第120話 海王トライデント

「……」


 神秘的、幻想的、夢想的。

 本来在り得ざる光景に対して使う言葉は、このように割とたくさんある。だが、普通に生活を送っている上ではその種類の多さに対し、このような言葉を使う機会はあまり存在しない。

 まあ、そもそもの話そのようなことが多々あるのであれば、このような言葉は初めから生まれないので当然と言えば当然なのだが。


 ……と、話が少し逸れたが、要するに人は普通そういった常識外の光景を目にするような事は早々ないである。だからこそ、もし万が一そういった光景と遭遇したとき、人はその見慣れない現実に対し言葉を失ってしまうのだ。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「マジか……、まさにリアル竜宮城じゃんかよ……」


 異世界に来てからもう何度も元の世界にない神秘的で幻想的な光景を目にし、人並み以上にはそういったものにも慣れてきたはずのハルマ。

 だが、そんな彼でも今回のオリュンポスには、その美しさと非常識さにすぐには声を出せなかった。(とか言いつつ毎回こんなこと言ってる気もするが)


「どうだい、なかなか綺麗なもんだろう? ここまで良い感じに仕上げるのにはかなり苦労したんだぜ? ……まあ、デザインしたの僕じゃないんだけどな」


「……」


 と、自分が設計した訳でもないのにやけに自慢げな様子のヘルメス。

 ……だがまあ、それも今回は仕方がないことなのかもしれない。だってもしこんな凄い場所が自分の地元なのであれば、誰だって自慢したくなっても当然だろう。

 少なくとも、ハルマが同じ境遇だったら絶対自慢してる。それはそれはもう某正面顔が貴重な彼のように。

 

 ……で、では結局のところそんな海王国はどんな国だったのか言うと、まあ概ねはハルマが言った通り『リアル竜宮城』と言うのが的を射ている感想だろう。

 赤や青の色鮮やかなサンゴや海藻に、ゆらゆらと自由に泳ぐ魚たち、さらには天井を見上げるとそこには水面を越えて差し込む日光がキラキラと宝石のように輝いている。

 ハルマはこの日、海の水面を下から見上げるととても綺麗に見えるのだと知った。


「まさか本当に海に入らず海底を散歩できるとは……。まあ、厳密には城の中だから海底散歩じゃないのかもしれないけど」


「さて……みんなのこの感じからしてこれはばっちり驚いてくれた感じかな? どう? しっかり思い出に残りそうかい?」


「はい、もうそれはしっかりと。……てか、こんなの忘れろって方が難しいですよ」


「ハルマの言う通りね……。私もこれはお婆ちゃんになっても忘れられなさそうだわ」


「ははは、そりゃ良かった。……じゃ、まあ惜しむ気持ちも理解は出来るけど、そろそろ見惚れるのは終わりにして王のとこ行こうか。きっと王も王で待ち惚けてるだろうしね」


 と、ハルマ達の反応に満足そうな笑みを浮かべつつも、さっさと玉座の間に向かって進み始めるヘルメス。

 正直ハルマ達はもう少し見ていきたくもあったのだが……まあ王様を待たせるのも確かに良くないので見物はまた今度にして今は次に向かうことにした。

 とそんななか、ジバ公はふとした疑問を抱く。


「なあ、ハルマ」


「ん?」


「あの人はさ、あの光景を見てなんとも思わないのかなー。なんかさ、さっきからずっと凄え平然としてるけどさ」


「そりゃお前、いくら綺麗なものでも何度も見てれば段々慣れてくるだろ。多分ヘルメスさんはもう何回も見てるから、いくらあれだけ綺麗でもそんなにもう驚きとか感動は感じないんじゃない?」


「そういうもんなのか。……僕は何度ホムラちゃんの顔を見ても、毎回新鮮な感動を感じるけどな。いや、寧ろ毎回増していっているような気も……」


「……」


 今日も変わらぬジバ公の惚気に微妙な表情でハルマは沈黙。

 ……これは、前々から疑問なのだが。果たして、こういう時は一体なんと返すのが一番の正解なんだろうか……。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……さて、そんな訳でハルマ達はヘルメスの案内のもと、広い海王国を色々と進んで行きながら玉座の間へ。

 それまでの間それなりに長い距離を歩いたが、その道中もやはり海王国はとても美しい幻想的な場所であった。


「さて……長らくお待たせしました。このドアの先が玉座の間ですよっと。……まあなんだ。別に平伏せよ、とまでは言わないけど一応王様相手だからそこら辺は配慮してな」


「おう、任せといてくだせえ。なんせもう王様と謁見するのは慣れてますからね!」


「おうおう、さらっと凄いこと言ったねハルマちゃん。……いやまあ実際そうなのは知ってるけどさ」


「ホント、改めて聞くとなかなか驚かされますよね。……まあ、出来れば僕としてはもう少し配慮ある対応もしてほしいと思うのだけどね」


「配慮ある対応、ねぇ……」


 まあソメイの言いたいことも分からなくはないのだが……それでもやはりハルマはどうにもそういった『敬意』とかがピンと来ない。

 だって、今まであった王様3人全員そんな感じの人じゃなかったし。なんなら1人はもう友達にみたいな感じだし。(ロンゴミニアドは割と王っぽかったけど)

 とまあそんな訳で、ハルマはどうしても『王』という存在にそういった厳かさを感じられないのである。

 とはいえ……、


「ま、流石に初対面の人相手にこの感じもそろそろマズいか。……うん、なるべく気を付けるようにはする、安心してくれソメイ」


「うん、そうしてくれるとありがたいよ。普段の感じでもまあ大丈夫とは分かってはいるけど、やはり幾ばくか思うものがなくはなかったからね」


「ははは……」


 と、いうわけで一旦玉座の間の前でハルマは気を引き締め直す。

 まずはピンと背を伸ばし、次にゆっくり深呼吸だ。そして最後は襟を正して準備は万端。


 ……では、とうとう海王様とのご対面である。


「ヘルメスさん……、お願いします」


「おけ。……王、入りますよ」


 軽く一声掛けてから、玉座の間へと通じる荘厳な扉を軽く開けるヘルメス。

 そして、そのままなんともなく彼は普通に部屋に入って行き、ハルマ達もその後に続いて部屋へと入室した。


「……」


 玉座の間に相応しく、城の他の場所よりも美しさが一層際立つその部屋に、ハルマ達は再び目を奪われかける。だが、その視線は寸前でさらに別のものへと奪われることとなった。

 美しさすら凌駕してハルマ達の視線を奪い取ったもの、それは――、


「王、ただいま帰りました」


「ああ、出迎えご苦労だった、ヘルメス。……さて、貴方がアメミヤ殿で間違いありませんな」


「あ、はい。そう……です」


 白い髪と立派な髭を称えた、一人の厳格な老人であった。


「うむ、やはりアラドヴァルに聞いた通りだった。……アメミヤ殿、遠路はるばるよくぞこの国まで参られた。今は状況が状況故に『ゆっくりしていけ』とは言えないが……我々は貴方達を心より歓迎しよう」


「……あ、えと」


「ん……? ……あ、ああ、これは失敬。つい焦って名乗るのを忘れていました。だからアメミヤ殿はそのようなぎくしゃくした様子なのですな」


「え? いや、その……」


「おほん……では、失礼して。……私はこの海王国を統べる五大王が一人、海王トライデント。見ての通り面白味のない武骨な老人ですが、どうぞお見知り置きを」


「……あ、どうも」


 王でありながら恭しく名乗る海王トライデント。だが、それでもハルマ達はその身に感じる緊張感をほぐす事は出来ない。

 それは何故か、理由は簡単だ。それは、今ハルマ達は本能的に緊張感を感じているからである。


 衣服の上からでも老齢に見合わぬほど研ぎ澄まされているのが伝わってくる肉体と、全てを見透かしているかのような厳粛な雰囲気。

 その圧倒的な在り方に、ハルマ達はただ正面に立ってるだけでありながら否応なしの緊張感を強いられていた。




【後書き雑談トピックス】

 ちなみに前回ヘルメスは本来『浮上させた人しか沈められない城と橋』を平然とソメイに代わって沈めていましたが、あれはソメイの魔力を真似て装置を誤認させることで沈めていました。

 こんな風に書くとなんか簡単そうに思えるかもしれませんが、もちろんこれは普通の人には出来ることではなく、分かりやすく言うなら『指の当て方と力加減で指紋認証を誤認させた』とか言ってるようなもんです。

 なお、代わりに沈めた理由は「わざわざソメイ君にやらせなくても、装置の近くに自分が居るし僕でよくね?」ってだけ。……ほんとどうなってんだ最強の騎士。


 ハル「セキュリティーシステムが意味を成さないって何よ」

 ヘル「ははは、まあほら僕一応『最強の騎士』ですし?」

 ハル「ユウキといい『最強』ってなんなんだよ」



 次回 第121話「海の冒険の始まり」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る