第119話 海王国オリュンポス

「さて、着きましたよっと」


「お、おおお……!」


 ヘルメスと共に歩くこと約10分。海上の長い橋を渡り切ったハルマ達を出迎えたのは、今までのどの国よりも圧倒的にの城だった。

 それは、まさに息を呑むほどの規格外。最近は異世界慣れしてきたハルマでも、これには流石にその目をネコのようにまん丸にしてしまう。

 そう、今目の前にある海王国の城は……、


「まあ、ここまで来る間にも遠目に見えてたから、分かってはいたけどさ……」


「?」


「デカいな、この城!!!」



 アホみたいに、デカかったのである。



 一応、参考までに元の世界の物と感覚で大きさを比べるなら『東京ドーム3個分くらいの面積の建物を、東京タワーぐらいに大きくした』と言った感じだ。

 ……うん、デカすぎる。一体何があったらこれ程までに城を大きくすることになるのだろうか。てか、どうでもいいけど掃除するとき凄え大変そう。


「……それは城というにはあまりにも大きすぎた。大きく、広く、重く、そして広大すぎた。それはまさに巨大要塞だった」


「なんだ、その語り口」


「俺の元の世界の人はあまりにも大きいものを語る時にこう言うのさ。もしくは『デカァァァァァいッ説明不要!!』とも言う」


「……最近、僕の想像するお前の元の世界がどんどん変なイメージになっていくんだが」


「それは悲しいな、悲しみ。……でも、実際割と変な所よ?」


「え、そうなん?」


 ハルマの告げる真実を聞き、少し意外そうな表情になるジバ公。

 その様子からして、彼的には出来れば否定してほしそうではあるが……無念、現実は非情である。

 どんなにハルマがその期待に応えようと思っても、事実ハルマの住んでいた『日本』は冷静に見ればかなり変な国なので、その期待には応えてあげられないのでありました。


「……とりあえず、一つ質問するがジバ公よ。お前は例えば『剣』とか『船』を美少女やイケメンになる国があったらどう思う?」


「待って、まず質問が理解出来ない。……なんだって? 剣とか船が……美少女やイケメン?」


「そう。無機物is美少女andイケメン」


「……。……なんで、一体何がどうしてそうなった?」


「さあ……」


 そんなことをこっちに聞かれても困る。

 ハルマだって昔から常々不思議には思っているのだが、それでも日本人は割と昔から命無きモノを人間に置き換えてきたものなのだ。……実際、日本では平安時代末期くらいからもう擬人化という文化が存在していたらしいぞ。日本人凄いね。


「なんなんだよ異世界! 剣とかが人間になるってどういう思考回路してんの!?」


「ところがどっこい、これが実際にやってみると意外と良いんだな。ま、これに関してはお前も実際に体験すれば分かるさ。日本良いとこ一度はおいで」


「分かりたくないござる、絶対に分かりたくないでござる……」


 無情な現実を知りぷるぷると震えるジバ公。

 ああ、悲しきかな。こうして悪魔ハルマは、また一人の少年(スライム)の幼気な夢に現実を教え込んだのであった……。


「あのさ」


「ん?」


「まあ? ハルマちゃんの元の世界の事も気にはなりますけど? 出来ればヘルメスさん的には目の前の国に興味持ってほしいかなって……」


「……。あ、ごめんなさい。つい話が脱線して……」


「前々から少し思ってましたけど、ハルマ君って話が脱線する事多いですよね」


「すまぬ……。つい我が右腕に封印されし、お喋り好きの本能が……!」


「そーですか」


「……」


 うっと呻いて右腕を握りしめるが……総員、特にツッコミはなし。見事なまでに華麗なスルーである。

 最近、ジバ公以外がハルマのボケをスルーし始めてきた気がするのは気のせいでだろうか。……ハルマさん的にはかなり寂しいので出来ればツッコんでほしいのだが。


「うーむ、これは過度にボケ過ぎたかな……。……で、じゃあまあ話を元に戻しますけども。ヘルメスさん……なんで、この城はこんなにデカいんです?」


「うん、やっとその質問来たね。出来れば僕的にはまずそれに真っ先に答えたかったんだけどね」


「ははは……」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 と、いう訳でハルマの脱線日本トークは終わり、話は本題の海王国についての話題に移行。とりあえず、まずはこの異常な大きさの城についてヘルメスに説明してもらうことにしよう。


「で、なんでウチの城がこんなにデカいか、なんだけどね」


「はい」


「実はね、ウチの城は同時に国でもあるのよ。だからこんなにデカいって訳」


「……はい?」


「いや、だから城が国なの。城is国」


「いや、その説明じゃ分かんないですよ!」


 真面目な表情でヘルメスは『城が国』と説明するのだが、事前情報がまるでないハルマには何を言っているのかさっぱり分からない。

 結果、ハルマはリアルに首を傾げるのだが、そんな様子を見かねたのかそこにソメイが補足で説明を入れる。


「えっとね。つまり、この海王国は『城の中に城下町も入っている』ってヘルメスさんは言いたいんだよ」


「城の中に城下町!? ……え? てか、それもう城下町じゃなくね?」


「確かにそうね。……なら、この場合は『城下町』じゃなくて『城内町』かしら?」


「なんだろう、その異様なまでに誰かの苗字にただ『町』って付けただけ感ある名前は……」


「うん、まあ確かにそれもそうなんだけど。今、大事なとこはそこじゃないね」


 変なところに引っかかるハルマとホムラに冷静なツッコミを入れるヘルメス。

 もう彼は既にハルマ達のペースに振り回されて若干疲れ気味だが……そこは流石は最強の騎士と言ったところか、それでも彼は諦めずに会話を続けるのだった。


「城下町でも城内町でも良いんだけど……。とにかく、ウチの国は城の中にまとめて街も入ってるのよ。だから、こんなにこの城はデカいのさ。……理解出来た?」


「うん、まあ一応理屈は。……でも、じゃあなんで城の中に街までまとめたんです? 『やっぱ海王国だから国土は海の中にしなくちゃ!』ってこと?」


「いや、流石にそんなノリとテンションからの理由ではないね。これにはちいとばっかし海より深い事情があるのよ」


「?」


「……聞くかい? ちょっと長いかつ昔の話になるけど」


「ぜひ」


 真剣な表情で聞きこむハルマ達に、ヘルメスはフッと小さな笑みを浮かべる。

 そしてとりあえずボタンを押して城を海の中に戻し始めると、荒れ狂う波と共に海王国を海に沈めた理由を語り始めた。


「……昔、まだ僕もまだ生まれてない頃。この海にはね、ちょーっと面倒なヤツがいたそうなんだ」


「ちょっと面倒なヤツ?」


「そう、ちょっと面倒なヤツ。人に迷惑ばっかり掛けるくせに、すばしっこくて妙に強いから捕まえることも出来なかった面倒なヤツさ」


「なるほど、それは面倒だな。……って、どうしたジバ公。なんでお前がちょっと後ろめたい表情になる?」


「いや……別に」


 ヘルメスの話を聞いて昔の自由奔放な生活を思い出し少し胸が痛むジバ公。

 そんな彼の様子にハルマ達は疑問を抱くが、もちろんその理由を彼らは知る由もない。


「話、進めるよ? で、まあこの国には昔そんな面倒人が居たんだけど……。ま、そんなのいつまでもは放任なれなかった訳よ」


「うん、まあそうだろうな」


「てな訳で、ある時海王国はちょっと本格的にソイツをとっ捕まえたわけ。で、まあ激戦の挙句ソイツは見事お縄について、再び海には平和が戻ってきた。――んだけどもね」


「……その後、なんかあったんすね」


「そゆこと」


 と、ここで少しヘルメスの表情が暗くなる。

 それだけでハルマ達は、ここから話の展開が悪くなっていくのだということを容易に察することが出来た。


「……それはある雨の日。一体何があったのかは知らないけどね、檻の中に入れられていたはずのソイツがなーんでか急にパワーアップしちゃったらしいのよ」


「パワーアップ?」


「そう、パワーアップ。……で、おかげで今まではなんとか抑えられていたはずのソイツを海王国は抑えることが出来なくなって、ソイツには逃げられちゃったって訳」


「ありゃ……」


「んで……そっからはもう地獄も地獄。『おんどらァ、これが復讐じゃ』と言わんばかりに海王国はしっちゃかめっちゃかにされたらしいね。それにほら、やっぱここは海だろ? だからそのせいで二次災害も半端じゃなかったらしいのよ」


「……」


 ……まあ、要するに津波という事だろう。

 確かに、しっちゃかめっちゃかに荒された挙句津波まで襲ってきたら、そりゃ『半端じゃない』なんて言いたくなってもしょうがない。

 しかし、突然たった一人で国をメチャクチャに出来るレベルでパワーアップするとは……一体ソイツの身には何があったのだろうか。


「で、まあおかげで海王国は崩壊寸前までいっちゃって『このままではいかん』と国の偉い人たちはなんとか対策方法を考えたのよ。で、その結果が……」


「……この国を海の底に沈める、ってことですか?」


「ご名答。まあ確かに費用と負担はデカいけどね、それでも魔術とお金と技術をつぎ込めば一応出来ないことではなかったのさ。で、海王国はソイツの被害から免れる為にそれを決行。少しでも面積を減らす為に国を全部一つの城にまとめて、オリュンポスは見事海中の城国になったってわけ。……と、これがこの国が海中王国になった理由&城がアホみたいにデカい理由だけど……分かった?」


「はい。わざわざありがとうございました」


「はい、どういたしまして」


 ハルマの礼にニッと笑いながら返すヘルメス。

 まあ、そんな訳で一応海王国の生い立ちは知ることが出来た……のだが、うん、まあなんともやはり異世界らしいエピソードであった。

 確かに国を襲う脅威から逃れようとするのは至極当然の事だし、その辺まではハルマにもよく分かるのだが……だからって『じゃあ国を海の底に沈めよう!』という発想になるとはびっくりである(しかも浮かせることも可)。

 少なくとも元の世界じゃ絶対に辿り着かない発想だろう。これが魔術の有無の差という訳か……、魔術ホント凄いな。


 と、ハルマが一人異世界ギャップに驚いているなか、一緒に話を聞いていたシャンプーが少し腑に落ちないという表情をしながらヘルメスに対し質問した。


「……しかし、ヘルメスさん。それだと一つ疑問があるのですが」


「ん? なんだい、シャンプーちゃん」


「その……国を襲ったその者は、どうして突然パワーアップしたのでしょうか?」


 まあ、当然の質問である。

 そりゃあんな風に言われれば、やはりそこが一番気になるところだろう。だって、普通は人間や例えモンスターであったとしても、生き物は突然パワーアップしたりはしない。

 だからこそ、そこには必ず何か理由があるはずだ。だが……、


「ああー……、うん。やっぱそこ気になるよね。それはよく分かるよ、うん」


「なら……」


「でもごめん、それに関してはヘルメスさんも何とも言えない。なんでって言ったらそれは僕も知らんから。なんせこれは僕が生まれる前の話だからさ、僕も実際にこの目でソイツを見た訳じゃないんだよね……。悪い」


「そうですか……。まあ、でもそれはしょうがないですね」


「……。……ちなみにヘルメスさん」


「っと、今度はソメイ君か。どうした?」


「その、昔この海王国を襲ったその者は……今はどうしているのでしょう?」


「……」


「……ヘルメスさん?」


 ソメイの質問にヘルメスは神妙な顔つきになり沈黙する。

 そして、しばしそのまま静寂が続いた……のだが、次の瞬間。


「……悪い、それも分かんね」


「無駄に溜めたわりに分かんないんかい!!!」


 なんともまあ、気の抜けた残念な返事が返ってきたのでありました……。


「まあ、しょうがないね。実際ここ数年は音沙汰ないんだから。僕もこの海王国で騎士やるようになって話には聞いたんだけど、実際に目にしたことはないのよ。だから実は本当にそんなのが居るのかも僕にはイマイチ分かんないのさ。探知能力とかもないし」


「ええ……」


「そんな顔しないでおくれよ。いくら最強の騎士だとしても、出来ないことの一つや二つくらいはあるのさ」


「……」


 ははは、と笑いながら微妙に誤魔化すヘルメス。

 ……まあ、でも確かに出来ない事を求めてもしょうがない。それに『出来ないこと』の話ではハルマは人の事を言えた身ではないのだ。

 多分、この世界で一番出来ない事が多いのは他ならぬハルマだろうし。


「と、長話してたらいつ間にか城沈み切ってたわ。……それじゃ、そろそろお待ちかねの入国と行きますかい?」


「……おお、ついにか。ここを次の目的地にしてから、ここまでマジで長かったな……」


「そうね……」


「……その様子だと、ハルマちゃん達もいろいろあったみたいね」


「まあ、いろいろと」


「……なら、ヘルメスさん的にはこの国が、そんないろいろな思い出にも負けないくらいインパクトがあると嬉しいね」


 と、言いながらヘルメスは海王国の大きな城門を片手で軽く開ける。


 魔術の膜に包まれ、海底に沈んだ城の国……海王国オリュンポス。

 その国がまず、手始めにハルマ達の目に映し出した光景は――、


「――!!!」


 

 まさに言葉を失ってしまうほど、幻想的で神秘的な『おとぎ話』の世界だった。




【後書き雑談トピックス】

 ちなみにこの世界では、元の世界の金額で2000億円くらいあれば城を海の中へ安全に沈めることが出来るそうです。


 ハル「……思ったより安いな」

 ヘル「いやいや……。感覚がおかしくなってるよ、ハルマちゃん」


 次回 第120話「海王トライデント」

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