第90話 可愛いは正義と誰かは言った
――後悔先に立たず。
今のハルマの状態を説明するのなら、まさにその言葉がうってつけであろう。
『いやぁ~お嬢ちゃん可愛いねぇ……。ちなみにいくつだい?』
「あ、えっと……17です……」
『17! 良いねぇ。羨ましい若さだよ……。あーあ! 俺も10代に戻りてぇ!』
『いや! お前もう死んでるだろ!』
『確かに! ……って、それはお前もだろうが!!!』
『そうだった! ワハハハハハハ!!!!!」
「……」
【幻のキノコ】を手に入れ料理大会に優勝するため、アラサー亡霊達との取引に応じたハルマ。最初は直接触ってくることは出来ないのだし、そう大した苦にはならないだろう……と思っていたのだが。
それは――あまりにも甘い考えだった。
『それで? お嬢ちゃんお名前は?』
「な、名前ですか? えっと……私の名前は天……、天……。……」
『アメ……?』
「天……後晴香。そう、アメノチ・ハルカ……です」
『そっか! ハルカちゃんかぁ! よろしくね!!!」
「……あはは」
――……気 持 ち 悪 い
ハルマを取り囲む亡霊の数はざっと30人ほど。
虚しいことに、結構な数の亡霊がそこには住み着いていたのだが……なんとさらに虚しいことにその全てが揃いも揃って全員気持ち悪いやつだった。
流石は悲しいアラサー亡霊、その「モテたい」という気持ちは常人の比ではなかったのである。
結果、亡霊たちはハルマが女装しているだけの男とも知らず、容赦なくをセクハラ大連発させていく。……ハルマは今日ほど自分の判断を後悔したことはなかっただろう。
『それでハルカちゃん、彼氏とかいるの?』
『ねえ! スリーサイズとか教えてよぉ!』
『(※規制)!!!』
「……」
人は一度死ぬとここまでブレーキがぶっ壊れるのだろうか。数を重ねるごとに段々と酷さが増していくセクハラは、一切休む暇もなく投げかけられ続けていた。
中には明らかに放送禁止用語をぶっ放してきやがる奴もいる、もうこれ訴えたら確実に勝てるだろう。
「ジバ公。……コイツらぶっ飛ばしてもいいかな?」
「!? ちょ落ち着け! こんなところで妖怪大戦争をされたら流石にいろいろ困るわ!!! それに、そもそもこれはお前が始めたことだろ? 僕は最初に言ったぞ、『まさかお前この取引に応じるつもりなのか?』って」
「それはそうだけど……さ。正直、ここまで酷いなんて思わなかった。てかこんなの誰が想像出来るんだよ……」
「まあ、それは、うん。……あと、コイツらもう死んでるからそもそもぶっ飛ばせないだろ」
「――確かに! た、質が悪すぎる……!」
そう。むこうが触って来れないということは、逆に言えばこちらが触ることも出来ないということ。つまり亡霊共がどんなにエスカレートしてきてもハルマには止める手段がないのである。
ブレーキが壊れているどころか、他人が踏んでやることも出来ないとは……。
「まあ、なんだ。あとちょっと我慢しろよ。どのみち僕らは【幻のキノコ】を手に入れなきゃ優勝出来ないんだし。……せめて優勝しないとわざわざ女装したのが無駄になるぞ?」
「それは……嫌だけど! 嫌だけどさぁ!!!」
『……ハルカちゃん? 誰かと話してる?』
「!? あ、いいえ? なんでもありませんよ? あはは……」
『そう? まあ、それなら良いけど。でね、実はハルカちゃんにお願いがあってさ!』
「お願い……ですか?」
『そうなんだよ! ちょっとさ、これ着てみてくれない? 多分こういう風な感じが一番心に来ると思うんだよね~!』
『なッ! お前、分かってるなぁ!!!』
『ええ……拙者はそれよりもこっちの方が良かったでござる……』
「……、……えっと、それは……」
一人の亡霊が差し出してきた服は……フリフリの、メイド服だった。
確かに『メイド服』『チャイナ服』『制服』は三大【男が女の子に着てみてほしい服】とこの手の業界では有名だが……。(なお、ここに『ナース服』が入ることもあるらしい)
……マジで、言ってますか?
「……ジバ公。悪霊を払うグッズとか持ってないか?」
「ある訳ないだろ。……もう、諦めろよ」
「……」
少年ハルマはこの日、誰がメイド服を着ているのを見るよりも早く、自らメイド服に袖を通すことになった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『ひぃぃ……! ハルカたんハルカたん、ふひぃ~……やば~!』
『これがまさに眼福! ここか! ここがアヴァロンか!』
『これだけで後100年は生きていける……。もう死んでるけど』
「……」
次々と投げつけられる気持ち悪さを極めた賛美の声。
ハルマもたった1日でここまで『死にたい』と思うと同時に誰かを『殺したい』と思ったのは今日が初めてだ。
まさか初めて女装したその日にそのままメイド服まで進行してしまうとは思わなかった。(そもそも女装なんかする日が来るとも思ってなかったが)
『うっわぁ~……イイ……』
『拙者、今日ほど生まれてきて良かったと思った日はないでござる。……もう死んでるけど』
「……よ、良かったな、ハルカちゃん。今日は1日みんなから大絶賛じゃないか」
「……この辺りに身投げできる崖とかありません?」
「まじで落ち着け!? 気持ちは分るけどその欲求はなんとしても抑えろ!!!」
「あぁぁぁ……もうやだぁ、お家帰るぅ」
「お前はそのお家に帰れないから旅を続けてるんだろ!?」
そして、ここまで来るとハルマのメンタルももう限界が近かった。
あまりの辱めにハルマはもう怒りも忘れガチの涙目涙声。このままこの状態が進行したら割と本気で自殺しかねない。
これは本当に早いところ【幻のキノコ】を譲ってもらわなければ……。
『ねえ、ハルカちゃん』
「……なんですか?」
『折角メイド服着たんだしさ、一つやって欲しいことがあるんだ!』
「?」
『ほら、あれだよあれ! ……萌え萌えキュンってやつやってくれないかな!』
「」
――あ、マズ。
その言葉を聞き終えた瞬間、ハルマの中で何か切れる。
ジバ公もそれを察知することは出来たのだが……気付いた時にはもう既に時遅しだった。
幾重にも重ねられていく辱めの数々。ハルマはそれを辛抱強く耐えていたが……もう流石に限界だ。
そして、限界まで溜まりそして崩壊した我慢は、彼の心に再び怒りを燃え上がらせ――。
「あああああああああああああ!!!!! ふざけんな! これ以上やってられるかあああああああああああああ!!!!!!!!!」
『!?』
噴火した。
……それは、なんとも見事な大噴火でした。まさに新しい大陸が生まれるが如く。
今のハルマなら【憤怒】の名を語っても問題ないのではないかと思う程に。
『ハルカちゃん!?』
「ああああああああああああああ!!! もう我慢ならねえ!!! おい変態共、耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ!!! いいか、俺は女じゃなくて正真正銘の男なんだよ!!! 諸事情あって女装させられていただけでなあ!!!」
『!?』
「それをなんだ!? こっちがちょっと下手に出てやってたら良い気になりやがって!!! なんだあのセクハラの連発は!? そりゃモテねえよ! お前らみたいな変態に誰が近寄ってくるってんだ!?」
「お、おいハルマ……もうその辺に……」
「は!? この程度で我慢しきれる訳ねえだろうが!!!!!」
未だに変声飴の効果は切れていないので、ハルマは綺麗な女声のまま亡霊たちに凄まじい暴言を吐き散らしていく。……おそらく、よっぽど彼らの態度が我慢出来なかったのだろう、ハルマもはや【幻のキノコ】ことなんて完全に忘れている様子だった。(自分が本当は男だと隠していたことは棚に上げて)
『……』
さて、この衝撃の告白には亡霊たちも驚きが隠せなかった。まあ、まさか女だと思っていた奴が男だった、なんて言われたらそれは驚いて当然なのだが。
……そう、当然だ。驚くのはもちろん、例え怒ったとしても。
何故なら形はどうあれハルマは亡霊たちを騙していた訳だし、おまけに今回はそれに加えてハルマが怒りのままにぶちまけた暴言もある。
故に亡霊たちが怒りを感じることも……なんらおかしな話ではなかった。
『……ハルカちゃん。いや、ハルカくんか』
ゆらり、と亡霊の口から声が零れる。
……果たして、こちらに直接触れることが出来ない亡霊は、本当にこちらに何も干渉することさえ出来ないのだろうか?
例え触ることは出来なくても、魔術に呪いなどこちらに干渉する手段くらいならいくらでもあるのではないだろうか?
――ああ! マズいマズいマズい!
一触即発……とも言えそうな雰囲気を前にジバ公は一人、ひたすら焦る。
もしこの亡霊達が襲ってきた場合、自分達に勝ち目が果たしてあるのだろ――
『……良いね!』
「……、……は?」
『良い! 凄く良い! そうか……これが男の娘かぁ……』
「……」
ところが、亡霊達の口から零れ出た言葉の内容は、ハルマ達の想像とは大きく違うものだった。
なんか……顔を赤らめて……凄い嬉しそうである。
『あぁ……なんだろう……。新しい扉を開いたら、なんか心が軽く……』
『拙者は美声の罵倒が個人的に良かったでござる……。そういや、俺Mだったわ。やべっぇぇぇ……』
『あ、約束のキノコはそこに置いておくから……。ありがとうね、ハルカくん……いやハルカたん……』
「……」
真の変態共は心の底から筋金入りだった。
こうして、悲しい亡霊たちは『男の娘』だの『M』だのと各々新しい扉を開いて成仏していったのでした。めでたしめでたし。
「なんで、最後呼び方言い直したんだよ……」
「……そこ?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……とまあそんな訳で、いろいろと辛い事や悲しい事はたくさんあったが……。
無事、ハルマとジバ公は【幻のキノコ】を手に入れることに成功したのだった。
「ほう、これが【幻のキノコ】か……」
その場に残されていたのはなんとも不思議なガラのキノコ。
良い言い方をすれば『カラフル』と言えなくもないが、ハッキリ言ってそれはどちらかと言えば『毒々しい』という方が正しいだろう。
それはどっからどう見ても、明らかに食ったら死ぬタイプのキノコに見えるのだが……。
「まさか……騙された?」
「どうだろうか。とりあえず僕が食べてみるよ」
「うん、頼む」
ちょっと見た目が怖いのでジバ公に毒見してもらうことに。
ジバ公はキノコの欠片をちょいと摘まみ、しばし口に中でもぐもぐさせる。そして、それを呑み込んだ後に彼は……なんか、非常に微妙な表情をしていた。
「……えっと、それはどういう表情?」
「……ハルマ、お前に良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」
「またそのフレーズ? ……え、じゃあまた良い方から」
「……えっとね、結論から言うと亡霊たちは嘘はついてない。これは間違いなく【幻のキノコ】です」
「ほう。……じゃあ悪いニュースは?」
「……このキノコの【幻】の部分なんだけど……。多分お前が想像してるのと意味合いが違う」
「へ? どゆこと?」
……言っている意味がよく分からず、ハルマは思わず聞き返す。
そんなハルマにジバ公は物凄く言いづらそうな顔をしながら、その答えを口にした。
「えっとな、このキノコは……『幻覚作用』がある毒キノコな訳なんですよ。つまり、【幻】ってのは幻覚の幻な訳ですね……」
「……、……はああああああああああああああ!?!?!?!!?」
なるほど。
確かにそれは【幻のキノコ】と言えるだろう。ただし正確に言えば【幻(を見せる)キノコ】なのだが。
まあ、亡霊たちは嘘はついてない。
「ふざけんな! だからどうなんだよ! こんな毒キノコ料理に使える訳ねえだろうがああああああああああ!!!!!」
「……」
まさに骨折り損のくたびれ儲け、否骨折り損の辱め儲けである。
あんだけ辛い思いをして亡霊の相手をしたというのに、手に入れることが出来たのは『ただのヤバい毒キノコ』だけなのであった……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「があああああああああ!!!!!」
さて、そんな訳で思い切り時間を無駄に費やしたハルマは、現在全速力(結構遅い)でナインライブスまで戻っていた。
もうそろそろで食材調達の時間が終わってしまう。故に、今はとりあえず戻ることを優先するしかなかった。
「で? 結局どうするの? ……このキノコ使うの?」
「そんなの使える訳ねえだろ!!! ……こうなったら毒性の低いキノコをなんとか掛け合わせてギリギリ食えるものにするしかない!」
「……大丈夫なの、それ?」
「ああ、きっと多分恐らくメイビー大丈夫だ!」
「凄い不安なんですけど!?」
まあそれでもホムラの料理と比べれば100倍くらいマシなのだが。
てな訳で、ハルマは帰りがけになんとか(毒)キノコを集めながら突っ走り、制限時間ギリギリでナインライブスまで戻ってくることが出来た。
……さて、ここからこの疲れ切った状態で今度は料理……を?
「……」
「? え? み、皆さんどうなされました? 私の顔に……なんか付いてます?」
「いや……」
と、思ったのだが。
何故だか会場に戻ったら、その場に居る全員からハルマは凝視されてしまった。
一体、どうし――
「……、……!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「あ、ハルマ……。お前……」
――しまったああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!
ここで、ハルマはようやく自分が凝視されている理由に気付いた。それはハルマの見た目に大きな変化があったからだったのだ。
つまり――、
ハルマはメイド服を脱ぎ忘れていたのである。
急いでいたが為に、元の服に着替えるのを忘れハルマは着せられたメイド服のまま戻ってきてしまった訳だ。
そりゃ、会場の人達も変に思うだろう。行きは普通の服だったのに、帰りはメイド服になっているんだから。
「あぁ……。ああああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁああぁぁあぁああ……」
これには、ハルマの心ももう耐えられなかった。
結果彼はそのままそこで膝をつき項垂れる。……なんだろう、今日は厄日なのだろうか。
どうして、どうしてこう1日で何度も何度もこんな辱めを――、
「良い……」
「……、……へ?」
「そのメイド服、良い! うん! お嬢さん優勝!」
「……。……はああああああああああああああ!?!?!?!!?」」
ハルマ、本日二度目の謎絶叫。
もう訳が分からない。なんで急にハルマが優勝することになったのか。
もしかしてあの審査員長馬鹿なんじゃないだろうか。
「審査員長!? そ、それは一体どういう!?」
「考えてみたまえ。この大会は一体何の大会だったかな?」
「え? そ、それは……。……! そ、そうか! そういうことですか!」
「ああ、そうだとも。良いかね? この大会は『可憐なる乙女大会』なのだよ。なら、ならばだ」
「料理の上手さそれ以上に……」
「そうだとも。それ以上に、『それを覆すような可憐な者』が居たとしたら、どうしてその者が優勝にならないというのだね!」
「なるほど! 流石審査員長です!」
「……」
まあ、つまり。
メイド服着たハルマが可愛かったら優勝です。とのことらしい。
やったね。
……こうして、ナインライブスにおけるハルマの辱めは無事『優勝』という形で終わりを迎えたのだった。
もちろん、ハルマは誰よりも何よりも納得はいかないし、腑に落ちることもなかったが。
【後書き雑談トピックス】
ひたすら『ハルマは女装したら超絶可愛い』ということだけを伝え続けたナインライブスの騒動でした。
これ本人からしたら地獄以外の何物でもないよねっていう。
次回 第91話「森王国バビロニア」
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