第67話 山脈街 エイトス
「……ん」
遠い場所へ行っていたかのようなハルマの意識が、眩しい朝日によって現実に引き戻される。出来ればまだふわふわと眠っていたかったが……そうやっていつまでも惰眠を貪る訳にはいかないのでしぶしぶ目を覚ます。
その後、少ししてから覚醒した感覚が捉えたのは柔らかな感触。ふかふかのベットと枕と布団がハルマの疲れ切った身体を癒してくれていた。
「……知らない天井だ、と言いたかった」
仰向けに寝たままハルマは天井を見上げる……が、残念なことにハルマはその天井に見覚えがあった。
この部屋は1泊目の寝室と同じ部屋だ。故にハルマはお決まりのセリフを言うことは出来ないのである。
なら1泊目の日に言っておけば良かったとも思うが、あの時は竜の谷行けることが嬉し&楽しみすぎでそんな余裕はなかった。
「せっかくの機会を無下にしてしまった。てか、運ぶ人も気を遣って違う寝室に運んでくれれば良かったのに」
なんとも傲慢かつ強欲な文句、まあ当然本気で言っている訳ではないが。
あくまでちょっとした戯言だ。誰も居ないからこそ言える意味のないおふざけの言葉で、自分の眠気を覚ましているだけのこと。
……だったのだが。
「うん、実は私も少しそれを考えたんだけどね。わざわざ別の部屋を用意すると後片付けが面倒だし、部屋が変わっても大して天井に変化はないから止めたんだ。つまりは苦渋の決断という訳なのさ……」
横から言葉の内容とは反対に愉悦といたずらっ気に満ちた声が。
「……、マーリンさん!?」
「や、グッモーニン」
びっくりして横を見ると、そこにはニマニマと笑いながらこちらを見る愉快系魔術師こと、マーリンがいた。
てっきりハルマは誰も居ないと思ってあんな独り言を言ったので、聞かれてたと知って流石に冷や汗たっぷりである。
「あ、いや、あの、違くて! 今のはちょっとしたジョークっていうか!」
「はいはい。分かってるからそんな必死に弁明しなくても大丈夫よ。それに私は例え本気でそういうこと頼まれても『忙しい』と断るタイプの人間だからね。つまりは結果どっちでも問題ナッシング!」
「……それを誇らしげに言うのはどうなんですかね」
「なに、適度な不真面目さも大事なものさ。本当に真面目になるのは、何か一つの事だけで十分。全部に真面目になんてのは案外難しいし大変なものだよ。それは君もソメイを見てよくよく分かってるんじゃないかい?」
「……」
確かに否定は出来ない。
ソメイが悪いとは言わないが、あの全方位クソ真面目は少し疲し疲れそうな気がする。
……でも、何か一つだけってのもどうなんだろうか。
「何とも言えないな……、どっちもどっちって感じ」
「おやまあ、これは手厳しい。……と、ここまで私との雑談に興じることが出来るなら、もう身体の方は心配なさそうだね」
「……もしかしてその為の話だったんですか?」
「半分はね。もう半分は普通に話したかっただけ。それにしても、どう? この雑談と同時に相手の体調がどれくらいかを確認する素晴らしい手法! 褒めてくれても良いんだぜ?」
「体調が悪かった場合、推しの弱い人は無理矢理話をさせられることになるので却下で。えっと、皆はどこに居ますか?」
バッサリと切り捨てるハルマ。
ロンゴミニアドの対応からも、マーリンはこういう扱いで良いと分かっているハルマは、特に躊躇いを感じたりはしない。
事実、マーリンはこの程度が傷つかないし。
「オー、やっぱ手厳しいナー……。それで、皆の居場所かい? そうだな、皆は多分また王の所に居るんじゃないかな。……とりあえず行ってみれば? 王も心配なさっていたし」
「分かりました。じゃあとりあえず玉座の間に行ってみます」
と、立ち上がるその前に。ハルマ服を捲っては自分の腹をチラッと見てみる。
するとそこにはやっぱり大きな傷跡が残っていた。
ちょっと消えていることを期待したのだが……そんな淡い幻想は一発で砕かれる。この傷跡、ハルマは最初こそバトル漫画とかみたいでカッコいいと思ったいたのだが、しばらくして冷静になるとちょっと気になり始めていた。
幸い顔とか見える場所ではないのだが……無いのであれば、無い方が良い。
――まあ、しょうがないか。無茶するなっていう約束破った罰だわな……。
まあ、傷跡ってだけで痛くも痒くもないので、果たしてこれが罰になっているのかと言われれば足りないような気がしなくもないのだが。
「それじゃ! 私はこれから忙しいから、今回はここまでDA! また会おうね!」
「あ、はい。どうもお世話になりました」
「……いやいや、そんなことないさ。それじゃ」
最後、少しだけマーリンのテンションが低かったのは寂しさからだろうか。
……彼女にも寂しさとかあるのか、とハルマは失礼な驚きを感じつつ、ササッと服を着替えていく。
目指すは玉座の間、ロンゴミニアド王の居る部屋だ。
―玉座の間―
「あ、おはようございます」
「! お目覚めになられましたか! 身体の方は大丈夫ですか!?」
「はい。おかげさまで」
玉座の間に行くと、そこに居たのはロンゴミニアド一人だった。
どうやら他の面子は別の所に居るらしい。
彼女は一人で何か仕事か何かをしているようだったが、ハルマが入ってくるとそれを中断して嬉しそうに応対してくれた。
「そうですか、それは良かったです……。まったく、昨日は突然倒れるように眠ってしまわれたので心配したんですよ?」
「すみません……。昨日はちょっと……身体が追いつけませんでした」
「……あまり無理はなさらないようにしてくださいね。それで、天宮さんはここにはホムラさん達をお探しに来たのでしょう? それならダイニングルームにいらっしゃると思いますよ」
「あ、えっと。それもまあそうなんですけどね」
少しばつが悪そうというか、申し訳なさそうに別の事を言おうとするハルマ。
他になにかあったかな? と思いつつ、ロンゴミニアドはハルマの言葉を待つ。
「本当にいろいろとありがとうございました。オーブのこととかいろいろお世話になってしまって……」
「ああ、そのくらい気になさらないで大丈夫ですよ。寧ろこちらこそお礼を言わなくてはいけないくらいです。マイのこと、本当にありがとうございました」
「いえいえ。……あと、それとですね」
「?」
「すみません、結局ほとんど話し相手になれなくて……。だから、今度余裕がある時にはたくさんいろんな話しをしましょう」
「……へ?」
「その時にはお詫びも兼ねて俺がなんか料理も作りますよ。アラドヴァルから聞いてるかもしれないですけど、俺、料理は結構得意なんです。多分ロンゴミアント王にも気に入ってくれる味だと思います。お菓子かなんか作ったらちょっとした茶会みたいなことも出来るじゃないかと!」
「……、……!」
最初、ロンゴミニアドはハルマが何を謝っているのか分からなかった。
……が、しばし考えその謝罪の意味を思い出す。それは初日、最初にした会話だ。
確かにロンゴミニアドはハルマに『もし、よろしければですが、いろいろと聞かせていただけませんか?』と言った。
だが、言った本人もまさかここまでハルマが気にしてくれると思ってもみなかったので驚いてしまったのだ。
「それでは! 今度会う時までにはたくさん土産話用意しておきますので! 失礼します!」
「あ、えっと、その……はい!」
ロンゴミニアドらしからぬ大きな声の返答。
それを受けながらハルマは足早に玉座の間から退室していった。結果、部屋にはまた一人ロンゴミニアドが残される。
「……楽しみにしてますよ」
初めての茶会の約束に、『王』としてではなく一人の『人』として期待を膨らませながら。
―ダイニングルーム―
さて、ロンゴミニアドと茶会の約束を交わしたハルマはダイニングルームへ。
するとそこには、ロンゴミニアドの言葉通りホムラ達が居た。
「ハルマおはよう。もう身体は大丈夫?」
「うん、もうオールだいじょうび。一晩寝てすっかり元気満タンでごわす」
「それは良かった。君の昨日の疲れ具合はちょっと異常だったからね。ただ眠っただけとは分かっていたけど、それはそれとして少し心配だったんだよ」
「ホント、ご心配おかけしました……」
「そうだそうだ。もっと謝れい」
「ちくしょう! クッソ偉そうなのに言い返せねえ! ごめんね、ホント!」
心底嬉しそうな顔のホムラ達。(ジバ公は微妙だが)
その顔だけでどれだけ彼女たちが心配してくれたのかがよく分かる。
その様子にハルマは少しの申し訳なさと、大きな有難さを感じるのだった。
「……さて、それじゃみんな揃ったところでこれからの話をしようか。僕たちが次に向かうべき場所は『雪の集落』だというのは覚えているかい?」
「大丈夫。そこのことはちゃんと記憶にあるよ」
「了解。で、まあその通りそこに向かうんだけど……。それにはまず途中で『エイトス』という街を通過する必要があるんだ。だからまずはそこが目標かな」
「エイトス……」
確か、以前のソメイの話だと『山脈街 エイトス』と呼ばれていた。
山脈街と言うからには山の中へにある街なのだろう。そして確かこの街には……。
「『剣聖』の加護を持ってる武器職人。ムース・ライ・エイトスさんが居るんだっけ?」
聖地フォリスのフォリス院長に続く加護を持つ人物、ムースが居るはずだ。
以前のソメイの話では祖父はユウキの武器を作り出した程の人物で、本人もそれに近しい実力を持っている……らしいのだが、メチャクチャ気難しいとのことだった。
「そうだよ。……でも、彼女は前に言ったとおり非常に気難しい人物だから、会うことは出来ないんじゃないかな? だから多分エイトスは通り抜けて終わりだと思うよ」
「そっか……」
「……残念そうね、ハルマ」
「まあね」
ファンタジー好き……というより、男子として武器職人には会ってみたかったのだが、どうやらそれが叶うような人物ではないらしい。ハルマにとってそれは純粋に残念なことであった。
「……さて、僕らはもう準備が終わったから、後はハルマが朝食を済ませたらすぐにでも出発出来るよ」
「マジか。それじゃあちゃっちゃか朝ご飯済ませないとな。ジバ公、何かおすすめある?」
「お前ここを食堂かなんかと勘違いしてない? 注文する方式じゃねえんだよ」
「はぁ……ノリ悪いなぁー」
「僕なんか間違ったこと言った!?」
「言ってないけど」
―城門―
さてさて、ハルマも朝食を済ませ出発の準備万端。
そんな訳で早速出発しようと思ったら、マイ達が門まで見送りに来てくれた。
「皆さん、また来てくださいね!」
「うん。ロンゴミニアド王とも約束があるから、落ち着いたらまた来ますよ」
「……ハルマさん」
「ん?」
「私達は一緒にアルファルド相手に死線を乗り越えた仲、それに歳に対した違いもないんですよ? もう敬語なんて使わないでも大丈夫ですよ!」
「え? じゃ、じゃあ……えっと、落ち着いたら……また来るよ」
「はい! 楽しみにしてますよ! ……じゃない、してるよ!」
自分も間違えるのに、それでも敬語ではなくタメ口を勧めるのは親しさの表れなのか。
異性に対してタメ口を使い慣れていないハルマは若干恥ずかしさを……あれ?
「俺……結構女の人にタメ口じゃね……?」
「今更? なんなら私にもそうじゃない」
意外。
異世界に来ると恥ずかしさがなくなるのだろうか。……そうなんだろうな、そうでないならあんな自己紹介しようと思わないだろう。
「ソメイ、ハルマさん達のことちゃんと守ってやるんだぜ。お前が一番強いんだからな」
「分かってるよ、キンキ。君の方こそ、国をしっかりと頼むよ」
「それこそ分かってるさ」
「それもそうだね。……それじゃ、行くとしようか!」
「おう!」
別れの挨拶を受けながら、ハルマ達はキャメロットを出発。
向かうは山脈街エイトスだ!
―そして3日後―
「はぁ……はぁ……お、おうぇぇぇ……」
「歩き疲れハルマ再来、か。なんだ? 鈍ったのか?」
「違う……わい……。山……だから……」
「はいはい。もう少しで街だから頑張ってね」
「ひいぃぃ……」
キャメロットを出発し、歩き続け早3日。
シックスダラーの一件以降、移動くらいではバテなくなったハルマなのだが……。
今回は普通の道ではなく、山だ。つまり、その辛さは普通の道のそれを遥かに凌駕する。
元の世界でさえ山登りなんかしたことがないハルマが、山登りなんかしてバテないはずがなかった。
「軟弱だなぁ」
「う、うるせー……。そもそも……旅慣れしてるソメイと……体力エグイホムラと……楽してるお前と比べるのがおかしいんだよ……」
「だからってそんな?」
「俺は……元々病弱なんだよ……」
疲れている割にジバ公の嫌味には律義に答えるハルマ。
その底力をなんとか絞り出し、なんとかハルマは山を登り切った。
「あああぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあ……、着いたぁ……」
「はい、お疲れ様。今日は宿屋でゆっくり休みましょうか」
「うん、そうしよう……」
さて……疲れ座り込みながらハルマは街を見回す。
そこは、山の中にある街なだけ会って岩と石の多い街だった。
この世界は元の世界と違って石造りの建物が多いが、この街はその傾向がさらに強い。
家も、床も目に映る物の大体は石で作られている。
「うーん、ガチガチ硬派って感じ……。疲れ切った俺の身体とは相性悪め……」
「街の人からしたら『知らねえよ』って感じだろうな」
「でしょうね」
さて、とりあえず宿を取り行ってくれたソメイが帰ってくるまでは、とりあえずここでゆっくり休憩を……。
「君!」
「……へ?」
「君の持っているその剣、一体どこで手に入れたんだい!?」
「……」
と、思ったのだが。突然見知らぬ女性に声を掛けられてしまった。
どうにもこうにも……世の中なかなか上手くいかない。
異世界はどうしてか、とてもハルマに厳しいのだった。
【後書き雑談トピックス】
結局最後まで出てこなかった「夜半」の騎士。
彼女の活躍はもう少し先になりますです。
次回 第68話「刀神村正」
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