第91話 森王国バビロニア

 ――目の前に現れたのは、天を突くかのように巨大な大樹だった。


「すっげえぇぇぇ……!!!」


 ナインライブスから鬱蒼とした森林を歩き続け1週間、ついにハルマ達は次の場所へと辿り着いた。

 そんな彼らを出迎えるようにまず初めに現れたのは……信じられないほど巨大な大樹。そのあまりの巨大さに、ハルマはまさにド肝を抜かれてしまった。

 一応過去に訪れた『ガダルカナル大魔書館』もこの大樹と同じくらいの大きさではあったが、それも人工物と自然のものでは話が別。

 実際に生きている木が一人でにここまでの大きさにまで育ったというのだから、心の底からハルマは驚いているのである。


「まあ、確かにRPGじゃ馬鹿みたいにデカい木は一種のお約束ではあるけども。……あれか? もしかしてこの木、『世界樹』なんて呼ばれてたりする? 上に楽園があったり、勇者の剣が眠ってたり?」


「いや、そんなことはないけど。あと勇者の剣は今ハルマが持ってるじゃない」


「そうね。そっか世界樹ではないのか……」


 残念。

 例えファンタジー世界の巨大な木であっても、その全てが『世界樹』という名前になる訳ではないようだ。RPGに置いては巨大な木=世界樹みたいなジンクスもあるのだが、どうやらこっちは採用されなかった様子。


「うーん、残念。これがもし世界樹なら俺はその上の楽園に行っていたんだがな。ちょうど狙ったかのようにホムラも居るし」


「え? 私?」


「あーうん、気にしないで。いつものこっちの話です」


「そう」


 もうハルマのそういう感じにも慣れたホムラはその一言であっさりスルー。

 ……なんだろうか、慣れられるとそれはそれで悲しみを感じる。出会ったばかりの頃のグイグイくるツッコミが懐かしい……。


「……まあ、ハルマが妄言を言うなんていつものことだけどさ。いい加減に少しは大人になったらどうなんだ? お前ももういい歳だろうが」


「ジバ公! お前はそういう奴だって信じてたぜ! やっぱ流石だな!!!」


「!? な、なに喜んでんだお前!? とうとう本気でおかしくなったのか!?」


「なッ! ハルマくんは罵倒されるのが好きなのですか!? それなら私にお任せください! んっ――この意気地なしの弱虫底辺男が!!! 『大丈夫だから』とかカッコつけときながら死に掛けで『助けてくれ』とか、無様すぎて死にたくならないんですか? ていうかなんで今も普通に生活出来てるんですか?」


「別に俺は罵倒を喜んだ訳じゃない!!! あとシャンプーの罵倒は辛辣過ぎて泣けてくるからマジで勘弁してください。いや、これはマジでホントに」


「……あはは、相変わらずいつも元気だね。ハルマは」


「そうねー……」


 どこへ行っても変わらぬハルマ達の様子にホムラとソメイは安心感半分、呆れ半分と言った感じの表情。

 ……最近このシチュエーション多い気がする。


 と、まあ何はともあれ。そんな感じでいつも変わらぬハルマ一行は、マキラ大陸の五大王国『森王国バビロニア』に辿り着いたのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ほうほう……なるほど」


 なるほど、確かにここは『森王国』と呼ぶのに相応しい国であった。


 王国、と言っているものの機械的な建物が立ち並んでいたりすることなく、また今までのケルトやキャメロットのような王城もこの国には存在はしなかった。しかし、それでも活気は今までの二国にも決して劣らず、また生活面もこちらは過酷そう……という訳ではない。

 このバビロニアの今までの二国と決定的に違う点は、『人工的』であるかどうかだ。


 今までの二国には石や鉄で出来た建造物が立ち並び、まさに『人工的』な繁栄と活気を見せていた。しかし、このバビロニアは違う。

 立ち並ぶ建物は木造……ですらなく、元々生えていた木を少し整えて作られている。それは森王の住む王城も同じで、王城は先ほどから見えている大樹にあるようだった。


 そこは自然と共存し親和する王国。まさに文字通り『森王国』なのであった。


「ナインライブスよりは都会的、だけどツートリスよりは自然的って感じだな。うん、こういう自然豊かな感じ……嫌いじゃない」


「あら、そうなの。ハルマはてっきり都会的な方が好きなのかと思ってた」


「うん、まあ俺も住むのであれば都会を選ぶけどね。でも、こうやって訪れる程度の時間なら自然的なのも好きだよ。何よりもこういう場所は空気が美味い!」


「それは僕も同感だ。生き生きとした木々に囲まれた場所の空気は、不思議なまでに爽やかだよね。これは都会では味わえないものだよ」


 と、いう訳で一行は大きく深呼吸。

 太陽と植物の祝福を全身に浴びた空気が、口と鼻から気持ちよく入り込んでくる……。

 ああ、まさに浄化されているかのようだ。これは良い。


「リラクゼーション施設はぜひこういう機能を兼ね備えてほしくてですね。……と、届かない要望は良いとして。それじゃ早速この国の王様に会いに行こう! 俺的には今のクリーンな状態のうちに会っておきたい」


「……うん、まあ確かに会えるんだけどね? ハルマ、君はこのことがどれくらい凄いことかイマイチ分からなくなってないかい? 何度か言ったけど、本来五大王はそう簡単に謁見できる方ではないからね?」


「あー、まあ分かってはいるけど……。でも今まであった王様が片方はもうほとんど友達で、もう片方とはお茶会の約束してる状態だからな……。あんまり説得力ないんだよね」


「やれやれ……。流石は異世界転生者、恐れ入るよ」


 まあ確かに感覚がブレているのは事実だろう。

 今のこの状態を元の世界に合わせて言うなら『各国の首脳と仲良すぎて会うことが大して凄いことだと思えない』みたいな感じなのだろうか。

 ……そう考えると結構凄いな。確かにこれはちょっと普通ではないですわ。

 現に――、


「……え? ハルマくん、五大王とお友達でかつお茶会の約束してるんですか?」


「うん。ちなみにアラドヴァルには料理を振る舞ったこともある」


「……えっと。ふ、普通に凄すぎません?」


 それらの事実を初耳だったシャンプーは、初めてハルマの事を『畏怖』の感情で見つめていたのだった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「やあ、エリシュ。久しぶりだね」


 てな訳で王城まで辿り着いたハルマ達。

 早速ソメイは城の前に居た騎士っぽい少年に話し掛けに行った。多分モラの時のように彼とも知り合いなんだろう。


「――!? な、ソ、ソメイさん!? えっと、かの騎士王が一体何の御用でございますか!?」


「……騎士王?」


「あ、ああ……えっと、それは僕の二つ名……みたいなものでね。その、あまりにも僕には恐れ多い名前だから、出来ればあまりその名では呼ばないでくれると助かる」


「そんなことはないですよ! 『騎士の中の騎士』『ユウキに続く者』『第二の英雄』『騎士王』! こんな数々の栄誉ある名を授かる貴方が、どうして恐れ多いなんてことがありましょうか! もっと自分に自信もつべきでございますよ!」


「い、いや……その……」


「……」


 どうやら……このエリシュという少年はソメイに対して『尊敬』のような感情を抱いているらしい。結果、ソメイがガチで赤面するまで褒めまくってしまっていた。

 少年よ、褒めすぎは返って逆効果だぞ。……される側はマジで恥ずかしいから。


「にしても、ソメイにそんな二つ名があるとは知らなかったな」


「そうね。私達は一緒に旅してるから忘れがちだけど、ソメイも五大王に勝るとも劣らない有名人だから。ハルマは異世界転生者だからあんまりピンと来ないかもしれないけど、ソメイって本当に凄い人なのよ?」


「みたいね」


 確かに、思い出してみればそうだ。

 キャメロットからは遠く離れたシックスダラーのヤクザでさえソメイの名前は知っていたし、外界から隔絶された雪の集落に住むシャンプーもソメイの栄光は耳にしている様子だった。

 ホムラの言う通り、常に近くに居るからつい忘れがちだが、彼も正真正銘の超有名人なのである。


「騎士王ソメイ、か。カッコいいじゃないか」


「ハルマ!? た、頼むからその呼び方はよしてくれ! ほ、本当に恥ずかしいんだ!!!」


「ふん、少しは女装させれてべた褒めされた俺の気持ちを思い知れ」


「くっ――! た、確かにその通りか……。ならば、これも騎士として受け入れよう……!」


「いや、受け入れるんかーい」


 考え方が高潔すぎる。

 そこは普通にツッコんでも良い場面だったんだが。まあ、本人が受け入れると言うのなら遠慮なくしばらくはこの呼び方をさせてもらうとしよう。(案外性格が悪い)


「……それで、ソメイさん。今回は一体何の御用で、そしてそちらの方々は一体どなたでございますか?」


「あ、えっと……。彼らは僕の旅仲間だよ、とある目的を果たすために共に旅をしていてね。今回バビロニアを訪れたのもそれが理由なんだ」


「うん、そういう訳なの。私はホムラ・フォルリアス。呼ぶときはホムラで良いから。で、こっちの子はジバちゃん」


「よろしく」


「おわ!? しゃ、喋るスライムでございますか!? こ、こんなスライム初めて見たでございます……」


「まあそうですよね……。えっと、それで私の名前はシャンプー・トラムデリカといいます。そして――」


「俺は六音時高校生徒会長代理、天宮晴馬!」


「……ろ、六音時高校……でございますか……?」


「ああ、気にしないでくれ。伝わらないのは分かってるから」


「じゃあ何で言ったの!?」


「……このノリ久しぶりだな」


「そうね」


「……」


 久々の自己紹介コントにちょっとしみじみしたものを感じるハルマとホムラ。

 だが、もちろんそんな事は知らないエリシュはこのノリに着いて行けるはずもない。結果、一人意味の分からない状況に置いて行かれ、微妙な表情をしていた。


「あ、えっと……とても、面白い方でございますね……アメミヤさん」


「うん、そうなんだ。初めの方は置いて行かれることも多いけど、慣れてくると結構楽しいものだよ」


「騎士王! 俺のボケを天然で肯定するな! なんか恥ずかしいわ!!!」


「恥ずかしいのはお互い様じゃないかな?」


「うぐっ」


 こいつ……意外とちゃんとこういう時は反撃してくるタイプなのか。

 ソメイの意外な一面を知ったハルマは、この言い返せない状況に歯がゆさを感じ、悔しそうな表情をすることしか出来なかった。


「えっと、まあソメイさんが楽しそうで何よりでございます。それで……御用の方は? 旅と関わっているとのことですが」


「うん。少し今回の件でエンキドゥ王と話がしたくてね。今、エンキドゥ王はいらっしゃるかな?」


「あ……。えっと、王は国におられるのは確かなのですが、今はどこかに出掛けておられますね……。すみません、至急お探しするので少し待っていてください」


「あ、それなら俺達も探しますよ。待ってるだけとか暇ですし」


「! それはありがたい話でございます! では、アメミヤさん達は国の東側をよろしくお願いいたします!」


「了解!」


 そしてそう言い残し、エリシュは西に向かって走っていった。

 ハルマ程ではないが彼もなかなか元気な少年である。見た感じ歳はハルマと同じか少し低いくらいだろうか。


「この世界、王も騎士も若すぎるだろうよ……」


「そうかもね。相応しい人物であれば、あまり年齢は気にしていないからそういうことも多くなるのかもしれない。……それじゃあ僕達は国の東側を探すとしよう。ここは手分けして探すべきだと僕は思う」


「だな。それじゃ! 俺はこっち側を探すから、皆は別の場所をよろしく!」


「あ! ちょっと! もう……」


 そしてそう言い残し、ハルマはスタコラと走っていった。(デジャブ)

 流石は17歳児、元気さでは騎士であるエリシュにもまったく負けることはないようであった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 そんな訳で、ハルマ(とフードに入りっぱなしだったジバ公)はエンキドゥ王を探して街を歩いていたのだが……。


「悲報。俺氏、エンキドゥ王の顔を知らない」


「正真正銘の馬鹿じゃねえか。何が『俺達も探しますよ』だよ」


「いや、場の雰囲気でついそう言っちゃってさ。……ジバ公は知ってる?」


「知ってるよ。前に言っただろ? ツートリスの洞窟に住み着く前はいろんな所に行ってたって。直接対面した訳じゃないけど顔は見たことあるよ」


「へえ……そうなんだ。まあ、それなら問題ないな。ジバ公、居たら教えてくれ」


「へいへい。教えてやるからお前はちゃんとキビキビ歩けよ」


「分かってら」


 そんな訳で二人三脚なエンキドゥ王探し開始。

 ハルマはジバ公を連れて城下町を隅々まで見渡していく。しかし……。


「……見つからないな」


「だな」


 エンキドゥ王はなかなか見つからなかった。

 もしかしたら東側には居ないのだろうか。


「うーん……。良し、少し街の外れの方まで行ってみるか。もしかしたらちょっと変な所に居るかもしれないし」


「おい、大丈夫か? そんな所に行って。怪我とかしない?」


「いや、流石にそれくらいは……。仮にチンピラみたいなのが出てきてもちゃんと逃げるよ」


「……」


 ジバ公の信頼してない視線が痛い。

 ちょっと街外れに行くだけでこの心配とは……なかなか悲しくなってくるものだ。これは17歳の青年に向ける視線ではない……。


               ×     ×


 さて、そんな訳でハルマ達は街の端っこまでやって来た。

 目の前には急な坂(ほとんど崖)があるものの……特にチンピラとかは居ない様子。代わりにエンキドゥ王も居ないが。


「誰も居ないな。……よし! なら早く戻るぞ!」


「いや、だからそんな心配するなって。別に命取られるようなことは別にな――ぬべしっ!!! ……え? あああああああああああ!?!?!?!?!」


「ハルマ!?」


「ちょ!? フラグ回収早すぎやしねえかぁーーー!?!?!?!?!」


 とかなんとか言ってる傍から早速アクシデンツ。

 今回はチンピラではなく、地面に生えたコケというの名のトラップに足を滑らせてしまった。結果、ハルマは坂道を思い切り滑る滑る。それは自然の中に溶け込むバビロニア特有の事故と言えよう。


「ちょ、待って!!! ヤバいこのままだと死ぬーーーー!!!!」


 凄まじい勢いで坂道を転がっていくハルマ。

 もしこのままの勢いで木にぶつかったら……確実にミンチになる気がする。しかも今回は近くにホムラが居ない。つまり癒術による復活も不可能。

 ……マズい、これは非常にマズい。


「だ、誰か助けてぇえええええええ!!!!!!!!!!」


 結果、またもや無様な姿をさらす羽目に。

 しかし、今回はシャンプーのように助けてくれる人は居な――


「うん、ちょっと待っていてね」


「え?」


「よっと」


 い、と思ったのだが。

 どこからか鈴のように綺麗な声が聞こえてきて――ハルマはいつの間にか助けられていた。


「……た、助かった?」


「うん、助かったよ。……こうやって君を助けるのは2度目だね」


「2度目?」


 どこか聞き覚えのある声、そしてなんだか覚えのある今の体勢。

 ハルマは現在下から救済者によって支えられており、その手は背中と足に……つまり、


「って! 俺、お姫様だっこされてる!?」


「ははは、それも2回目だね」


 ハルマは現在、俗にいうお姫様だっこ状態だった。

 ……そして、過去にこの状態でハルマを助けたことがある人物と言えば一人しかいない。


「やあ、あの森以来だね。元気にしていたかい?」


「キ、キングさん!? どうしてここに!?」


 驚きながら、抱えられた体勢で救済者を見上げるハルマ。 

その視線の先では白よりも白い透き通るような白髪をした女性が、ハルマを懐かしそうに見下ろしていた。




【後書き雑談トピックス】

 キングって誰やねん、ってなった人は18話見てみてくだちい。

 そこで出てきますので。



 次回 第92話「森王エンキドゥ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る