第133話 幽霊少女と夢追いの歌 Ⅲ

「ハルマ君、ちゃんとそこに居ますよね……?」


「居るよ」


「ほんとに、ほんとに居ますよね!? 嘘じゃないですよね!?」


「居るってば! てか、どうやってこのシチュで嘘つくんだよ!」


「それは、確かにそうですけど……」


 扉越しに何度も確認するシャンプーの声は、普段の彼女からは想像出来ないくらい弱々しく女々しい声であった。


 現在、時刻は12時を過ぎそろそろ皆も寝静まった頃。

 ハルマはシャンプーの頼み通り彼女のトイレに同行していた……のだが、どうにもハルマはあまりシャンプーから信用されていない様子。

 その証拠にド正論なツッコミを返したにも関わらず、シャンプーの声色は一向に回復の兆しを見せなかった。


「ていうか、途中で帰るくらいならまず最初から着いてこないから。だから変な心配してないでさっさと済ませろよ」


「私も分かってはいるんですよ? でも、やっぱり直接姿が見えないと不安になっちゃって……。……あ、そうだ。あの――


「一応言っておくけど『怖いのでドア開けっぱなしにしても良いですか?』なんて言うなよ? そんな事されたら(いろんな意味で)俺殺されちゃうからな」


「――ッ! ……わ、分かりました」


「……」


 的確に言おうとした事を見抜かれたのか、何か言おうとしたシャンプーはその続きを言う前にそのまま黙り込んでしまった。

 一方、的確に言おうとした事を恐らく見抜いたハルマも、それはそれで複雑な表情のままだんまり。ハルマさん的には、出来れば今のは寧ろ外れていてほしかったのだが……。


 ――マジで羞恥心どうなってんだよ。てか、まあ絶対言わないけど、それでもそういう系統の発言は普通逆だろ……。


 暗闇の中、ハルマは一人誰にぶつけるでもない文句を複雑に心の中で呟く。

 残念ながら青少年ハルマはそういう状況を難なくスルー出来てしまう程、人間はまだ出来ていないのでありました。


「……というか、ハルマ君も最近だんだん私の心境を察する事が出来るようになってきましたね」


「……、……!?」


               △▼△▼△▼△ 


「すみません、お待たせいたしました。……それじゃあ、その、帰りもよろしくお願いします」


「へいへい」


 さて、そんな訳で嫌な能力にハルマも目覚めつつあることが判明しつつも、無事用を終えたハルマ達は、特に寄り道する事もなく真っすぐ寝室へと帰宅。


 ハルマ的にはせっかく起きてしまったのだから、少し幽霊騒動についても調べてみたいと思った……のだが、それについてはシャンプーの事も考えて今回は断念しておいた。

 何故なら、今の状況でそんな事言おうもんなら――


『そうですか! そうやってハルマ君は私を己の欲望のままにいじめ、貶めようというのですね! ハルマ君っていつもそうですね……! 私のことなんだと思ってるんですか!?』


 なんて、さもハルマが極悪人かのようなセリフを言われかねない。(そして広められかねない)

 ……まあ、だとしても個人的には怯えるシャンプーの姿はちょっと珍しいというのと、普段の地味に辛辣な発言へのささやかな仕返しとして、そういうのも面白いかなとハルマは思わないでもなかったのだが……。

 一時の愉悦の為にそれをすると今後本当に面倒な事になりそうなので、その本音はぐっと心の奥底に隠しておくのでした。


「ほんと、我ながら良い性格してるよな……俺も」


「? 突然のナルシストどうしたんです?」


「……。あのさ、一瞬で優しさを撤回したくなるような発言やめーや。あと今の『良い性格』は皮肉の意味で褒めた訳じゃない……ってこんな悲しい事自分で言わせないでくれませんかね?」


 こんな状況でもキレッキレのシャンプーにハルマは一瞬で己の判断に後悔する。

 ……てか、この人はこの人で今の自分の状況を分かっているのだろうか。今ここでハルマが一人で突っ走ってしまえば、困るのは自分の方だというのに。


「いろいろと画策しているところ残念ですが、貴方の脚力ではどう頑張っても私を撒くことは出来ませんよ? てか、それくらいもう分かり切ってる事でしょう?」


「こいつ……! ……えっと、じゃああれだ! 俺もう部屋戻んねえって言ったらお前どうすんだよ」


「私としてはハルマ君と廊下で一緒に寝落ちも全然OKです。というか寧ろご褒美」


「ちくしょう! 本当にめんどくせえなお前!」


 ことごとく潰されていくハルマの復讐ルート。

 そもそも辛辣と親愛という本来相反するであろう感情が同時に成立しているせいで、なかなか弱点が見つけられないのが厄介極まりない。

 攻めても受けてもご褒美になる奴に一体どうやって対抗しろというのか。


「ふふふ……無駄なんですよ、私に対抗しようだなんて。……さあハルマ君、このまま大人しく寝室に向かって、そのまま――


「もう今後頼まれてもトイレ同行すんのやめようかな」


「すんません、マジ勘弁してください。このシチュだと頼めるのハルマ君しか居ないんです……」


「……」


 ……なんか今、思いのほかあっさりと対抗出来てしまったような気もするが、それは多分偶然であろう。うん。

 というか、さっきまであんなに強かだったのにこの話題になった途端、急に弱気になるあたりシャンプーは本当に幽霊が苦手らしい。

 正直、幽霊に大して1ミリも恐怖心を感じないハルマとしては、このシャンプーの幽霊への怯えっぷりは何とも理解し難――


「……、……」


 ……と、思ったのだが。

 そうやって幽霊に対しての思考を進めているうちに、そういえば自分も昔は幽霊を怖がっていた頃があった事をハルマは思い出す。


 そう、ハルマだって最初から幽霊が怖くなかった訳ではないのだ。

 始めは相応に恐れを感じ、シャンプーと同じように一人で夜にトイレに行くなんてとても出来た事ではなかった。だが、


 ――そうやって俺が怖がる度に、姉さんは俺に付き合ってくれたんだったよな……。


 例えどんなに夜遅くでも、例えどんなに疲れていても。

 ハルマが頼めば秋葉は嫌な顔一つせずにハルマに付いて来てくれた。

 そうやって何度も何度も助けられたから、ハルマも今のように幽霊が怖くなくなったのだ。


「……」


「……ハルマ君?」


「……ん?」


「あ。その、なんだか急に元気がなくなったので……」


「……悪い。別に、何でもないから心配しないで大丈夫」


「そう、ですか」


 今となっては遠い昔の事を思い出し、ついしんみりとした気持ちになってしまったハルマ。そんな心情だからなのか、聞こえてくるピアノの音色もどこか物悲しいものに聞こえてきてしま……、しま……?


「……、……ん?」


「ハ、ハルマ君? なんで急に立ち止まるんです? あ、もしかしてあれですか! 警戒心を募らせている私を怖がらせようという卑劣で姑息な作戦ですか!」


「そんな三下みてえな嫌がらせしねえよ。……で、なあ何か聞こえないか? こう、ピアノ――ああいや、楽器の演奏みたいな音がさ」


「な、何を言ってるんですこんな状況で!? ……嫌です、聞こえません、聞きたくありません!」


「……。……ああ、でもやっぱり。こっち廊下の奥から間違いなく何か聞こえてきてるな」


 それは先程も思ったようにまるでピアノの伴奏のような、どちらかと言えば綺麗な類の音であった。……だが、例えそれが綺麗な音であろうと、聞こえてくるのが皆が寝静まった後の暗い宿屋であれば話は別。

 寧ろその音の綺麗さと今の状況との矛盾が、この場に妙に不気味な状況を作り出していた。


「おいおい、まさかマジで幽霊居んのかここ……? だとしたらこれはまた面倒な事になりそうな気が……」


「って!? ちょ、ハルマ君!?」


「ん?」


「いや、『ん?』じゃないですよ! 何、貴方『面倒な事になりそうな気が……』とか文句言いながらも、サラッと音のする方に向かって行ってるんですか!?」


「……いや、だって音のする方に行かないと原因調べられないじゃん」


「良いんですよ、調べなくて! 幽霊退治はヘルメスさんに任せて私達は早く部屋に戻りますよ!」


「別にそれでも良いけど、このままほっといたら(推定)幽霊お前のとこ行くかもしれないぞ?」


「なんでそんな酷い事言うんです!?」


 ……なんでと言われても実際そうだからとしか言いようがない。

 事実、(推定)幽霊が移動しないなんて保証はどこにもないのだから、この後シャンプー達の寝室に移動する可能性だって十分にあるのだ。


「くっ、うぅぅぅ……! 分かりました、分かりましたよ! 私も着いて行きます! 着いては行きますけど、それ以上の事は期待しないでくださいね!!!」


「分かってるよ。その代わり犯人が幽霊以外だった時はよろしくな」


「……もしだったらこの恨みを全て乗せてボッコボコにしてやります」


「それは、うん。なるべく……穏便にな」


 ハルマ的には幽霊よりも迸るこの凄まじい殺気の方が100倍怖い。

 まあシャンプーの気持ちも分からんでもないが、出来る事ならなるべく穏便に済ませてほしいところだ。……流石にハルマも目の前で幽霊が生まれる感動の瞬間を見届けたくはない。


「どっちにしろ幽霊になるなら、もう最初からそうであってくれないかな……」


「!? あの、だからなんでそんな酷い事言うんです!?」


「お前のせいだよ!」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ―暗い廊下を歩いて―

 さて、そんな訳で恐怖と殺気を募らせていくシャンプー(超怖い)と共に、ハルマは音を頼りに暗いの廊下の奥へ。

 途中階段を登ったり、長い廊下をひたすら進んだりと、それなりの距離を歩き続け彼らはようやく音の在りかの目の前まで辿り着いた。


「いやー……予想以上にわりと歩いたな。てか、この宿屋無駄にデカ過ぎるんよ」


「それだけこの幽霊騒ぎの前は繁盛していたという事でしょうね。……まあ、だからこそ店主さんもあんな凄い事になっていたんだと思いますが」


「なるほど……」


 確かに今まずっとデカい宿屋を繁盛させてきていたのに、急に変な噂のせいで客が来なくなってしまったら、そりゃ精神的にかなり来るものもあるだろう。

 ……まあ、それでも来客に発狂で対応するようになるかと言われたら、素直に首を縦に振ることは出来ないが。


「……で、だ。さっきから聞こえてくるこの音は、どうやらこの部屋から鳴り響いていたようだけど……。ここって確か大広間だよな?」


「そうですね。そして夕方ここに来たときには、確か立派なピアノがあったはずです」


「そっか。そして地味にピアノってこっちにもあるのか……」


 どんな世界でも人間の芸術センスは変わらない、という事なのだろうか。

 もしそうなのであれば、今度何かの機会に是非ハルマ自慢の伴奏も披露してみたいものだ。実はこう見えてハルマは、昔はよく音楽の授業前の休み時間に皆のリクエストに答えいろんな演奏を披露したりもしていたのである。


「ハルマ君ってほんとそういう所は器用ですよね。なんか習ったりしてたんです?」


「うん、まだ俺一ミリも伴奏出来るなんて口に出して言ってないけどね。……別に習ったりなんかは特にしてないかな。ただ暇だったから覚えただけさ」


「またサラッと言いますね……」


「事実だからな。……で、シャンプーさん。そろそろ準備出来てきた頃かなと思ってたんだけど……どうです?」


「……あの、ほんとにマジで入るんですか」


「いや、ここまで来てやっぱ帰るはないだろ」


 扉の前で雑談をしながら、シャンプーの(心の)準備が出来るのを待っていたのだが……。どうにも、やはり心底怯える相手と対面する準備というのは、なかなか簡単に出来るものではないようだ。

 実際、シャンプーの手と足はまだ震えが隠しきれておらず、雑談を交わす口調もいつも小さくどこか頼りなかった。


 ……がしかし、だからといっていつまでも扉の前で雑談し続ける訳にもいかない。

 故に少々心は痛むが、そろそろシャンプーさんには無理矢理覚悟を決めていただけく事にした。


「ま、あれだ。仮に幽霊だった俺がなんとかするし。そうじゃなかったら今度はお前がなんとか出来る。別にそんな危機的な状況って訳じゃあないんだし、まあ多分大丈夫だろう。……良し! それじゃあ開けるぞー」


「え、え、ちょちょちょ待ってください……! あと、5分! 5分だけ!」


「そんな冬の朝みたいな事言ってたら永遠に話進まねえだろ。悪いけどいい加減腹括ってくれ」


「こ、この鬼畜ハルマ君……!」


 震えながら放たれるシャンプーの恨み言を聞き流しつつ、容赦なくノブに手を掛けるハルマ。

 そして、そのまま不可思議な音が聞こえてくる部屋の入口を勢いよく開け――



「……あれ? ハルマ君達こんな所で何し――



「ぎゃああああああああああああああ!?!!?!?!?!?!?!」


「!?!!?」


 る、直前。

 突如背後から聞こえてきた声に、シャンプーは凄まじい絶叫と共に全力の裏拳をブチかましていた。そしてハルマはそのシャンプーの絶叫の方に思い切り腰を抜かしつつ、声の聞こえてきた方に振り返る。

 するとそこには……、


「おお……、これはなかなか凄まじい速度の裏拳。僕でなきゃ見逃しちゃうね」


「って! ヘルメスさん!?」


「うん。霊感1ミリもないせいで幽霊探しに大苦戦中の最強騎士ヘルメスさんだよ」


 暗い夜の宿屋には似合わぬ爽やかな表情で、しれっとシャンプーの裏拳を受け止めたヘルメスが当たり前のように居たのであった。




【後書き雑談トピックス】

 『幽霊少女と夢追いの歌』ってサブタイなのになかなか出てこない幽霊さん。

 完全にサブタイのタイミングっていうか、やり方間違えた。


 ???(ドアの前なんか騒がしいなぁ……)



 次回 第134話「幽霊少女と夢追いの歌 Ⅳ」

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