第43話 覇王国 ケルト

「おい、お前さん!」


「ん?」


 さて、ソメイが仲間になってから一晩。

 ぐっすり眠って体力回復させたハルマ達は、早速朝一番にケルトに向けて出発しようとしていた。

 その時、後ろから聞き慣れた声がハルマ達を呼び止める。


「あ、ボサボサ……じゃなくてガーリックか。なに? 挨拶しに来てくれたわけ?」


「まあな、一応それなりに助けてはもらったしよ。まだお前さん達の旅はこれからなんだろ? まあ、なんだ。頑張っていけよ」


「おう!」


「それと、だ」


「?」


 わざわざ挨拶に来てくれるとは少し意外だった。

 が、どうもそれだけではないようで、ガーリックはポケットから何かを取り出そうとしている。

 何かのアイテムでくれるのだろうか?


「ほら、これはお前さんが持っておきな」


「え、何? ……って! これ携帯じゃんか!!!」


「ああ、そうだとも。それはお前さんの大事な物なんだろう? なら、今回の礼にくれてやるよ」


「え!? いいの!? ていうか、これ売りつけた相手の人は大丈夫なの!?」


「問題ねえよ、俺が問題ねえようにしてるんだから。それにお前さん、オークション会場で有り金全部ばらまいたんだろ? ならそれくらいは返してやらねえと、こっちも寝つきが悪くなるってもんだ」


「そっか、じゃあまあそういうことならありがたく」


「ああ、持ってけ持ってけ。それ、大事な宝物なんだろう? ならもう二度とこういうことにならないよう、努々気を付けるんだな」


「もちろんだとも。ありがとう、ガーリック!」


 もう二度と帰って来ないと思っていたので、これは純粋に嬉しかったハルマ。

 小さな子供みたいに無邪気な笑みを浮かべらながら、再び手元に戻ってきた携帯を眺めている。

 よほどそれはハルマとって大切な物らしい。


「良かったね、ハルマ。それがなんなのかは……私にはよく分からないけど」


「そういえばそれは僕も気になっていたんだ。ハルマ、良ければ教えてくれないかな?」


「別に他の人にとってはそんな大した物じゃないよ。俺の元の世界の連絡手段ってだけだから。ほら、こっちにも『電話』ってあるだろ? あれの持ち運び出来る版がこれ」


「へえ……」


 この世界にはこういう類の物はないのだろうか。

 電話じゃなくてもこう……通信魔術的な。

 まあ仮にあったとしてもハルマには使えないのだが。

 魔術適性ないから。


「……っていうか、今当たり前のようにソメイにも『元の世界』とか言っちゃったけど、お前はそこらへんの事情知ってる? 知らないなら、まあ流石にお前には話しておくけど」


「大丈夫だよ、昨日のうちにジバ公から話を聞いているからね。君は異世界からやってきた転生者、なんだろう?」


「そうだよ。……そうなんだけど」


「?」


「お前、疑わないのな」


 マルサンクに向かう途中の宿で出会ったジャネットさんもそうだったが……。

 何でだろうか、ここの人達はハルマが転生者だと聞いてもあまり疑問に思わない。

 それどころか、「へえ、そうなんだ」と割と普通に受け入れるのだ。

 なんでだろうか? 普通「僕、転生者です」なんて聞いたら、「ああ……」と思うものではないのか?」


「疑わないさ。仲間の言葉を疑うほど、僕はそんなに疑心暗鬼ではないよ」


「いや、だとしてもさ。あんまりにも話がぶっ飛んでると思うんだけど?」


「それはハルマと僕たちの認識の違いだよ」


「認識の違い?」


 ……どういうことだろうか。

 認識の違い、つまりは異世界転生に対する認識の違いということか?


「ハルマにとっては異世界転生は眉唾物かもしれないけど、僕たちは既に『ユウキ』という偉大な転生者を知っている。まあつまり前例があるってことだ」


「それだけでこんなに変わるもんかね」


「思いのほかね。後はユウキが世界に残した印象があまりに強いのも一因だろう。……とにかく、僕らにとっては異世界転生はあまり遠くの話ではない、ということさ」


「なるほどね」


 つまりはジェネレーションギャップならぬ、異世界ギャップという訳。

 ハルマも最近は少しづつ慣れてきてはいたが、やはりここと元の世界では常識にズレがある。

 何事も新しい気分で柔軟に当たっていかないと置いていかれそうだ。


「まあ、ハルマもユウキくらいの印象を各地に残してるんじゃね?」


「マジで? ジバ公よ、俺はどんな感じで印象を残してるのさ?」


「あまりにも弱すぎる男として」


「分かっていたけども、この野郎」


 それは良くない方向での印象じゃないか。

 がしかし、前例のユウキがハルマとは正反対といっていいレベルで『最強』なので、悲しいことにハルマの『最弱』はジバ公の言う通り結構各地で印象に残っているのだった。




 ―それから2日、覇王国ケルト―

 さて、シックスダラーを出発して早2日。

 いつものように徒歩の旅を終え、一行はケルトの城門まで辿り着いていた。


「おお……すげえ、ここがケルトか……」


「ハルマ、そう言えば今回はバテなかったわね」


「……そうだね。まあ、マルサンクからシックスダラーへの移動に比べれば、今回はそんなに大したことなかったし」


 つまりは慣れということだ。

 ホムラが居ない状態での辛い移動と、ずっと手負いの状態で奔走したシックスダラーの事件。

 この2つを経験したことでハルマは少し強くなっており、多少の移動程度では遅れることはなくなっていたのだ。

 まあ相変わらず筋肉痛にはなるが。


「さて……見た感じケルトは平和そうな雰囲気だけど?」


「ジバ公の言う通りだよな、見た感じ別になんかが襲撃してきた感はないけど……。もしかしてマルサンクの時みたいにいつの間にか追い抜いたか?」


「いや、それはないと思うよ」


「え?」


 マルサンクの際は、追いかけていたはずのグレンをいつの間にか追い抜いていた。

 なら今回もそういうことなのだろうか、と思ったのだが。

 それはすぐにソメイに否定されてしまった。


「あの時グレンがマルサンク襲撃に時間を置いたのは、ヴィラードが任務で出かけるのを待っていたからだ」


「ヴィラードって……誰?」


「え? あ、ああすまない。ヴィラードというのは、マルサンクの騎士団長のことさ。ほら、多分だけど君達が訪問した際は騎士団長は留守にしていただろう?」


「……」


 確かに、マルサンクでは騎士団長とハルマ達は出会っていない。

 それに、マルサンクの騎士のバトレックスは自らを『代理騎士団長』と言っていた。


「うん、留守にしてた。……つまり、グレンはマルサンクの時は戦力が少しでも落ちている時を待っていたってことか」


「そういうことだろうね。だから君達が先にマルサンクに着いたんだと思うよ。でも、今回は違う。現状近くケルトの騎士や王がどこかに出掛けることはないはずだ」


「なんで?」


「今度、ケルトでは武術大会が行われるのさ。だから待っていたとしてもケルトの戦力は落ちない。いや、寧ろ参加者が集まってきて戦力が増強されるだろうね」


「なるほど……」


 ……では、何故グレンはケルトを襲撃しなかったのだろうか。

 ツートリスとマルサンクでの事件から、グレンが『オーブ』と呼ばれる宝石を狙っていることは分かっている。

 そして、そのオーブの一つが確かにこのケルトにあるはずなのだ。

 だがしかし、グレンは何故かケルトをスルーした。


「……うーん、分からんな」


「とりあえずケルトの人に話を聞いてみるのはどう? もしかしてだけど、メチャクチャ簡単に捕まえたから特に何の変化もないように見えるのかもしれないし。まあ、あの強さの兄さんをそんな簡単に捕まえられるとはあんまり思えないけど」


「……そうだね。だがまあ、聞いておいて損はないだろう」


「じゃあ聞き込みするか」


 そんな訳で、少しでも情報があることを願い俺達はケルトにて聞き込みをすることにしたのだった。




 ―城下町―

 まあ、これはゼロリアにもマルサンクにも言えることなのだが。

 ケルトもまた活気に満ちた国だった。

 ただし他の2つの国とは圧倒的に違う所がある。


 他の2つは活気と共に清潔感というか、中世のヨーロッパみたいな雰囲気があった。

 対してケルトの活気はまさに『覇王国』の名に相応しい。


 漂う鉄と火の匂い。

 地面は石やレンガではなく土がしっかりと顔を見せている。

 遠くにあるコロッセオみたいのは武道場だろうか?

 今開催準備中という『武術大会』もあそこで行うのかもしれない。


 ケルトは総じて院長を纏めると、中世ヨーロッパというよりも古代ローマといった感じの雰囲気だった。


「うーん……この筋肉筋肉した感じ……僕苦手だなぁ……」


「スライムには筋肉ないもんな」


「そういう問題じゃねえよ」


 筋肉問題は置いておいて、ハルマ達はソメイについて街の奥へと入っていく。

 ソメイは同じ五大王国の騎士として、ここの国の騎士とも友人なんだとか。

 だから話を聞くならその人達が一番早いだろうと思ったのだ。


「……お、居たね。おーい! モラー!」


「! ああ、ソメイ! 随分と久しぶりですね!」


「紹介するよ、彼女はこの覇王国ケルトの騎士。モラだ」


「ソメイの友人ですか? あ、えっと、以後お見知りおきを」


 ペコッと頭を下げる女性騎士。

 見たところ年齢は俺と同じか少し年下くらいだろか。

 赤く短い髪は綺麗に纏められており、身体つきは華奢に見えた。

 しかし彼女も騎士なのだ、多分戦ったら凄い強いのだろう。

(まあハルマは彼女でなくても負けるが)


「私はホムラ・フォルリアスと言います。で、この子がスライムのジバ。で、こっちが……」


「俺は六音時高校生徒会長代理、天宮晴馬!」


「……六音時高校?」


「ああ、気にしないでください。伝わらないのは分かってますから」


「じゃあ何で言ったの!?」


「……あ、えっと……面白い方ですね」


「もう……その名乗りなんなの、ホント……」


「……」


 まあ、ハルマも変だという自覚はなくもないのだが。

 かつてユウキも同じような名乗りをしていたと聞いてしまっては、ちょっとこれからも続けていきたいと思ってしまうのだ。

 それに、今更止めるのも恥ずかしいし。


「ええっと……。ねえ、モラ。ここ最近何か変わったことはなかったかい?」


「変わったこと、ですか?」


「ああ、変わったことだ」


「……特にはありませんね。強いて言うなら明日から始まる武術大会くらいでしょうか」


「うむ……そうか、ありがとう」


「また何かの難しい任務ですか?」


「いや、今回は私用だよ」


 ……さて、モラの返答からグレンがケルトをスルーしたことは確定した。

 本当に何でだろうか。

 同じオーブでも、グレンには何か違いがあるのだろうか……。


「なら、グレンはもうこの大陸には居ないだろうね。次に移動したのは果たしてガダルカナル大陸か、それともユウキ大陸か……」


「とりあえず俺達も次の大陸に行こうぜ。ここに居てもしょうがないだろ?」


「そうだね。すぐにそうするとしよう」


「おう!」


 さて、ならば早速行動開始。

 グレンを追って俺達も新しい大陸へ!

 ……ん?

 大陸へ!!

 ……あれ?

 大陸へ!!!

 ……。


「あの、ソメイさん?」


「ん?」


「早く移動しようよ。あ、それとももしかして船かなんかでここ来たの?」


「え?」


「いや、『え?』じゃなくてさ。……え、ちょっと待って」


「ん?」


 あれ……もしかしてコイツ。

 移動手段持ってない?

 いや、そんなはずはない。

 だってコイツはガダルカナル大陸にある聖王国キャメロットからやって来たんだ。

 なら、帰ることだって出来るはずだろう。

 ……出来るよな。


「お前……どうやってここに来た?」


「魔術切符で」


「魔術切符……?」


「転送魔術が組み込まれた魔法具のことよ。転送魔術が使えない人が遠くに移動するための物なの」


「なるほど。……でだ、じゃあ俺達もそれで早く戻ろうぜ」


「え?」


「いや、だから『え?』じゃないって!」


「ハルマ、魔術切符は片道でしか使えないよ?」


「いや、ごめんそれは知らんかった。じゃあ、帰り用の切符使って早くガダルカナル大陸に行こうよ。俺達ここに居てもしょうがないだろ?」


「……」


 なんで沈黙するんだ。

 おい、まさかとは思うが……。

 いや、そんなことはないよな。

 ない……よな?


「ハルマ、実は伝えないといけないことがある」


「……なんだ」


「帰りの魔術切符……持ってくるの忘れた」


「馬鹿かお前は!!!」


「つい……行きのことしか考えてなかった……」


「え!? 嘘だろ!? なんかじゃあ他に移動手段ないの!? ほら、マキラとレンネル大陸の連絡船みたいなのは!?」


「ない……わね。あの辺りは海のモンスターが結構凶暴だから、自分の個人的な船なら行けるでしょうけど……」


「そんなの持ってないよ! お金……も、もう全部なくなったし!!! あ、そうだ! 魔術切符! 魔術切符をこっちで買えば良いんだよ!」


「ハルマ、残念だけどな。魔術切符は船ほどはしなくても結構高いぞ」


「……」


 まさかの詰み。

 ここまで来て移動手段で詰んでしまうなんて……。

 こ、こうなったらまた携帯を換金……いや、流石にそれは嫌だ。

 ホムラの為ならまだなんとか受け入れられたが、流石に今回のこれの為には使いたくない……。


「どうする? スリームまで戻って、船貸してもらうか?」


「いくら恩人だからって、そんなこと言ったら凄い迷惑がられるでしょうね」


「じゃあ新しい船作ってもらう?」


「此間のを簡単に作れたのは準備してたのもあると思うよ。つまりは僕たちがまた押しかけて「個人的な船作ってください」なっていったら、結局すげえ迷惑だと思うけど」


「……」


 どうすればいいんだ。

 マジで打開策がないじゃないか。

 あんまり悠長にしているとグレンがどこで何をするのか分からないのに……。


「そんな……じゃあどうすれば!?」


「……あ、あの」


「ん?」


 と、その時。

 ずっと俺達の様子を見ていたモラがここで介入してきた。


「船……が必要なのでしたら、明日の武術大会に参加してみてはどうでしょうか。優勝者にはなんでも一つ欲しい物を与えると王はおっしゃっておりましたし」


「マジか!」


「はい。まあ、皆さまを贔屓することは出来せんが。可能性として一つ提案してみました」


「いや、凄く助かるよモラさん! それじゃあこれは絶対に優勝しないとだな、頼むぜソメイ!」


「ああ、もちろんだとも! ここで名誉挽回とさせてもら――


「あ、その前に」


「ん?」


「参加にはいくつか条件がありますので」


 条件、つまりはルール。

 まあ当然だろう。

 それくらい当たり前のことだ。


「1つ、特殊な能力を所持する者の参加は認められない。つまりは加護や権能を持っている方ですね。まあかなり少数ですが、このような方が参加されてしまうと一方的な戦いになってしまうので」


「ほうほう」


「2つ、特殊な団体に属する者の参加は認められない。陰険やらなんやらといった面倒事を防ぐためです。そういったものの区別がつかない方が、残念ながら少数居ますので」


「なるほど」


「3つ、『人間』『半獣』『獣人』以外の参加は認められない。そうしないとなんでもアリになってしまいますので。今回はこの3種族のみとさせてもらっています」


「了解です。……つまり?」


 ホムラ →『賢者』持ち、つまり条件1的にアウト。

 ジバ公 → モンスターのスライム、つまり条件3的にアウト。

 ソメイ → 聖王国キャメロット聖騎士団長、つまり条件2的にアウト。

 ……あれ?


「……これ、俺しか参加権なくね?」


「……なんだ、その……」


「……」


「頑張れ! ハルマ!!!」


「えええええええええええええ!?!?!?!?!?!?!」


 こうして、まさかの最弱ハルマの武術大会参加が決まったのだった……。




【後書き雑談トピックス】

 ばらまいた120万は全部回収されました。

 つまりハルマはお金持ちから一転無一文ということです。

 悲しき。


 

 次回 第44話「ケルト武術大会 壱」

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