最英EX とあるスライムのフォークロア 3

「……ちょっと遅れてごめんなさいね。今年もちゃんと来たわよ、レイナ」


 街外れの墓所にて、お婆さんは隅っこに置かれた質素な墓を見つめながら、やけに寂しそうな表情でそう呟いた。


 ――なるほど、何するのかと思ったらお墓参りか。……ああ、そういえば。確か今のこの時期は『お盆』とか言うんだっけ?


 お盆とは8月の1週間だけ死んだ人があの世から帰ってくる……という、かの勇者ユウキによって齎された異世界の行事のことだ。

 正直、僕は幽霊なんてまったく信じていないので「何をそんな馬鹿な事を」と思っていたのだが、どうやら人間達からすればそれなりに信じられているものらしい。

 現に……、


「まったく……今日も暑いわね。こんなに暑いと、貴女と初めてあった日を思い出すわ」


 なんて、お婆さんは誰も居ない(はず)の墓石に向かって話掛けているのだから。

 ……まあ、あの人は返事が出来ないスライムである僕(本当は出来るけど)にさえ話掛けてくるような人なのだし、人間の中でも例外的な存在っぽいのではあるのだが。


 ……と、まあ何はともあれ。とりあえずお婆さんの要件が何なのかは分かった僕。

 だが、お婆さんの状態をよく観察してみると、それはそれで普通の墓参りとも少し違うことが分かってきた。

 一体何が普通と違うのか、それは――


 ――……あの墓石、なんであんなに雑なんだろう。場所も他の石と違って隅っこに作られてるし。あれじゃあまるであれだけ仲間外れみたいじゃないか……。


 そう、お婆さんが拝んでいる墓石だけ、他と比べてやけに雑な作りなのである。

 まず、他の墓石はしっかりと加工された綺麗な石なのに対し、お婆さんの拝む墓石は加工も何もされていない石そのもので出来ている。

 さらに場所も、他の墓石は綺麗に並べられているのに対して、その墓石だけは隅っこの方にポツンと寂しく建てられていた。まるでこの墓石は普通とは違うのだ、と分かりやすく見せつけているかのように。


 ――なんでわざわざそんな事を……。……あの墓石が誰の物か分かれば、何でそうしているのか分かるかな。


 理由が気になった僕はとりあえずあれが誰の墓なのかを見てみることにした。

 ……がしかし、絶妙にお婆さんの背中に隠れるせいでなかなか墓石の文字を読む事が出来ない。あと少しでなんとか読めそうなのだが……。


 ――もうちょっと、もうちょっと右にズレれば……!


 木陰に隠れつつ、僕は身を乗り出してなんとか墓石に書かれた名前を読もうとする。あとちょっと、あとちょっとなのだ。あと少しだけズレれてくれれば――


「……、……! ……!!!  ――あ」


 ……と、必死になって頑張っていたら。

 その事ばかりに気が行ってしまい、ついつい身を乗り出しすぎてしまった。結果、体重を支えきれなくなった僕の手はうっかり掴んでいた木を手放してしまい……、


 ――やべっ!!!


 見事、これ以上ないってくらい無様にすっ転んでしまった。

 おまけに……。


「何かしら今の音……って。あら、貴方昨日のスライムじゃない」


「……」


 地面にぶっ倒れた時の音で、お婆さんにまで見つかってしまったのだった。


               △▼△▼△▼△ 


「なんで貴方がここに? ……もしかして、私に着いて来たのかい?」


「……」


 さて、いろいろマヌケをやらかした結果、無事お婆さんに見つかってしまった僕。

 そんな僕に対してお婆さんは昨日と同様、少し変に思うくらい普通に話掛けてくるのだが……もちろん僕は返事はしない。

 やはり、いくらこのお婆さんがちょっと不気味になるくらいお人好しとはいえ、流石に僕が喋れるとバレるのはいろいろとマズいのだ。


「もしそうだったのなら、ごめんなさいね。今日はお墓参りだけ特に良い物は持っていないのよ。家に帰ったらいろいろあるんだけどね」


「……」


 だが、もちろんお婆さんは僕が返事をしない事など気にもせず、そのまま普通に会話を続けていく。

 そして、どうやら僕は食べ物が欲しくて着いて来たのだと思われてしまったようである。……別に、そんないつも食べ物探している訳ではないのだが。

 現に、今だって僕は食べ物よりもこの墓石の方が気になっているのだし。


 ……さて、とまあそんな訳で多少思惑とは違ったが、無事に墓石の文字を読むことには成功した僕。

 それで、そこには一体誰の名前が書かれていたのかと言うと……。


『ワルプルギス』


 ……それは、残念ながら僕の知らない名前だった。

 まあ、人なんてたくさん居るのだから、それはそれで特におかしなことではないのだが……。


「……」


「あら? もしかして……実は貴方もヴァルお墓参りだったり? ……なんて、まあそんな訳ないわよね。だってレイナが亡くなったのはもう40年も前だもの、貴方はきっとまだ生まれてもないでしょうし」


「……」


「……、……。……ねえ、もし良かったら私の話聞いていってくれない? ちょっと昔のことを思い出したくなっちゃったの」


「……」


 と、お婆さんはまた寂しそうな顔をしながらそう言う。

 その言葉に対し僕は「スライムは返事出来ないんだから話をしたって意味ないのでは?」と思いつつも、せめてもの恩返しとして少し話を聞いて行くことにした。

 そっと、その場に座り込むことを返事の代わりにして。


「……あら、優しいのね。ありがとうスライムさん。……それじゃ、早速だけど――」


 そして、お婆さんは昔の話を語り始めた。


               △▼△▼△▼△ 


「まず、このお墓に眠っている人なんだけど……。この人はね、私の親友だった人なの。昔から変わり者でなかなか友達が出来なかった私の、たった一人のね」


「……」


「この人……あ、名前はレイナ・ワルプルギスって言うんだけど、とにかくレイナは凄い人だったの。頭が良くて、運動神経も抜群で、おまえに魔術も大得意で……ほら、魔術って普通たくさん使える人はその分弱いものしか覚えられないじゃない。でも、レイナはたくさん覚えられるのに加えて強い魔術も使えたのよ」


 それは僕も話には聞いたことがある。

 多くの魔術適性を持ちながら、同時に上級魔術まで会得する事が出来る特殊魔術適性。……確か一般的には『賢者』と呼ばれるものだったはず。


「……と、まあこんな風にレイナは凄い人だったんだけどね。世間の人達にはあまり良い目を向けられることはなかった。レイナは……同時に半獣でもあったから」


「……」


 半獣、それは獣人と人間の間に生まれた存在を指す言葉だ。

 半獣は獣人とは違いその見た目は人間に似ているのだが、一つ大きく違う点として彼らは人間にはない獣の耳と尻尾を持っているのが特徴だ。

 ……がしかし、どうも人間達はこれが気に喰わないらしく、半獣は『中途半端な存在』として世間的には差別されることが多い存在でもある。だからそのレイナという人も世間からあまり良い目を向けられなかったのだろう。


「理不尽な話よね。レイナは別に何も悪いことはしていないのに、ただ生まれが半獣だったなんて理由だけで酷い扱いを受けるなんて……まあ、私もそれが間違っていると分かっていたのに何も出来なかったのだけど」


「……」


「……それで、レイナはそんなふうに周りの人達から酷い扱いを受けていたのだけど。それでも彼女は一生懸命に生きていたの。泣き言とか恨み言なんて一言も言わないで、いつも明るい話をしてくれたわ。例えば大人になったら何をしたいか、とかね」


「……」


「でも、世間はそんなレイナにも優しくすることはなかった。……いや、寧ろその扱いは歳を重ねることに段々と酷くなっていってしまっていた。多分、世の中の人達は妬ましかったんでしょうね。なんでも出来る彼女のことが。だから誰もレイナを助けようとする人は居なかった。……そして私も、レイナを助けてあげることは出来なかった。……子供一人の訴えなんて、誰も聞いてはくれなかったのよ」


「……」


「……そして、何の助けもないままそんな生活が続いたせいで、レイナにもとうとう限界が来てしまった。ある日、レイナは暴力を振るってきた人を振り払おうとして……そのまま無意識に放った魔術でその人を殺してしまったの」


「……!」


「そこから先はもう歯止めが利かなくなってしまった。……知ってる? 勇者ユウキが残した言葉に『殺人は癖になる』なんて言葉があるの。まあ、それもユウキ曰く「元の世界の名探偵が言った言葉で、決して自分のセリフではない」らしいのだけど……。とにかく、その後のレイナはまさにそんな状態だったわ」


「……」


「別に人を殺す事に快楽を見出してしまった……って訳ではないのよ? でもね、レイナはもう選択肢として『殺人』を選べるようになってしまっていた。そしてその躊躇いは数を重ねるごとに少しづつ少しづつ小さくなっていって……」


「……」


「そして、レイナはとうとう討伐隊を向けられ……処刑されてしまった。そしてその遺体はここにあるこのお墓に眠っているのよ」


「……」


 ……なるほど、だからこの墓石はこんなに雑な作りなのだろう。

 これは『多くの人を殺した罪人には立派な墓を作ってやる必要などない』という、人々の思いの表れなのだ。

 それどころか、寧ろ敢えて目立つように質素な墓を作る事で、一種の見せしめにしようとしているのではないだろうか。

 ……だが、そもそもそんな事になってしまったのは――


「……ヴァルが人を殺したと聞いて、私はまず真っ先にとてつもなく強い怒りを感じたわ。……でもね、それはレイナにでも、レイナを差別した人達に対するものでもなかったわ。そりゃまあ、もちろんその人達にも怒りを感じはしたけどもね。私はそれ以上は許せないものがあったのよ」


「……」


「それはね……他ならぬ私、私は私が一番許せなかった。だって私は曲がりなりにもあの子の友達で、あの子の事を良く知っていた。あの子が本当はとてもいい人であることも、あの子がどれだけ辛い思いをしているのかも。……でも、私はそれなのに何もしてあげられなかった」


「……」


「それが腹立たしくて、腹立たしくて……。……だからね」


「……?」


「……だから、私はどうしても貴方が気になってしょうがなかったの。……無口なスライムさん」


「……、……!?」


 ふふっ、と小さく笑いながら僕にそう言い放ったお婆さん。

 僕はその言葉の意味が一瞬理解出来ず少し考え込んでしまったが、途中でその真意を悟り驚きで文字通り目を丸くしてしまった。

 わざわざ喋れないはずのスライムに『無口な』なんて付けたということは……つまり……。


「勝手な事だっていうのは分かってる。それが遅すぎるってことも、ただの自己満足でしかないってこともね。……でも、それでも私は貴方を見捨てられなかった。どうしても……どこか貴方にレイナの面影を感じてしまったの」


「……。……だからあんな不気味なくらいに僕を助けてくれたのか?」


「そうよ。……ふふっ、やっと話してくれたわね」


 と、僕が話してもお婆さんは驚くことはなく、寧ろ嬉しそうに笑ってすらみせる。……だが、これでようやく訳が分かった。


 お婆さんがやたらと優しかった理由、それは『喋るスライム』である僕をかつての友人である『半獣の賢者』と重ねていたからだったのだ。


 だが、それが理由だったのだとしても一つ分からない点が僕にはあった。

 それは――、


「……なんで、僕が喋れるって気付いた?」


 そう、それは根本的に何故喋れることに気付いたのか、という点だ。

 僕はこれに関しては絶対にバレないように細心の注意を払ってきたはず。なのに一体どうして……!?


「……いや、それは普通にゴミ捨てに着たら何か話し声が聞こえたから……。ほら。貴方、私に見つかる前に何か独り言話してたでしょう?


「……」


 ……。……あー、うん。話してしましたね……。

 確かにあの時は「あー、もう死んだわ」といろいろ投げやりになっていたので、特に深く気にしていなかったが……。まさかあの時の独り言が聞かれていたとは……。

 ……なんだろう、凄い恥ずかしい。


「ま、それで私は貴方が喋れる子だって気付いたのだけど……。貴方、私に頑なに話しかけて来ないし、ずっと警戒してたでしょう? だから、『ああ、多分この子も同じなんだな』って勝手に思っちゃったの。……ごめんなさいね、私の勝手な自己満足に着き合わせちゃって」


「……いや、別に。まあ僕も僕で助かったし……。そんな怒ったりはしてない」


「あら、そう。それは良かった」


 ……実際、この人が居なかったら僕は死んでいた訳なのだし、文句をいう筋合いはないだろう。

 例えそれが自己満足の為だろうと助けてもらったのは事実なのだから。


「……それで? 貴方は結局ここに何をしに来たの? もしかして本当に知り合いだった?」


「いや、街を出ていこうとしたらアンタを見つけたから。……その、昨日の恩返しになんか出来ないかな、ってちょっと着いて来ただけ」


「ああ、そうだったの。そんな恩返しなんて気にしなくてもいいのに。……まあでも、ありがとうスライムさん。話を聞いてもらえて少しはすっきりしたわ」


「そうか。それなら、もう恩返しは十分済んだな」


 ……なら、もうここに留まる理由はない。

 お婆さんの親切の訳も分かったし、恩返しも無事に済ませることが出来た。なら後は予定通り僕は次の街に向かうだけである。

 てな訳で、僕は早速次の街に向かおうと歩き出した……のだが。


「ちょっと待って、貴方何処かに行くの?」


 なんか、普通にお婆さんに呼び止められてしまった。


「……まあ、その、うん。別に当てがある訳じゃないけど、とりあえず次の街に行こうかと」


「どうして? 当てもないのに次の街に行ってどうするの?」


「……探してるんだ、僕の居場所を。誰にも迷惑を掛けず、掛けられずに生きていける場所をね。……まあ、そんな所あるのかどうかは知らないけどね」


「……そう、それで次の街に。そっか……」


「……」


 と、僕の言葉に何か思うところがあったのか、何かを考え始めるお婆さん。

 そのまましばらくお婆さんはそこで考えていた……のだが、しばらくして何か思いついたのか、突然お婆さんは顔を上げ僕と目を合わせた。

 そして――、


「……ねえ。そういうことなら私、実は一つ良い所を知ってるのだけど……来てみる?」


「――!? ほ、本当か!?」


「ええ、もちろん。きっとそこから貴方も問題なく生活できるはずよ」


「本当か!? それは何処なんだ!?」


「ここから少し行った所にあるツートリスっていう村よ。……私が長老を務めてる村なんだけど」


「へえ、長老。……、……え? 長老?」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ―数日後―

 ……と、いう訳で僕はお婆さんに着いて、ツートリスという村にやって来たのだが……。


「おお! 長老、無事に戻られましたか!」


「お帰りなさい! お墓参りは無事に出来ましたか?」


「ええ、もちろん。みんな、しばらく留守にして申し訳なかったわね」


「いえいえ! そんなお気にならず!」


「……」


 どうやら長老というのは冗談ではなくマジだったらしい。

 その証拠に村に入った途端、村人達が次から次へとお婆さんに話し掛けてきている。てっきり、僕は完全にゼロリアに住んでいる人なのかと思っていたのだが……。


「驚いた? 実はね、毎年この時期はお墓参りの為にゼロリアに出掛けることにしているのよ。で、せっかくだから数日は向こうに泊まっているの。ゼロリアにも知り合いが何人か居るしね」


「……へえ、そうなんだ。……で? ここが僕の住んでいける場所なのか?」


「ええ、そうよ。そんなに警戒しなくても大丈夫、この村には相手を理不尽に差別したりするような人は居ないから」


「……」


 と、お婆さんは言うが……もちろん僕はそんなすぐに納得できるはずもない。

 今までだって何度も騙されていたのだ、そんな急に信じられる訳が……。


「……ん? 長老、そのスライムは?」


「――!」


「ああ、この子は新しいこの村の仲間よ。普通のスライムとは違って喋れるスライムの子なんだけどね」


「ちょ!? なんでそんなすぐに話しちゃ――!?」


「へえ、喋れるスライムとは珍しいですね。……よ! これからよろしくな!」


「……」


「ね、大丈夫でしょう?」


 ……と、思ったのだが。うん、まあ確かにかなり気さくな感じではある。

 いや、まあまだ油断は出来ないのだが……。


「……まあ、そう……だな」


「……もう、まったく疑り深い子ね。まあしょうがないっちゃしょうがないのだけど。……それで結局どうするの? ここに住む?」


「……まあ、他に行くとこもないし」


 ……実際、ここは少なくとも他の場所よりはまだ安全な場所なのは確かなようだ。なら、他のどうなるか分からない場所に行くよりは、ここに留まる方がまだマシってもんだろう。


「そう! それじゃ、これからよろしくね」


「ん」


「……あ、そうだ。それじゃ、これからここに住むんだし、そろそろ名前を言っておかないとね。……私はエレン、エレン・ルグスキア。これからよろしくね、スライムさん」


「……僕は、ジバ。その……よろしく、エレン」


 と、いう訳でぎくしゃくしつつも、ここに住むことを決めた僕。そんな訳で早速奥にあった洞窟を見に行こうと思ったのだが……。

 その前にエレンに呼び止められてしまった。


「あ、そうだ。ジバ、その……一つだけいい?」


「……何?」


「もちろんね、これからここに住んでいくのは良いのだけど。それでも、いつまでもここに閉じこもっているのはダメよ。……いつかで良い、いつかで良いからまた外の世界に出て、いろんなものを見に行きなさいね。きっと貴方が知らないものが世界にはまだたくさんあるはずだから」


「……世界ならもう嫌ってくらい見てきたよ。碌なものじゃなかった、結局あそこは僕の住む場所ではなかったのさ」


「……」


「だから、もう良いんだ。僕はもう……」


 と、僕はそれだけを言い残して、あとは止まることなく洞窟へと向かって行った。


 ……少なくとも、この時はもうそうするつもりだったんだ。

 元々世界に希望なんてなかったし、夢だって特に抱いてはいなかった。だから、後はもうここで穏やかに暮らしていければ良いと、確かにこの時はそう思っていた。

 ……この時は。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



―現在、とある朝―

「おーい、ジバ公」


「……」


「ん? ジバ公? おい、聞こえてるか?」


「……、……え?」


「いや、『え?』じゃなくて。……大丈夫か? 俺の話聞こえてる?」


 昔の事を思い出して、少しボーっとしていた僕を心配そうにハルマが覗き込む。

 ……どうやら僕に話しかけていたらしい。だが、申し訳ないことに僕は何も聞いていなかったせいで、何を言っていたのかまるで分からなかった。


「俺、さっきからずっと『ソメイが珍しい虫を見つけたらしいぜ』って話してたんだけど、お前聞いてなかった感じか?」


「……あー、えっと、ごめん。あんまりお前がうるさいもんだから、ちょっとノイズキャンセリングしてたわ」


「はぁ!? なんだその謎の便利機能!? てか、誰の声がノイズだコラァ!!!」


「大丈夫ですハルマ君! 私はハルマ君の言葉は一言一句聞き逃さないようにしているので安心してください! ちなみに昨日は寝言でお姉さんの名前を呼んでいましたね」


「お願いしますシャンプーさん。そう言うのは出来る限り聞き逃して、そして例え聞いてしまったとしても聞かなかったことにしてください。あんまりそういうのをバラされると俺のメンタルが死んでしまいます」


「あの、それより珍しい虫……」


「む、そうですか……。じゃあ、これからは私の記憶だけに留めるようにしておきますね」


「出来れば記憶にも留めないでほしいんですけどね!?」


「虫……」


 そこにあるのはいつもの光景だ。

 僕の軽口にハルマが怒り、それをシャンプーがズレた方向からフォローして、ソメイは真面目ながらも天然な発言を放ってしまう。

 そして……、


「ふふっ。ホント、ハルマとシャンプーって仲良しよね。まるで兄妹みたい」


「僕からすると、どっちかと言えば姉弟だと思うけどね」


「そう? まあでも確かにハルマって弟らしいし、そうなのかも」


 ホムラちゃんがそんな様子を微笑ましく見守っている。


 ……不思議なものだ。

 あの時は、もう世界なんて二度と見ないと思っていたのに。二度と旅することなんてないと思っていたのに。

 ちょっとした出会いがその気持ちを簡単に変えてしまった。


 ちょっとした軽口を叩ける奴が居る。

 少し天然だけど頼れる騎士が居る。

 時たま二人で恋バナ出来る人が居る。


 そして、誰よりも愛おしくて幸せになってほしいと思う子が居る。ちょっとした、たった一瞬の出会いだけで、僕の気持ちを簡単に変えてしまった子が。


「……? どうかした? ジバちゃん」


「え? いいや、なんでも」


「そう?」


「……うん、そうだよ。なんでも、なんでもないさ」


「……」


 そうだ、これは別になんでもないことなのだ。

 とくに特別でもない、普通でありきたりでどこにでもあるもの。

 なんでもないただの『日常』でしかない。


 ……それなのに。

 どうしてこんなにも、このなんでもないものは『幸せ』なのだろうか。

 こんなもの僕は今まで見たことも、聞いたこともありはしなかった。


 ……。……ああ、そうか。きっと、これが――


「……そうだな、確かにアンタが言った通りだったよ。エレン」



 これこそが、エレンが言っていた、世界にある僕の知らないものだったんだ。




【後書き雑談トピックス】

 ちなみに一応補足すると、エレン・ルグスキアはハルマ達がツートリスに訪れた時に話されていた、3日前にアルマロスの襲撃で亡くなったセニカのお婆さんです。

 彼女は村とオーブを守る為に奮闘しましたが、残念ながら勝利することは出来ずそのままアルマロスに殺されてしまいました。……そしてこれが同時に、ジバ公がホムラ達と旅をすることを決意した理由の一つでもあります。


 さて、そんな訳で(わりと)長く掛かってしまったジバ公過去編はこれで終了。

 次回からは再び本編に戻っていきますです。

 それでは、第1部5章『人生という名の演劇舞台』もどうかお楽しみいただければ幸いです。

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