第68話 刀神村正
「君の持っているその剣、一体どこで手に入れたんだい!?」
「……へ?」
キャメロットを旅立ち早3日。
険しい山道を乗り越え、なんとかエイトスまで辿り着いていた。
しかし一行は息絶え絶え。特にハルマは慣れない山道に大苦戦し、もう体力も足も限界が近い。
故に、予定を変更してエイトスで一泊していこうと思い、ホムラとソメイが宿を見つけるまでハルマとジバ公はしばし椅子に座って休憩していたのだが……。
なんか知らんが突然知らん人に絡まれてしまった。
「ハルマの知り合いか?」
「いや、知らん人。えっと……どちら様で?」
「私か? 私は私だ。それよりもその剣をだね……」
「いや、今の名乗りになってないですって! って、ちょ! 勝手にバッグまさぐらないで!!!」
誰だかも分からない女性は強引にハルマからバッグを奪い取り、その中身をまさぐり始める。
それをハルマはなんと取り返そうとするのだが……全然上手くいかない。
まず女性の力が案外強い。それに加えて、ただでさえ弱いハルマが今は疲れ切っている。
故にどんなに頑張ってもバッグはハルマの元に帰ってくる様子はなかった。
「あった! やはり、君からは不思議な剣の気配がすると思ったんだ!」
「いや、なんの話ですか!? とりあえずバッグ返して!」
「そんなに騒ぐな。別に何も取りはしない」
「そういう問題じゃないです!!!」
「?」
心底不思議そうな顔をする女性。
その顔はまるでハルマが間違ったこと言っているかのような表情だった。
「……」
バッグが手元に帰って来て、ハルマはようやく冷静に女性と向き合う。
女性は整った長い青緑の髪に綺麗な翠眼をしていた。身長は高く、体系はすらりとしており、顔立ちも普通に美人……なのだが。
ハルマとジバ公は既に彼女が『ただの美人』ではないことを身をもって理解している。
間違いなく彼女は『変な美人』だ、しかも結構残念な方で。
「お前の『人に絡まれる率』ホントにヤバいな」
「それだけ人を警戒をさせない『弱さ』なんだろうよ。……それで? 俺に何か用ですか?」
「ああ、君から不思議な剣の気配を感じてね。調べてみたら、やはり予想通りだった」
「?」
「君、この剣をどこで手に入れたんだい?」
そう言う女性が手に取っているのは……ボロボロの刀だ。
どうやらハルマのバッグから見つけ出したようだが……?」
「……あ、思い出した。それ、ゼロリアで貰った刀だ」
「ゼロリアで貰った?」
「はい。ゼロリアの占い師に水晶捜索のお礼として」
「お前、僕と出会う前にそんなこともあったのか?」
「うん。ああ、そういえばそん時はまだジバ公居なかったのか」
そう、それはまだジバ公ともソメイとも出会う前。まだホムラと2人だった頃のことだ。
異世界に転生して一番最初に訪れた街、ゼロリア。
ハルマ達はそこで占い師の水晶探しをした、それのお礼として占い師から貰ったのがこのボロの刀なのである。
「てか、お礼がこれって……。お前なんか思わなかったの?」
「別に?」
「……流石、だな」
「?」
ハルマの無欲っぷりに改めて呆れるジバ公。
ジバ公は水晶捜索がどれ程のものだったのか詳しくは知らないが、それでもあのボロがお礼というのは酷い気がした。
まあ、当の本人が気にしていないので、それ以上は特に何も言わないが。
……それに、眼前の女性の様子からして、どうもアレはただのボロ刀でもないようだ。
「君。君はこれが何なのか分かってるか?」
「え? ……ただのボロ刀じゃないんですか?」
「全然違う、これはそんなどうしようもない物ではない! 寧ろこれはお宝と言っても良いレベルの代物だぞ?」
「お宝!? それが!?」
「ああ。いいか、心して聞くがいい。この剣はかのでn――
「ハルマ、ごめん! 宿、もうどこも開いてなかった!」
「こっちもだ。どうやら他の旅人も同じように疲れを癒して……。……? ハルマ、その女性は知り合いかい?」
「……」
狙ったかのようなタイミングで割り込むホムラとソメイ。
結果、言う気満々だった女性は思い切り空振りをさせられることになる。
なんだろう、なんか……とてつもなく微妙な雰囲気に……。
「……彼女らは君の仲間かい?」
「ええ、まあ」
「……そうか。なら、まあ、今回は好都合と捉えよう。これは仲間も共に聞くべき内容だ。この剣は――
「ねえ、ハルマ。その人誰?」
「俺もよく分かってない」
「え? ……もう、ダメじゃない。知らない人には着いて行っちゃダメよ、っていつも言ってるでしょう?」
「初見……いや、初聞なんだけど!? あと別に着いて行ってないし! ていうか小さな子供か俺は!!!」
「……あの、言っていいかな。これがなんなのか」
「あ、すみません」
なかなか進行しない会話。
2回も焦らされて女性はなんだかとても気まずそうだ。
「えっとだな。さっきから言おうとしているが、これはただのボロ刀ではない。これは間違いなく、かの伝承の勇者ユウキが使っていた剣。その名を『刀神村正』と呼ばれる物だ」
「刀神……村正」
その名前ならハルマもよく知っている。
村正、正式に言えば『千字村正』。室町時代から江戸時代初期に活躍した刀鍛冶。
彼の作る刀剣はその切れ味の鋭さで知られ名剣とされていたが、徳川にとって不吉な事例を何度も引き起こしたがために『妖刀』として忌諱されるようになってしまった。
そんな日本では『エクスカリバー』の次くらいに有名な剣なのだ。
「村正、村正か。流石はユウキ、本当に異世界ライフ楽しんでやがるな。……でも、それなら『村正』で『SIN陰流』はマズいんじゃないか……?」
「なんで?」
「いや、その……因縁がね?」
「?」
こちらの世界の住人であるホムラ達からすれば知る由もない話だが。
本当にそこのところはどうなんだろうか。なんか怒られそうな気もするが……。
まあ、ユウキはそこのところは無視したんだろう。多分カッコよさを重視してしまったのだと思う。
流石にそこのところの因縁をユウキが知らなかったとは思えないし。
「……おっと」
と、話が少し脱線してきたことに気付いたハルマは少し状況を整理。
今一番大事なのはユウキが村正と名付けた刀を使っていたことや、『村正』で『SIN陰流』を使っていたことでもなく……。
「……あの、貴女はなんでそれが『村正』だと分かったんですか? ていうか、根本的に誰なんです?」
目の前の女性のことだ。
結局彼女はどんどんと話を進めていくばかりで、まだ名乗ってすらいないのである。
まずはなにより、そこをハッキリさせるべきだろう。
「またその質問か。だから私は私だと……」
「それじゃ分かんないです」
「……しょうがないな。私はムース、ムース・ライ・エイトスというものだ」
「……へ?」
聞き覚えのある名前にハルマ達は唖然。
がしかし、次の瞬間声を揃えて驚愕する。
「「「「ええええええ!?!?!?!」」」」
突然現れた不審な女性は、会えないだろうと思っていた『剣聖』の加護を持つ刀鍛冶だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「そんなに驚くことか?」
「驚きますよ! だって貴女、『剣聖』のムースさんですよね!?」
「そうだが……。別に私はそう大した者じゃないぞ。『剣聖』なんて大層な名前も付いてるが、出来ることと言ったら『完全に剣を理解する』ことくらいだからな」
「……」
ハルマ達は彼女の存在よりも、事前に予想していた人物像と違いすぎて驚いたのだが……まあそれは黙っておくとしよう。
「だが、『剣聖』たるムースさんがそう言うなら間違いないのだろう。……まさかハルマがそんな大層な物を持っていたとはね」
「私もびっくり。あれ、そんなに凄い物だったのね」
「それな」
ハルマも『なんで異世界に日本刀?』くらいにしか思っていなかったので、この状態にはびっくりだ。
まさか自分がかの勇者の剣を持っていたなど微塵も予想していなかったのである。
だが、これが嬉しい誤算というやつだ。これがあればハルマ達の旅もかなり楽になることだろう。
……ただ問題が一つ、このボロボロの刀が今も使えるのだろうか。
「えっとムースさん。それ、凄いボロいですけど今も使えるんですか?」
「……いいや、今のままでは使えない。それではただのナマクラと同じだ。……だが」
「だが?」
「私ならそれを修復できる。なにせ、この剣を作ったのは私に祖父だからな」
「おお!」
落として上げるスタイルなのか。
一旦落ち込みかけたハルマ達はムースの言葉を聞き、その表情を一気に明るくする。
しかし……。
「だが、それには少しいろいろと必要になるものがあるな。そして残念ながら私はそれを持っていない」
再び一転。上げて落とすスタイルなのか。
ムースの言葉に今度は、明るくなったハルマ達の表情がいっきに暗くなった。
「じゃあ……結局使えないんですか……」
「そうだな、確かにすぐには使えない」
「すぐには……?」
「ああ、『すぐには』な。なに、単純なことだ。ないものは揃えれば良い、ただし」
「?」
「それはお前さん達の仕事だがな」
「え?」
ニヤリと笑うムース。
その言葉の具体的な意味が分からないハルマ達は、「ん?」と首を傾げるのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
つまりはこういうことらしい。
『村正』を復活させるには様々な材料が必要なのだが、あいにく今はそれの持ち合わせがない。
だが、ムースは準備や仕事で鍛冶場を長くは離れることは出来ない……だからその役をハルマ達にやってもらう、とのことらしい。
そんな訳で特段断る理由もないハルマ達は『鋼鉄の洞窟』と呼ばれる洞窟を進んでいた。
なお、流石に昨日の体力では無理だったので、一晩ムースの家に泊めてもらっての洞窟探索である。
「綺麗だな……」
「これは全て鉄だよ。内部にマナが伝って輝いて見えるんだ」
「へー」
その洞窟は至る所が水晶のような石で埋め尽くされていた。
その光景はそれはそれは幻想的であり、本当に自分は異世界に居るのだとハルマは改めて認識する。
「……それで? 俺らは何をすればいいんだっけ?」
「ムースさんからメモ貰ってるわよ。えっと、洞窟の奥にある緑色の水晶鉄を3つだって」
「洞窟の奥……、じゃあもうこの辺じゃね?」
既にもう結構な距離をハルマ達は歩いていた。なら、もうこの辺りにあってもおかしくないだろう。
と、思っていたら。
「見つけたよ」
「おお!」
早速ジバ公が見つけてくれた。
だが、その表情は明るくない。
何か……面倒な物を見つけてしまったかのような感じだ。
「どうかした?」
「それが……先客がいるみたいで」
「先客?」
どういうことなのか、と思いながらジバ公の見つけた場所を除いてみる。
するとそこには……。
「なんダァ? お前もこの『緑』取りに来たのカァ?」
全身に輝きを纏う一匹のゴーレムが、緑色の鉄に食らいついていた。
【後書き雑談トピックス】
日本三大有名剣って『エクスカリバー』と『村正』となんだろうね。
『草薙の剣』とかかな?
次回 第69話「強欲で怠惰な暴食者」
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