第104話 森林の小屋

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ……」


 密林に響くは年若き少年の野太い唸り声。

 それは積もり積もった疲労から零れた声だった。


「……キツい」


「そうだね、流石にこれは少し……」


 ハルマ達一行がバビロニアを出発してから今日で1週間。彼らは次なる目的地『海王国オリュンポス』を目指して旅を続けていた……のだが、


「流石に異世界にも慣れてきたとはいえ……それでも『Re:密林で始める野宿生活 by1週間コース』は辛いっすよ……。……で、ソメイ。次の街まであとどれくらい掛かる?」


「そうだね。……大体だけど、あとまだ2日くらいは掛かるかな?」


「マジか」


 ここに来てぶつかる難題。それは――次の街までの距離だった。


 ここ、マキラ大陸東は国土の7割がジャングルに覆われた超自然大陸。それはモンスターや動物達からすればとても住みやすい環境であり、現にこのジャングルには他の大陸にはいない生き物達が数多く生息している。


 が、しかし……どんなに他の生き物達が住みやすくても、人間にはそうもいかない。ジャングルは自然界において脆弱な人にとって視界は悪く、自然の罠が張り巡らされ、数多くの敵が住み着き、おまけにクソ熱い……というまさに最悪レベルの環境なのだ。


 故にわざわざこんな場所に住み着く者は少なく、また『森を開発していこう!』なんてアグレッシブな精神を持つ者も居なかった。(元の世界のようにブルドーザーとかあったら違うかもしれないが)


 その為、このマキラ東では『街と街の距離がエグい』という田舎的問題が発生しているのである。故に、もしそんな場所に対策なしで入り込もうものなら……、


「あああ……。風呂やベットが恋しい……」


 当然こうなる。

 ……要するにハルマ達はこの劣悪な環境で続く旅に、すっかり疲れきってしまっていたのだった。あと、さっきも言ったがクソ熱いのが結構辛い。これが熱帯雨林気候というものか。


「てか、こんなに遠いならエンキドゥさんも事前になんか言ってくれればいいのに……。と思ったけど、あの人からすればこれも大したことないのかな。なんだそれ、環境適応能力高すぎか。それ俺にもくれ……」


「ああ、もう、うるさいな……。一々文句言うな。そんなのお前だけじゃなく、みんな我慢してるんだよ」


「……いや、お前は俺が作ったバスケットベットあるからまだマシだろ」


「ぐっ」


「おまけにお前自分の足でも歩いてないじゃねえか。……足ないけど」


「うぐ」


 ジバ公のツッコミに今回は容赦なくカウンターを入れるハルマ。

 流石の彼も疲れが溜まってきた今は、いつものようにお茶らける元気はないいらしい。……まあ、元気がないのはハルマだけではないが。


「てか、結構ソメイも辛そうだな。俺的にはちょっと意外」


「え? ああ……うん、正直言うと確かに少しね。……これは言い訳に過ぎないんだけど。ほら、キャメロットがあるガダルカナル大陸は北方の大陸だろう? だから僕はそこまで暑さには強くなくてね……」


「ああ、うん。それはよく分かってる」


「? それはどういう?」


「いや、普通に。てか、まずあっちのあの感じを見れば誰だって『ああ、そうなんだな』って分かるよ」


「あ……。うん、そうだね……」


 と、ハルマは小さく苦笑しながら後ろを振り返る。そしてソメイも同じように後ろを見て、すぐにハルマの言いたいことを納得&理解した。

 振り返ったその先。そこに居たのは、


「シャンプー、大丈夫?」


「ええ……まあ……はい……」


 なんともなさそうなホムラと、ぐでんぐでんに疲れ切ったシャンプーだった。

 まあ、シャンプーに関しては確かに無理もないことだろう。なんせ、シャンプーは北方のガダルカナル……のさらに北端に位置する『雪原地帯』で生まれ育ってきたのだ。なら、寒さに対しては耐性があっても、雪原地方とまったく縁のない『暑さ』には弱い、というのもなんらおかしな話ではなかった。


「本当に大丈夫? ……なんなら、私がおぶってあげようか?」


「い、いえ……お構いなく……。ホムラさんにそんな無理はさせられませんよ……」


「別に、私は大丈夫なんだけど……」


 どこから見つけてきたのか。大きな枝を杖代わりに、汗だくになりながらも一歩ずつ進んでいくシャンプー。……その様子はどうみても『最弱』ハルマよりもさらに弱っていた。

 ……一方、そんなシャンプーを心配しながら少し前を歩くホムラは、パーティのなかでは一番元気そうな感じである。実際、ホムラだけは特に息が切れたりしている様子も、疲れが出ている様子もない。


「……ホムラさ、疲れたりしないの? なんかまだまだ元気そうだけど」


「え? うーん……まあ、そうね。結構こういう……サバイバル、っていうの? そんな感じの得意だし。あと、結構暑いのも平気だから」


「そうなんだ」


「うん、そうなのよ。まあ、その代わり寒いのはちょっと苦手なんだけどね。だから、そういう場所ではどっちかっていうと、暖房が効いた部屋でぬくぬくしたくなるかな」


「……犬なのに?」


「いや、私はあくまで『犬系の半獣』ってだけだから。別に犬の特徴までは引き継いでないわ」


「へえ……。そうなのか」


 じゃあホムラは別に嗅覚が強かったりもしないのだろうか。

 ……ラノベなどに出てくる半獣キャラは元の動物の特徴も一緒に持っているパターンが多かったのだが……どうやらこの世界ではそうとも限らないようである。

 まあ物騒な特徴を引き継いでしまうよりは、この方がまだ何倍もマシではあるのだが。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 と、雑談を交わしながらも一行は真っすぐにジャングルを進んでいくのだが、もちろんあと2日程掛かる距離がその程度では埋まるはずもない。故にもちろん街が見えてくることもなかった。……のだが、代わりに違う物がハルマ達の先に見えてきた。それは、


「おろ? あれは……小屋、か?」


「え? ああ、確かにそうだね。でも……」


「なんで……こんな森の奥に小屋があるのかしら?」


「はぁ……あぁ……あぁ……」


「……マジで大丈夫か、シャンプー」


 ハルマ達の視線の先に現れた物、それは鬱蒼としたジャングルの中にポツンと佇む小さな小屋だ。

 その小屋は木で作られた簡単な物なのだが……それでも、この『The・自然!』といった雰囲気の中に、突然明らかな人工物が現れるとやはり違和感が凄い。なんというか、例えるなら和食の料理の中に一皿だけピザが混じっているかのような感じだった(分かりにくい)。


「あれは……つまり『森の洋館』ならぬ、『森の小屋』ってことか? て、ことはもしかしてゴースト的なのとか出てきちゃう? でも、その場合ウチのパーティにはな……」


「……お前、何の話してるの?」


「お化けの倒し方。覚えておきな、お化けには『同じお化け』か『悪人』が有効だから」


「どこ情報だよ」


 そりゃあもちろん某有名ゲームからである。……ちなみに、これでは『水』は『電気』に弱いが、実際には真水に電気は通りにくいので覚えておこう!

 ……まあ、異世界においてはコレは有名でもなんでもないので、この忠告をしたとしても意味ないのだが。てか、今更だけどなんで『お化け』に『悪人』が有効なんだろうか? 怖がらないから、とかか?


「うーん。まあ、それは帰ったら某Gの先生に聞くとしようか。……よし、それじゃあ、とりあえず誰か居るか聞いてみよう!」


「え!? ちょ、何の躊躇いもないの!?」


「躊躇いって、躊躇してても仕方ないでしょ。なに、なんかヤバいのが出てきたらちゃんとソメイに任せるよ」


「うん、まあ確かにどうにかするけどね? 前提としてそれはどうなんだろうか」


「俺弱いからしゃーなしですね」


「開き直るなよ……」


 と、不安要素は全部ソメイに丸投げしハルマは迷いなく小屋まで直行。そして恐れることなく、元気よくドアをノックした。


「すみませーん。誰か居ませんかー、居ないなら居ないと言ってくれるとありがたいのですがー」


「いや、その場合は誰か居るだろ。なんで誰も居ないのに返事返ってくるんだよ。ホラーか」


「……例え幽霊でも居るのに『居ない』って返事するのはおかしくね?」


「え? た、確かに……。って、違う。僕が言いたいのはそういうことじゃ――」


「はい。少しお待ちを」


「お?」


 と、ジバ公の言葉を遮るように、返事の声が小屋の中から聞こえてきた。正直、帰ってくるかどうかは五分五分だと思っていたので、これには少しハルマはびっくり。結構な森の奥だが、どうやらこの小屋にはちゃんと人が住んでいるようだった。


「お待たせしてすみません。……えー、貴方は?」


 そして、そのまま声の主がドアを開ける。

 開いたドアの先。そこでハルマ達を迎えたのは、それなりにお年を召していると思われる、立派な髭をした優しそうなお爺さんだった。どうやら彼以外に人は居ないらしい。


「あ、えっと俺達は旅をしている者でして。もしよろしければ一晩泊めて頂けたら嬉しいんですが」


「なるほど、そういうことでしたか。ええ、全然構いませんよ。この辺りは街が少ないですからな。さぞお疲れでしょう。ささ、どうぞ」


「マジですか、これはどうもありがとうございます」


 これはなんともラッキー。

 そんな訳でお爺さんの御厚意により、ハルマ達は1週間連続野宿は無事に回避したのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ふぅ……」


 と、いう訳でハルマ達はお爺さんの小屋で一休み。1週間ぶりのまともな休息というのは、なんとも気分の良いものだった。ただゆっくりと座り込むだけでも、身体中の疲れが抜けだしていくようだ。

 特にシャンプーなんかは、もう遠慮などの感情はどこへやら。ソファーでぐったりと横になっている。


「いやー、本当にありがとうございます。もう俺達1週間くらいずっと野宿続きでクタクタでして……」


「ほう、それはなかなか大変でしたな」


「そうなんすよ……」


 いや、マジで本当に大変だった。

 都会育ちのハルマは普段常々人が多すぎるのはどうかと思っていたのだが……今回の件でよくよく『人が少なすぎる』というのが、どれほど大変なのかをしっかりと理解。今なら確信を持って言えるだろう、『過疎』よりはまだ『過密』の方がマシだと。……それくらいハルマ的にはキツかったのだ。


 と、そんな風にここまでの苦労を思い出していると、それ故の疑問がハルマに一つよぎった。それは、


「あの……えっと。これは別に答えたくないなら、答えなくても良いんですけど。お爺さん」


「ん? なんですかな?」


「貴方はどうして、こんな所で一人暮らしを? なんか特殊な事情とかがおありなんです?」


 まあ、当たり前の疑問だろう。

 こんな街まで近くても2日も掛かるジャングルの中に、老人が一人で暮らしていたら不思議に思うのも当然だ。それこそ、これが元の世界ならなんらかのバラエティー番組とか取材されていてもおかしくない。


 と、そんなハルマの質問を受け、老人はまるで『もう何回もされてきた質問だ』と言わんばかりの小さな笑みを浮かべる。そしてすぐにその答え教えてくれた。


「何、そう大したことではありません。ただある物を守る為にここに住んでいる、ただそれだけのことですよ」


「ある物?」


「はい。私はこの先のとある遺跡を守る……というより、管理と監査する為にここに住んでいるんです」


「ほう、遺跡ですか!」


 遺跡、といえばファンタジーにおいては結構王道のスポットだ。

 なかなか出てこないな、とハルマは最近常々思っていたのだが……まさかここで出てくるとは。これには少しで期待でテンションもアップである。


「ちなみに……。それは一体何の遺跡なのか、というのは聞いても大丈夫ですか?」


「構いませんよ。……ただ少し驚かれるかもしれませんが」


「え?」


「ふふっ。……私が管理している遺跡。それは、かつて勇者ユウキと旅をした仲間……かの伝承の戦士レンネルが祭られている遺跡なのです」


「――!? レ、レンネル!?」


「ええ、はい。レンネルです」


 予想外の人物の名。これにはハルマ達も、事前に『驚くかも』と言われていたのにも関わらず、ストレートにびっくりしてしまった。

 特に、シャンプーなんかはついさっきまで疲れでぐったりしていたのが、今は驚きで綺麗に背筋がピンと伸びている。ネコか。


「マジか……。レンネル……レンネルか」


「……えっと? 貴方方は何かレンネルとご関係がおありなのですか? 何やら少し普通の驚き方と様子が違うようですが」


「えっと。ええ、まあ実は少し」


「ほう。して、それはどのような?」


 先程とは反対に俺達に対して質問してくるお爺さん。それに対しては、他ならぬシャンプー自身がしっかりと答えた。


「あー、えっと。実は私はシャンプー・トラムデリカ、と言いまして。その、レンネル様の子孫……なんです」


「――!? そ、それは本当ですか!?」


「あ、はい。なんなら氷炎舞流使えます」


「なんと――!!!」


 そして、今度は逆にお爺さんの方がハルマ達のようにびっくりである。まあ、突然『泊めてくれないか』と言ってきた奴らのなかに、自分が管理している遺跡の主の子孫が居る……なんて普通は思わないだろう。


「かの戦士レンネルの子孫ですか。……これはまた長生きするものですな、まさかこのような機会に巡り合えるとは」


「そうですね、というか私もちょっとびっくりしてます。まさかレンネル様の遺跡なんてものがあったとは……」


「まあ確かに森の奥にひっそりと、と言った感じですし。知らないのも無理はないでしょう。……と、そうだ。あのもし良ければ明日、遺跡に行ってみませんか?」


「え? いや、まあ確かに行けるなら行ってみたいとは思いますけど……。その感じだと、遺跡には何かあるんですか?」


「ええ、実はそうなんです。ですが、きっと貴女になら私は出来ると思うのですよ。多分ですが」


「……? あの、すみません。出来る、とは?」


「ああ、それはですね。実は―――



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 そして次の日。

 お爺さんに案内され、ハルマ達はレンネルの遺跡に向かっていた。


「……ちなみに。今更ですけど、お爺さんはレンネルと何か関係が?」


「え? ……まあ、一応そうですね。実は私の曽祖父がレンネルに何かしらの恩があるようでして。その恩返しに、と私達は曽祖父の代からレンネルの遺跡を管理しているのですよ」


「なるほど」


「……と、そう言えば『今更』で思い出しましたが、まだ名乗って居ませんでした。私の名前はセレスと言います。どうぞ気楽にセレスとお呼びください」


「あ、いや、そんな。えっと、今更ですけどよろしくお願いします。セレスさん」


「こちらこそ。……と、着きましたな」


 今更の自己紹介をしながら、無事ハルマ達は遺跡に到着。

 それは森を抜けた先にある山肌に出来た一つの大きな洞窟だった。ただしそれは天然の洞窟とは違い、床は石で出来ており、壁もしっかりと整理されていたが。


「ここが……レンネルの遺跡」


「はい。世間一般には『遥かなる遺跡』と呼ばれているそうです」


「遥かなる遺跡……それはまたカッコいい名前が付いてるんですね」


「……カッコいいか?」


「え? カッコ良くない?」


「……」


 微妙にセンスが噛み合わないハルマとジバ公。

 結果、なんかちょっと気まずい雰囲気になったが……まあそれは気にしないでおこう。感性は人それぞれだ、うん。(まあジバ公は人じゃないが)


 ……と、少し遺跡を見渡したところで、セレスは本題へ。

 それは昨日言っていた、『シャンプーになら多分出来ること』だ。それは、


「……さて、ではシャンプーさん。試してみてください、多分貴女になら出来ると私は思うのです」




「貴女ならきっと、この遺跡に入ることが出来る……と」




【後書き雑談トピックス】

 ちなみに夏と冬どっちが好き? と言われたら、


 『夏:ハルマ、ホムラ、ジバ公』

 『冬:ソメイ、シャンプー』


 と、なります。

 出張も多いソメイにとっては、鎧が暑く感じる夏は少し苦手なんだそうな。



 次回 第105話「伝承の戦士」

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