第89話 マッシュルームファンタジア

「はわあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあああ!!!!!」


「……」


 ナインライブスにシャンプーの声にならない声が響く。

 一見(一聞?)、それは圧倒的な悲鳴のように聞こえるのだが……実際はそうではない。寧ろそれは悲鳴どころか、あまりにも大きい『歓喜』から零れ出た声だ。

 まあ、つまりどういうことなのかいうと、


「可愛い!!! 超絶可愛いですよ!!! ハルマくん!!!!!」


「……ごめん、全然嬉しくない」


 女装したハルマの姿が、シャンプーの好みにあまりにもストレートでドストライクだったという訳である。


 確かに、そこに居たのは誰も「実は男なんじゃないか?」なんて思うことは微塵もないくらいに女性的な姿になったハルマだった。

 ウィッグによって長くなった綺麗な茶髪に、可愛さと美しさを両立させたまさに『可憐』という言葉がピッタリの顔立ち(なおここは特に手を加えていない)。

 そしてそれに合わせる服装はシャンプーがメチャクチャノリノリでコーディネートした、白のブラウスとデニムロングスカートの組み合わせである。

 悲しいことにこれが結構似合っている。


 とまあそんな訳で。結果、シャンプーはもうすぐ尊死しそうな程に大騒ぎしてしまっていた。その騒ぎっぷりときたら17歳児ハルマなんてなんとも思わなくなるくらいに。


「あああ……生きてて良かった! 今日まで生きてて本当に良かったです……! 今までの人生でこんなに喜びを感じたことはありません!」


「今までどんな人生送ってきてたんだよ!? 冷静に考えろ! これは野郎が女装した姿だぞ!?」


「そんなこと関係ありません!!! ていうか、馬鹿みたいに可愛いハルマくんが悪いんじゃないですか!!!」


「俺のせい!?」


「ああ……どうにかしてこれを未来永劫記録に残したい……! そうだ! あの、ちょっと絵に残すので3時間くらいそこでじっとしててもらえますか!?」


「新手の拷問かな!? 絶対嫌なんだけど!!!」


 それはまさに、お正月と誕生日と夏休みとクリスマスが同時に訪れた子供のような興奮状態。

 新しい歓喜がすぐに古い歓喜を塗りつぶすので、一行に歓喜の終わりが訪れないのだ。恐ろしき歓喜の永久機関。


「……凄い、はしゃぎっぷりだね」


「ここで燃え尽きないでしょうね……」


 そして、そんなシャンプーの姿に若干ホムラ達は引き気味だった。が……そんな彼女らでもハルマの容姿に対する感想はさほど変わらない。

 つまり、


「でも凄い……。いや、冗談じゃなくて本当に可愛いわよ。これなら絶対に女装してるなんてバレないわ」


「俺的には冗談であってほしかった」


「ホムラ達の言う通りだとも。だからハルマはもっと自分に自信を持っていいと思うよ」


「何の自信!?」


 ハルマの女装に対しては彼女らも惜しみなく褒めるのであった。


 ひたすらに投げかけられる賛美の声。がしかし、どれだけ褒められようと当然だがハルマはちっとも嬉しくない。

 寧ろ、褒められる度に恥ずかしさが増していき、比例して顔の赤面と不機嫌さ大きくなっていくのだった。


「あり得ない……マジあり得ないし……。女装した男が可愛いとか……そもそもそうやって屈託なく褒めるとか……。あぁ……あり得ない、あり得ない……!!!」


 真っ赤になって蹲りながらハルマは一人ぶつくさと文句を垂れる。しかし、そんなことしたって状況は微塵も良くならない。それどころか、(何故か)シャンプーが持っていた変声飴による自分の喉から出てくる女声に変な不気味さを感じ、余計に悪い方向へと進んでいくのだった。(その声も異様に綺麗な声なのがまた)


「なんだ……その……。あれだ、さっさと済ませてさっさと男の格好に戻ろう。そうしよう」


「……」


 そんななか、ジバ公はいつもの毒舌が嘘のような優しさを見せていた。今回は流石の彼でも少し可哀そうだと思ったのだろうか。

 まあ、ハルマからすればそんなジバ公の対応も、また傷付く理由に一つだったのだが。いつも厳しい奴からこういう状況で優しくされると余計に辛い。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ようこそお集まりくださいました!!!」


 会場に響く司会者の声。それをハルマもしっかりと参加者として聞いていた。

 一応、会場に入る前にチェックがあったのだが、悲しいことにハルマは何の問題なくOKサインで入場。「もっとしっかりセキュリティしろや!!!」と内心で本末転倒なツッコミを叫んだのはまた別のお話。


「この大会のルールは……」


「あああああ……」


 司会者の説明を適当に聞き流しながら、改めてハルマは大きなため息。

 今までの人生でここまで『嫌だ』と思ったのはこれが初めてなんじゃないだろうか。それくらい現状が嫌で嫌でしょうがなかった。


「あれだ、俺はもう二度と街でなんかイベントやってても、無暗に様子見に行ったりしないことにする」


「ああ、そうすればいいさ。まあホムラちゃん達がどうするかまでは知らんけど」


「……」


 ハルマの決心に冷静なカウンターを返すのは、審査員達にはバレないようにこっそりとハルマについてきたジバ公だ。

 何故彼も同行したのかというと、ホムラ達からすれば「容姿は全く問題ないけど、言動で男だとバレるかもしれない」らしい。てな訳でジバ公がサポーターとしてついてくることになったのである。


「嫌な事言うんじゃねえよ……。それじゃあ俺はどうやっても、今後この手の地獄を回避出来ねえじゃんか……」


「僕に言われても困るんだが。あとハルマ、一人称が『俺』になってるよ。あとその言葉遣いもちょっと気になる」


「……。ご指摘ありがとうございます、ジバ公さん。この口調なら私が女だと違和感なく思ってもらえそうですか?」


「……ああ、うん。大丈夫……だろうけど。声と見た目が違ってもハルマがそういう口調って……違和感凄いな」


「あんまり無茶言ってるとぶっ飛ばしますよ?」


 綺麗な声の割りに内容が酷く物騒である。

 表情も怒りを抑え込んで無理矢理笑顔になっているぶん、迫力が凄いことになっていた。特に今回は状況が状況なので、その怖さにも磨きがかかっている。


「……ああ。ほらほら、説明してるよ。聞いておかないと」


「……なんだか無理に話を逸らした気がしますが、まあいいでしょう。でも、説明と言ってもどうせただ料理を作るだけ――」


「と、いう訳で。今回の料理の一番のポイントである『キノコ』は、皆さま方にご自分で採取していただく訳です!」


「……は?」


 ところが、話は知らない間に進行しよく分からないことになっていた。

 一体何がどういう経緯の話をして、そういう結論に至ったのか。

 え? キノコは……自分で取ってくる……?


「え、ちょっと待っ――


「それでは開始です!!!」


「おうわあああああああああああ!?!?!?」


 もちろん他の参加者達が話に置いて行かれたハルマを持ってくれるはずもない。

 結果、ハルマは状況もよく分からないまま、思い切りスタートダッシュにミスり……。


「ヤバ!? 置いて行かれたー!!!」


「ちょ!!! 急いで追いかけるんだ!!!」


「言われなくても分かってます!!!」


 結果、一人だけ置いて行かれることになってしまった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 それから、ハルマ達が目的地に到着したのは約20分後。

 その頃にはもうすっかり他の参加者達は居なくなっていた。


「まさかただ料理を作るだけじゃないなんて……。くっ! 油断した!!!」


「相変わらず足遅いな……。まあ、でも今日はスカートだししょうがないのかな」


「その微妙な優しさなんなん……? にしても、これはまた……凄い所だな」


 辿り着いたのはファンタジー感満載の巨大なキノコの森。

 周りには身の丈の倍くらいあるキノコがわさわさと生え、傘は淡い赤や青の光を放なっていた。それはなんとも幻想的で神秘的な風景だったが……今はそれに感動している場合ではない。

 確かに大きなキノコはたくさんあるが、今必要なのは食べることが出来るキノコなのだ。

 しかし……、


「で、凄いのは良いんだけど。肝心のキノコは……うわ、なんか明らかに『毒』って感じのしか残ってねえ……」


「どれどれ? うーん……あ、うん。これは毒キノコだね。まあ……ホムラちゃんの料理よりはマシな気がするけど」


「……いや、ちょっと待て。お前、何当たり前みたいに新しいスキル発揮してんだよ」


「え?」


 何の躊躇いもなく毒キノコを食し、分析するジバ公。

 もちろんハルマはジバ公にそんな能力があったことなど知っているはずもないので、突然の奇行にびっくり。

 一瞬自殺しようとしてるのかと思ってしまった。


「あ、そういや当たり前のこと過ぎてハルマには言ってなかったな。スライムってのは毒に耐性があって、こういうのでも余裕で食べられるんだよ」


「へえ……。ああ、でも確かにスライムが良く食べるってのは、某素晴らしいやつでも某転生するやつそうだから、あんまり変なことでもないのか。……でも、じゃあなんでお前ホムラの料理はダメなんだよ?」


「あれは……毒の領域を越えてるから……」


「……」


 改めてホムラの料理の恐ろしさに鳥肌が走る。

 毒耐性すら貫通するとかマジでどういうふうに作っているのだろうか。そしてホムラは何故あれを自分で食してノーダメージなんだろうか。

 某『フグは自分の毒では死なない』理論で自分の歌のダメージがないガキ大将ですら、自らの料理にはひっくり返ったというのに……。


「そう考えると……少しはこの女装もしょうがなかったと思えてくるな」


「だろ? 『毒を越える料理 ~毒キノコ風~』とか、もはやこの世の地獄だぞ?」


「……だな」


 マジでホムラならそれをやりかねないのが恐ろしい……。


 と、まあそんな訳で陰ながらナインライブスを救ったのはいいとして。

 ハルマはハルマでどうすればいいのだろうか。

 出遅れたせいでキノコはすっかり全滅、いくら天才的な料理の腕前を持つハルマと言えど、毒キノコを使って料理を作ることは出来ない。

 だが、ここに残っているのは毒キノコばかり……。


「そりゃもちろん、優勝は出来なくても問題はないけど……こんな辱めを受けてまで参加したんだ。絶対になんとしても優勝してやる」


「でもどうする? 流石にキノコ料理作れって言ってるのに、キノコ無しはいくら美味しくても厳しいんじゃない?」


「まあ、そうだよなぁ……」


 まさに八方塞がり。

 もうこれば少々危険だが森の奥にまで入って――


『あのぉー……』


「おうわあああああああああああ!?!?!?」


 と、その時。

 背後から全く予想していなかった声掛けが飛んできた。それがあまりにも予想外過ぎたので、ハルマはつい大声とともに飛び跳ねてしまった。


「びっくりした! びっくりしたぁ! ……あの! どなたか知りませんが、急に話掛け……」


 見事なまでに女性モードに切り替え、ハルマは背後の声の主に文句を言う。が……。

 その言葉は途中で終わってしまった。

 何故なら、そこに居た声の主は……、


「ゆ、ゆゆゆ幽霊!?」


『あ。はい、一応幽霊です……』


「え!? な、えええ!?」


 半透明だったのである。

 見た目は何処にでも居そうなおっさんだったが、何処にでもいるおっさんは普通透けてはいない。というか普通はおっさんじゃなくても透けているなんてことはないはずだ。

 つまり、この目の前に居る存在は、雰囲気などまるでなくにわかには信じがたいが……幽霊ということになるのだろう。

 本人もそう言ってるし。


「何!? なんで急に幽霊!? ここ幽霊のスポットなの!?」


『まあそれに近しいですかね。ここはある大望を抱いた男達が何人も死んでいった場所ですから』


「……というと?」


『……大望、それは即ち「モテたい」という男なら誰しもが望む願いです。ここは多くのアラサー達がモテ男になる為の第一歩として「料理くらいは出来るようになた方がいいだ」と浅はかな思いのもと訪れ、そして毒キノコを食べてしまい死んでいった場所なのですよ』


「……」


 なんとも、まあ……。それはそれは悲しい場所である。

 本当に悲しい。つい涙が零れそうになるくらいに。

 多分いつもの『悲しい涙』とは違う涙だが。


「で? そんな悲しいアラサー亡霊が私に何の用です?」


『はい。実は一つ取引をと思いまして』


「取引?」


『はいそうです。お嬢さん、貴女はキノコがなくてお困りなんですよね?』


「まあ」


 お嬢さん、と言ってくるあたりこのアラサー亡霊もハルマの女装には気が付いていないようだ。

 文字通り『死んでもバレない』とは、まさに一体どういうクオリティなのか。

 まったく、一ミリも、微塵も、嬉しくはないが。


『そこでです。もし貴女が我々の望みを叶えてくだされば……我々の隠し持つ【幻のキノコ】を貴女にお譲りしましょう! ……いかがです?』


「……えっと、一つ質問」


『なんでしょう?』


「全体的に地雷臭が半端ないんですが、こう公序良俗に反するような事はないですよね?」


『ああ、それはご安心下さい。我々、幽霊なので。貴女には触れることすら出来ないのですよ』


「……」


 そういってアラサー亡霊がこちらに手を伸ばしてくるが、確かに触れることはなくそのまますり抜けてしまった。

 ……つまり何かこちらに直接的な害はないという訳だ。

 なら……、


「お、おいハルマ。まさかお前この取引に応じるつもりなのか?」


「……もうここまでくればヤケクソってやつですよ。それに相手はどうせ私に触れないのだから、直接的な害はありません」


「で、でも……」


「それに……ここまで来て今更引き下がれますか! 幽霊さん、良いでしょう! その取引受けてたちます!」


『『『『『『『ホントか!?』』』』』』』


「……え?」


 ハルマの声に返ってきた返事は……一つではなかった。

 そう言えば確かにここで多くの男が死んだと言ってはいたが……。


「……マ、マジですか」


 ハルマ、僅か数秒で自分の発言を後悔しかけていた。

 果たしてハルマはこの大量のアラサー亡霊達の望みを叶え、(成仏させて)【幻のキノコ】を手に入れることが出来るのだろうか……。




【後書き雑談トピックス】

 ヒロインに可愛いと言われる系主人公、ハルマ。

 ヒロインにカッコいいと言う系主人公、ハルマ。

 男主人公……?



 次回 第90話「可愛いは正義と誰かは言った」

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