第136話 幽霊少女と夢の舞台
「……なるほどね」
「成仏の為に夢の舞台を……ですか」
「そう。なんとか俺達でそれを再現させてあげられないかなと思ってさ」
「そっか、うーん……」
ふむ、としばし考え込むヘルメスとシャンプー。
やはり協力の承諾こそスムーズに貰えたものの、その具体的な方法となると二人ともそう簡単には思いつかない様子であった。
まあ、二人からすればあの幽霊少女は、そも見えない&聞こえない(一応ヘルメスは存在自体は認識出来るが)というコミュニケーションすらまともに取れない存在なので、その方法に悩むのも無理のない話ではあるのだが。
「……よし。まあ他にも考える事はいろいろとあるけど。とりあえず、まずは前提条件から絞っていこうか」
「前提条件?」
「そう。より分かりやすく言うなら『最低限、何が夢の舞台に必要なのか』ってとこだね。何よりもまずこれが分かってないとお話にならないでしょ?」
「なるほど」
確かにヘルメスの言う通り。
夢の舞台を再現するとは言っても、具体的に幽霊少女がどんな舞台を夢見ていたのかが分からないとそもそも再現のしようがない。
例えば会場の雰囲気は明るい感じなのか、それとも落ち着いた感じなのか……とか。一口に舞台と言ってもいろいろなパターンがある。
「分かりました。じゃあとりあえず本人(本幽?)にどんな感じのを想像してるのかちょっと聞いてみますね」
「うん、よろしく頼むよ。そんで要望が分かったら、それに合わせてまたどうするのか適宜考えていこう」
「はい!」
と言う訳で、早速行動開始。
ハルマは再びヘルメスとシャンプーを玄関に残し、幽霊少女の元へと向かっていくのだった。
「何もない所へ悠然と一人向かってく青少年……」
「シャンプーちゃん、人聞きの悪い事言うのは止めたげようね」
△▼△▼△▼△
「どーも、突然離脱してすんません。ただいま戻りましたです」
『あ、お帰りなさい。……えっと、もう大丈夫なんですか?』
「まあ……今のとこは。またすぐ離脱するかもしれませんけど」
『……そう、ですか』
ははは、と少しだけばつが悪そうな表情でそう返された幽霊少女は、相変わらず彼のその意図が分からず、不思議そうに首を傾げていた。
まあ、突然現れた幽霊が見える&話せる(変な)人間が話の途中で急に居なくなったり、戻ってきたり、かと思えばまた居なくなったら、いくら幽霊でも不思議に思うのは至極当然の事だとは思うが。
「で、えっと、すみません。またちょっとお話良いですかね」
『それは全然構いませんが』
「良かった。じゃあその、突然つかぬ事をお伺いして大変申し訳ないのですが。……もし、貴女がこの先演奏を披露する機会を与えられるとしたら、具体的にどんな舞台で演奏してみたいですか?」
『……はい?』
と、これまた唐突にかまされた意図の読めない質問。これには幽霊少女もますます困惑が加速していくばかりである。
一体、彼はそんな事を聞いて何をするつもりなのか……。というか、ここまで来ると『まさか何か良からぬ事でも企んでいるんじゃ』と、あまりの不理解っぷりに少し嫌な疑惑すら浮かび始めてしまう……のだが、
「……」
『……、……』
それにしては、あまりにも真摯な彼の目が、より幽霊少女の困惑に磨きをかけていた。
何がしたいのかまるで分からない、もしかしたら何か悪い事を考えているのかもしれない。……けれど、だとしたらこの真っすぐな瞳は一体何なのだろう。
『……』
別に、彼女は人の気持ちを察するのが得意な訳ではない。
ただ何年も成仏出来なかったために人一倍「人間」というものを見てきただけ、ただそれだけの事だ。
だが、そんな彼女でも、目の前の少し変わった少年の真摯な眼差しが嘘で出来たものではない事は容易に察せられる。
……実際、それ程までに、この時の彼はらしくもなく真剣だったのだ。
なら――、
『……そう、ですね。昔の私が具体的にどんな舞台を夢見ていたのかは、実はそこまでちゃんと思い出せないんですけど。もし今の私が望む舞台を考えるなら……どちらかといえば雰囲気は落ち着いたものの方が良いですかね』
「ほう」
『幽霊だからでしょうか。あんまり騒がしいのは少し苦手なので、お客さんはたくさんと言うより本当に聞きたいと思ってくれた人が何人か居てくれればそれで良いかなって。あ、あと私の演奏に合わせて一緒に歌ってくれる女の人が居るとより嬉しいです。そこも朧げですけど確か生前もそうだったはずなので』
「なるほど、歌姫的ポジも必要と……」
『あとは……うーん、でも特にこれ以上はないですかね……。そもそも、そんな舞台に立たせていただく事自体が光栄なお話ですし。あまり欲張り過ぎるのは良くないかなとも思うので。――と、大体今の私が考えてみるならこんな感じなのですが……。えっと、これで良かったですか?』
「はい! バッチリです! ……ふむふむ。はい。では、先ほどの予告通りまた少し離脱しますので、また少々お待ちいただければ!」
『はあ……』
そう言い残してまたもやさっさと玄関に向かって行く彼の姿を、一人腑に落ちない様子で見送る幽霊少女。
結局、その真摯な瞳に根負けしてつい自分の理想を話してしまっても、分かったのは彼が何かに真剣になっている事と、それは少なくとも悪い事ではないのだろうという事くらいであった。
果たして、出会ったばかり自分の理想を知って、彼は一体何をするつもりなのか。
……ああ、もしかしたら自分をここから追い払うために何かを準備しているのかもしれない。そうだ、きっとそうなのだろう。というかそもそも彼はその為にここに来たのだ。それに、そう考えれば先の発言などもいろいろ納得がいく。
『なるほど。まったく、それなら別にそんな事しなくてもさっき言った通りすぐに出て行くのに。……幽霊の言葉ってそんなに信用ないかな?』
それは少しショックだなぁ、と幽霊少女は思いつつも「でも何日も勝手に演奏して迷惑かけた奴が言えた事でもないよなぁ」とも思い、一人静かに苦笑。
そしてそのまま彼女は、言われた通り素直にまた彼を待つことにした。
まだ出会って間もない関係ではあるが、それでも彼なら自分を追い払うにしてもそう酷い事はしないであろう。なら勝手に一人出て行くよりもここは彼なりのやり方に従うべきだと、そう幽霊少女は思ったのだ。
それに……、
『いやいや、流石にまさか……ね』
あり得ない、と分かってはいても。
ほんの少しだけ思ってしまった、あまりにも身の程知らずで強欲な期待を捨てる事も、彼女には出来なかったから。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――と、言うのが幽霊さんの理想みたいです。……どうでしょうか」
「うーむ……なるほど……」
さて、一方のハルマ達は幽霊少女が一人いろいろ思案していた事など露知らず。
なんとなくどんな舞台を望んでいるのかは把握出来たので、早速ヘルメスとシャンプーに情報共有を開始し、彼女の夢を再現するべく具体的な話を進めていこう!
……と、思っていたのだが。
「……これ無理じゃね?」
「ちょ!? 諦め早っ!?」
まさか開始数分で最強騎士から諦めの一言を提出されてしまった。
……前回のあのカッコいいセリフは一体どこへ行ってしまったのか。いくらなんでも前言撤回が早過ぎやしませんか。
「いやでも冷静に考えてみーよ。まず、最初の落ち着いた雰囲気の少数精鋭的な舞台の方はまだ良いのよ、うん。寧ろこれはこっちとしてもその方が好都合だし」
「ですよね」
「でも『伴奏に合わせて一緒に歌ってくれる女の子』はちょっと難くないかな。てかそも僕らの中に居る? 幽霊見えて歌える女の子」
「いや。別に、伴奏に合わせて歌うだけなら見えなくても良いんじゃ……」
「それだと舞台としてのクオリティはかなり下がりそうですけどね。ただ伴奏に合わせて歌うと言っても、やっぱりお互いの意思相通とか連携って結構大事だと思いますよ。それにいくらハルマ君で通訳出来るとはいえ、一方が一方を認識出来ないんじゃ練習もままならないですし」
「……」
確かに、二人の言う通りではある。
実際片方が見えない&聞こえないの状態では、そもそも舞台を完成させる所の話ではないだろう。もちろんハルマが通訳を務めて長い時間を掛けていけば、例え歌う側が幽霊少女を認識できなくても最終的には良い舞台が作れるかもしれない。
だが、残念ながら今のハルマ達にはそんな悠長に使える時間はないのだ。
なんか最近忘れそうになっているが、元はと言えばハルマ達の一番の目的はこのバルトメロイ海域の何処かにあるオーブの捜索なのである。
故に、1日や2日くらいなら道中で人助けをしている余裕もあるかもしれないが(そもそもそれがヘルメスの本来の仕事の一つでもあるだし)、そう何日もという訳には根本的にいかないのだ。
実際「道中で会った困っている人を助けていたら、その間に魔王にオーブ盗られちゃいましたー! てへっ♪」なんて事になってしまったら本気でシャレにならない。
だから、出来る事なら今回の案件も今晩中に解決させてしまわないといけないのだが……。
「……」
「ごめんね、厳しい事言って。そりゃもちろん僕も出来る事なら幽霊を助けてあげたいとは思うよ? ……ま、一応出来る限りの事はしてみるか。もしかしたらワンチャンホムラちゃんかアミューちゃんが幽霊見える、なんて展開もあるかもだしね」
「は!? 何言ってんすかヘルメスさん!? ホムラに幽霊が見えるかも!? 例え見えたとしてもアイツが歌うなんて絶対にナシでしょうが!!! 今アンタ100ある選択肢の中で最も最悪なチョイスした自覚あります!?」
「突然の全否定!? てかまず選択肢100個もねぇだろ!?」
「言い訳しない!!! 全く貴方は何を考えているんですか!? ちょっと考えたらホムラさんがそんな事したら成仏どころか、この島そのものが幽霊島になる事くらい分かるでしょう!?」
「いや1ミリも分かんないんだけど!? 何で!?」
何でと言われても事実そうなのだからそうなのだ。
兵器として考えるのならこれ以上に最強なものはないが、人に振る舞うものとしてはあれ以上に最弱なものもないだろう。
というかそもあんなものを『歌』と呼ぶこと自体が、全世界の歌とその歌い手達に対する冒涜である。繰り返しになるが――あれは歌ではない。
あれは、人を殺す為だけに存在する、この世で最も凶悪で極悪な呪いなのだ!!!
「全く、これだから最近の最強騎士は。自分は耐えられるかもしれないからって、メチャクチャな事を言い出しよる」
「ほんとそれなですよ。周りの人まで当たり前のように自分並みに強いと思わないでほしいもんです。私達はあくまで普通の人間なのに」
「えぇ……なんか、ごめんなさい」
「ちゃんと反省してくださいね? 次こんなふざけた事言ったら焼き氷漬けの刑ですから!」
「はい……。……いや、なんで僕怒られてんの? あと焼き氷って何……?」
未だに腑に落ちない様子ヘルメスだが、とりあえずホムラ歌姫案は諦めてくれたようだ。まあ仮にここで納得しなかったとしても、ハルマとシャンプーは命を懸けてでもその案は絶対に却下させるつもりではあったが。
……もちろんいきなり案を全否定した事に関しては少し悪いとは思う。だが、それでもアレの脅威を知る者として、全世界の為にもアレの解放を許す訳にはいかなかったのだ。
まあ、ヘルメスさんも今度実際にアレを聞いてもらえば、何故ここまで必死になって止めたのか理解してもらえるだろう。うん。
「ま、ちゃんと反省もしたようですし。今回はこれくらいで勘弁しましょう。……しかし、こうなると本当に当てがないですね。そもそもアミューさんあの様子からして幽霊が見えてなさそうですし。……あ、言うまでもありませんが私は絶対に見えないので考えに入れないでくださいね?」
「いやまあ分かってますけどね? それはそれでお前も前回のあのセリフどこ行っちゃったのってなるんだけど」
「さあ? 異世界転生でもしたんじゃないですか?」
「……」
……ほんと、コイツはコイツでこの図太さは本当に何なんだろうか。
一体何食って生活してたらこんなアホみたいに肝の据わったメンタルが育つのか、ぜひ今度詳しく教えてほしいもんである。(A:ハルマ可愛いオーラ)
まあ、今回はハルマも最初からシャンプーは候補に入れてなかったので、あまりとやかくは言えないのだが……。
「……クソ、でもこれじゃあ本当に八方塞がりだ。誰か、誰か他に人は居ないのか……!?」
「島の人にも聞いてみる? 中には一人くらいなら幽霊見えるウーマンも居るかもだけど……」
「いくら最強の騎士のお願いとはいえ、深夜1時過ぎに突然起こされた挙句『幽霊と一緒に舞台に立って歌ってくれ』なんて言われたら、私なら殴り飛ばしますけどね」
「だよねー……」
「……」
「……」
「……」
沈黙。
最早完全に打つ手をなくしてしまい、誰もがこの状況を前にただ虚しく黙り込む事しか出来なくなってしまっていた。
せっかく、普通なら出来ない会話をする事が出来て、一人の少女の叶わなかった夢を知る事が出来たのに。最強と最弱と氷炎は無力にも何もするが出来な――
「……仕方がありません。こうなれば、最終手段です」
「え?」
と、その時。
決意に満ちた表情のシャンプーが、凛とした一言と共にその静寂を破った。
……最終手段、とは一体何なのか。まさか!? あれ程嫌がっていた舞台に自ら立ち上がるとでも言いだすのか!?
「いやそれは全然違います。そればかりは死んでもありませんので」
「じゃあなんだよ」
「……」
「……? シャンプー?」
「……ハルマ君、覚悟の準備をしておいてください」
「……、……はい?」
「これより! ハルマ君超絶きゃわきゃわ女装計画part2、大大大大大開始!!! デス!!!!!」
「……。はああああああああああああああ!!?!?!?」
【後書き雑談トピックス】
前話との引きの温度差よ。
次回 第137話「幽霊少女の夢の舞台」
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