第94話 英雄擬き
「……そろそろ、汝達も理解出来た頃だろう? 諦めよ、汝達に勝機はない。我が【嫉妬】の欠片の対抗する方法などありはしないさ」
「……ッ」
小さな笑みと共に『降参』を勧告する牛老角。もちろんそれを受け入れるつもりなどソメイ達には毛頭なかった、が……。それでも、堂々と反論を言い返すことは出来なかった。
「なに、素直に従えばそう苦しめたりはしないさ」
「……」
言い返せなかった理由、それは決して恐れや戸惑いによるものではない。現に牛老角の異質な強さを前にして、なおソメイ達は微塵も恐れることはなく、諦めることもなかった。
しかし、だからといって戦況が大きく変わる訳ではない。
恐らくは【嫉妬】の欠片によって齎されたのであろう異質な強さに、ソメイ達は全く勝ち筋が見出せなかったのだ。故に、声を大にして牛老角へ言い返すことは出来なかった。
……ただ一人を除いて。
「ふざけんな」
「――!? ハ、ハルマ!?」
「……ほう」
ソメイやシャンプーはおろか、エンキドゥでさえ黙り込む状況でなお、彼……ハルマは堂々と沈黙を破ってみせる。
その事にホムラは驚きを隠せなかったが、ハルマはそんな彼女はお構いなしに牛老角へと言葉を投げかけていった。
「悪いが『諦めろ』なんて言葉絶対に受け入れねえぞ。俺は本当に最後の最後まで醜く足掻きまくるからな、せいぜい覚悟しろ」
「ふむ、その勇気はなかなかに良し。それで? では汝はどう生き足掻くと言うのだ? アメミヤ・ハルマ」
「そんなの決まってんだろ?」
「……ちょ、ハルマ!? 貴方、本気!?」
スッと腰に掛けた剣に手を伸ばすハルマ。
……その行動がどういう意味なのか、それは誰にでもすぐに理解出来た。しかし、意味が理解出来たところで……納得が出来る訳ではない。
そのハルマのその行動にホムラは再び驚き、それと同じように牛老角も驚愕した。
そして、
「ふふ……。ふははははははは!」
「……」
心底面白いものを見た、とでも言いたげに大笑いするのだった。
「アメミヤ・ハルマ! 汝のその蛮勇にはもはや敬意すら示したくなるが、だからと言って汝が私と戦って一体どうなるというんだね!? かの白昼の騎士や英雄の子ですら届かないというのに!」
「ふん、そんなのやってみないと分からないだろうが。……それともなんだ? 俺と戦るのは怖いか、牛老角さん? まあ確かにもし仮に俺なんかに負けちまったら後が大変だもんなぁ。そりゃ怖いのも当然かな?」
恐れる様子もなど一切なく、眼前の強敵に挑発を投げかけていくその姿はまさに英雄。いや、だが英雄と呼ぶにはあまりにも脆弱な彼には英雄よりも『英雄擬き』とでもいうべきか。
英雄ほど勇敢であれど、英雄ほど強靭ではない。故に彼は英雄に一歩届かぬ『擬き』、それがもっとも今の彼にもっとも適している二つ名だろう。
……さて、そんな英雄擬きの抜群の挑発を真正面から叩きつけられた牛老角は、
「……。……ふっ、なるほど。確かに聞いていた通り、なかなか切れのある挑発をするようだな。しかし、残念だが私はその程度では感情的にはなってやれんぞ。生憎罵倒なら嫌という程聞き慣れているのでな」
「……ちっ」
不敵に笑っていた。
その笑みが、今の言葉は決して負け惜しみや強がりではなく、本心から言っていることなのだと確証付ける。
……彼は本気でハルマの挑発――即ち、あの魔王にすら怒りを買わせてみせた『金棒の音』を前にしても、なおその冷静さを保っているのだ。
これはハルマにとっても少々予想外、少し面倒なことになったと眉をひそめたのだが……、
「だが、ここでわざわざ挑発までしてくるということは何かしらの策があるのだろう? アメミヤ・ハルマ。……ふむ、面白いじゃないか。良いだろう、ではその挑発乗ってやる!」
「……へえ、案外優しいじゃないか。そんな余裕ぶっこいて、後で痛い目みても知らないぜ?」
「なに、その時はその時よ」
牛老角は敢えてハルマの挑発に乗ってきた。
これは願ってもない幸運、ハルマは牛老角には不敵な調子を崩さず応答したが、内心ではこっそりガッツポーズをするくらいには喜んでいた。
これなら、もしかすればいけるかもしれない……と。
「ハルマ! 本当に戦うつもりなの!? い、いくらなんでも無茶よ!!!」
がしかし、もちろんそんなことになったとしてもホムラ達に心配がなくなる訳ではない。
というか、寧ろ状況的にさもハルマと牛老角の一騎打ちのような雰囲気になってしまったことで、余計に彼女らの動揺は勢いを増していた。
「……大丈夫。そんな無茶は……多少するけど問題ない、死にはしないから。……多分」
「ちょ!? それじゃあ全然安心出来ないのだけど!?」
「悪い。でも、こんなのもいつものことだろ? なに、問題ないさ。今までだって死ななかったんだ、今回だってうまく生き延びてやるさ!」
「そ、そんな理論で――
「いくぞ! 牛老角!!!」
ホムラの言葉が言い終わる前に、牛老角へと向かって行くハルマ。
一体彼が何を考え、『最弱』でありながら一体何が出来るのか。まだハルマ以外には誰にも分からないまま、二つ目の火蓋は切って落とされた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ぐっ……あ……!」
「ふむ」
大剣の一撃が腕を掠る。
ただそれだけの事で簡単に鮮血を流す自らの脆弱さに、ハルマは理不尽な怒りを覚えながらも変わらず戦場を駆け抜け続けた。
「……」
両者の交戦が始まってから早5分ほど。
まだ牛老角が実力の1割も出していないからか、ハルマは今もなお存命していたが……何か策がありそうだった雰囲気とは裏腹に、特に何かを仕掛ける様子はなかった。
戦いが始まってからハルマがしたことといえば、ただひたすら攻撃を避け続ける……つまりずっと現状を保っているだけ。しかも、その回避も完全ではなく、どうにかこうにか致命傷だけは避けているだけなので、順調に彼の身体を傷を蓄積させていっている。
――分からん。……一体、こ奴は何がしたいのだ?
まったく変わらない状況に牛老角は内心首を傾げていた。
彼にこの襲撃を依頼した『彼』の話によれば、アメミヤ・ハルマは弱者であっても愚者ではないとのことだった。故に、このたった一人で戦いを挑んできた行為にもなにかしらの意図があるだろうとは思うのだが……如何せんそれが予測できない。
「はっ――!」
「があっ――!!!」
その理由の一つがハルマの『弱さ』だ。
もしハルマが自分と同じくらいの強さを持った相手なのであれば、自らの考えと合わせてある程度の動向を予測することは出来ただろう。……しかしハルマは違う。
ハルマはこの世界の誰よりも弱いという特級のイレギュラーである故に、一体どんな判断をしてくるのかがまるで予測出来ないのだ。『弱い』というのは言い換えれば『知らない』とも言える。即ち、彼が自らの知っている最適解を『知っている』とは断言できず、故に彼が予想外の非効率的な方法を取ってくるかもしれない可能性を捨てきることは出来ない。
だからこそ、牛老角はハルマの突発的な行動を恐れ、安易に彼にトドメを刺すことを躊躇っているのだった。もちろん、その気になれば今にでも仕留めることだけなら出来る。だが、その行動によって齎されるかもしれない代償はまったく計り知れない。
「アメミヤ・ハルマ……お前は何を企んでいる? 一体何をするつもりなのだ?」
「はっ、そんなのベラベラと喋る訳ねえだろうが。それにあれだぜ? もしかしたら特に何の考えもないかもしれないぞ?」
「戯け、汝がそれ程の愚者ではないことくらいは分かり切っておるわ。なんだ? 仲間たちの回復の時間稼ぎでもしているつもりなのか? ならばそれは無駄なことだぞ? 言っておくがそう簡単に自然治癒する程度の傷ではないし、あの賢者の癒術は汝以外に効果はないからな」
「分かってら、そんなの」
「……」
傷だらけの血だらけになってなお、不敵な笑みを崩さないハルマ。
故に、まだ何かの企みは遂行中なのは分かるのだが……。やはりそれが何なのかは牛老角にはまるで読み取れない。
回復ではないなら時間を稼いで何をするつもりなのか。まさかここに新たな援軍でもやって来るとでも……?
「……なるほど、これは存外苛立つものだな。分かっていてなお、対処が出来ないとうのは」
「それ……一応言っておくとついさっきまでの俺達も同じだからな?」
「ふふ、それは済まないことをしたな。無用な苛立ちの非礼は純粋に詫びよう。故に……」
「――ッ!」
「そろそろ何かしてみせたらどうだ!? アメミヤ・ハルマ!!!」
勢いよく振り下ろされる斬撃。
またもやそれをハルマは何とか回避し、再び戦場を駆け抜ける。既に全身に痛みが走り、とっくに疲弊してきっているはずなのにその足が止まることは未だにない。
ひたすらに戦場を走る、奔る、趨る――
「意地でも仕掛けないつもりか。ならば……無理矢理にでも引きずり出す!!!」
「なッ!? しまっ――
駆け抜けるハルマに向けて放たれたのは大剣の斬撃……ではない。それは大剣で大地を抉ったことで生まれた土砂の一撃だ。
今までにない新しい攻撃にハルマは判断を間違え、その一撃は真っすぐとハルマに命中……、
「くっそ! おらぁ!!!」
「おうわ!?」
「!?」
しなかった。
命中する寸前、突然ハルマのフードから飛び出したジバ公の力強い蹴りによってなんとかハルマは攻撃を回避していた。思い切り後頭部を蹴られたが。
「ぶへっ! ちょ、お前もうちょっと丁寧に助けられないのか!? おかげで助かったけど!!!」
「うるさい! 助けてやったんだから文句言うな!!!」
「だからってもっとやりか……。……!!!」
「……なるほど。企みの正体はそのスライムだったか」
凍り付くハルマとジバ公の表情を見て、ようやく牛老角はニヤリと笑う。
一体ジバ公を隠して何をするつもりだったのかは分からないが、どうやらこの予想外の一撃がハルマの策をおじゃんにしたのは確かなようである。
その証拠に、ハルマの表情には今までにはない動揺が映っていた。
「ふっ、一体何をするつもりだったのかは知らないが……少々時間をかけすぎたな」
「く、くそっ……!」
「まったく……『彼』の言う通りだったな。確かにこの面子のなかで一番恐ろしいのはアメミヤ・ハルマ、汝だったよ。なにせ何をするつもりなのかまるで予測出来なかったからな。下手な強者よりもこの方がよほど恐ろしい」
「……」
「だが、それでも潰えてしまえば汝はただの弱者だ。だが、それなりにいい勝負はしていた。そのことは素直に誇っていいだろう。……まあ、誇るのは死後の話だがな」
「……そうかい。それはどうも光栄なこって」
「――ハルマ!!!」
まるで諦めてしまったかのような、ハルマの笑みにホムラは急いで駆け出していくが……もう遅い。
戦いのなかでいつのまにか移動していたハルマ達の元へにたどり着くには、今からではもう間に合わなかった。
「最後に、何か言い残すことはあるか?」
「……なら一つ」
「――ッ!」
こうなれば、もう多少はハルマも巻き込むことの覚悟で魔術を放つか、とホムラが思った。――その時だった。
「……?」
再び、ニヤリとハルマが笑ったのは。
「お前さ。ソメイ達が何してるのか、気にならなかったのか? さっきからずっと姿が見えないけど」
「――なッ! しまった、これもまた……いや、これこそが!!!」
「遅いぜ、牛老角。もうお前はとっくにハマっちまってる。言うなればチェックメイトってところ、だ!!!」
「なッ――! ぬっ、ぐあああああああああああああ!!!!!!」
ハルマの放ったエクスカリバーによって、牛老角は見事に目を眩まされる。
そしてその隙に、ハルマの言った通り姿を見せなかったソメイ達が、しっかりと準備していた一撃を叩きこんだ。
「日本晴れ!」
「氷炎線牙!」
「
ソメイ、シャンプー、エンキドゥの全力の一撃。
今度は避けられることなくしっかりと全弾牛老角へと命中し、凄まじい砂埃を吹き上げた。
そんな状況にホムラは一人唖然、一体何が起こったのか。まるで付いていけてなかった。
「……え? えっと、これは……どういうこと?」
「つまりだな。俺はフードに隠れたジバ公に協力してもらいながら、攻撃を避けつつアイツを目的の場所まで誘い込んでいたのさ。んで、ちょうどいいタイミングで敢えてジバ公を外に出して、そっちが本命だと思わせアイツが油断した隙に……ドン! ……ってこと」
「……な、なるほどね。それで……その作戦はいつ立てたの?」
「ついさっき。ジバ公にはこっそり小声で伝えて、ソメイ達は……なんか目配せでなんとなく分かってくれた感じ」
「まあ、一応私は王だからね。これでも相手の考えを読むは得意な方だと思っているよ」
「はい。見事に大正解でした」
「ああ、当たっていて本当に良かったよ。……それにしても、なかなかの名演技だったね。私も少し本気で心配してしまったくらいだったよ」
「あはは……。実は何かを演じるの得意なんですよ、昔からよくやってるんで」
「へえ……」
にこやかに会話を弾ませる面々。
がしかし、もちろんまだホムラは納得がいかない。……だって、唯一自分だけは何も作戦の内容を伝えられていないのだから。
「ちょっと待って! え!? じゃあなんで私には何も伝えなかったの!?」
「あー、えっとそれはね……。時間がなかったのと、一人くらいはマジの反応をしてくれる人が居ないと牛老角を騙せないっていうか……。作戦的に牛老角が反応を見ることが出来るのはホムラしかいなかったっていう――あ痛たたたたた!!! ちょ!!! 耳! 耳引っ張らないで!!!」
「知らないそんなの! ……もう! こっちがどれだけ心配したと思ってるの!?」
「悪い、悪い、悪かったって!!! でも、非常事態だったから!!! ね!?」
「ふんっ!」
「耳! 耳千切れる!!! 青狸になっちゃうー!!!」
「何だよ、青狸って」
残念ながらしっかり説明してもホムラには納得してもらえなかった。(まあ当然だが)
結果、ハルマはちょっと涙目になったホムラに思い切り耳を引っ張られ続けたのでした。……ぶっちゃけ牛老角の攻撃より痛い。
……さて、そんなハルマ達を苦笑しながら眺めつつ、ソメイ達は視線を牛老角の方へ。だが、その姿は未だに砂埃に纏われよく見えなかった。
「これは……倒せたのでございましょうか?」
「どうだろう……。僕たちの攻撃は確実に命中したはずだが、だからといってそれで勝てた、とは言い切れないかもしれない」
「そうですね、ソメイさんの言う通りです。まだ牛老角が戦える可能性は十分にあると思います」
「……そうでございますか」
ゴクリと唾をのみ、改めて緊張をし直すエリシュ。
そして面々は段々と薄れていく砂埃の先を睨み続け――次の瞬間。
「――ッ!!!」
凄まじい暴風を目の当たりにする。
それはそれは強い暴風で、辺りの砂埃など全て綺麗に吹き飛ばしてしまう程の勢いだった。そして、それを発生させた者など……一人しか居ない。
「……なッ!? そ、そんな馬鹿な!?」
思わず在り来たりな言葉を漏らすソメイ。
しかし、それでも状況に何か変化が訪れはしない。
そこには、一切傷を負った様子の無い牛老角が、不敵な笑みと共に立っていた。
「ふむ……なかなか味のある事をしてくれる、流石に今のは予想外だった。だが……」
「――ッ!」
「その程度で我が身に傷を付けようなど、それは余りにも傲慢なことだ!!!」
容赦なく言い放たれる聞きたくなかった言葉。
勝利の喜びを迎えるのは――まだ早い。
【後書き雑談トピックス】
青狸か、耳なし芳一かでそれなりに悩んだとかいうどうでもいい話。
次回 第95話「敗北から生まれる希望」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます