第47話 ケルト武術大会 肆
『では、勝負開始!』
響くアナウンスの声。
まさかまさかのハルマ決勝戦進出により、オルナとハルマの戦いが始まろうとしていた。
「では、参る!!!」
「――ッ」
掛け声と共に、オルナは一瞬でハルマとの距離を詰める。
その速度はさながら瞬間移動でもしたかのような速度であり、ハルマの緊張や警戒を一瞬で無駄にする。
逃げるとか、接近されないようにするとかの次元ではない。
気が付いたら相手が目の前に居たのだ。
「はっ!!!」
「!?!?!?!?!?!?」
もちろんオルナはそんなハルマであっても容赦はしない。
まだオルナに対して反応すら出来ていないハルマに、オルナは思い切り呪術を解き放った。
瞬間、ハルマの全身に電気が流れたかのような感覚が襲い掛かる。
「が!? おお、おおおお、あがががあああ!!」
呪術は癒術の反対、つまり体力をそのまま削り取る術だとは聞いていたが……。
実際に受けると、それがどれ程大変なことなのかよく分かる。
全身を激痛が駆け巡るのに、普段と違って身体は硬直しない。
いや、それどころかどんどんと力が抜けていくくらいなのだ。
身体中が痛いのに身体はそれに抵抗しようとしてくれない、と言えば分かりやすいだろうか。
そんな今まで体感したことのない、元の世界に住んでいれば確実に味わうことのない苦痛が全身を駆け巡る。
ところが次の瞬間、オルナも予想していなかった事態が起こる。
「!? ぐ、があああああ!? な、何故!? 私にまで!?」
「……え?」
これは一体どうしたことだろうか。
何故か、呪術を掛けている本人であるオルナまで苦しみ始めたのである。
しかも様子からしてどうも、オルナにはハルマと同じ苦痛が襲い掛かっているかのように見えた。
「……これは、君の力か何かなのか?」
「いや……俺に呪術を跳ね返す力なんて……」
持っていなかった。
何度も言うようだが、ハルマはこの世界で『最弱』の存在。
そんな便利な力を持っているはずがないのだ。
だが、事実として呪術返しは発動した。
……実は、ハルマはそんな力は持っていないものの、心当たりがないわけではなかった。
「……でも、もしかしたら話ですけど」
「?」
「俺、魔術適性がないんですよ。だから、もしかしたらそれが原因かもしれません」
「魔術適性がない!? ……なるほど、それは初めて聞く体質だ。なら、確かに今の現象の原因はそれかもしれない、呪術は魔術適性や魂など様々なものと密接に関わり合う複雑な技だからね」
原理や理論は微塵も分からない。
だが呪術が魔術適性と深い関りがあり、そしてハルマが特異な魔術適性なのであれば、関連性を疑うのもおかしな話だろう。
まあ、何はともあれ『呪術返し』という特性がハルマにあるのは事実なのだ。
「……なら、この戦いは『我慢比べ』か『直接対決』の二択になるという訳か」
「……」
オルナの言う通り。
呪術返しは相手にもダメージを与える力なのであって、自分のダメージを無効化にすることは出来ない。
故にオルナに呪術を使わせないように……と言うのは少し難しい話だった。
(なお反射ダメージのレートは不明)
――正直、どっちになってもなぁ……。
というか、そもそも我慢比べだろうが直接対決だろうが、どっちにしろハルマが有利なった訳ではないに変わりはない。
オルナほどの実力になってくると余程の隙でないとエクスカリバーは当てられないし、あるある的に考えてもこの試合は『分かりやすい弱点がある前哨戦』ではなく『普通に実力で倒す系の相手』なのだ。
大会が始まって何度も言った気がするが……ハルマにはどうしようもなかった。
そもそもここまで来れたのも、8割幸運が残り2割元の世界の知識……みたいなところがある。
運も実力の内とは言うが、流石にこんなガチの相手にそんな理論は通用しなかった。
なら、ハルマは僅かにでも存在する可能性に掛けるしかない。
「良いんですか、オルナさん」
「何?」
「お得意の呪術、こんな方法で破られてオルナさんは悔しくないんですか? って聞いてるんですよ」
「……なるほど、君は『我慢比べ』をご所望という訳か」
確実な勝機は一切ない。
だが、真正面から殴り合っても絶対にハルマには勝てなかった。
なら反射のレートが都合の良いことになっていることに期待して、我慢比べに持ち込むのが今一番可能性のある方法だろう。
もちろん我慢比べなだけあって、その苦痛は凄まじいものになるだろうが……。
――普段から皆の足引っ張ってるんだ、ここで少しくらいは無茶しないとな……。
ハルマに恐れはなかった。
「……良いだろう。では、私は君の挑発に乗ることにする。どちらが先に倒れるか、勝負といこう!!!」
「――!!!」
再び、襲い掛かる雷撃と矛盾の苦痛。
一度受けて、それがどれ程の苦痛かは理解していても、自然と声は零れてしまう。
「が、あああああああああ!!!!!!!!」
「ぐっ……! こ、これは……なかなか……!!!」
――くっそ……! 向こうは喋るだけの……余裕があるのかよ……!!!
苦痛から呻くハルマとは対照的に、オルナは苦悶の表情ではあれど言葉を紡ぐだけの余裕はあるようだ。
なら……少なくとも反射のレートがハルマの都合の良いようにはなっていることはない。
同じか、もしくはハルマの方が辛いのどちらかだろう。
「あぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
苦痛、苦痛、苦痛。
絶え間ない苦痛が流れ込む。
だが、その見栄えは地味なものだ。
……苛烈な戦いを期待して観戦にきた観客には申し訳ないことをした。
こんなのを見ても楽しくはないだろう。
ただ、ただただ男が叫ぶところを見るだけなんて。
何の面白さがあるのか。
――あれ?
ハルマは少しづつ自分の思考がズレてきていることに気付いた。
それは……我慢比べに押し負け意識が飛びかけている証拠だった。
――情けねえ……。面白味もない試合を3回も見せて、挙句の果てに自分から挑んだ戦いで負けるとか……。結局皆の役にも立ててないし……。
ダメもとで参加した、それは分かっている。
分かってはいるが……。
ハルマは少し期待していたのだ、他でもない自分に。
優勝して少しは役に立つことが出来るんじゃないだろうか、と。
まあ結果は、脆弱な自分にはそんなこと出来るはずもなかったのだが。
結局そんな淡い期待はただの夢物語に終わ――
「……、……、……?」
終わる。
そう思ったのだが……またもや不可解な事態が発生した。
苦痛が消えたのだ。
直前までハルマを襲っていた呪術の苦痛が突如として消え失せた。
もちろんオルナが呪術を解いた訳ではない、彼は今も依然として苦しんでいる。
「……」
もちろん体力が回復した訳ではないので、ハルマは今も意識は朦朧としていたが……。
これ以上事態が悪化する様子もなかった。
なら……今こそ絶好のチャンスだ。
「オルナさん、すみません」
「!?」
「エクス……カリバー!!!」
「何!?」
オルナにとっては余りにも予想外の反撃、これには流石に彼も対応出来なかった。
なんせ直前まで苦痛で身動き一つ出来ず、意識を失う寸前まで追い込んだはずの相手が突如普通に行動したのだから。
剣の放つ閃光は容赦なくオルナの目を眩ませ、致命的な隙を作り出す。
ならばあと取るべき行動は一つだけだ。
消えかけの意識をなんとか奮い立たせ、全力の体当たり。
「しまっ!?」
オルナも反射ダメージでかなり参っていたのだろう。
ハルマの貧弱な体当たりでもオルナはバランスを崩してしまい、そのままフラフラと場外へ落ちてしまった。
『勝負あり!!! この試合、アメミヤ選手の勝利です! よって今大会の優勝者はアメミヤ選手となります!!!』
「おおお!!!!」
響く歓声と、アナウンスの声。
それを聞き遂げるのまでが……ハルマの意識の限界だった。
―医務室―
「……」
さて、目を覚ましたハルマが居たのはもちろん医務室。
まあ気絶したのだから当然と言えば当然なのだが。
「……あ、起きた。ホムラちゃん、ソメイ、ハルマ起きたよ」
「!」
部屋に居たのはホムラ、ジバ公、ソメイの3人だ。
「あ、えっと……。俺、どれくらい気絶してた?」
「1時間くらいかな? そんなに物凄い長く昏睡していた訳ではないよ」
「そっか、それは良かっ――」
「全然良くない! もう……ホントにいつもいつも心配掛けるんだから!!!」
「いや、ごもっともですけど! ホムラには言われたくないよ、と言っておく!!!」
「うぐ……」
「しかしなぁ……。ハルマ、お前意外と凄いんだな、まさか優勝するとは思わなかったよ」
「……ああ、あれやっぱ夢じゃないのね」
夢だと疑うのも無理はない。
なんせもう20回近く開催されている国を挙げての超大会。
それに突然のダメもとで参加した『最弱』が優勝したのだから、現実なのかどうか疑いたくもなるものだ。
そもそも本人であるハルマが一番信じられなかった。
「まあ、これで船の算段は無事たった訳だ! ほら、言っただろ? ダメもとで参加してみろって!」
「ジバ公、お前凄い楽天的に話すけどさ……。俺は本当に結構辛かったんだぞ? もう俺は二度とこういうことはしない、って誓うくらいにな」
「そっか」
「返事が雑!?」
……実際、ハルマが優勝出来たのは実力のおかげではない。
一回戦のダインは『作戦勝ち』。
ハルマ特有の元の世界の知識と、ダインの巨体を逆手にとったからこその勝利だ。
二回戦のホープはただの『幸運』。
刺さったままだったダインのハンマーと、偶然ちょうどいいタイミングでオド切れが起きたから勝てただけの話。
そして三戦目のオルナは……。
「……あれはどういうことなんだろうか? ソメイ、お前は何か知ってるか?」
「あれ、というのは三戦目の呪術に関することかな? うーん、僕にも少し断言はし難いな」
「やっぱり?」
「ああ。彼……つまり対戦相手の人も言っていたと思うけど、呪術はとても複雑だ。威力が強力な分、『魔術適性』や『魂』に『健康状態』なんかも関わってくる」
「ほう」
「それに加えて君は『異世界転生者』の『魔術適性なし』だ。一体どういう事態が発生していたのか……というのは説明が付けられないよ」
「そっか」
よく分からない、というのが結論らしい。
一応ハルマに何が起きたのかを纏めておくと、一つは呪術を受けると相手にもダメージを与える『呪術返し』が発動する。
もう一つがハルマは呪術でダメージを受けるが、呪術だけで倒しきることは出来ない。
と、いうことだった。
まあ大雑把に言えば『呪術に耐性がある』と言えばいいだろう。
「不思議ね……、普通癒術が良く効く人は呪術に弱いはずなのに」
「まあハルマは変な奴だから、そこら辺も変なことになってるんだと思うよ。だって変な奴だし」
「変な奴を連呼するな! 違う意味に聞こえるだろうが!!!」
まあ、世界的に見れば『変な奴』なことは否定しませんが……。
と、揉め合っていたその時。
部屋にモラが入ってきた。
「良かった。アメミヤさん、もうすっかり元気そうですね」
「え? あ、ああモラさん。はい、おかげさまで」
「いえいえ。それでは、準備が出来ましたら王の元にお伺いください。貴方のこと、結構ワクワクしてお待ちですよ」
「そうですか……」
……覇王か。
一体、どんな人物なのか。
ハルマは会ったことがないので想像を膨らませるしかない。
普通に考えるなら、大柄で筋骨隆々の姿をした豪放磊落な大男といった感じだろうか?
「まあ、会ってからのお楽しみって感じかな」
そんな訳で、ハルマ達はワクワクして待っているという覇王に謁見しにいくことになった。
この後、ハルマはメチャクチャ驚くことになるとは露知らず……。
【後書き雑談トピックス】
『参加者達のハルマとの戦いを経た感想』
ダイン:小さくて弱いけど勝敗とは別だった。新たな発見にちょっと感動。
ホープ:楽しかったけど調子にのって魔術使い過ぎた点は反省。
オルナ:自慢の呪術を変な対応のされ方してちょっと悔しい。
次回 第48話「覇王アラドヴァル」
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