第60話 勇気を示す方法

 遠い遠い空色の気配を漂わせる聖王を前に、ハルマ達は正しく息を呑んでしまった。


「――」


 その、人とはどこか違う透き通る青空のような雰囲気に当てられ、何を言えばいいのか分からなくなってしまったのだ。

 ……だが、それは決して恐ろしい雰囲気ではない。

 確かに遠くに感じはするが、それと同時にまさに青空のような穏やかさを持っていたのだ。


「貴方達のことは常々アラドヴァルやソメイから伺っていたんです。もし、よろしければですが、いろいろと聞かせていただけませんか?」


「――あ、えっと、はい。全然大丈夫ですよ。俺なんかで良ければ、話相手なんていくらでも」


「そう言ってくださいますか! ありがとうございます、天宮さん」


「いえ、そんな……」


 ロンゴミニアドは一見すると普通の若い女性だ。

 透き通るように綺麗な青色の髪と、雰囲気と変わらない柔らかい表情。

 外見から察するに、年齢もそうハルマ達と大差はないだろう。

 恐らくは20代前半くらいと言ったところだろうか。


 そんな、言葉にすれば異世界ならどこにでも居そうな女性がロンゴミニアドだ。

 だが、実際に相対するとそんな『どこにでもいそう』なんてイメージはすぐに吹き飛ぶことになる。

 先程も感じた通り、やはりその雰囲気が普通とは格別に違うのだ。

 一体何があればこんな雰囲気を放つようになるのだろうか。

 これはどう考えても、まだ20年と少ししか生きていない人間の放つ雰囲気ではなかった。


「と、そうだ。あまり個人的な話ばかりはいけませんね。……ソメイから聞きました、今この国にも一つある『オーブ』を求めて世界各地を渡り歩く存在が居ること。そして、天宮さん達はその人を追っているということを」


「そう……なんです。えっと、その人が実はホムラの……」


「お兄様、なんですよね」


「……はい」


 なるほど、どうやらロンゴミニアドはもうほとんどこっちの事情は知っているようだ。

 多分ソメイが大体話しておいてくれたのだろう。

 お陰で逐一説明する必要がないので、会話が凄く簡単に進んでいく。


「ならば、やはり一刻も早く事態を穏便に解決しないとですね。ですが、お恥ずかしいことに私達もこのオーブが一体何なのか、よく分かっていないのです……」


「よく分かっていない……?」


「はい。これらのオーブはどれも100年ほど前……そう、ちょうどかの伝承の勇者ユウキの時代の頃から伝えられる物なのです。しかし、これが一体どういったものなのかは伝えられておらず……。ただ一つ伝わっていることは、これらのオーブは何よりも厳重に扱わなくてはいけないということだけ、なのですよ」


「そうなんですか……」


 まあ、100年も前からある物ならしょうがないのかもしれない。

 というか、そもそも教えられていないことを知らないのは当たり前のこと。

 ロンゴミニアドに特に落ち度はない。

 がしかし、彼女はそれでも自らの無知を恥じているようであった。


「しかし、このような事態になってはそうも言ってられませんね。……マーリン」


「はいはい、言われなくても分かってますですよ。私にばっちりお任せくださいな! とりあえず、それらしい文献を大量に仕入れていますので、そしたら一緒に調べましょう」


「ええ、そうですね。……そうだ、それと」


「?」


「『はい』は短く1回で、ですよ」


「……、……! はい。分かりました」


 なんか子供みたいな指摘をされながら、マーリンは玉座の間から退出した。

 ハルマはまだマーリンと出会ってほんの1時間程しか経っていないが、もう既になんとなく彼女がどういう人間なのかは理解出来た気がする。

 あれは俗に言う……愉快系の人間だ。

 なんて一人ハルマが納得していたら、ホムラから意外な指摘をされてしまう。


「……なんか、マーリンさんってどこかハルマに似てるわね」


「そう?」


「うん、あの独特のテンションとかそっくりよ。まあ、ハルマはあそこまで元気ではないけど」


「そうかなぁ……」


 ハルマは自覚がない……というか、どこか認めたくないといった様子。

 だって、今さっき『愉快系』だと結論付けた直後に似てるって言われたら……。

 素直に認めたくは――ない。


「……まあ、そういう訳ですので。天宮さん達は調べ終わるまで、どうかごゆっくりしていってください。私達も出来る限りの歓迎を致しますので」


「そんな、そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ。なんか申し訳ないです」


「それこそお気になさらないでください。それに天宮さん達にはソメイの事情を呑んで、こちらに来てもらったのもありますから」


「いや、それも別にどっちにしろって感じでしたし……。……ていうか、そう言えば結局ソメイは何の用があるんです? 戴冠式って言ってましたけど、今回戴冠するのはマイさんですよね?」


「そうですけど……。ソメイ、もしかしてこれも話していないんですか?」


「……えっと、はい」


「なるほど。……ソメイ、貴方は確かにそう少し自分のことをはすべきだと思いますよ」


「……善処します」


 どうやら何かあるらしい。

 それにしても、ソメイのこの『話さない癖』は本当に困ったものだった。

 これはもう今後は積極的にいろいろ聞いていかないといけないだろう。


「では、この国の戴冠式についてご説明しますね。キャメロットには4人の聖騎士団長が居るのはご存じだと思いますが、この聖騎士団長になるには少し特殊な工程が必要になるんです。それが戴冠式ですね」


「はあ」


「聖騎士団長は普通の騎士と違って、昔から受け継がれている「異能」も授かることになります。故に、このような制度をこの国は昔からとっているんです。それで、特殊な工程というのが……」


「いうのが?」


「竜の谷での逆鱗回収となっています」


「逆鱗……回収?」


 逆鱗って言うと……竜の顎の下についている逆さまの鱗のことだ。

 竜はこれを触られることは非常に嫌い、もし触れてしまえばまさに烈火の如く憤怒し、触れた者即座に殺すと言われている。

 故に現代では人の触れてはいけないものを触ってしまうことを、『逆鱗に触れる』というくらいだ。


 それを回収してくるとは……一体どういうことなのだろうか?


「ハルマは異世界から来たから知らないかもしれないけど、それがこの聖王国キャメロットでの習わしなのよ。昔から新しい騎士は己の勇気を示すために、竜と戦い逆鱗を取ってくるものなの」


「ええ……それってメチャクチャ危険じゃない? ってか、竜も竜でそんなことで巻き込まれちゃうわけ?」


「まあ確かに危険だけど、それくらいは乗り越えられないと騎士団長にはなれないってことなんじゃない? それとね、竜から逆鱗を取るのは別に身勝手なことではないのよ?」


「え?」


「逆鱗は竜の闘争心が具体化したもの。だからほおっておくとどんどん伸びていってしまうの。最初は方は別に問題ないんだけど、あんまり長くなると竜は自分の闘争心が抑えられなくなって暴走してしまう」


「……だから、その前に逆鱗を斬る、ってこと?」


「そういうこと」


 なるほど……。

 なんというか、なんともアクティブな習わしだ。

 竜から逆鱗を取ってくるとか、普通に聞いたら自殺行為みたいに聞こえるものだが。

 それでもこの国ではそう大したことではないんだろう。


「……それで、キャメロットの習わしは分かったけど。結局ソメイはどう関わってくるわけ? マイさんの戴冠式にソメイが何かするの?」


「ああ、するんだよ。……確かにこれは新しい騎士団長の勇気を示す習わしだけど、その為に致命傷を負ったりしては意味がない。儀式の間は一時的に自らに受け継がれる異能を借り受けるとはいえ、まだまだ戦いには慣れていないしね」


「そりゃそうだよな」


「うん、だからこの儀式では一人別の聖騎士団長を指名して、同行してもらうことが出来るんだ。安全への配慮はもちろん、これから共に戦う者として連携を学んだりする為にもね」


「ああ、なるほど! じゃあ、それで今回はソメイが指名されたって訳か!」


「ご名答。だから、僕はこうして帰ってきたわけさ」


 まあ、確かにそんな感じだろう。

 いくらなんでも新米騎士にいきなり一人で竜の逆鱗取ってこいというのは、なんとも無茶な話だ。

(竜がどれくらい強いのかは知らないが)

 ならば、何かしらの措置をしているはずで、実際こういう仕組みになっていた。


 ……さて、ならばハルマ達はどっちにしろ戴冠式が終わるまではキャメロット留まらなくてはいけないのだが。

 その間ゆっくりのんびりとしているなんて、果たしてハルマに出来るだろうか?

 ……いや、出来ない。


「ね、ねえソメイ」


「ん?」


「その竜の逆鱗取りに行くやつさ……。俺も着いていったらダメかな?」


「ハルマ!?」


 もちろんホムラは驚いた反応をする。

 分かってる……それは分かっているのだが……。


「ほ、ほら! これからもソメイとは旅を続けていくでしょ? そしたら戦う機会だってあるかもしれない。ならソメイがどういう戦い方をするの知っておくべきだと思うんだよ!!!」


「……そうね、それは確かにそうかもしれない。……でも、本心はそうじゃないでしょ?」


「う、……えっと、その」


「竜……見たいの?」


「……うん」


 子供っぽいとか、そういうことを言われるのは百も承知だ。

 だが、それでもハルマは己の内側から込み上げてくる衝動を抑えきれなかった。

 だって実際に生きて動く竜が見れるなんて……ハルマも一人の男の子として興奮せざるを得なかったのである。


「……マイさんとソメイは良いの? 邪魔だったりしない?」


「私は別に良いですよ。これから騎士団長になるんです、同行者すら守れなくてどうしますか!」


「僕も別に構わないよ。ハルマの気持ちも分からなくはないしね」


「……うーん」


「……ダメかな、ホムラ」


 姉に何かを懇願する弟のように、ハルマはホムラに頼む。

 ホムラはしばしその場で悩んでいた……が。


「……無茶しない?」


「しない」


「無理しない?」


「しない」


「本当に?」


「本当に」


「絶対に、約束出来る?」


「……どうしようなく非常事態にならない限りは」


「……」


 ハルマの目に曇りはないが……。

 ないからってハルマの「無茶しない」はどうにも信用し難いのだ。

 実際、そう言って何度も無茶してるし。

 だが、……こうも澄んだ目で見られると……。


「じゃあ、まあ……」


「ホントに!?」


「でも! 絶対に無茶しないこと! 本当に、本当にだからね! ……って言っても貴方は本当にマズくなったらするんでしょうけどね……」


「あはは……。まあ、ほら、なるべくは気を付けるからさ」


「……頼むからね? じゃあ、私達も同行させてもらっていいですか?」


「全然問題ないですよ!」


「よっしゃ!」


「……やれやれ」


 ジバ公は呆れて思わず一言。

 ……まあ、そんな訳でハルマ達も今回のマイの戴冠式に同行することになったのだった。



【後書き雑談トピックス】

 当たり前ですが普通は「一緒に行きたい」なんていう人は居ないので、ハルマの懇願には皆がびっくり。

 そんなハルマを見て、ロンゴミニアドは改めて「凄い人だ」と驚くのでした。

 ちなみに聖騎士団長達とロンゴミニアドは、ハルマが異世界人だと知っています。



 次回 第61話「竜の谷へ」

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