第20話 そして新大陸へ
「いやー! ここで木を伐れるなんて何年ぶりかねぇ!!!」
「15年ぶりじゃないんですか?」
「時間的にはな。だが、気持ち的な時間はその倍くらいは経った気がするんだよ。だから実質30年ぶりだな!」
「……なんですか、その暴論」
キングの森から木が運ばれていく様子をハッハッハと笑いながら眺めるレオ船長。
怖い顔も笑顔になれば少しは馴染みやすく……とはいかない。
『怖い顔』が『怖い笑顔』になっただけだった。
「それにしても大した奴だよ。15年の停滞を動かしちまうとはなぁ! 片っ端から旅人に声掛けてみて良かったぜ!」
「あ、あの挨拶はこれを期待してたんですか」
「半分はな。もう半分は普通に挨拶してただけさ」
レオ船長が意外と策士だったことに驚くハルマ。
自分が驚かれていることが露知らず、レオ船長はハルマを褒め続けるが……。
――今回は俺、何もしてないんだよなぁ……。
森の中で起きたことの真実を知るハルマは複雑な気分だった。
―1時間程前―
「気分は落ち着いたかな? ジャックス長老」
「……ああ」
キングの説得を受け、一しきり泣いたジャックスの顔は実に晴れ晴れとしていた。
それは迷いや恐れを取り払った清々しい表情だ。
「少年」
「あ、はい!」
と、二人の会話をただボケーッと眺めていたハルマは、突然声を掛けられて思わず変な声で返事をしてしまう。
その様子が可笑しかったのか、キングとジャックスはクスッと笑ったあと、話を続けた。
「そんなに緊張するな。……街に戻り伝えるといい、また木を伐っても構わないと」
「! い、良いんですか!?」
「ああ、もちろんだとも」
布に隠れた顔は相変わらず見えない。
しかし、その下で優しく笑っていることはハルマにもよく分かった。
「それじゃ! 早速伝え――
「ああ、ちょっと待って」
「? なんですか?」
「いくつかお願いがあるんだ」
「?」
スリームの人達に伝えるため、走り出そうとしたハルマをキングが呼び止める。
あとちょっと遅かったら多分ハルマは勢いよくすっ転んでいただろう。
「今回の件について、私のことは内緒にしておいてくれないかな?」
「え? 良いですけど……なんで?」
「まあ、いろいろあるのさ。そんな訳だから今回ここで交渉をしたのは『君』だということにして欲しい」
「……分かりました」
「うん、助かるよ。……それじゃあ私は用事があるから。君とはまたいつか会えると思うけど」
「え?」
思わせぶりなセリフだけ残して何処かへと去っていくキング。
現れた時と同様、一瞬で何処かへと行ってしまった。
「……ジャックスさん。あの人何者なんです?」
「うむ、まあここはキング殿の為に内緒にしておくかの」
「ええー……」
「……それはそうとお主」
「?」
「街に戻るのも良いが、仲間の所には行かなくていいのか? さっきからずっとお主を探しておるようだが」
「……! やっべ! 忘れてた!!!!!」
「……やれやれ」
その後、ホムラとジバ公にメチャクチャ怒られたのは言うまでもない。
―現在―
さてまあそんな訳で。
対外的には『ハルマ』のお陰で船が作れることになったスリーム。
必要な分だけ木を伐った後、住民たちは早速船づくりに帰っていった。
「完成までどれくらいかかるかな? 1ヶ月くらいは待つ?」
「そんなには掛からないわよ。明後日には出来るんじゃない?」
「へえ、明後日。……え? 明後日?」
「うん、明後日」
明後日。
それはつまり2日後ということ。
……連絡船を作るのにかかる日数、2日。
「大丈夫なのかその船。インスタントすぎない? また壊れない?」
「何言ってるんだよ。船なんて大体それくらいで作られてるじゃん。知らな……いのか、そうか……」
ジバ公の相変わらずの呆れた感じからして、これもこの世界では常識らしい。
なんでも草属性の魔術を応用すれば船くらいならいとも簡単に作れるそうな。
魔術凄い。
「……それで? スリームに戻らないの? 何か忘れ物?」
「ううん。ジャックスさんにお礼言おうと思って」
「なるほど」
スリームの人達は大方街に戻っていたが、ハルマ達はまだキングの森に居た。
ハルマはまだジャックスにちゃんと礼を言っていない事を思い出したのだ。
そんな訳、霧が晴れ鬱蒼とした木も少なくなったキングの森の奥に入っていくと……。
「……おっと」
「?」
そこには楽しそうに語りかけるレオ船長と、少し申し訳なさそうなジャックスの姿があった。
「なんでい、そのよそよそしい態度は。俺とアンタの仲だろう?」
「やれやれ……お前は何も変わっていないな。15年も経ったというのに」
「15年前の俺は40だったからな。40のおっさんが55のおっさんになったところで何も変わんねえよ」
「それもそうか」
またハッハッハと笑うレオ船長。
そんなレオ船長の態度とは裏腹に、ジャックスはどこかばつが悪そうだった。
「お前は……怒っていないのか?」
「何?」
「儂は……自分の弱さから、身勝手な理由でこの森を15年も閉ざした。……怒ってもおかしくはないと思うのだが」
「……」
俯いたまま、ジャックスは申し訳なさそうにそう零す。
その様子を見たレオ船長は、はぁっとため息をこぼし――
「ほれ」
「痛っ!?」
ジャックスの額を勢いよくデコピンした。
「馬鹿野郎、俺がそんなことでアンタにキレる訳ねえだろうが。ていうか、アンタ俺に昔お人好しだっつってたけどよ、アンタも大概人の事言えねえぞ?」
「まったく……! 少しでも気を遣った儂の間違いじゃったわ! この大バカお人好しが!!!」
「ははは、そうキレるなって。……そうだ」
「?」
満足するまで笑った後、レオ船長は思い出したかのようにバッグに手を伸ばす。
そこから取り出したのは……1匹の新鮮な魚だった。
「……これは」
「言っただろう? 次に来るときは差し入れでも持ってくるって。ったく、大変だったんだぜ? 魚がダメになる度に毎回毎回新しいの用意しておかなきゃならなかったんだからな」
「お前……! ずっと、ずっとこれのこと……覚えていたのか……!?」
「当たり前だろ? ……ちゃんと皆で食えよ? アンタらに俺の獲った魚を食ってもらうの、それなりに楽しみにしてたんだからな」
「――!!!」
ニカッと笑うレオ。
その顔は15年経っても、やはり何も変わらない。
相変わらず、豪快で、お人好しな阿呆の笑顔だった。
「……ああ、もちろんだとも。刺身にでもして食べるさ、皆でな」
そして、貰った魚を大事そうに抱えるジャックスの顔も、また15年前と変わってはいない。
相変わらず、臆病で、お人好しな馬鹿者の笑顔だった。
―少しして―
さて、そんな二人の再会を一部始終見てしまったことは内緒にして。
ハルマ達は改めてジャックスに礼を言いに来ていた。
「今回は本当にありがとうございました」
「いいや、気にすることはないさ。……寧ろ、儂からも礼を言わせておくれ。ありがとう」
「……」
深々と頭を下げられると、謙遜もしにくい。
ハルマは素直にその礼を受け取ることにした。
「さて、お主たちは船が出来たら早速レンネル大陸へと向かうのか?」
「はい。私の兄がそこに居るはずなんです」
「ほう、兄上を追って旅をなされておるのか。……なら、一つ老骨のお節介を受けていってくだされ」
「?」
「7つの大罪についてなのだが」
「――!」
7つの大罪。
こことは違う世界出身のハルマでも知っている、人間の犯しうる7つの罪。
【傲慢】【暴食】【強欲】【色欲】【憤怒】【怠惰】【嫉妬】の7つのことだ。
創作物ではもはや常備品と言っていい程よく出てくるので、ハルマは最初からこの世界にも多分存在するだろうとは思っていた。
しかし、その初登場が昨日の衝撃的な過去のお話だったので、流石にそこは驚きが隠せなかったのである。
「7つの大罪とは、かつて大悪を犯した7人の咎人のこと。この森を襲った【憤怒】のように、その異能を用いてかつて世界中に凄まじい被害を齎したという」
「……」
「まあ、今はアルカトラズ島と呼ばれる島に投獄……と言う名の封印をされておるのだがな」
「え!? 捕まってるんですか!?」
「ああ、10年前に何者かの手によって」
「誰だよ、何者かって……」
……意外。
てっきりハルマはこの異世界冒険における最大の障害になると思ったのに、既に彼らは捕まっていた。
まあ、それに越したことはないのだが……。
「だが、お気を付けなされ。奴らの残した被害は甚大なんてレベルではない。きっとこの先、その爪跡がお主らの障害となって立ち塞がるだろう」
「……」
「故に。儂が知っている範囲で、奴らについて教えておこうと思う」
そう言って、ジャックスは7つの大罪について語り始めた。
「まずは【傲慢】から。【傲慢】の主な活動場所は北の『ガダルカナル大陸』とされている。能力、及びどのような被害を残したのかは不明」
「次に【暴食】。主な活動場所はこれからお主らが向かう『レンネル大陸』。能力は不明で、被害に関しては聖地など『神』の関わる場所を襲撃していったとされている」
「次が【強欲】。……コイツに関しては全てが不明となっている。大罪のブラックボックスであり、封印された今も謎が多く残っているそうだ」
「そして【色欲】。活動場所は不定、様々な場所に気まぐれで姿を現したらしい。能力はこれまた不明。被害として多くの誘拐事件を引き起こしている」
「次は儂らがよく知る【憤怒】。活動場所は『マキラ大陸』、つまりここじゃな。能力は『痛覚の操作』とされており、被害は謎の理論による虐殺」
「お次が【怠惰】。活動場所は【暴食】と同じく『レンネル大陸』。能力は不明。被害としては見境なく街や国に襲撃を仕掛けたらしい」
「最後が【嫉妬】。活動場所は南の地『ユウキ大陸』。能力、被害は不明だ」
「……と、長々と話してしまったが、これが大罪についてじゃ。まあ何かしらの役に立ててくれ」
大罪について語り終えたジャックスは、その場に座り一休み。
大罪の情報は不明点が多く、明確にどういう存在なのかは見えてこなかったが、それでも分かることがある。
「……相当ヤバい奴等みたいだな」
「ああ。ホント、誰がしたかは知らんが10年前に封印してくれて良かった。そうでなければ今も悍ましい被害を出し続けていただろう」
神妙な顔つきで、ジャックスはそういう。
それは確かにそうだろう。
『悍ましい被害を残した』と言われているのに、不明点が多いこともそれを確証付ける。
それはつまり、大罪に遭遇して生き残った者がほとんど居ないということだからだ。
「ありがとう、ジャックスさん。……うん、まあ気を付けるよ」
「ああ、そうしてくれ。それじゃ良い旅をな」
「うん」
ハルマも心底そう願いながら、一行はキングの森を後にした。
―それから2日後―
「起きろーーー!!!」
「へぶしっ!?」
さて、キングの森解放から2日後の朝。
ハルマはジバ公のタックルで目を覚ました。
「もう朝だぞ! いつまで寝てるんだ!!!」
「起こし方!? もうちょっと優しく起こせないの!?」
「口の中に入って鼻から出てくるとか?」
「優しささんはどこへ!?」
相変わらず、ジバ公はどうもハルマに辛辣だ。
ホムラ曰く「心を許してる証拠」だそうだが……。
「それで? なんでわざわざ起こした?」
「船が出来たんだよ。朝から出発するから、早く起こしたの」
「そっか! 今日が完成の日だったな!!!」
それを聞くや否や早速ハルマはパパっと着替え、ジバ公を頭に乗っけて外へ。
すると港には、それはそれは立派な船があった。
「でか!? え、何!? これホントに2日で作ったの!?」
「そうだが?」
「マジか!!!」
何の疑問もなく「そうだ」というレオ船長。
それは元の世界の豪華客船くらいの大きさはある船だった。
これを本当に2日で作ってしまうのだから……魔術さまさまだ。
「……それじゃ、早速行くか? レンネル大陸までは2日半掛かるし、早い方が良いと思うんだが?」
「船作るのより時間掛かるのかよ……」
「遠いからな。行くのは止めておくか?」
「まさか! もちろん行くに決まってるさ! なあ、ホム――あれ? ホムラ?」
同意を求めて横を向くが……ホムラは居ない。
そう言えば朝から居なかった。
「嬢ちゃんならもう船に乗ってるぜ」
「早!?」
レオ船長の指さす先には確かにホムラの姿が。
ホムラは元気そうにこちらに手を振っている。
「……それじゃ、行くか。いざレンネル大陸へ!!!」
こうしてハルマ達の旅は新たな舞台、レンネル大陸へ。
最弱の冒険はまだ始まったばかりだ。
【後書き雑談トピックス】
魚を差し入れたレオ船長。
でも彼は犬(というか狼)なので、実は肉の方が好き。
誓って別に嫌いなものを押し付けた訳ではない。……ない。
次回 第21話「おん・ざ・しっぷ えぶりでい Ⅰ」
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