第22話 おん・ざ・しっぷ えぶりでい Ⅱ
船旅2日目。
朝食を済ませたハルマ達は、朝の散歩も兼ねて甲板を散歩していた。
「朝ご飯美味しかったわね」
「だね。魚が凄い新鮮だった」
ハルマからすれば料理に米(っぽい食べ物)が出てきたことも意外だった。
大体異世界ものはパンなどの洋食がメインなのだが、ここはそうでもないらしい。
生粋の日本人であるハルマからすれば、ありがたい話だったが。
「それにしても! 潮風が気持ちいい!!!」
「ハルマは船に乗るの初めて?」
「……そうかもしれない。あんまり船って乗る機会ないしね。ホムラは?」
「私は……あるっていえばある」
「?」
変わった言い方に首を傾げるハルマ。
しかし、ホムラはそれ以上は続けようとしないので、ハルマもそこでやめておくことにした。
そのまましばらく甲板を歩いていた二人。
すると、何かを運ぶレオ船長を発見した。
「おはようございます、何してるんですか?」
「ん? ああ、兄ちゃん達か。おはようさん。俺は今、昼飯の魚を運んでるのさ」
「へえ……」
箱の中を見てみると、そこにはアジによく似た魚がたくさん。
一体いつこんなにたくさん獲ったのだろうか。
「これなんて魚なんですか?」
「これか? これはラジだよ」
「ラジ」
「ああ、ラジだ。……昨日の晩飯で出てきた魚と同じさ」
「え? ああ! あのアジみたいなやつか!」
「アジ?」
昨日食べた『魚の塩焼き』を思い出したハルマ。
その正体は味も見た目も『アジ』にそっくりな『ラジ』という魚の料理だった。
どうも、この世界は転生者が齎したもの以外にも、元の世界と似通っている部分があるらしい。
「へえ、そっか。……ちなみにこれ何にするんです?」
「さあな? 俺は料理は専門外なんでね。なんだ? 何か作りてえのか?」
「そうですね……。まあ、これだけアジ……じゃなくてラジがあるなら『なめろう』とか作りたくはなりますけど」
「……ハルマ、ナメロウって何?」
「あ、知らない?」
この世界には塩焼きは存在しているようだが、なめろうは存在していない様子。
……いまいちラインが分からない。
どこまでが存在して、どこまでが存在しないのだろうか。
「なめろうは魚を使った料理の名前だよ。皿まで舐めたくなるくらい美味しいから、なめろうって言うんだ」
「へえ、初めて聞いた。ハルマはそれ作れるの?」
「うん、料理にはそれなりに自信あるからね」
「そっか、ですってレオ船長」
「ああ、ですな」
「?」
謎のアイコンタクトを取った後、「うん」と頷く二人。
ハルマだけが何が起きているのか理解出来ていなかった。
「なあ、兄ちゃん。折り入って頼みがあるんだが」
「何ですか?」
「そのラジ、自由に使っていいから、そのナメロウとやらを作ってくれよ」
「……別にいいですけど。ラジだけじゃ作れませんよ?」
「それは分かってるさ。食堂を自由に使っていいから、今日の昼飯は頼んだぜ」
「……」
客に船員の分まで昼飯を作らせるといかがなものか。
まあ、自分で言い出したことなのでしょうがない気もするのだが。
相変わらずレオ船長は自由な人である……。
―食堂―
そんな訳で食堂へ。
若干心配していた材料の問題は全くなかった。
多少どれも名前は違うが本質は一緒、なめろうを作るのに不足はない。
「よし、それじゃ始めるか」
「……なんで僕がサポート役なんだよ! 他にいい人居なかったの!?」
ハルマの手伝いに選ばれたジバ公は早速不満げな様子。
確かにスライムである彼よりは他の人の方が良さそうではある。
「しょうがないだろ? 食堂の船員さんとは話したことないんだもの。だからといってレオ船長は料理出来ないっていうし」
「ホムラちゃんは?」
「なんかね、地雷臭が凄かった」
「……」
作る、といった時にホムラは「私も手伝う」とは言ってくれていた。
しかし、ハルマはその発言に並々ならぬ危険な雰囲気を本能で察知し、遠慮したのだった。
なお、ハルマのこの判断は正しかったのだが、彼がそれを本当に理解するのは後々のことである。
「……全く、しょうがないな。で? 僕は何をすればいい?」
「俺がやるのを真似してくれればいい。たくさん作らないといけないから」
「了解」
では、なめろう調理開始である。
「まずは皮をむく。頭の方の皮をつかんで、尻尾の方に引っ張るんだ。魚は全部三枚おろしにはしておいたから、そこは気にしなくていい」
「お、おう……」
「……」
ウニウニと器用に身体を動かし、形を変えて皮をむいていくジバ公。
……なんというか、それだけで既に異様というか、不思議な光景だった。
「? 僕の顔になんかついてる?」
「あ、いや、なんでもない」
「?」
じっと見ていたかったが、そういう訳にもいかないので作業再開。
ハルマは慣れた手つきで皮をほいほいとむいていく。
「次は中骨を取る。ここは臭みやすい部分だからV字に切り取るんだ。でも、この魚はみんな新鮮だから、骨抜きで抜いてもいいかな」
「骨抜き?」
「ピンセットのこと」
「なるほど」
これまた器用に、二人は骨を抜いていく。
ジバ公、文句を言っていた割に料理は意外と上手。
「次は長ネギ……じゃなくて『長メギ』と、みょうがじゃなくて『リョウガ』。しょうがじゃなくて『ジョウガ』か。名前が紛らわしいな……」
「ん?」
「ああ、大丈夫。気にしないでくれ。じゃあ、こっちはジバ公に任せてもいいか?メギとリョウガはみじん切りで、ジョウガはすりおろしておいてくれ」
「はーい」
タタタっと華麗にメギとリョウガを切るジバ公。
いったいあのこんにゃくみたいな身体でどうやって包丁を扱っているのか……。
「……考えてもしょうがないか。こっちも仕事しないと」
ジバ公がきざんでいる間にハルマはラジを切り刻む。
ラジを細かく粘り気が出てくるまで切り刻むのだ。
「よし、こんなもんか。ジバ公、そっちは出来たか?」
「うん、出来たよ」
「よしよし」
「これをどうするの?」
「まあ、見てろって」
さて、そうしたら粘り気が出てきたラジに、先ほどの『メギ』『リョウガ』『ジョウガ』と『リソ(味噌)』、風味付けの『ミョウ油(醤油)』を加える。
そしてそれを混ぜるように叩くのだ。
「……ハルマ、お前料理得意だったんだな」
「まあな。結構これには自信あるから」
さて、ここまで来れば完成間近。
最後にロメ(米)にモリ(海苔)を揉み散らして、刻んだラジを盛り付る。そして仕上げに白トマ(ゴマ)を振りかければ……。
「完成!」
「おお!」
なめろうの完成である!
「……さて、これを量産するぞ」
「あ、そっか」
―30分後―
それから30分ほど経って、ついに全員分のなめろうが完成した。
「よし、出来た。ジバ公みんなを呼んできていいぞ」
「分かった」
ぴょいぴょいと飛びながら駆け出していくジバ公。
なんだかんだ言って自分で作った料理を自慢したいようである。
それからちょっとしてジバ公に連れられた面子が、ぞろぞろと食堂に入ってきた。
「おお、兄ちゃんナメロウ出来たのか?」
「はい。全員分ちゃんと出来ましたよ」
「そうか。……ほう、これがナメロウね。どうだ? 嬢ちゃん見たことあるか?」
「いいえ。私も初めて見ました……」
「ま、食べてみてくださいな」
初めて見る料理だからか、ホムラ達を少し恐る恐る箸を口に運ぶ。
しかし、それは最初の一口だけで、次からは面白いくらい軽快に進んでいった。
「お、美味しい! 凄い、ハルマこれ凄い美味しいわ!」
「それは良かった。……な、作ってよかっただろジバ公?」
「え?」
「ホムラのああいう顔、お前も大好きなんじゃないの?」
「……まあ、否定はしない。いや、肯定する。メチャクチャ肯定するわ」
「隠すのか隠さないのか、どっちかにしろよ」
そんな訳でラジのなめろうは大絶賛。
見事船の料理のメニューに新しく加えられることになったのだった。
なお、今日の夜もまたラジだったという、ちょっとした悲劇はまた別のお話。
【後書き雑談トピックス】
材料の名前は全部その場のノリ。
だから特に元ネタとかないです。
『しょうが』と『みょうが』が名前似てて面倒くさい。
次回 第23話「おん・ざ・しっぷ えぶりでい Ⅲ」
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