第85話 明日の話
――わあわあと、夕焼けに照らされる集落は、先程とは違う活気を見せていた。
シャンプーが魔王を退けてから約1時間。
ジバ公が備え持っていた薬草のおかげで無事に傷を癒した雪の民達は、早速集落の復興に勤しんでいた。(なおジバ公のへそくりはしっかり底をついた模様)
幸い死人は一人も出なかったが、建物などへの被害はとても大きい。そして何よりも大きな被害は……やはり、オーブが強奪されてしまったことだった。
伝承の時代から受け継いできた使命を果たせなかったこと。そして、言葉通り命よりも大事にしていた宝を、あんなにも呆気なく奪われてしまったこと。
そんな残酷な事実は容赦なく雪の民たちに降りかかる。
きっとその時には、彼らの胸の中にハルマ達には想像しきれない程の大きな『悲しみ』と『悔しさ』が湧き上がったことだろう。
それは普通の人なら、泣き崩れて絶望したっておかしくないことだ。
――だが。
「……凄いな」
「そうね。ここ人達は……本当に強い人ばっかりなのね」
雪の民達の作業を手伝いながら、ハルマは一言。それは込み上げる敬意が零れ落ちたものだった。何故なら――
こんな暗い状況であるにも関わらず、雪の民は誰一人として俯くことも喚くこともしなかったからだ。
もちろん、彼らはその『悲しさ』と『悔しさ』を早々に忘れてしまった訳ではない。
恐らく今でも、いや寧ろ少しづつ直っていく集落の様子を見て、さらにその気持ちは大きくなってきているはずだ。
でも……彼らは絶望しない。諦めることも、投げ出すこと考えない。逃げ出すことも、崩れることも頭を掠めもしなかった。
その理由は簡単だ。
――それは、
「……明日の為、か」
そう、明日の為だ。
いずれ必ずやって来る明日。嘆こうと喚こうと必ずやって来る明日の為に、彼らは今も前を向くのだ。
「オーブが奪われても、集落に襲撃をされても、生きていれば『明日』は必ずやって来る。だからまだ終わりじゃない、まだ終わっていない。なら、ここで終わりには出来ない……か」
「……なんか思うところがあったのか? ソメイ」
「いいや、そういう訳ではないけどね。単純に凄まじいな、と思っただけさ。……確かに今僕が言った彼らの心の在り方は、とても尊く素晴らしいものだ。でも、それを実行するのはそう簡単なことじゃない」
「……お前でも、か?」
「そう……だね。きっと、僕にもそんな簡単には出来ないと思う。……だからこそ、そんな偉業を成してしまう彼らに、僕は心の底から『尊敬』を感じたんだ」
「……」
白昼の騎士にすら成せない偉業。それを、雪の民達はやってのけた。
そのことに改めてハルマは彼らに『尊敬』の念を感じる。それがソメイの二番煎じであることは、分かっていても。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ああああぁぁぁ……疲れたぁ……」
さて、それからさらに3時間程。
すっかり辺りも暗くなった頃に、ようやく復興はひと段落着いた。
その頃にはもうハルマはヘトヘト、冷たいとは分かっていてもつい雪の中に倒れ込んでしまう。
「癒術で回復してるとはいえ……やっぱり戦いから連続で復興作業はキツいな……。……いや、でもそれみんなもそうなのか。アイツら凄えな」
ひんやりした雪を疲れ切った全身に感じながら、ハルマは周りの人達の体力の多さに驚く。
まあ、この場合は正確に言うと、周りが多いのではなくハルマが少ないのだが。
「……」
もちろんハルマもそれは分かっている、が。
それを認めるのは(今更だが)ちょっと悔しいので、あくまで周りが強いのだと。そういうことにしておくハルマだった。
と、そんなつまらない見栄を一人で張っていたら、
「アメミヤさん。そんな所で横になってると風邪ひきますよ」
ふふっ、と小さな笑みを浮かべるシャンプーに見つかってしまった。
それは嘲っている笑いではなかったが……ハルマ、己の姿を改めて自覚し、恥ずかしさ爆発。一気に耳まで真っ赤だ。
「あ、いや、えっと……。大丈夫だね! なんとかは風邪引かないってよく言われてるし!!! って! 誰がなんとかだ!」
「えっと……ごめんなさい。その、『なんとか』ってなんですか?」
「え!? これ伝わらないの!? ……え、えー……。そんな、流石に自分で改めて言うのはちょっと……」
「?」
元の世界から確実に伝わる言葉もこちらではそうとも限らない。
全てはユウキの伝承次第だ。なお、『馬鹿は風邪引かない』は伝承してくれてなかった様子。
「カウンターされることを恐れたのか……。ちくしょう。思いのほかチキンだな、ユウキ」
「ちきん……?」
「……あ、えっと。大丈夫、あんまり気にしないで良いよ。ただの戯言だから」
「そうですか……」
……これ以上は辛い。
ここからさらに空気が気まずくなったら、流石にハルマも死んでしまいそうだ。
故に、元の世界ネタはここまでにしておくことにした。
……なんで伝わりにくいネタをわざわざ選択するのか。馬鹿だからだ。
「……えっと、それで? なにか用かな、シャンプー」
「あ、はい。その……お礼とお願いをしに」
「お礼とお願い」
「はい、そうです。まずはお礼から……その、本当にありがとうございました。私、アメミヤさんのおかげで、ようやく一歩を踏み出すことが出来たんです。やっと、やっとあの恐怖から少し立ち直ることが出来たんです。それが嬉しくて嬉しくて……だから、本当にありがとうございました」
「別にそんな大したことはしてないよ。俺はただ無様に助けを求めただけだし……。でも、貰える感謝は貰っておこう。どういたしまして。……そしてこちらこそありがとうございました。その、助けてくれて」
「いえいえ、それこそそんな大したことではありませんよ」
屈託のない笑顔を浮かべながら、謙遜するシャンプー。
その笑顔は前までの彼女のそれとは大きく違う、とても素直で真っすぐな笑顔だった。
それこそがまさに彼女が踏み出せた証拠なのだろう。
そんな笑顔を彼女が浮かべていることに、ハルマは嬉しさを感じつつ――2つめの本題へ。
「……それで? お願いっていうのは?」
「――! あ、えっと……その……ですね……。あの、アメミヤさん達は……これからも旅を続けるんですよね?」
「うん、そのつもりだよ。魔王からグレンさんを取り戻すためにね」
「そうですよね。うん、やっぱりそのはずですよね……」
「?」
なにやらドギマギした様子でもじもじしているシャンプー。
どうやら、何かを頑張って言い出そうとしているようだが……?
「あ、あの! お、お願いがあります!」
「あ、はい。知ってますよ。……それで、何?」
「あー、えっと、その……! も、もし、よろしければ! その旅に……私……も……」
「……」
「私も! 連れて行ってくれませんか!?」
「え? あ、うん。全然いいよ」
「えええ!? そんなあっさり!?」
なんとか頑張って絞り出したお願いに、あっさりと即答するハルマ。
これにはシャンプーもびっくりである。あまりにびっくりして自ら聞き返してしまうほどに。
「え!? ほ、本当に良いんですか!?」
「全然?」
「あ、そ、そうですか……。そんなあっさりと……。あ、あはは……。なんか……物凄く緊張した私が馬鹿みたいですね……」
「あ、えっと……なんかごめん。でも、本当に一緒に来るのは全然構わないよ。ホムラ達も止めたりなんてしないだろうし。ただ……」
「ただ?」
「集落の人達は……なんて言うか分からないけど」
「ああ、それなら問題ないですよ。そっちはもう事前に話してますから」
「あ、そうなんだ」
「はい!」
なるほど、もう既に準備は万端ということか。
がしかし、よく集落の人達も許可しれくれたものだ。シャンプーはこの集落の中心である英雄の直属の子孫だというのに……。
「お爺ちゃんに話したら、こう言われました。『うん、それが良いだろうと儂も思っていた。お前はもう子供じゃない。この機会に世界を見てくるべきだろう』って」
「な、なるほど……」
まあ確かに。魔王を追っていろいろな所に行くから、世界のいろいろな場所を見ることが出来るのは事実だ。
それに様々な『経験』をすることが出来るのも間違いない。
なんせ、現にハルマ本人がそうだから。
「と、そういう訳なので。では、今後ともよろしくお願いいたしますね」
「はい、了解です」
てな訳で、新しい旅仲間シャンプー・トラムデリカ加入である。
正直、メチャクチャ頼もしい。
「……あ、それじゃあさ」
「? なんでしょう」
「その……俺のこと、もうそんな堅苦しく呼ばなくても大丈夫だよ。一緒に旅する仲間なんだしさ、苗字にさん付けなんて他人行儀じゃない」
「! あ、た、確かに……そうですね……」
「……あ、いや、別に嫌なら今のままで良いけど」
「いえ、そんなことは! 私ももう少し歩み寄りたいとは思っていましたし!」
「そ、そう?」
その割には顔が赤いような気がするのだが。
本当に大丈夫なんだろうか……。
これはもしかして余計なことを言ってしまったかもしれない。
「そ、それでは……。……、……、……。……えっと、やっぱりいきなり呼び捨ては恥ずかしいので……前段階を置いていいですか?」
「全然問題ないです」
「あ、ありがとうございます……。で、ではこれからは『ハルマくん』と。はい! これなら恥ずかしくはないですね!」
「……そ、そうですか」
なるほど、くん付けですか。
何故だろう。なんか呼び捨てより余計に恥ずかしい気がしなくもないのだが。
なぜだが背中の当たりがムズムズするような……。
……まあ、本人は満足そうだし……良しとしようか。
「……、……ねえ、シャンプー。一つだけ聞いていい?」
「はい。なんでしょうか、ハルマくん」
「ここぞとばかりにって感じだな……。で、えっとさ。旅……なんだけど、本当に俺達とで良いの?」
「え?」
「その、きっといろいろ苦労すると思うよ? 俺、凄い弱いし。だから世界を見るってんなら、もっと他に良い人達もいると思うけど?」
「……はぁ。もう、何を言っているんですか」
「え?」
「他の人がいようが、私が苦労しようが関係ありません。私は、ハルマくん達と一緒に旅がしたいんです」
堂々と恥ずかしげもなくそう宣言するシャンプー。
その姿は、先程の呼び捨てに羞恥心を感じていた姿が嘘であったかのように、確固たる自信に満ちている。
「……そう、なの?」
「はい、そうです。他の人達じゃなく、ハルマくん達と旅がしたいです。ハルマくん達といろんなものを見て、聞いて、感じたいんです。ハルマくん達と、これから明日の話をいっぱいしていきたいんです」
「……! そ、そうなのか……」
「はい! そうなんです!」
ここまで言われると、逆にハルマが恥ずかしくなってくるが……。
でもそれと同じくらい嬉しかった。
自分達のことをここまで言ってくれるなんて、有難い意外に言葉がない。
「それじゃあ、これからいろんな所に行って、いろんなことしないとな!」
「ええ、もちろんそのつもりです! だから、よろしくお願いしますね? ハルマくん」
「おう! 任せとけ!」
まあ、ハルマに何か大きなことが出来るとは自分でも思わないが。それでもここでの返事は大きくハッキリと答えるべきだ。
それは――ハルマにもよーく理解出来ていた。
そうだ、これからいろんなものを見よう。
いろんなものを見て、聞いて、感じよう。
そして、たくさん明日の話をしよう。
些細な事でも良い。明日の天気の話でも、明日のご飯の話なんかでも良い。
これから一緒に進む未来の話をたくさんしよう。
明日は、これからは、この先はどうしようかと、たくさんいろんな話をしよう。
――だって、『明日』は生きていれば、必ずやって来るのだから。
【次回予告】
ハル「こうして! ガダルカナル大陸の冒険は終わりを迎えたのでした!」
ロン「お疲れ様です、天宮さん。それで次はどちらへ?」
ハル「なんかソメイが言うには、マキラ大陸の東側が一番近いって」
ロン「なるほど……、ではきっとバビロニアにも行くことになりますね」
ハル「森王国バビロニア、か」
ロン「ふふっ。天宮さん、きっとバビロニアの王を会ったらびっくりしますよ」
ハル「え? なんでです?」
ロン「それはまだ内緒と言うことで……。それでは、予告をおば」
ロン「次回、第86話『おん・ざ・しっぷ えぶりでい Ⅵ』」
ハル「ちょっと! 教えてくださいよ、ロンゴミニアドさん!!!」
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