第95話 敗北から生まれる希望
「その程度で我が身に傷を付けようなど、それは余りにも傲慢なことだ!!!」
「そんな! 嘘だろ……!?」
そこには信じられない光景があった。
ハルマの作戦により、今度こそ確実にソメイ達の攻撃をくらったはずの牛老角。状況的に考えても躱すのは不可能であり、倒すことは出来なくともついにダメージを与えることは出来た――と、皆は思っていたのだが……。
現実はそう甘くなかった。
「そんなの……ありかよ……」
そこに居たのは、変わらず無傷の牛老角。
どう考えても躱すことが出来ない攻撃を前にしたはずなのに、何故か一切傷付いた様子のない彼だった。
「ふっ、流石に驚きが隠せないようだな」
「当たり前だろうが……」
再び、ニヤリと笑う牛老角を前に、今度こそハルマは本心から冷や汗を流し動揺する。……当然だ。あの攻撃でさえ当たらないのなら、もうハルマ達には奴に攻撃を当てる手段がない。
つまり、ハルマ達は牛老角を倒す方法がないということになるのだ。
――【嫉妬】の欠片……、まさかここまで厄介な能力だったのか……!
ギッ、と奥歯を噛み締めながら、ハルマは改めて【権能】の悪辣さを理解する。
そもそも、牛老角の異常な回避力が【嫉妬】の欠片に由来するものだということは、ハルマも戦いの途中から分かってはいた。しかし、だからといって流石にここまで完璧な回避力を持っているとまでは予想しておらず、故に目の前の状況には驚きが隠しきれなかった。
ハルマはせいぜいスピードを大幅に上昇させる程度の能力だと思っていたのだが……流石は『加護』すら上回る【権能】と言ったところか。その能力は例え欠片になろうとも決してそんな甘いものではなかった。
――くそ……! こんなのチート過ぎるだろ!!!
今度こそ完全に策を失い、ただ冷や汗を流しながら牛老角を睨むことしか出来なくなってしまったハルマ。
牛老角も今度こそはそれが本当に本心であることを見抜いたようで、嫌味な笑みを満面に浮かべながら意地の悪い言葉を語りかけてきた。
「さて、アメミヤ・ハルマの決死の作戦も失敗に終わり、奇襲にて体力を使い果たした騎士達も既に満身創痍。強いて言えば、まだ賢者は体力が有り余っているが……まあ、『白昼の騎士』と『英雄の子』二人分の力を流石に一人では補えまい。つまり、汝らは詰み。言うならばチェックメイト、というやつだが……どうする?」
「……ッ」
「ほら、どうした? 最後の最後まで生き足掻くのではなかったのか?」
悪辣な笑みを浮かべながら、牛老角は一歩一歩にじり寄ってくる。だが、ハルマ達はどうしてもこの状況を打破する方法が思いつかず、結果どうすることも出来なかった。
――その時だった。
「……ん?」
ポツン、とハルマの額に小さな冷たい感触が走る。それが何なのか一瞬分からなかったが、次の瞬間にそれは大きな答えとなって――降り注いできた。
「これ、雨……か?」
降り注いできたのは、雨。つまり今の小さな感触は雨粒だ。
よく見てみればいつの間にか空は曇っており、そこから雨は突如として勢いよく降り注いでくる。
「くそ……! よりにもよって今かよ!!!」
己の運の無さにハルマは理不尽とは分かっていても、怒りの言葉を吐かずにはいられなかった。なぜなら、ただでさえ勝ち目がない相手を前にしているのに、ここで視界と足場に悪影響を及ぼす雨が降って来たのだ。
これにはいくら自然現象とはいえ、この完璧すぎるタイミングには怒りの一つや二つ湧いてくるものだろう。
……と、普通ならこのように『不運』となる状況だったのだが。
今回は少々状況が特殊だった。
「お、おのれ! このタイミングで雨だと!? まさか、狙っているのではあるまいな!!!」
「……え?」
「まったく……なんとも運の良い奴らよ。喜べ、今回はここで引かせてもらう」
「なッ!? ど、どういうことだ!?」
「言葉のままだ。そして理由までは一々説明してやる義理はない、せいぜい次に私が来るまでに考えておくんだな」
「あ! おい、ちょっと待て!!!」
しかし、牛老角がハルマの声を聞き入れることはなく。
結果、彼は何故か優勢だったにもかかわらず、突然戦場から退散していってしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……ったく、あれはどういうことなんだ?」
「……うーむ」
そんな訳で状況がイマイチ把握出来てはいないものの、ひとまず王城に戻ったハルマ達。
そこでは各々傷を癒したり雨で降れた身体を拭きながら、牛老角戦の作戦会議に参加していた。
「……これは、まああまりにも単純な発想だけど。牛老角は水が弱点なんじゃないだろうか」
「なるほど。それで突然の雨に退散した、と」
「あくまで推測だけどね」
ハルマの疑問に的確な答えを返すソメイ。
確かに、というかどう考えても実際にそうなのだろう。でなければあそこまで有利な状況で退散する意味がない。
一体どういう原理でかつ、具体的にどんな効果があるのかは分からないが、牛老角にとって水は何かしらの不利益なものであるのは確かなようだ。
と、作戦会議が始まって早々に一つ弱点が見つかった、のはいいのだが……。
「それはいいのだけど。問題はどうやって奴に攻撃するか、だよね……」
「うっ。そうだ、そうなんだよな……」
エンキドゥの言う通り、それ以上にそもそもどうやって牛老角に攻撃するかが問題だ。
奴の持つ【嫉妬】の欠片からくる異常なまでの回避力。どうにかしてこれを突破する方法が思いつかない限り、この戦いに勝ち目はなかった。だが、完全な隙をついた攻撃さえ躱す相手に、一体どうやって攻撃すれば攻撃が当たるのだろうか?
「とりあえず、奴について分かっていることを整理しようか。まず、奴の回避には物理攻撃も魔術攻撃も関係はない。これはソメイくんも、私やシャンプーちゃんの攻撃も躱していたことから考えても間違いと思う」
「そうですね」
「……そして、例え体勢的に絶対躱せない攻撃も、奴は躱すことが出来るようでございましたね」
「うん、どうやらそうみたいだ。……まったく、【嫉妬】の欠片はどうやら相当に面倒な能力のようだね」
「……」
不可能な回避すら回避することが出来る能力、というには少々地味に見えるが実際凄まじく強力な能力だ。まさに『当たらなければどうということはない』という訳である。
「さて、そんな能力を持った相手には一体どんな攻撃なら通用するんだろうか……」
エンキドゥの重い言葉に全員頭を抱えて熟考開始。
会議室に流れるしばしの沈黙。しばらくして、まず最初にそれを破ったのはシャンプーだった。
「……あの、完全に意識外からの攻撃などはどうでしょう。そもそも今回の奇襲は牛老角に攻撃する前に、私達の攻撃は奴に認識されていました。なら、奴も完全に気づいていない攻撃なら権能も反応しないのではないでしょうか」
「なるほど、それは悪くないかも……いや、無理だな」
「それはどうしてでしょう、ハルマくん」
「簡単だよ。そもそも、そんな攻撃誰が出来る? あれだけ強い相手に完全な奇襲なんて結構大変な話だと思うよ?」
「……確かに、そうですね」
実際、強い奴というのは警戒心や注意力も人一倍だ。そんな相手に一切気付かれず攻撃する、というのは……かなり難しいだろう。
それに、奇襲は基本1回きりのもの。つまり、この方法で奴を倒そうとするのなら、その一撃で仕留めないといけない訳だ。
絶対に気付かれないかつ、一撃で相手を仕留められる奇襲。果たしてそんな器用な攻撃を出来る者がこのバビロニアに居るのか。
……答えは残念ながら居ない。というか、そんな攻撃はそもそもソメイやシャンプーにすら不可能なものだった。
結果、再び熟考の泥沼状態へ。
再びしばらくの間、沈黙が続いた。が……。
次にそれを破ったのはホムラだった。
「……そういえば、牛老角にもハルマのエクスカリバーは効いたわよね?」
「……。そう……だな、うん。アイツもしっかりと目は眩んでたよ」
「なるほど。つまり、牛老角も何もかも全て回避出来る、という訳ではないみたいだね。でも、一体どこに境界線があるんだろうか……」
「物理攻撃は当たらない、氷や火や風の魔術もダメ。でも、光なら当てることが出来る……か。……もしかして、これ『触覚で感知出来るかどうか』ってことか?」
物理攻撃や氷はもちろん、固形でない火や風も肌に触れれば感じることは出来る。だが、光は違う。確かに光も強くなれば熱という形で肌で感じることでも出来るが、剣で反射した程度の光にそこまでの強さはないだろう。
即ち、【嫉妬】の欠片は『触覚が感知出来るもの全て』を回避する能力である可能性が高い……にはないだろうか。
「ふむ、確かにそれは一理ある。……だけど、その場合奴が雨で退散したのはどういうことになるんだろうか? 雨……つまり水は触覚で感知することが可能だけれど?」
「それは【嫉妬】の欠片とは関係のない弱点、とかなんじゃないでしょうか。つまり、牛老角自身の弱点とか。だから回避出来る出来ない以前に忌避感がある……とからなら説明出来ませんか? それに、もしくは『水は例外』とか制約があるのかもしれませんし」
「……うーん、それは少し強引な気もするけど……。まあ、でも奴が『水』と『光』を弱点としているっていうのは、少なくとも確実なようだね」
牛老角の能力を安易に決めつけることなく、確実な部分だけしっかりとさせたエンキドゥ。まあ確かに今は慎重に行く方が大事かもしれない。大胆に行動して失敗しては元の子もないのだし。
てな訳で、結局牛老角の権能はイマイチどういうものなのかは把握出来なかったが、それでも奴の弱点を二つ見つけることは出来た。
それは『水』と『光』、……こうやって改めて確認してみると、意外と身近なものが弱点のようである。
「なら、再戦時はこの二つを主に戦うべきかな。光は……少し活用が難しいけど、水ならたくさん集めることは可能だしね」
「なるほど、了解しました。では、早速大量の水を今から用意しておくべきでございますね」
「うん、頼むよエリシュ。国の皆にもそう伝えてほしい」
「分かりました!」
そそくさと会議室を飛び出していくエリシュ。相変わらずの行動力にハルマ達はちょっと凄いな、と改めて思った。
次いつ牛老角が攻めてくるかは分からないが、今から溜めておけば結構な量の水を溜めることが出来るだろう。そうすれば、その分だけ次の戦いで有利になれるというものだ。
「……では、水集めはエリシュに任せて。私達はそれを主軸にした作戦を立て直すとしようか。水だけ用意しても、こっちがそれを活かした動きが出来ないと意味がないからね」
「確かにそうですね」
という訳で、ここからさらに作戦会議は細かい部分へと入っていく。
一度、敗北したってまだ終わりじゃない。
この敗北から学んだことを活かして、次に繋げることが出来る。そしてそこから希望を見出していくことだって出来るのだ。
絶望して諦めるのは――まだ早い。
【後書き雑談トピックス】
前回の終わりと今回の終わりは意図的に似たフレーズにしてみました。ここから始まるリベンジマッチをどうぞお楽しみに。
どんな攻撃でも回避できるって強くね?って思ったけど、某運命のゲームだと『常に回避状態』って案外強くないなって思ってしまった。だってあのゲーム『必中』とか『無敵貫通』とか結構簡単に付けられるし。ていうか礼装で装備すればパッシブでそうなるから回避関係ないし。
つまり完全を目指すならば、牛老角は『常に対粛清防御状態』になるべきだったんだ……。そうすれば必中も無敵貫通も怖くないぞう!(なおそうなると完全に詰みになる模様。まあ、いつか『対粛清防御貫通』とか出てきそうな気もするが)
次回 第96話「再戦、嫉妬の武者」
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