最英EX とあるスライムのフォークロア 2
「……おや? 貴方、そんな所で一体どうしたんだい?」
――……え?
突然頭上から聞こえてきた、優しい雰囲気のお婆さんの声。
驚きと共に目を開くと、そこではその雰囲気に違わぬ一人のお婆さんがそっと僕を見下ろしていた。
「なんでスライムがこんな所に……あ、なるほど。さては貴方、そこに落ちちゃって出られないのね?」
「……」
「ふふっ、まったくドジな子ね。……ちょっとお待ち、今助けてあげるから」
状況を察し小さく笑いつつも、何の疑いもなく僕を助けようとするお婆さん。
その様子もまた、どこか穏やかさを感じる柔らかな雰囲気に包まれていた……のだが、そんな状況であっても僕の内から湧き出てくるのは、このお婆さんに対する警戒心ばかりだった。
まあ、そう思うのも無理はないだろう。だって、このお婆さんには僕を助けるメリットが何一つとしてないはずなのだ。
もし、僕がこの人と同じ人間であるならまだ分かる。それなら例え自分にメリットがなくとも、なんとなく同情心を感じて助けたくなってもおかしくはないだろう。
だが、僕は人間ではない。それどころか寧ろ、僕は人間達に嫌われるモンスターという存在であり、普通は人間が助けようとすることなんてないはずなのだ。
……だからこそ、僕にはこのお婆さんの行動が不可解過ぎて、思わず警戒せずにはいられなかったのである。
――何のつもりだ? 僕を助けることが一体この人の何になる? ……まさか、実は僕が喋れることに気付いてて、僕が油断した隙に捕まえるつもりか……?
一体何を考えているのか、まったく察しがつかないが……どうであれ、警戒するに越したことはない。
とりあえずこの状況は脱しないと死んでしまうので、表面上は助けられたフリををしておくが……。もし何か不審な行動を取れば、すぐにでも逃げられるように準備しておくとしよう。
正直、空腹と怪我のせいで動くことすら困難になってきてはいるが……まあ、本気を出せばこのお婆さんから逃げることくらいは出来るはずだ。
「……よいしょと。はい、それじゃああんまり動かないでね。今、そこから出してあげるから」
「……」
と、ゴミバケツから外に出すべく僕をそっと抱え持ち上げるお婆さん。
さあ……問題はここからだ。ここから、この人は僕に一体何をするつもりなのか……。
「はい、これでもう大丈夫よ。次からは気を付けなさいね」
――……。……あれ?
と、心底警戒していたのだが……。なんと、お婆さんは特に何もすることはなくそのまま僕を地面に降ろした。何かを仕掛けたり、捕まえたりしようとすることもなく。
「……」
「ん? どうしたんだい、私の顔をじっと見て。……もしかして何か付いてる?」
しかも、その後もお婆さんは特に何もしようとせず、僕を見てそんな呑気な事を言っていた。
……まさか、本当にただ僕を助けただけなのだろうか? だとしたら、一体この人はどんな――
「……、……あれ? 確か、青色の小さなスライムって……。だとしたら、もしや……」
「?」
「ねえ、間違ってたらごめんなさいなんだけど……。貴方もしかして、さっき果物屋から泥棒したスライムじゃない?」
「――!!!」
と、じっくりと考えてしまったのがいけなかった。驚きのあまりお婆さんの顔をじっと見ながら考えていたせいで、なんと僕が泥棒スライムだとお婆さんにバレてしまったのである。
これは流石にマズい……。いくらこのお婆さんが変にお人好しでも、僕が泥棒スライムだと分かれば見逃しはしないだろう。
こうなったら……多少傷は痛むが、なんとかしてこの場から逃げるしかない!!!
「――ッ!」
「あ! ちょっと待って!」
「!!!」
そんな訳で急いで逃げ出した僕。そんな僕をお婆さんは必死で呼び止める……が、もちろん止まったりはしない。
いくら今回に関しては僕が悪いとはいえ、せっかく助かったのに結局人間に捕まるなんてのは流石にごめんだ。
お婆さんと果物屋の店主には悪いが、ここは早急にトンズラさせてもら――
――……え?
おうと思っていたのだが……。次の瞬間、気が付いたら僕は地面に横たわっていた。
それはつまりどういうことかと言うと……僕は今このタイミングで思い切りすっ転んでしまったのである。
まあ、でもよく考えたら当然のことだろう。そもそもこんな超空腹&傷だらけの状態でかつ、後ろを向きながら走ったりしたら真っすぐに走れる訳がない。
普通そんな事したらバランスを崩して転ぶのがオチだ。実際、現に僕はそうなってしまったし。
――あー、ダセぇ……。
……もうこうなってしまったらどうしようもない。
今更立ち上がって逃走再開したところで、もうお婆さんから逃げきることは不可能だ。結局、悪事はどうあっても許されないということなのだろう。
はてさて、人間ではなくスライムの場合、泥棒の償いには一体何をさせられるのか……。
「あ、良かった追いつけて……。もう、話も聞かないで急に逃げ出さないでちょうだい」
「……」
「まあ誤解する気持ちも分かるけど。別に、私は貴方と捕まえて果物屋に連れていこうとしている訳じゃないのよ?」
――……、……へ?
「貴方、泥棒したのにゴミ置き場に居たってことは、きっと盗った食べ物を誰かに横取りされちゃったんでしょう? だからお腹が空いているんじゃないかなと思ってね、これをあげようと思ったの」
そう言ってお婆さんが取り出したのは、半分なくなったサンドイッチだ。
どうやら見たところお婆さんのお昼の食べ残しのようだが……それより、今この人は僕になんて言った? 聞き間違いだとは思うのだが……これを僕にあげる、なんて言わなかったか?
「はい、出来れば残さず食べてね。……なんて残した私が偉そうには言えないけれども。よし、それじゃ用も済んだし私はそろそろ行くわ。いい? もうあんまり悪さはしないのよ」
「……」
……と、本当に半分残ったサンドイッチを置いてどこかに行ってしまうお婆さん。
先程と同様に油断した隙に捕まえる……なんてこともなく、本当に僕に食べ物を分けるだけ分けてそのまま帰ってしまった。
「……え? ちょ……は?」
……もちろん、僕は何が何だか理解出来ない。
いくらあの人がお人好しだとしても、ここまで来ると流石に少し不気味に感じる。本当に一体なんなんだろうか……もしかしてマジで僕で何かを企んでいるのか?
それとも、実はこのサンドイッチには毒が入っていて、それで僕を退治しようとしているとか……。(まあスライムなので毒は効かないが)
「……」
と、様々な憶測が脳裏に過るせいで僕はなかなか素直にサンドイッチを食べる気になれない。少なくとも見た目は普通のサンドイッチなのだが……。
……それともあれか。このサンドイッチ自体は普通だが、これを食べている間に何かするつもりなのだろうか。なら、実は今も誰かが僕を見張っている……?
「……、……」
がしかし、周りを見渡しても特に人は居ない。
まあそもそもここは人が立ち寄らない、路地裏のゴミ捨て場なのでそれが当然と言えば当然なのだけども。……だが、見張っている人も居ないとすると、やはりこのサンドイッチの方に仕掛けが……。
「……」
……あると思うのだけど、それもまったく見当たらない。見た目も、触った感触も、匂いもどこにでも売ってそうな普通のサンドイッチそのものだ。
なら、これは本当にただのサンドイッチなのだろうか……?
でも、そうだとするならあのお婆さんはなんでここまで僕に親切にしてくれる……?
少なくとも僕はあの人の恩を買うような事は一切していないはずだ。それどころかどう考えても僕を捕まえた方が、得することが出来るような状態だったのに。
いくら余り物とはいえ、どうして僕をわざわざ助けた上にこれを分けてくれたりなんて……。
「……ダメだ、考えたところで分かるわけない……。てか、そもそも腹減って頭回らないし……。……、……腹」
このサンドイッチ……少しだけ食べてみようかな……。
どっちにしろ食べなかったら死んじゃうんだし……なら、まだ生き残れる可能性がある『食べる』方が得なんじゃないだろうか……。
もちろん、まだ罠の可能性は捨てきれないのだが……。
「……。……んむ」
ちょっとだけ、最大限に警戒しながらパンを一口分のみ口に入れてみる。
感触は……やはり普通のパンだ。そしてその後痺れが出て来たりなんてこともなく、サンドイッチが突然爆発したりなんてこともない。
本当に特になんともなかった。
「じゃあ、これマジで普通のサンドイッチなのか?」
それはそれでお婆さんの不気味さが増すのだが……まあ、なれなら今はとりあえずこの厚意に甘えておくとしよう。何よりもまずは命が優先だ。
「……サンドイッチも、案外イケるもんだな」
3日ぶりの食事だからだろうか。ただパンに野菜が挟んであるだけなのに、そのサンドイッチはなんだかとても豪華なものに感じられた。
まあ、最近は生ごみとかゲテモノばかり食べていたのも原因の一つなのだろうが。
「……」
久しぶりにしたしっかりとした食事。
それは酷く
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さて、それから一夜明けて次の日。
結局あのサンドイッチは最後まで本当に普通のサンドイッチだったおかげで、僕は無事に飢えを凌ぎなんとか傷も癒すことが出来ていた。
おまけに今日はゴミ置き場で比較的綺麗なおにぎりをゲットできたので、泥棒はしなくても済みそうである。
まあ結局、昨日のお婆さんが何だったのかは分からないままだが……。それは考えたところでしょうがないだろう。
他人が何を考えているのかなんて、結局どんなに考えたって分かりはしない。本当に知りたいと思ったらそれはもう本人に聞くしかないのだ。
「ま、そんな事したら喋れるのバレるから一発アウトなんですけどね……」
……さて、まあそんな訳で今日は『やらなくてはいけない事』がなくなったのだが。残念なことに僕はそれでも暇という訳ではなかった。
そういうフリーな日でも、僕はやっておかないといけな事があるのだ。それは……。
「さてと……まあ無駄だとは思うけど一応ここもやっておくか、家探し」
そう、家探しである。
僕は世界を旅しながら、自分の家……というか居場所を探しているのだ。喋れるスライムでも安心して暮らせる……そんな場所を。
で、このゼロリアにやって来た理由もそれが目的。まあ、この街にそんな場所があるとは到底思えないが……サボって見落としてしまったりするのも嫌なので、一応ちゃんと探索はしておく。
「……やっぱそういう奴が他に居るとしたら、居るのは人が少ない場所なのかな。でも路地裏には特になにもなかったし……」
まあ、そもそも根本的に僕と似たような境遇の奴が、他に居るのかどうかすら分からないが。
「……うーん、見つからないな。もう何日か探してるけど特に何もないし、ここも外れかな……」
なら、この街は出ていって次の所に向かうとするか。それに昨日結構派手にやってしまったせいで、少し生活しにくくなってきたのもあるし。
街を出ていくタイミングとしてはピッタリだろう。
「……やれやれ、一体この旅はいつになったら終わ――ん? あれ、あの人って……」
と、そんな訳で回れ右して街の出口から出ていこうとした……その時、見覚えのある人物が目に映った。それは――
「……昨日のお婆さんだ」
そう、ついさっき疑問に思ったばかりのあの人である。どうやら今は何処かに向かっているようで、僕には気づかなかったようだ。
「……」
何やら少し寂しそうな表情をしていたが……一体どこに向かっているのだろうか。
いや、まあそれは僕には全然関係のない話なのだが……。
「ま、まあ昨日のお礼が何も出来てなかったし……。なにか、こうそういうのが出来るかもしれないしな……うん」
それはそれ、である。
僕だっていくら多少不気味に思ったとはいえ、借りは出来るだけ返そうとはするスライムだ。なら今そのチャンスが目の前にあって、それを手放すというのは……ちょっとどうなんだろう。
いや、まあまだあの人が何かを企んでいる可能性も否定しきれないが……。
「……」
僕はいろいろと複雑な気持ちを抱えつつ。街を出ていく前に、あの人に着いて行ってみることにした。
もちろん気が付かれないようにこっそりと、だが。
△▼△▼△▼△
さて、そんな訳でこっそりお婆さんを尾行していった僕。その末に辿り着いたのは、街外れのとある場所だった。
それは――
「……墓場?」
そう、墓場である。どうやらお婆さんはこの墓場に用事があったようだ。
現にお婆さんはたくさん並ぶ墓石の一つ、隅っこに置かれたやけに質素な墓を見つめながら……、
「……ちょっと遅れてごめんなさいね。今年もちゃんと来たわよ、レイナ」
と、寂しそうな表情で呟いていたのだから。
【後書き雑談トピックス】
『出来るだけ早いうちに』とはなんだったのか。……いやね、本当に最近疲れとか変なスランプ気味でなかなか書けないのですよ。ごめんね。
ただ、どれだけ更新ペースが遅くなっても、絶対に最後まで書くつもりではあるのでその辺はご安心(?)ください。……まあ、今のペースで書いていると完結するのが大体2027年末くらいになるのですが。
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