第108話 巫女姫のすゝめ

「光った!!!」


「嘘!?」


 まるで狙ったかのように。石はホムラが触れた瞬間、綺麗な赤い輝きを放つ。

 これにはホムラ本人はもちろん、ハルマ達や石を差し出した神主すらも驚きを隠せず、面々はしばらくの間大きく目を見開いたまま石を眺めることしか出来なかった。


「……えっ、え? これはつまり?」


「えっと……要するに、ホムラにも巫女の適性あり。と、いう事だね」


「そう……だよな。……、……うん。やっぱり光ってるな」


 ハルマは驚きながらも現状を再確認&一応目を擦ってから二度見するが……。やはり石の輝きは消えることはなく、今もなおしっかり赤い光りを見せている。

 ならば今でもまだ驚きは消え切らないが、これはもう確定だと認めるしかないだろう。どうやら、冗談ではなくマジでホムラにも巫女姫の適性があるらしい。


「……いや、巫女姫の適性条件ってどうなってんの? なんで地元民のテンガレットの住人はほぼ全員アウトなのに、他所から来たホムラはOKになったん?」


「さ、さあ……こればかりはカグラ様の次第ですので、私にはなんとも……」


「って! まさかの『好み』で有無が決まってたの!? ……え? これ本当に歴史ある感謝祭だよね?」


「……一応は」


 言い返す言葉が見つからなかったのか、目を逸らしながら小声でそう言う神主。

 どうやら彼も、いざ指摘されるとなんとも言えない条件だとは思っているらしい。……まあ歴史ある精霊への感謝祭の要である人物の適性が、才能とか血筋とか全部無視した『好みかどうか』だったら、そう思うのも無理はないことなのだが。


「……。……で、えっとそれで? 結局、ホムラには適性あったけど……巫女姫するの?」


 さて、ハルマは呆れの大きなため息ついた後、とりあえず話題を元に戻す。

 ……そう、まあ驚くことに適性はあったのだが。だからといってホムラがじゃあ今年は代わりにやるのか、と言えばそれは本人の気持ち次第なのである。

 そもそもこれは突然降ってわいた話。極論を言えば、別にここで「やりたくない」と言っても構わないのだ。

 まあ、その場合は神主が悲惨なことになるが。


「別に、やりたくないならやらなくても良いんだよ?」


「……そうね。……、……うん。でも、やっぱりこの状況は見捨てられないし、ちょっと不安だけど……巫女姫やってみるわ」


「そう。まあ君が良いなら良いんだけどさ」


 少し悩んだ末に、巫女姫をやることをホムラは決断。

 そんな彼女に対し、ハルマは優しい笑みで決意に返答するのだった。


 ……と、いう訳で。

 今年限りの代理人、巫女姫ホムラ・フォルリアス爆誕である!



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 てな訳で、早速ホムラの巫女姫準備が始まったのだが――、


「さて、まずはとりあずなのですが。ホムラさんの巫女服を仕立ててみました!」


「……えっと。どう……かな? 似合う?」


「―――――」


 初っ端からハルマは言葉を失うことになってしまった。

 ……いや、まあこういうのはジバ公のポジションだとは分かっているのだが、今回ばかりはハルマもそうは言っていられなかったようである。

 つまり、それはどういうことかというと……まあ、巫女服を着たホムラがびっくりするくらいに可憐だったのである。


 よく見る赤と白を基調にした巫女服を身に纏ったホムラ、その姿は見入ってしまう程に清楚で、そして実際に言葉を失うほど可憐だった。だが、それは決して『美しい』でもなければ『可愛い』でもない。もちろんそれらの要素を持ちえない訳ではないのだが、その大人の美しさの中にどこか子供のような愛らしさが見え隠れする様子は、やはり最後には『可憐』という言葉に行き着くのだった。


「―――」


「……ハルマ、大丈夫?」


「――あ。その、あの、うん。大丈夫、全然大丈夫です。えっと……凄く似合っていると思いますです、はい」


「そう? それは良かった」


 純粋な賞賛が嬉しかったのか、ニコッと屈託なくホムラは笑う。そしてその様子にハルマはまた電撃が走ったかのような感覚を覚えるのだった。


 ……さて、もう薄々気が付いている人も居るかもしれないが。普段はここまで暴走することはないハルマがこんなことになっているなら、もちろん奴はそれ以上に凄いことになっていた。その奴というのはもちろん――、


「……えぐっ」


「ジバちゃん!? な、なんで急に泣き出したの!?」


 ホムラちゃんマジLOVEこと、ジバ公である。

 彼もまたホムラの巫女服姿に耐え切れない何かを感じたのだろう。もはや彼に至っては割と本気の涙を流し始めてしまっていた。


「ああ……そうか……。我が神は……ここにあったんだね……」


「神!?」


「ジバ公、お前それの元ネタ知ってるのか?」


 なんか燃えたあと自滅しそうな単語が聞こえたような気がしないでもないが。

 とりあえず、やはりジバ公にとってもそれは凄まじい光景だったようだ。なんかもう表情が凄いことになってる。


「本当に生まれてきて良かった……。僕の人生はこの日の為にあったんじゃないか、って今割かし本気で思ったよ……」


「そ、そんなにかい……? いや、まあ僕も似合っているのは否定しないけれども……。えっと、まあそれはともかく。僕もとても似合っていると思うよ、ホムラ」


「あ、ありがとう。ソメイ」


 今度は赤面しがなら礼を言うホムラ。どうやら流石にここまで褒められると少し恥ずかしかったようだ。だがまあ事実ハチャメチャに似合っているので、この絶賛ラッシュは無理もないことなのでもあったが。


 ああ、そう言えば部屋の奥に一人、


「そうですか。そうやって貴女はハルマ君を誑かして……。いやまあ確かに実際にあってますけども、だからってそんな……」


 と小声でぶつぶつと呟いている氷炎少女も居るような気がしたのだが――まあ、それは気のせいだろう。うん、それ以外あり得ないはずだ。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……さて、とまあ紆余曲折ありながらも、無事(?)巫女服のお披露目は終了。さらばここからは巫女姫の超短期&簡易特訓の始まりである。


「という訳で指導を務めさせていただきます、巫女姫のシラヌイです。よろしくお願いいたします」


「あ、えっと。私はホムラです。よろしくお願いします、シラヌイさん!」


 ホムラの特訓を指導するのは、神主の娘にして本来の巫女姫であるシラヌイ。

 彼女もまた巫女服がとても似合う綺麗な長い白髪の女性だ。あと、その抱擁感のある雰囲気もなんとなくホムラと似ているような気がしなくもない。

 ……カグラはこういう女性が好みなんだろうか。


「……ホムラさん、まずはお礼を。此度は不甲斐ない私の尻拭いをして頂きありがとうございます。おかげさまで……本当に助かりました」


「いえ、そんな気にしないでください。困った時はお互い様、ですから!」


「……」


 シラヌイの礼に対し、何事でもないように返すホムラ。

 そんなホムラの様子がシラヌイには少し意外だったようで、彼女の表情には分かりやすく驚きが見えていた。だが同時にありがたくもあったのか、その表情はすぐに小さな笑みに切り替わる。


「本当に……ありがとうございます。……では、早速ですが特訓を始めるとしましょうか!」


「はい!」


 と、いう訳でホムラとシラヌイの舞の特訓が始まった。


 のだが……抱いた一つの不安から、ハルマは微妙な表情で特訓を見守っていた。ハルマが抱いた不安、それが何なのかと言うと……、


 ――ホムラ、そもそも踊りとか出来るんだろうか……。


 それは根本的にホムラが踊れるのか、ということだった。

 別にそれが普通の人なのであればハルマもそんな不安は抱えなかっただろう。だが、ことホムラとなると話も変わってくる。


 なんせホムラはその雰囲気からは想像出来ないレベルのポンコツ少女、『最弱』のハルマでさえどこか心配になる残念少女なのだ。

 今までにハルマが体験したホムラのポンコツは踊りとは関係のない『料理』と『絵』なのだが……それでもそれらが余りにもぶっ飛んでいたせいで、どうにも一抹の不安が消え切らない。踊りにおいても、またびっくりするくらいのポンコツっぷりを見せつけてしまうのではないか……と、どうしても心配になってしまのだ。

(なおハルマはまだ知らないのだが、ホムラは歌もかなりエグい)


「……」


 故に、ハルマはホムラの特訓を不安と少しの恐怖を交えながら、恐る恐る見守るのだった。……それにしても、まったく関係のない部類にまで不安が飛び火するとは、一体どれほどマズい料理だったんだろうか……。


               △▼△▼△▼△ 


 さて、特訓が始まって1時間ほど。結局、結果がどうだったのかと言うと、


「凄いです! ホムラさん、とても上手ですよ!」


「そ、そうですか? ありがとうございます……」


 ハルマの不安は、まさに杞憂というやつだった。

 というか寧ろ凄く上手い。一度も踊ったことのない踊りをたった1時間ほど口で教えられただけだというのに、もう人前で披露しても恥ずかしくない程に上達している。どうやらホムラのポンコツも全てのジャンル対してではないらしい。

 まあ、踊りは一種の運動みたいなものなので、普通の人よりかは運動神経のあるホムラにとっては得意な部類だったのかもしれない。


「たった1時間でこれほど上達なさるなんて……。来年からも私に代わって踊ります?」


「い、いやそれは流石に! それに、流石にシラヌイさんよりかは上手ではないですよ」


「それは今まで踊って来た年月が違うからですよ。私はもう長いこと巫女姫を続けてきましたからね、今のホムラさんより上手なのは当たり前って訳です」


「……えっと、シラヌイさんはどれくらい巫女姫をやっているんですか?」


「そうですね。もう……12年くらいになるのかな?」


「12年……!」


 12年。それはつまり彼女の外見と年齢に大きく違いがないのなら、シラヌイは大体7、8歳くらいの頃から巫女姫を続けているということになる。

 ……ホント、異世界の子供ってどうなってるんだろうか。なんでこの世界は幼い少女が当然のように長老だったり、五大王だったり、巫女姫だったりするのか。年齢の概念がマジでぶっ壊れている。


「そんな長いこと巫女姫をやっているんですか……!」


「ええ、でもそんなに驚くことではないですよ。ただ続けているだけですからね。……まあ、今年はそれすら出来ずに、練習中に足を挫くなんて失態を晒してしまった訳なのですが」


「それは……その、どんなに上手くなっても失敗は誰にでもあると私は思いますよ。ほら、えっと『猿も木から落ちる』ってやつです!」


 自虐的に嗤うシラヌイを慰めるホムラ。

 どうやらただ続けているだけ、とは言っているものの。やはり今年の失敗は相当の彼女にもダメージがあったらしい。その証拠に分かりやすく口調も落ち込んでいた。


「……ありがとうございます、ホムラさん。でも……今回の失敗はそういう訳でもないんですよ」


「え? それは……どういう?」


「その……実は、私は舞の途中で転んだ訳ではないんです。少し休んで違う部屋に行って、戻って来たときに気を抜いていたせいで床に落ちていた布に気付かなくて……」


「あー……」


「ホント、情けない限りです……」


 それは……まあ確かに落ち込むも無理はないだろう。

 大して難しいことをしている訳ではないのに、初歩的なミスをしてしまう……というのは、実際かなりメンタルに来るものだ。実際、ハルマもゲームでよくそういうミスをしてきたものだ。……まあ今回の件とはダメージの差は比べものにならないが。


「まあ、そういう訳なので。ホムラさんはこんな情けないミスをしないよう、気を付けてくださいね」


「えっと……はい、分かりました」


 どこか達観したかのような表情でそういうシラヌイ。そんな彼女の様子に、ハルマ達はどこか悲しいものを感じずにはいられなかった。

 遠くを見るような笑顔が、とても辛い……。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 さて、まあそんな悲しいこともありはしたが、特訓は順調に進行。

 結果3時間ほどした頃には、ホムラは最早プロみたいな腕前にまで成長していた。これならばもう自信をもって「踊れる!」と言えるレベルだろう。


「うん! それじゃあ一旦休憩にしましょう! まあ、休憩と言っても、もうこれ以上は特に教えるようなことはないんですけどね」


「そう、ですか……。えっと、それじゃあちょっとこの服着替えてもいいですか? ちょっと暑くて……」


「ええ、どうぞどうぞ」


「ありがとうございます……」


 そう言いながらホムラは服をパタパタさせる。

 まあ確かにこの街で、巫女服を着ながら踊っていたらそりゃ暑くて当然だろう。そもそも、この街は何もせず見ているだけのハルマ達でさえ少し暑いくらいなのだから。

 と、そんな訳でホムラはいつもの服に着替えようとした。のだが……、


「よし……。それじゃあ、ちょっと着替えてくるね」


「うん。……ところでさ、巫女服って普通の服じゃないから大変だったりしない? もしそうなら俺が手伝ったりするけど?」


「ハルマおまっ!? い、いやホムラちゃん! 手伝うならこんな奴より僕がするよ! どうせコイツなんて手伝ったところで何も出来ないだろうし!!!」


「ちょ、ジバ公!? まあ確かにその感じは否めないけども! だからってここで割り込みはズル――あいだだだだ耳! 耳がもげる!」


 ホムラの着替え手伝い争奪戦のなか、突然ハルマの耳を襲う激痛。

 それはそれは凄まじい痛みであり、ハルマは割とガチで耳がもげるのではないかと思ったほどだった。


「ええ、もぎますから。……ハルマ君? ハルマ君は一体どういうつもりでそんな論争をしているんですか?」


「い、いやその! これには別に深い理由があったりする訳ではな――!!! 痛い痛い痛い! 待って! 本気でもげる!!!」」


「そうですか、深い理由はないんですか。じゃあ、私が代わりに手伝っても問題ありませんね?」


「うん! 問題ない! 全然問題ないよ! だから本気で勘弁してください! シャンプーさん!!!!!」


「……まあ、今回は良いでしょう」


 と、ようやく耳を引っ張るのを止めてくれたシャンプー。

 あと数秒遅かったらハルマは本気で耳がもげていたことだろう。……何か前にもこういう事があった気がする。その時は確か引っ張ったのはホムラだったが。


「それじゃあ、私が手伝ってきますね。ジバ公さんも、それで良いですよね?」


「はい、まったく問題ございません。どうぞいってらっしゃいませ」


「分かりました。それじゃあ行きましょうか、ホムラさん」


「えっと……うん。ところで何でハルマの耳引っ張ったの?」


 と、不思議そうに質問するホムラと共にシャンプーは部屋の外へ。

 そして部屋にはひたすら耳が痛むハルマと、恐怖に怯えるジバ公、そしてそれを微妙な視線で見つめるソメイとシラヌイが残されたのだった。


「……いや、まあ今回は自業自得じゃないかな、ハルマ」


「何だよ! そんな微妙な目で俺を見るな、ソメイ! 同じ男ならなんとなく気持ち分かるだろう!?」


「えっと、申し訳ないけど僕には少し……。まあ、それが健全な男子ならしょうがないこと、だというのは分かるんだけどね」


「何だお前! ちくしょう! これだから王は人の心が分からないんだよ! この騎士王め!!!」


「……すまない」


 割と本気で沈痛な表情をするなソメイ、余計に悲しくなる。 

 こうして珍しく己のなかの狼に従ってしまったハルマは、手痛いお仕置きをくらう羽目になったのだった。

 ……てか、それはそれとしてジバ公が無傷なのは納得がいかないのだが。


               △▼△▼△▼△ 


「まったく……ハルマ君があんなこと言うなんて……。でも、やっぱりそれだけ巫女服は……」


「どうしたの? シャンプー?」


「あ、いえ。なんでも」


 その頃、シャンプーは非情に複雑な心境でぶつくさと独り言をつぶやいていた。だがそれが純粋な非難だけではないところが、彼女のなんとも面倒なところである。


「と、ごめん。私先にちょっとトイレ行くね」


「あ、はい。分かりました」


 と、着替えの前にホムラはトイレへ。

 そんな訳で一人シャンプーは部屋に残される。


「ハルマ君はやっぱりホムラさんが……。いや、でもそんな風に言っていたことは………。どうなんだろう、もし私が着てたら……」


 同じことを言ったんだろうか。

 なんて言ってしまいそうになり、一人顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振る。なおもし言われた場合どうするのかは想像が追い付かないので考えないようにしておいた。


「はぁ……。……ん?」


 と、その時。

 背後に微かな違和感を感じ、シャンプーそっと振り返る。だが、そこには特に何もなかった。


「……?」


「隙あり!」


「――!? しまっ――!!!」


 見えない男の――声以外は。




【後書き雑談トピックス】

 生徒会長(代理)だって、たまにはドエロい事を考える。

 サバイバーズギルトを抱える少年だって、きっとパンドラボックスを持っている。

 だって男の子なんだもの。



 次回 第109話「意外な再会、予想外の力」

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