第93話 嫉妬の武者

「我は7つの大罪【嫉妬】の使徒、牛老角。主の命により、汝らの命とオーブを頂戴させていただく者である」 


 突然の轟音と共に現れた彼は、堂々と「命を奪う」と言い放ってみせる。

 そんな彼はその名を『牛老角』と名乗ったが……なるほど、それは確かに彼にぴったりな名前であった。


 その名の通り牛のモンスターであろう彼の頭には鋭く大きな角が生えており、そんな頭を支える身体はゆうに3メートルは超えている。そして彼はその巨体を余すことなく鋼鉄の鎧で守ると同時に、右手には凄まじい攻撃力を発揮するであろう大剣を抱えていた。


 その姿はまさに武者。どんな者でもその姿を見れば、その身を戦いに委ねる者なのだと容易に理解出来るだろう。

 ……だが、そんな彼を前にしてもエンキドゥは一切恐れない。それどころか、寧ろ彼女は牛老角にも負けない程、堂々と返答の言葉を言い放ってみせた。


「私達の命にオーブまで頂戴する……とは。また随分と強欲な事を言ったものだね、【嫉妬】の使徒さん? これはもう【強欲】の使徒と改名するべきじゃないかな?」


「なるほど、確かに一理あるかもしれん。……だが、あくまでこれは主の命であるが故。どうか我が身から溢れた強欲さではないことは理解して頂きたいところだ。私も出来れば背負う大罪は一つにしておきたい」


「おやおや。我が身可愛さに主人を盾にするのかい? これはまたとんでもない従者が居たものだね」


「ふっ、王の立場にある者にそのような事を言われてしまうとはな。だが生憎と私が『彼』を主と呼ぶのはただの気分であってな。正確に言えば『彼』はただの協力者、ならばこのように多少皮肉を言うくらいはあってもおかしくあるまい?」


「そういうものかな」


 ふっ、と互いに笑い合う二人。

 エンキドゥは結構な皮肉と挑発を牛老角に投げつけるのだが、牛老角はそれを気にする様子はなく終始平然とした雰囲気を保ち続けている。……それは、彼が『身体』だけでなく『精神』でも強靭であることの証拠に他ならなかった。


「まったく、これはまた随分と厄介な相手を……」


 そのことをすぐに理解したエンキドゥの頬を伝うのは、一滴の汗。

 果たしてそれは恐れから流れたものか、はたまた焦りから零れたものか。それとも――


「牛老角、一応念のために勧告をしておこうか。……帰りたまえ、申し訳ないが私達は君の要求に応えることは出来ない」


「何、そう問題はない。汝らに出来ないのであれば私が勝手に済ませるさ。少なくとも汝らの手は煩わせんよ」


「……まあ、そう言うよね」


「当然だろう?」


 今後は両者、互いにニヤリと笑い合う。

 そして――


「――!!!」


 瞬間。まさに文字通り『瞬く間』に、戦乱の火蓋は切って落とされていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「はあっ!」


 連続する一撃必殺、そんな矛盾した言葉がエンキドゥの戦い方を一番的確に示した言葉だとハルマは思った。

 風に乗り、戦場を縦横無尽に駆け巡るエンキドゥから放たれるは風の穿ち。それは何度も放たれる一撃であるのに、そのどれもが最後の一撃となっていてもおかしくはない威力を持っている。


「凄え……」


 思わず零れ出たのは呆れるほど単調な感想。だが、実際にこのような戦闘を前にしてしまえば、それもしょうがないことなのかもしれない。

 それは放つ攻撃が『全て』致命傷に成り得るという恐ろしい攻撃。大地に容赦なく亀裂を走らせ、風が風を切るという不可思議な事態を引き起こしながら、その身を討つべく鋭く牛老角に迫っていく。

 しかし……、


「……甘いな」


「くっ……!」


 その一撃が牛老角を貫くことは未だにない。

 牛老角は凄まじい速度を持った無数の風撃を前にしても、なおその全てを回避しきってみせていた。どれほど速く流れようと、どれほど強く進もうと、結局は当たらなければ全て無意味。

 エンキドゥがどれほどに凄まじい戦闘を行おうと、それが牛老角に届く様子はまるでなかった。


「……」


「――ッ。……ふう」


 一旦互いに距離を取る二人。そのまま、しばし両者は様子を見合っていた。

 緊張感が滲み渡る雰囲気にハルマ達も声を出すことが出来ず、その間は沈黙が続いた、が……。

 痺れを切らしたのか、しばらく牛老角が自ら沈黙を破った。


「ふむ。まあ王という立場である以上、多少は仕方がないことなのかもしれんが……。だとしても少々杜撰すぎる戦い方だな。端的に言えば考慮が足りん」


「……手厳しいこと言ってくれるじゃないか。一体私の何処に配慮が足りないって言うんだい?」


「分かりきったことを。簡単だ、汝の戦い方は短すぎるのだよ」


「……」


「? ……短すぎる?」


 牛老角の言葉の意味が意味がよく分からなかったハルマ。

 しかし、エンキドゥにはその意味がしっかりと理解出来たようで、その証拠に牛老角の言葉に彼女は眉をひそめていた。


「確かに汝の放つ風の一撃は凄まじく強力だ。ここまで洗練された魔術を使える者はそうは居ないだろう。しかし……」


「洗練され過ぎている、君はそう言いたいんだろう?」


「そうだ、よく分かってるじゃないか。そう、汝の魔術は洗練され過ぎている。いや、もっと正確に言えば『強力過ぎる』と言うべきか」


「……」


「強力過ぎるって……どういう……」


「それは案外簡単なことさ、アメミヤ・ハルマ。……魔術を使えない汝には分かりにくいかもしれんが、魔術とは種類が同じものでもその威力が変わることで大きく変化するものがあるのだ。分かるかね?」


「大きく変化するもの? ……、……!」


「気付いたようだな」


 ふっ、と小さく笑う牛老角。

 ハルマも最初は牛老角が言いたいことがいまいち分からなかったが、少し考えてみれば確かにそれは簡単な事であった。

 何か難しい原理などではなく、もっと根本的で単純なこと。魔術の存在しない元の世界の住民でも少しゲームをしていれば分かること。

 つまり――


「魔力の消費量……。この世界に合わせて言えば、オドの消費量ってことか?」


「ご名答、その通りだ。つまり私が言いたいことも分かっただろう。森王は確かに強力な魔術を扱えるが、強力過ぎるが故に長く戦うことは出来ない。だから私は『戦い方が短すぎる』と言ったのだ」


「……」


「……ふふっ、まさに耳の痛い言葉とはこんな言葉の事を言うんだろうね。ああそうだとも、私も……よくそのことは理解しているさ。私はこの辺りの調整がどうも苦手でね、だから私なんかよりもアラドヴァルやロンゴミニアドの方がよっぽど強いのさ」


 やや自虐的にそう言うエンキドゥ。

 ハルマはそんな事態を前にして、驚かずにはいられなかった。


 当たり前だ。

 今まさに眼前で自分とは遠くかけ離れた領域の戦いをした者が、他者から、そして他ならぬ自らからも『弱い』とされたのだから。


 そして、同時に彼女でさえ『弱い』のであれば、自分なんかは一体どうなってしまうのだろうか、とも。ただでさえエンキドゥとハルマの間にも天地ほどの差があるのに、その天に居る存在のエンキドゥがなお『弱い』なんて……ハルマには到底受け入れがたい事実だった。


「ふむ、理解があるのは良いことだ。ならばもう一つ汝の弱さを教授しておこうか」


「え?」


「それは――


 と、その言葉が最後まで言い切られる前に牛老角の姿が消える。

 思わず彼の姿を探すハルマだが、牛老角はハルマがその姿を見つける前に再びエンキドゥの目の前に姿を現していた。

 そして――


「が……あっ!!!」


「――!!! エンキドゥさん!!!」


「防御力の低さ、だ」


 現れると同時に、エンキドゥを勢いよく吹き飛ばしていた。


 軽く振るわれた大剣の一撃は、見事なまでにエンキドゥに命中しその身を簡単に吹っ飛ばしてしまう。それでもなお彼女は空中で姿勢を立て直すが……ダメージがなくなる訳ではない。大剣を叩きつけられたことにより、痛みというダメージはしっかりとその身体に刻み付けられていた。


「汝は攻撃とスピードに意識がいき過ぎて防御がまるでなっていない。……もっとも、あのような短い戦い方をするのであれば、まあそうおかしなことでもないのかもしれんがな」


「ぐっ……」


「だが、それでは強者には敵わんよ。事実、私の反撃一発で汝は既にボロボロだ」


「……そう、だね。いやはや、まったく……」


 呆れからか、思わず笑みが零れるエンキドゥ。しかし、そんな彼女にも牛老角は一切容赦をすることない。

 再び彼は一瞬でその距離を詰め、二撃目を彼女に叩きこもうとしていた。が――


「そうはさせないのでございます!!!」


「ほう……」


 命中する直前に、その大剣は一本の剣によって受け止められていた。

 さらに、その一瞬のタイミングで同時に牛老角へ二つの攻撃が迫る。


「氷炎線牙!」

「日本晴れ!」


「……ふっ」


 氷と炎が交わる未知の一撃と、熱風を纏う騎士の一撃。

 ……しかし、またもや牛老角はそのどちらもを華麗に回避してみせた。


「……また避けましたね。あのモンスター、やはりそうとう素早いみたいですね」


「ああ、どうやらそのようだね。……だが、その速さも逃げ場をなくせば発揮しきれなくなるはずだ。故になるべく彼を挟むように戦っていこう。エリシュはエンキドゥ王を頼むよ」


「りょ、了解でございます。王の身はなんとしてもお守りしてみせますとも!」


「……わざわざ君達まで戦場に立たせてしまい申し訳ないね。せめて後方支援は任せてくれたまえ」


「お願いします。……では行こうか、シャンプー!」


「はい!」


「ふふ面白い。まさか『白昼の騎士』と『英雄の子』と一戦交えることが出来る日が来ようとは……。良いだろう、さあ来るがいい!」


「言われなくとも!!!」


 そして、再び英雄の一撃が放たれた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……!!!」


 後方からホムラと共に戦況を見守るハルマ。

 ……しかし、その表情はあまり明るいものではなかった。


「くっそ……! あの二人が連携してもダメなのか!?」


 確かに、ソメイとシャンプーはまだ共に戦うようになってからまだ日は浅い……が。それでもあの二人の連携は強力であるはずだ。

 しかし、それにも関わず牛老角は変わらず余裕の姿勢を崩さなかった。


「焼凍連牙!!!」


「甘い!」


「――! 今です、ソメイさん!!!」


「日本晴れ!!!」


「はあっ!!!」


「ぐあっ――!?」


 魔王すら退けたシャンプーと、暴魔竜をも簡単に失墜させたソメイの連携を持ってしてなお牛老角には攻撃が届かない。

 氷と炎の交わる未知の攻撃を前にしてもなお牛老角は異様なまでに最善の行動を持って回避し、その隙に放たれる領域外のソメイの攻撃にも難なく対応する牛老角。

 流石にその異常な回避力がなんなのか、なんとなくハルマ達にも察しがついてきてはいたのだが……。


「だからって、どうすればいい……!?」


 タネが分かったとしても対処方法が分からなければ意味がない。

 つまり、結果として戦況はまるで変わりがなかった。多少ソメイ達の方が牛老角の攻撃に対応出来ているが……それも時間の問題だ。

 このままであれば結局負けることに違いはない。


「……これはマズいな、まるで勝機が見い出せない。シャンプー、君は何か思いついたりしたかい?」


「いいえ、残念ながら。私もどうすればいいのか、まるで分かりません……」


「そうか……」


 刻一刻と追いつめられていることが分かるのは、なんとも嫌なものだ。

 しかもそれが対処することも出来ないのだから尚更である。


「……そろそろ、汝達も理解出来た頃だろう? 諦めよ、汝達に勝機はない。我が【嫉妬】の欠片の対抗する方法などありはしないさ」


「……ッ」


「なに、素直に従えばそう苦しめたりはしないさ」


 小さな笑みと共に告げられる降参の勧告。

 それに真っ向から言い返せないことに歯痒さを感じながら、英雄たちは目の前の強敵を睨み続けていた。




【後書き雑談トピックス】

 今日、5月5日はホムラの誕生日です。パチパチ。

 なんで今日にしたのかっていうと、私が個人的にはホムラは子供っぽい子だと思っているので『こどもの日』の5月5日を誕生日にしました。

 ちなみにソメイの4月9日は、彼のネームモデルである『染井吉野』から桜→春→入学式→なんとなく4月9日感……って感じで決まりました。

 なお、他の人の誕生日にもちゃんと理由はあるので、それはまた後々紹介していければと思います。まあ、みんなそこまで深い意味はないんですけどね。



 次回 第94話「英雄擬き」

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