第3話 始まりの国 ゼロリア

「やっと着いた……」


 歩き続けて約20分、夕暮れ時にようやく二人はゼロリアに辿り着いた。

 ……本来なら10分くらいで着ける距離なのだが、ハルマが足を引っ張りまくったせいで2倍の時間が掛かってしまった訳である。


「ハルマはこういう所に来るのは初めて?」


「え? あ、うん。初めて……かな」


「そっか。じゃあ私が街について教えてあげるから、ちゃんと聞いておいてね?」


「了解」


 ホムラのハルマに対する認識に『田舎出身』が追加されたことは、ハルマは露知らず。

 説明を受けながら、聳え立つ城壁に囲まれるゼロリア王国へと入っていった。




 ―ゼロリア城下町―

「らっしゃい、らっしゃい! 今日も良いのが入ってるよー!」


 ――わお。


「さて、お立会い。旅のお供に魔法典を買っていかないか?」


 ――わおわお。


「ロックス師匠の打ちたての剣、買っていかないかー!」


 ――わおわおわお!


 ハルマの目の前に広がるのはまさにThe・RPG系世界。

 ゲーム好きのハルマは子供のように目を輝かせながら、キョロキョロと街を見渡していた。


 石で整備された地面。

 所狭しと立ち並ぶ木造の建物。

 駆け抜ける馬車のような乗り物。


 どこを見ても元の世界にはないものばかりである。


 ――すっげえ! こんな光景、今までゲームやアニメじゃ見飽きるくらい見てきたが、まさか現実の光景として見る事が出来る日が来るなんて!!!


 恐らく傍から見ればハルマは、それはそれは子供のように見えたことだろう。

 ……しかし、横を歩くホムラの顔はハルマとは対照的にどこか暗かった。


「? ホムラ、どうかした?」


「あ、うん……。ねえ、ハルマは何も持ってないんでしょ?」


「うん……。ごめんな、マジで役に立つものは何もないんだわ……」


「あ! 大丈夫よ、そんなに気にしないで。……えっと、私ちょっと用事があるから、ここで良い子にして待っててくれる?」


「あ、はい」


「うん、お願いね」


 そして、ホムラはハルマを残して何処かにそそくさと行ってしまった。

 多分お金の問題だろう。

 ハルマはホムラにしてみれば、予想外の同行者。

 宿代の予定にハルマが入っているはずがないのだ。


 ――なんか申し訳ないな……。俺も役に立てればいいんだけど……。


 がしかし、ハルマの手持ちには本当に大したものがない。

 今持っているのは携帯(ガラケー)と財布のみ。

 どちらも異世界で使えるとは思えない。


 ――元の世界なら7万も入ってる財布なんだけど……。


 いくらたくさん入っていても、使えなければ宝の持ち腐れ。

 ただの紙切れと何の違いもない。


 ――……まあ、ダメ元で使ってみようかな。


 とはいえ、ホムラが帰ってくるまで暇ではある。

 もしかしたら何かの間違いで使えるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いて、ハルマは近くの店に出向いてみることにした。


 ――てか、『良い子にして』って俺そんなに子供みたいに見えるかね?




「らっしゃい、何にする?」


「えっと……」


 ハルマが出向いたのは果物屋……らしき店。

 そこには見たこともない果物がたくさん並んでいた。


「一番安いやつください」


「一番安いのね……。じゃあこれ、ミンゴだな」


「ミンゴ」


 店主のお爺さんが持ってきた果物は……まさにミンゴだった。

 ミカンとリンゴを合体させたような果物。

 単純だが、ハルマもこれに名前を付けろと言われたら『リカン』か『ミンゴ』と名付けるだろう。


「10ギルトね」


 ――やっぱ聞いたことない単位だな……。


「えっと、これで……」


「?」


 恐る恐る、ハルマは店主に10円玉を渡す。

 店主はしばし10円を眺めていたが……。


「兄ちゃん」


 ――あ、やっぱ無理か。


「毎度あり」


「え?」


「『え?』ってなんだよ、毎度ありがとうって言ってんのさ」


「あ、どうも……」


 なんと通用した。

 店主は何の疑問もなく10円を受け取り、代わりにミンゴを手渡したのだ。


「……え? もしかしてお金使えるの?」


 もしかしてあの店主、適当に受け取ったのではないのだろうか。

 ハルマにそんな疑問がよぎる。

 まだ確信出来ないハルマは別の店にも出向いてみることにした。


「お、いらっしゃい! 何にする?」


「えっと……その腕輪? みたいなのください」


「お、つまりクウェインの腕輪だな? なかなかお目が高いね、兄ちゃん! クウェインの腕輪は身に着けるだけで火炎魔術への耐性が上がる優れものさ!」


「そうですか。それで、それいくらですか?」


「120ギルトだ」


「じゃあこれで」


 ハルマは店主に100円玉と10円玉2枚を渡す。

 が、やはり――


「毎度あり! そうだ、兄ちゃんここで装備していくか?」


 お金は通じた。

 おまけにRPGのお決まりのセリフまで付いてきて。


「あ、じゃあお願いします」




「マジか……。この異世界、お金使えるのかよ」


 二つの買い物を経て理解した事実。

 何故か、この異世界では元の世界のお金が通用する。

 しかも発見は一つだけではなかった。


「しかもRPGお決まりの異様に安い物価も健在か……」


 そう、安いのだ。

 元の世界なら100円くらいはするだろうミンゴに、これまた1200円くらいはしそうなクウェインの腕輪。

 しかし、実際にかかった値段はどちらも予想の10分の1。

 どう考えても元の世界より物価が安い。


「ってことは? 俺の財布には今、7万2141円入ってるから……」


 この世界では実質72万1410円という事。

 ……ちょっとしたお金持ちである。


「マジか! ここに来てようやく俺のアドバンテージキター!」


 お金、とは何だか悲しい……が、今は贅沢は言っていられない。

 実際お金は凄く大事なのもの。

 これが大量にあるというのはかなり大きなポイントだ。


「ってことは! もしかして携帯も使えるのか!?」


 お金と同じ期待を抱きながらガラケーをオープン。

 がしかし。


「あ、ダメだ。圏外だわ」


 流石にこっちは無理だった。


「ま、流石にそうだよな……。じゃ、携帯は大事にしまっておくか」


 残念ながら使用できない携帯を、ホムラから貰ったバックの奥へ大事にしまうハルマ。

 そのままミンゴを食べて待ち惚けていると、少ししてホムラが戻ってきた。


「お待たせ! ……ってそのミンゴどうしたの?」


「あ、ごめんホムラ。俺、何も持ってないっていったけどお金あったわ。ミンゴはそのお金で買った」


「お金あるの!? 良かった……それは凄く助かる。それでいくらくらいある?」


「7万え……じゃなくて7万ギルトくらい」


「へえ、7万ギルトあるのね。……え? 7万?」


「うん、7万」


「……」


「……」


「え!? えええええええ!?!?!?!?!?!?!」


 ホムラ、大驚愕。




「凄い、ホントに7万ギルトあるじゃない! なんで!? なんでそんなにお金持ってるの!?」


「え、まあ……。働いたから……かな」


 バイト代なので一応嘘ではない。


「どんな仕事……? ……まあ、いいか。人のお金を無暗に詮索するのは良くないわ」


「うん、そうしてくれると助かる。……ねえ、ホムラこれだけあればいい宿に泊まれる?」


「もちろん! 知らないかもしれないけれど、宿屋はどんなに高くても一泊300ギルトしかしないからね」


「300ギルトか」


 まあRPGで宿屋が異様に安いのはお約束だ。

 多分元の世界とは需要量が格段に違うのが原因だろう。


「じゃあ、今日はゼロリアで一番いい宿に泊まろうか」


「いいの?」


「もちろん」


「ありがとう、それは凄く有り難いわ」


「いえいえ」


 他のことでは全く役に立てない分、こういう所で役に立っておきたいとハルマは思ったのだ。

 しかもかかる値段は二人合わせても多くて600円。

 全然問題はない。




 ―てな訳で宿屋―

「ではごゆっくり」


「すっごーい!!! こんなに豪華な部屋で寝るのなんていつぶりかしら!」


「そっか、それは良かったね……」


「どうかしたの?」


「いや……」


 超豪華な宿屋の超豪華な洋室。

 別に、部屋には何の文句もないのだが……。


 ――俺、ホムラと同じ部屋に泊まるの……?


 ハルマはそれとは別の、思春期的な問題にぶち当たっていた……。



 【後書き雑談トピックス】

  ハルマはガラケーは珍しい瑠璃色。

  小2の頃からずっと同じ物を使っている。


 

  次回 4話「安寧のレッドライン」

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