりにも歯痒かった。
―船が止まり―
「着いたぜ。ここがレンネル大陸だ」
「おお……」
2日半の船旅が終わり、ハルマ達は新大陸に足を踏み入れていた。
そこは西の大陸レンネル、ホムラの話によれば『覇王国 ケルト』なる国がこの大陸の大国のはずだ。
雰囲気はさほどマキラと変わりない。
強いて違いを上げるなら、若干緑が少ないことくらいか。
「ここに居るんだろ? 嬢ちゃんの兄さんとやらが」
「はい。兄さんはこの大陸のどこかに居るはずなんです」
「だが、一体何をしているのかねぇ? 妹置いて行って一人旅なんて……」
「それは……分かりません。でも、兄さんのことだからきっと訳があるんだと思います」
「そうか」
相変わらずホムラの兄に対する全幅の信頼は揺るがない。
そんな様子を見て流石だな、とハルマは心中で思うのだった。
「……それじゃあ、行くか」
「うん!」
「気を付けて行くんだぜ、またな!」
「はい!」
レオ船長達に見送られ、ハルマ達はレンネル大陸に足を踏み入れる。
この先に何があるかは分からないが、恐れることはしない。
それぞれが、それぞれの目的を達成するために。
「さあ! 新大陸の新冒険の始まりだ!」
「おー!」
「……なんでハルマが仕切ってるんだよ」
今彼らの旅が、再び始まった。
【後書き雑談トピックス】
『オリュンポス』か『オリンポス』で結構悩んだ。
次回 第24話「巡礼の聖地 フォリス」
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