第92話 森王エンキドゥ

「キ、キングさん!? どうしてここに!?」


 まさかの再会にハルマは抱えられた状態のまま驚き目を白黒させる。

 ハルマを助けたその女性、即ちキングとはかつてスリームの騒動の時に出会った人物だ。同時にハルマにとっては命の恩人&代わりに問題解決をしてくれた多大な恩がある人物でもある。

 ……そんな彼女が何故突然ここに現れたのか、それはもちろんハルマには分かるはずもなかった。


「どうしてって……それは君の助けを求める声が聞こえたからだよ。流石の私も離れた場所から助ける術は持ち合わせていないからね」


「あ、いや、そういう意味じゃなくて。根本的にどうしてキングさんがここに居るのかって話をですね……。ほら、前に会った時はこことは結構遠い場所だったでしょう?」


「え? 遠いって言っても別に同じマキラ大陸の――……いや、まあそれはいいとしようか。で、そも私が根本的にここに居る理由だけど。それは――」


「それは?」


「それは……とりあえず上に上がってから説明することにしよう。ほら、いつまでもこんな場所に居るのはちょっといろいろとあるね」


「言わないんかい! いや、まあ確かにその通りなんですけども!!!」


 思わずツッコミを入れてしまうハルマ。

 まあ実際キングの言う通りなのだが、この流れで焦らされたらツッコミたくなるのもしょうがないだろう。

 ……てか、今の寧ろツッコミを期待した一言だったんじゃないだろうか。なんかニマニマ笑ってるし。


「さて、それじゃあ早速上に上がるとしようか。……と、その前に体勢を変えるべきかな?」


「え?」


「あれ? 確かこの間は『……恥っず!!! ジバ公居なくてよかったー!!!』って言ってなかったっけ?」


「――! そうだ! はい、変えます! てかよくそんなこと覚えてましたね!」


「うん、実は記憶力は良い方なんだ」


 自慢げな顔をしながらそう言い放つキング。

 それはまさにお手本のようなドヤ顔であったが……今はハルマもその記憶力に素直に感謝。もし彼女が忘れていたら、ジバ公に末代までずっとネタにし続けられていたことだろう……。


「……まあ、俺は結婚とかしないと思うけど」


「? 突然何の話だい?」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 さて、そんな訳でお姫様だっこからおんぶ状態に変えてもらったハルマは、そのままキングともに崖の上へ。キングはハルマを背負っていても、まるで苦労することなく崖をスイーッと飛び上がっていった。


「……今更ですけど。キングさんどうやって空飛んでるんですか?」


「え? どうやってって普通に天空魔術でだけど……。君は天空魔術を知らないのかな?」


「名前しか知らないですね」


 天空魔術……と言えばホムラが出会ったばかりの頃にそんなことを言っていたような気がするが(第2話参照)、特に詳しい説明は聞いていなかった。まあ、会話の脈絡的に空を飛ぶことが出来る魔術だというのはなんとなく分かるのだが。


「そうか、じゃあ説明しよう。天空魔術というのは東にある『ユウキ大陸』の『天王国オーディン』が発祥の魔術出ね、その名の通り空を飛ぶことが出来る魔術なんだ。具体的に言うと火炎魔術と風神魔術の合わせ技みたいなものさ」


「……なるほど、つまりは熱風による上昇気流って訳ですか。で、天空魔術はそれを上手い事利用して飛んでいると」


「ご名答。よくできました、後でスタンプをしてあげよう」


「小学生かな? 別にい……らないです。はい」


「……今、なんか凄い悩んでなかった?」


「悩んでないです」


 実際ちょっと欲しいな、とか思ってしまったのはなかったことにするとして(17歳児)。とりあえずキングの説明によってハルマも天空魔術の原理は理解出来た。思いのほか科学的な原理だったのは意外だったが。(そもそも魔術で上昇気流を発生させる、とか科学的じゃないとかいうツッコミは置いといて)


「……で、えっと。その天空魔術って結構やっぱり難しい魔術だったりするんですか? 俺、空飛んでる人キングさん以外に見たことないんですけど」


「うーん……。まあ、確かにそんな簡単な魔術ではないかな。二つの属性の魔術を組み合わせて、かつ応用する技能が必要だからね。ああ、でも例外として天王国の人達はみんな使えるよ」


「それはどうして?」


「それはもう『そういう国だから』としか言いようがないかな。さっきも言ったように、天王国は天空魔術発祥の地だからね。だから住人はほぼ全員『炎』と『風』の魔術適性を持った人ばかりで、それ故生まれてくる子も同じように『炎』と『風』の適性を持った子ばかりだ。さらには例え適性がなくても他の魔術の応用で天空魔術を使う方法を、みんな子供の頃から教わることになってる。だから天王国の住民はみんな天空魔術が使えるのさ」


「へえー……。てか、魔術適性って遺伝するのね。それも初めて聞いたわ」


 空を飛ぶことが当たり前の国……なるほど、それはなんとも興味深い話だ。

 だって、空を飛べること前提で作った国とか、どう考えても凄まじいファンタジー感に溢れていそうじゃないか。ていうか、そもそも元の世界にそういう国がない(多分)時点でファンタジー感に溢れているのは絶対だろう。

 そんな国にRPG大好きなハルマが興味を示さないことが出来るだろうか。否、出来ない。


「なるほど……これは面白そうな国を知ってしまった。いつか絶対に行かないとな……」


「……。まあ、それも良いんだけどね。せっかく森王国に居るんだから、今はもっとここのことにも興味を持ってばいいのに」


「え? ……あ、確かに」


「……やれやれ。と、到着だよ」


「あ、はい」


 と、天王国の話で盛り上がっている間に崖の上まで到着。

 ……まさかまた無事にここまで戻って来れるとは。なんか少しだけ感動。

(珍百景:ちょっと汚い路地裏で感動する17歳少年)


「さて、それじゃあ約束通り君にいろいろと話す……んだけど。出来ればその前に、まずはお仲間を呼んで来てほしいな。せっかくだ、君のお仲間さんにも挨拶したい」


「そう……ですか。えっと、じゃあここに来てもらいます?」


「いや、折角だ。もっといい場所にしよう。そう例えば……王城、とか」


「分かりました。じゃあ王城に……え? 王城?」


「うん、王城」


「……え、えっと。あそこ……勝手に入って大丈夫なんです?」


「別に問題ないよ? 心配ならエリシュっていう子が居るから、その子に私に言われてと伝えればいい。それで通してくれるはずだから」


「……あの、えっと。キングさんってもしかして王城の関係者だったり?」


「……そう、だね。まあ、うん」


「マジか」


 意外と凄い人だったことにハルマはちょっとびっくり。まあだからといて特に態度を変えたりはしないが。てか、それに関してはその方が寧ろ失礼だろう。


「えっと、分かりました。それじゃあとりあえずみんな集めて王城に行きますね」


「うん。それじゃあ、また後で会おう」


 と、いう訳で一旦別行動。

 まずハルマはエンキドゥ王探しをしているホムラ達と合流するところからだ。


「……と、まずは急いでジバ公の所に行かないとな。アイツ、多分俺が助かってるって気づいてないだろうし」


 なんとも呑気にそんな事を言いながらまずハルマはジバ公の元へ。

 なお、その後普通にジバ公の前に現れたら、めちゃくちゃ驚かれた後に凄まじい大目玉をくらったのは……また別のお話。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 キングと別れてから約30分。

 ハルマは無事ホムラ達と合流し、言われた通り王城の客室でキングを待っていた。なお、キングの言った通りエリシュに事情を説明したら、


「ああ、なるほど。キング様がそう言ったのなら問題ないでございますよ」


 と、ちょっと笑いながら言われた。

 どうやらキングは本気で王城関係者だったようである。まあ別に疑っていた訳ではないのだが。


「……それにしても」


「ん?」


「ハルマ、また危ないことなったんだって?」


「え? あ、ああ……」


 そう言いながらホムラはジッとハルマを睨む。

 ……マズい、これはどう見ても怒っている。まあ当然と言えば当然なのだが……。


「い、一応今回はコケというしょうがない要素があったと言っておきたい」


「そのコケがある路地裏に入っていったのはお前だけどな」


「うぐっ」


 ごもっともなジバ公の反論。

 実際反対を押し切って入った事実があるので反論できない……。


「……はあ、まさか街中ですらそんなことになるなんてね。……ハルマ、貴方今後しばらく単独行動禁止ね」


「なッ!?」


「『なッ!?』じゃないでしょう? そうでもしないと、もし次があったらどうするのよ」


「そ、それはそうだけど! 単独行動禁止って、幼稚園児じゃあるまいし……」


 最近は小学校低学年の子でさえ一人で遊びに行ったりしているというのに……まさハルマは高2にもなってそれ以下となってしまった。

 流石にこれは悲しいにも程がある……。


「大丈夫ですよ、ハルマくん! 例えどんな野暮用でも私がしっかりとお供しますのでご安心ください!」


「……シャンプー、ちょっと喜んでない?」


「まさか! 公然的にハルマくんと一緒に出掛ける理由が出来たよっしゃああああ!!!! なんて微塵も思っていませんよ」


「嘘つけ! あと、結構野太い『よっしゃああああ!!!!』だな! そんなに嬉しかったのか!?」


 実際シャンプーからすれば意味もなくシャドウボクシングするくらいに嬉しいのだは、流石に彼女もここでそれをするのは我慢したようだ。

 まあ若干腕がプルプルしているのは内緒なのだが。


「あはは……。まあ、今回ばかりはしょうがな――」


「やあ、お持たせ。ごめんね、少し準備に時間がかかってしまった」


「と、キングさんが来たよう……。――!?」


「ん? どうした、ソメイ?」


「なッ……! ハ、ハルマ! ハルマの言うキングさんとは、この人のことなのかい!?」


「そう……だけど?」


 と、その時。会話の途中でキングが入室。そんなキングを見てソメイは……何故か本気で心の底から驚いている様子だった。

 ……もしかして知り合いだったりするのだろうか。同じ王族関係者ならそれもあり得ない話ではないだろう。

 と、思ったら……、


「……マ、マジか」


「なんだ? ジバ公までそんな顔して……って、あれもしかしてみんな驚いてる感じ? え? マジでどうしたん?」


「ま、まだこのノリで気づかないのかよ鈍感! いいか!? この人は――」


「おっとストップ。出来ればそこは自分で言わせてほしい。いいかな、ジバ公くん」


「あ、えっと、分かりました」


「ありがとう。……では、どうやらアメミヤくん以外は全員お気づきのようだけど、改めて名乗らせていただくとしよう。……私の名前はキング、ではなくエンキドゥ。一応、この国の王ということになっている。ま、気楽によろしく頼むよ」


「……エンキドゥ? え? ……えええええええええええ!?!?!?!」


 ハルマ、遅れて大仰天。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 さて、一通りハルマが落ち着いたところでエリシュも客室に入室。そのタイミングでキング……改めエンキドゥは話を再開した。


「フフッ、予想以上の反応に私も大満足だ。で、これが君の求めていた答え、何故根本的に私がここに居るのかだ。正解は『私がここの王様だから』でした。ちなみにテンガレットウォールに阻まれた西側に私が居た理由は天空魔術が使えるからだよ。……で、だ。どうだい? 結構気軽に接していた命の恩人は実は女王様でした、なんて知った時の気分は!」


「■空とチ■オズは1回も会話したことない、ってのを初めて知った時くらいびっくりしました」


「……。えっと、例えがよく分からないけど……。その感じだと実はあんまりびっくりしてない?」


「まあ、結構なリアクションしておいて実は。このパターン2回目ですし」


「え? 2回目?」


「はい。実はアラドヴァルの時もこのパターンだったんですよ」


「なッ!? ま、まさか私の渾身のドッキリがネタ被りするなんて……」


「……」


 RPGだと結構なありがちな展開だけどなぁ……とハルマは思ったが、それは言わないでおいた。別に今、わざわざ追い撃ちをする必要はないだろう。

 そんなことしても余計に彼女が落胆するだけだし。


「そっかぁ……。まあ、被ってしまったものはしょうがないね。うん」


「……なんか。キングさ……じゃなくてエンキドゥさん、初めて会った時とキャラがブレてません?」


「それはあの時は真剣に真面目モードだったからね。どちらかと言えば、こっちの私が素だよ」


「……マ?」


「はい、仰る通りでございます。王は悪戯好きの少年のような無邪気さを持ったお方でございますよ」


「……」


 ハルマ、唖然。まあそりゃそうなってしまっても仕方ないだろう。……だって外見はメッチャ美人のお姉さんが中身は実はやんちゃな少年で、しかもそんな感じだけど女王です。なんて言われたら。

 まあハルマも中身少年に関しては人の事言えないのだが……。


「分かるか、ソメイちゃん。だから俺は王様相手にどうしても緊張感が湧かないんだよ……」


「うん、先刻の指摘は撤回しよう。すまない、僕が間違っていた」


「……ちょっとお二人さん。それは微妙に失礼じゃないかい?」


「いや、失礼も何も根本的にない気がするんですけど……」


「そんなにかな?」


「……」


 まあ、別にこういう王が悪いとは言わないが。でも、こんなにはっちゃけた相手に威厳を感じて敬意を払え、と言われても無理なのである。

 だって威厳ないし。現状エンキドゥは、どう見てもただの『親しみやすいお姉さん』である。


「……まあ、別に良いけどさ。それで、話を本題に戻すけど。君達は私に用があって来たんだろう?」


「あ、はい! 実はそうなんです! その、私の兄……じゃなくて、いや、えっと兄と言えば兄なんですが……」


「ああ、大丈夫だよ。その辺りの話は諸々ロンゴミニアドから聞いているからね。君のお兄さんに憑依した魔王がオーブを狙っているかもしれないんだろう?」


「――! はい! 実はそうなんです」


「うん。それで、君達はそれの事でわざわざここまで来てくれた、ってことなんだね」


「まあ……そうですね。でも『わざわざ』って言っても、こっちもこっちで自分達の為であるんですけどね」


「それでもだよ。例えそこに欲があったとしても、私達が感謝をすることをしてくれたんだ。なら、そこに謝礼をするのは何もおかしなことではないだろう? それにほら、かのユウキはよく言ったそうだよ。『やらない善よりやる偽善』ってね」


「ユウキ!? ちょっ、勇者の癖になんて言葉を残してんだ! それが勇者のやることかよ……」


 まあ、その論にも一理あるのは事実だが。出来れば勇者はそんなこと言わないでほしかった。


「ははは、まあユウキも人の子なんだし多少はね? と、話が少し脱線したけど、要するに私達はそこに我欲があったとして嬉しいことに変わりはないよ」


「そう……ですか」


「そうだとも。だからこそ、言わせてほしいんだ。……みんな、ありが――


 と、その時だった。


「――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!」


「!?」


 まるでエンキドゥの言葉を遮るかのように、凄まじい轟音が森王国全体に鳴り響いたのは。


「な、なんだ!? 今の音何!?」


「……今のは木がなぎ倒された音だ。すまない、少し様子を見てくるよ」


「――! お、俺達も行きます! もしかしたら魔王かもしれないし!」


「……分かった。だが、あまり危険なことはしないようにね。特にアメミヤくんは」


「はい! 出来る限り善処はします!」


「……」


 微妙に曖昧な返事を返しながら、ハルマ達は王城の外へと出ていく。

 するとそこには――


「――! 魔王じゃない! ……でも、どっちにしろって感じか」


「ああ、そうだね。確かに奴は魔王ではない。……だが、だからといって状況が良くなったとは言い難いようだ」


 ソメイはそう言いながら、眼前の相手を睨みつけた。

 ソメイの視線の先に居たのは……一体の巨大なモンスター。まるで牛のような見た目をした屈強なモンスターがそこにどんと構えていた。


「……汝らがエンキドゥ王に、アメミヤ・ハルマ一行か」


「ああ、その通りだよ。それで君は? 随分と私の国で派手なことしてくれたみたいだけど?」


「ん。これは失敬、まだ名乗っていなかったな」



「我は7つの大罪【嫉妬】の使徒、牛老角。主の命により、汝らの命とオーブを頂戴させていただく者である」




【後書き雑談トピックス】

 「牛老角」はそのまま「ぎゅうろうかく」と読みます。

 ネームモデルは「牛若丸」、「若」と「丸」を逆の意味にして「牛老角」です。

 ちなみに「何でバビロニアなのに牛若丸?」っていうのも、某運命のヤツをやってる人になら分かるでしょう。



 次回 第93話「嫉妬の武者」

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