第61話 竜の谷へ
ハルマ達一行のキャメロット到着から一夜明けた次の日。
まだ時刻は6時を過ぎたばかりだが、もうハルマは目を覚ましていた。
「……落ち着け、落ち着け俺。気持ちは分るけど、平常心を保つんだ」
まるで他人に話し掛けるように自分を宥めるハルマ。
だが、それでもハルマの内側で脈打つ熱い躍動は抑えきれそうになかった。
なんせ本物の竜を見ることが出来るのだ。
そういうファンタジー系統をこよなく愛するハルマからすれば、それは子供のように前日から寝付けなくなるくらいの楽しみでもしょうがあるまい。
今もなんとか落ちついているが、実際は大はしゃぎしたい気持ちでいっぱいだった。
「でもホント、人生って何が起こるか分からないものだなぁ……。まさか本当に生きて動く竜を間近でお目にかかれるなんて……。……待てよ、俺1回死んでるのに『人生』って言うのはちょっと変か?」
素朴な疑問。
転生する時に1回死んでいる(と思う)のだが、では果たして今のこの状態は元の世界に居た頃の人生の延長線上にあると言えるのだろうか?
もしこれが全然違う人間になって居たり、そもそも人間じゃなかったり、前世の記憶が飛んでいたのなら、それはもう元の世界の頃とは別の人生だろう。
だがハルマは違う。
同じ『天宮晴馬』のままだし、ちゃんと人間だし、元の世界の頃の記憶もある。
このどっちかというと『生き返った』に近い状態では、どう考えるべきなのだろうか……。
「うーん……」
しばし熟考。
ぶっちゃけ別にどうでもいいような気がしないでもないが。
一度気になってしまった(それと朝早くから起きてしまって暇なのもあり)ので、このモヤモヤした状態のまま途中で投げ出すのもう少し忍びない。
……と、無駄なことに頭を使っていたら、案の定手痛いツッコミが飛んできた。
「……なんかさ、お前は朝っぱらくっだらないことで頭使ってるんだな」
「ん。おはようジバ公、今日はやけに早起きだな。……あれか? お前も実はちょっと楽しみだったりしてたのか?」
「違うわい! お前がうるさいから起きちゃったんだよ! こんな朝早くからブツブツブツブツと……」
「あ、ごめん」
寝坊助ジバ公にとって朝の6時に起こされるなど言語道断。
不機嫌さで、いつも以上にハルマへの当たりが強かった。
「でもさ、戴冠の儀式は7時からやるらしいから、今から起きててもそんなに問題ないんじゃね?」
「早いわ……。竜の谷へなんて魔術切符で一瞬で行けるんだから、準備諸々含めても30分あれば終わるんだよ」
「へえ……。魔術ってホント便利だな。マジでなんで俺だけ使えないんだか……」
「やっぱり使いたいのか? 魔術」
「そりゃあね! 良いじゃん、魔術。情熱の炎も、冷静沈着な水も、流れるような風も! どんな属性でも俺のテンションを上げるには十分なもんだ! ……どれも使えないけどな」
「……」
「どしたよ、急に黙って俺のことジッと見たりして。――はっ! もしや、俺に何か良からぬ感情を!? お、俺スライム趣味は流石に……」
「ぶっ殺すぞお前、僕はホムラちゃん一筋だから絶対にそんなのあり得ねえよ。……で、今お前を見てたのは――楽しそうだなって思っただけさ」
「楽しそう?」
楽しそうだと、ジバ公はどこか少しだけ羨ましそうな顔でそう言う。
その表情は今までのジバ公にはあまり見られない顔だった。
「うん、お前、毎日凄い楽しそうだよな。何処だかも分からないような世界に一人で転生したってのに、全然辛そうに見えないんだよ。泣き言とかも言わないで、ちょっとしたことでいろいろはしゃいでさ。……別にそれが悪いって言ってんじゃないけど」
「……そんなに楽しそうに見えるのか?」
「見えるよ。……何? もしかしてホントは全然そんなことないの?」
「いやいやいや、そう言う訳ではない。事実毎日楽しんでるし、今日だって真面目な儀式にこういう感情はどうかとどこか自分で思いつつも、凄い楽しみにしてるし」
「あっそ」
素っ気なく返事をすると、ジバ公は眠そうな身体を引きずって部屋の外へ。
どうやら話をしているうちに目が覚めてしまったようで、もう1回寝るのは諦めたようだ。
ジバ公は器用にドアを開けるとそのまま部屋を出て下の階へ。
結果、寝室にはハルマが一人残される。
「……楽しそう、か」
どこか、嬉しそうな悲しそうな顔をしながら。
―リビング的な部屋―
「グッモーニング、皆の衆。……ちなみに今のは俺の地元から遠く東に言った国の朝の挨拶ですます」
「朝から元気ね、ハルマ。まあ昨日の感じから察してはいたけども」
さて、身支度整え寝室からリビング的な部屋に降りてきたハルマ。
するとそこではもう皆が起きていて、各々の事をしていた。
てっきりハイテンション早起きをしたと思っていたハルマだったが……、思いのほかこの中では寝坊助だった様子。
「あれか。やはり俺の子供心から溢れる興奮程度では、真面目に働く大人には勝てないと」
「自分で自分を子供って言うのってどうなのかしら。ハルマももうそれなりに大きい子でしょう?」
「俺の子供扱い案件についてはホムラには言われたくないんですけどね。今だって大きい『子』言うてるし」
「え? ……あ、ごめん。つい」
「別に良いけどね」
出会った当初からハルマはホムラに子供扱いされがちだが……特に気にしてはいなかった。
ハルマも自分の子供っぽい性格は理解していたし。
「……それで? これは今何時間?」
「マイさん待ちよ。今、一時的に「暁」の異能を引き継いでいるところなの」
「なるほど。ちなみに異能ってどうやって引き継ぐの?」
「……知らない。ソメイは知ってる?」
「知ってるよ、僕も一度やったことだからね。引き継ぎの方法は至って簡単だ、手を握ってそう思えばいい。それだけ異能は勝手に受け継がれる。確か、加護や権能も方法は同じだったはずだよ」
「ホントに凄い簡単だな」
なんかもっと凄い儀式とかするのかと思えば、ハルマにさえ出来る方法だった。
てか、こんなに簡単だと間違えて送ったりしてしまわないのだろうか。
そういう意思がないと遅れないとはいえ、例えば酔った勢いに……とかありそうな気がしないでもないのだが。
「……ハルマが何を考えているのかは大体察しがつく。心配しなくても、そもそもそんなことをしてしまうような人物は騎士団長にはなれないよ」
「それもそうか」
顔に出ていたのか、ハルマの疑問にソメイがすぐに回答する。
まあ、確かに言われてみればその通り。
そんな危なげのある人物に聖騎士団長は務まらないだろう。
と、話がここで一段落ついたその時。
狙ったかのようなタイミングでマイが部屋に入ってきた。
「お待たせしました! さあ、行きましょう!」
「早速だな!?」
マイもマイでハイテンション。
そんな訳で、ハイテンション2人を連れて一行は竜の谷へ。
―竜の谷―
「ふおお……!!!」
ハルマ、感激の言葉が漏れる。
まさにそこは竜の谷の名に恥じない場所だった。
高低差の激しい山々の至る所を竜……というかワイバーンが飛び交っている。
まさに元の世界なら創作物でしかお目にかかれない光景だ。
「ていうかさ、ハルマはこっちに来たばかりの時にも1回ワイバーン見たわよね?」
「そうだけどさ! あの時は一瞬だったじゃん! こんな間近でそれもたくさん見られるなんて……感激ですよ!!!」
「……よく分かんないなぁ」
見慣れているからなのか、それとも男女の違いなのか。
ホムラは特に何か感激したりする様子はない。
少し退屈そうに飛び交う竜たちをのんびりと眺めていた。
もちろんハルマ達がこんなにのんびりと竜を見ていることが出来るのは理由がある。
「はあああああああ!!!!」
「Grrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!!」
「……にしても、流石は聖騎士団長。凄いなマイさん」
「ホントね」
逆鱗の長くなった竜たちは次々と襲い掛かってくるのだが……マイはそれをいとも簡単に倒していく。
まるで空中を歩いているかのように器用に動き回り、無駄なく逆鱗を斬り落としていくのだ。
「これさ、ソメイ別に居なくても良かったんじゃね」
「そうね、さっきから何もしてないもんね」
ソメイも一応前線に居はするのだが……マイがどんどんと一人で倒していくので、仕事がないようだった。
そんな訳でマイの戦いっぷりを見守りながら、時折アドバイスをする程度である。
「……聖騎士団長ってあんなに強いの?」
「うーん、まあそうなんじゃないかしら。……私も詳しくは知らないけどね。それと、そもそもワイバーンがそこまで強くないのもあるんだと思うわ」
「ワイバーンが………強くない?」
「ハルマからすればそうかもしれないけど……。だって、あの人達は加護ほどの力はないとはいえ特別な力を持っているし、物心がついた頃から騎士の修行を積んできたのよ? そんな人たちがこんなにわんさかいるモンスターに苦戦はしないでしょうよ」
「それも……そうか」
忘れそうになっていたが。
歳が近くても、彼女らとハルマは根本的に生まれも育ちも違うのだ。
元の世界の常識はこっちでは通用しない。
同い年でも、力の差はまさに天と地ほどあるのを忘れてはいけないのである。
「……で、なんか凄いいっぱい逆鱗取ってるけど。あれってそんなにたくさん必要なの?」
「いや? 確か一つあればいいはずだけど」
「え!? じゃあもうミッション達成してんじゃん!」
「そうね」
早すぎる。
着いてからまだ30分も経っていないのに、もう課題は達成していた。
……なら、なんでまだ戦っているんだろうか。
「よし! これで粗方逆鱗は斬り落としましたね!」
「……本当に、少し見ない間に強くなったね。マイちゃん。僕の出番なんてまったくなかったよ」
「いえいえ! そんなことはないですよ! あの戦いっぷりもソメイさんのアドバイスがあってこそです!」
「そう言ってもらえるなら嬉しいけどね。……それで? なんでまだここに残っているんだい? もう逆鱗はこんなに回収出来たじゃないか」
「ダメですよ! こんな小さな逆鱗では全く全然足りません! もっともっと大きい逆鱗でないと!」
「……」
小さい……といっても大きさからすれば2Lのペットボトルくらいの大きさはあるのだが。
マイにとってはあれでもまだまだ小さいサイズなようである。
そんな訳で逆鱗を斬り落としはしたものの、回収することなく彼女はさらに谷の奥へと向かおうとした。
その時――
「――なッ!?」
突如吹き荒れる凄まじい突風。
それはどう考えても自然のものではない。
何かがハルマ達を吹き飛ばそうとしているかのような勢いだった。
「ぐっ……! ……うおわ!? ああああああああああああ!!!!」
「僕までーーー!?!!?」
「ハルマ!!!」
もちろんそんな勢いの風にハルマが逆らえるはずがない。
しばらくは抵抗していたのだが、それも虚しくハルマは台風に吹き飛ばされる紙きれのように吹っ飛んでいってしまった。
ついでにハルマのフードに入っていたジバ公も。
「――ッ!!!」
「マ、マイちゃん!?」
そんなハルマを咄嗟に助けにいったのはマイ。
吹き荒れる突風の中で上手く動き回り、無抵抗に吹き飛ぶハルマを無事キャッチする。
「ソメイさん達は今はその場を動かないでください!!! 風が止んだら合流しましょう!!!」
「分かった!!!」
そのまま突風はハルマとマイを遠くへ遠くへと吹き飛ばしていく。
―谷の奥―
それから5分ほどして、ようやくハルマ達は両の足を地面に着けていた。
「大丈夫ですか!? ハルマさん! ジバさん!」
「だ、大丈夫です……。すげえびっくりしましたけど……」
「僕も平気……。で、今の風は……?」
「良かった! 2人とも無事でなによりです。でも今の風は一体……。それにここは?」
なんとか暴風は止んでいたが……代わりにハルマ達はかなり奥まで吹き飛ばされてしまった。
これは合流するのもかなり苦労しそうである。
「……マジか。こりゃ面倒なことにな――」
「? どうしました、ハルマさ……、……!!!」
ハルマ達は、皆同じく空を見上げて言葉を失う。
空にあったのは巨大な影。
否、それは空を泳ぐ巨大な生き物だ。
「――----――――----――――――-――-----!!!!」
「!!!!!」
巨大な生き物が叫び、大地を震わせる鳴き声が谷全体に響き渡った。
その声を聞いてハルマ達の本能が、「あれは普通ではない」と必死に訴える。
事実、ハルマ達が見上げる空に居るは普通の生き物ではなかった。
「……化け物かよ」
そこに居たのは、並みのワイバーンとは比べ物にならないほど巨大な竜だ。
全身は真っ赤な鱗に包まれており、その目には熱く燃える一つの感情が宿っている。
それは……。
「【憤怒】……」
「え?」
「【憤怒】の使徒、暴魔竜アルファルド!!! なぜ、この谷に!?」
「アルファルド……?」
その身に大罪の欠片を宿した魔竜は、燃えるような咆哮と共にハルマ達を見下ろしていた。
【後書き雑談トピックス】
ワイバーンの大きさですが。
普通のワイバーンが3mくらい。
アルファルドは10mくらいあります。
次回 第62話「憤怒に燃える魔竜」
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