第2話 ないない尽くしの転生者
「貴方……大丈夫?」
「……うん。全然大丈夫じゃないけど……大丈夫」
「どっち……?」
実際、ハルマは何も大丈夫ではなかった。
ここは何処なのか、何故こんなことになったのか。何一つとして分からないのである。
果たして、一体これのどこが大丈夫なのだろうか。
「とりあえず落ち着いてみましょう? 深呼吸して、一つずつ整理していった方が良いと思うの」
「うん、ありがとう。そうする」
黒髪美少女に言われたように、とりあえずまずは深呼吸。
……さて、では一つずつ整理していくとしますか。
「えっと、まず……ここ何処かな?」
「ここはマキラ大陸のゼロリア国領、あそこにお城が見えるでしょう? あれがゼロリア城よ」
「ほうほう、ゼロリアね」
――なるほど、分からん。
まあ、当たり前と言えば当たり前なのだが『マキラ大陸』も『ゼロリア』も一切聞いたことのない地名だった。
どうやらハルマは本気で異世界転生してしまったようである。
「ねえ、私も一つ聞いていい?」
「ん? 何?」
「貴方、どこから来たの?」
「あ、あー……」
ハルマのことを心配するように優しく問いかける黒髪美少女。
……だが、この質問には果たしてどう答えるべきなのだろうか。
もし仮に素直に『異世界から来ました』なんて言おうものなら、恐らく……というか100%ハルマは頭がおかしい奴だと思われる事だろう。
まだこの世界の世界観が一切分からない現状、これは完全に推測にはなるが……多分この世界でも異世界転生は普通のものではないと思われる。何故なら元の世界の転生もの小説でも、異世界転生は転生先でもレアケースなことが多いからだ。
――……それは困るな。
今この状況でハルマが頼れるのは目の前の黒髪美少女のみ。
もし彼女に頭がおかしいとか、最悪ふざけているなんて思われ見捨てられようものなら、ハルマに待っているのは十中八九一人寂しく野垂れ死ぬ未来だ。
いくら何でもそれは流石にハルマも遠慮したい。……故に、今はとりあえずそれっぽく答えておくことにした。
「そうだな、その……東の方からかな……」
「東? 東って言うとユウキ大陸の方かしら? ……あ! 分かった!」
「え?」
「貴方、天王国に住んでたんでしょう? で、空から落ちてきたのは天空魔術に失敗したから!」
「え? えー、あー、はい、そうです」
「やっぱり!」
次々と飛び出す新ワードに、ハルマは彼女が何を言ってるのか全く分からないが……とりあえずそれとなく話を合わせておく。
結果、ハルマは『東の王国からやって来た魔術に失敗して落っこちた人』という認識になってしまったようである。
……なんだろう。そりゃ、もちろん頭がおかしい奴だと思われるよりかは遥かにマシなのだが、これはこれでなんか相当悲しい事になってしまったような気がするのだが……。
「でも、だとしたら貴方凄く大変よ!?」
「え?」
「だってここは西の果てマキラ大陸! ユウキ大陸に帰るのなら相当な長旅になるじゃない!」
「そ、そうなんだ……」
「えっと、えっと……そうだ! 貴方、今何持ってる!?」
「え、あ、ちょっと待ってな……」
いまだに状況が飲み込み切れず逆に落ち着いてしまったハルマに対し、黒髪美少女はハルマが適当に合わせた話からハルマの状況が相当ヤバイ事になっていると思ってしまったようだ。
現に、当人であるハルマ以上に黒髪美少女は焦りながらハルマの荷物を確認。そんな勢いに押され、ハルマもいそいそと自身の持ち物を(やっと)確認し始めたのだが……。
――あれ……? もしかして俺、今まともな荷物何も無い……?
元の世界に居た頃に持っていたはずのバッグは、何故か転生した際にいつの間にか消え失せたので残された荷物はポケットの中身のみ。
……なのだが、その肝心な中身はなんと左ポケットの財布と右ポケットの携帯だけだった。
――……マジかよ。
なんともまあ、異世界生活スターターセットとしては悲しいくらいに最悪の組み合わせ。
どう考えても異世界で携帯は使えないだろうし、多分お金もこちらの世界では全く通用しないだろう。
つまりこれはもう実質何も持ってないのと同じである。特に確実に一ミリも役に立たないだろう財布なんかは、無駄にポケットのこやしになる分邪魔なくらいまであるのではないだろうか。
「えっと、何も持ってないわ。ははは……」
「う、嘘!? 手ぶらでここまで来ちゃったの!?」
「まあ……そうとも言えるし、そうでないとも言えるね」
「そうとしか言えないと思うんだけど!?」
やけにキレのいい黒髪美少女のツッコミ。
だが、それに感心している暇なんてないくらいに、ハルマは次から次へと自身の置かれた状況の過酷さを自覚させられていく。
転生ものお約束のチートはなく、特典の超絶アイテムもなし、この世界の基礎知識も与えられていないし、よくよく考えたらそもこの世界への安全な到着すらハルマには与えられていなかった。
まさにないない尽くしの異世界転生、福利厚生最悪過ぎてここまで来るともう逆に笑えてくるレベルである。まさか某水の女神や某モンスターの創造神より(悪い意味で)上を行く異世界転生があるなんて誰が想像出来ようものか。
「労基の教えはどうなってんだ、教えは! いやそもそも労基案件なのかどうかも分かんねえけどさ!」
「ロウキ……? あの、えっと……大丈夫、一旦落ち着きましょう。貴方も大変な事になっちゃって困ってるのは分かるけど、一旦ね?」
「え、あ、ごめん。別に状況があまりにもクソ過ぎて錯乱した訳ではないです。いや、まあ錯乱自体はしそうではあるけども」
「それは流石に困っちゃうから、頑張って落ち着いてね」
「……善処はします」
流石にハルマもいくら危機的な状況と言えど、ほぼほぼ初対面の彼女に迷惑をかけるのは心苦しいものはあった。
だが、だとしてもじゃあ一体この先どうすれば良いのか。
残念ながらハルマは特に商売の才能等はないし、コミュ力だってそんなに高くはないので、往年の異世界もののように「現代知識でチート無双」なんて美味しい展開も難しいだろう。
これでは結局奇跡的に生き残ってこの世界に来れたのに、結局やっぱり死ぬしかないのでは……。
「ああ、でも! んぐあぁぁぁぁあ……! どうすれば、どうすりゃ良いんだよ! てか、なんでこんな何もないまま――
「……、……。……あ、あの、ちょっと良い?」
「……ん?」
「まあ、聞くまでもないと思うんだけど。貴方、やっぱり今凄く困ってる……のよね?」
「はい、多分今までの人生で一番くらいには困っておりますが」
「そうか……そう、よね……。うん……」
「?」
ハルマの回答を受け、しばし何かに悩むように同じ言葉を繰り返す黒髪美少女。
そして、そのまましばらく彼女はその状態をキープしていた……のだが、
「……」
「……、……?」
くるっと、静かに振り返り少しだけハルマの顔をそっと少女は見つめる。
ハルマにはその意図は分からなかった……がどうしてか目を逸らしてはいけないような気がして、故にハルマもまた彼女の顔を見つめ返していた。
そんな不思議な時間がほんの数秒だけ続き、そして何かを決心したかのような表情になる彼女。
そして彼女はすっと溜め込んでいた息を吐きだすと一言――、
「……うん。分かった、それなら……そうね。それに、きっとここに居ればそう言うだろうし」
「え? えっと……」
「ねえ、
「はい」
「……もし、貴方さえ良ければ私と来る? どれだけ貴方の助けになれるかは分からないけど、それでもきっと少しは貴方の救いにはなれると思うのだけど」
「……え?」
あまりにも予想外の、そしてあまりにも優しすぎる言葉をハルマに投げかけていた。
「……」
「……」
その言葉が、ハルマにはあまりにも想定外過ぎて、彼はしばし言葉が出てこなくなってしまう。
確かにハルマもいくらかは彼女に助けを求めようとは思っていた。でも、それは始めの数分だけの事で、その先までなんて強欲な事は一切考えていなかったのである。
だって、彼女にとってハルマは別に何者でもない。ただ、たまたま目の前に落ちてきただけのどこかの誰か。彼女にはハルマを助ける義理も義務も一切ないはずなのに……。
「い、良いの!? あ、いや……でもそれはあまりにも申し訳が……!」
「良いのよ、気にしないで。これは私がしたくてする事だから。それにほら、申し訳ないも何も私だってついさっき貴方に助けてもらったんだから。ちゃんと恩返しくらいはしたいの」
「いや、でもそれはたまたまここに落ちてきただけで……」
「たまたまでも、助かったのは事実よ」
「……」
正直、この提案は物凄くありがたい。
実際このままだとハルマは多分死ぬだろうし、他に頼れる人の当ても機会もない。
ならこの先、生きていきたいのなら今は彼女に助けてもらうしかないのだろう。
だが――だとしても、やはりそれはあまりにも……、
『■■■■■』
「……ッ!!!」
「? あの……どうしたの? あ。もしかして私とは嫌だった……?」
「――あ、いや……。……ううん、全然そんな事ない。ただ、その、あまりにもありがた過ぎてちょっと躊躇いが出ちゃって。でも、うん。他に当てもないし……だから、その、物凄く申し訳ないけど……出来るならそうしてもらえると助かる……かな」
「うん、分かった。じゃあ、これからよろしくね!」
「……自分から言い出したとはいえ、凄いあっさりだな」
「そう? まあでも、しつこいよりはいいでしょ?」
「……そう、かな。うん、そうだな。俺もこれからよろしく」
差し出された手を、少し申し訳なさそうに、だけどとても有難い気持ちで握り返すハルマ。
それを彼女はなんだか嬉しそうにさらに強く握り返してくれた。
こうして、何もないまま一人異世界にきてしまったハルマは『彼女』と出会った。
この出会いが、この始まりが、この先の旅路の全ての始まりの始まりであり、そして終わりの始まりだったとは、まだこの時は互いに知らぬまま――、
「それじゃ、教えてくれる?」
「……え?」
と、物思いにふけながら彼女と固く握手を交わしたハルマだったのだが、その手を握った状態のままハルマは突然彼女に何かを問いかけられてしまった。
これではなんかそれっぽいモノローグも台無しである。いや、まあ勝手にそんな事始めたこっちが悪いのだが。
「えっと、教えてくれるって……何を?」
「何って貴方の名前よ。ほら、まだ教えてもらってなかったでしょ? …………って! そんな事言ったら私もまだ名乗ってないじゃない!」
「……」
「ごめんなさい、つい忘れちゃってた。……えっと、私の名前はホムラ、ホムラ・フォルリアス。呼ぶときはホムラでいいから。……改めてこれからよろしくね」
「うん。俺も改めてこれからよろしく、ホムラ。で、俺の名前は天――」
と、流れのまま自身も普通に名乗ろうとしたハルマだった――が、その瞬間ハルマの脳に一つの天啓が来る。
これはきっと大いなる何かの意思か、それともただのハルマの内に眠る子供心と好奇心が化学反応を起こした上に生まれた恥ずべき衝動なのか。
まあ、そのどちらでも今は構わない。だってどちらであったとしても、この天啓に逆らうつもりはハルマにはなかったのだから。
故に、ハルマはそっと空を力強く指さすと、一言――
「……? どうしたの?」
「俺は六音時高校生徒会長代理、天宮晴馬!」
「え? ろくおん……え?」
「ああ、気にしないでくれ! 伝わらないのは分かっているからね」
「じゃあ何で言ったの!?」
きっといつかは後悔する事になる、バカバカしくてアホらしくて、でもなんだかちょっと楽しくなる名乗りをこの世界と目の前の少女……ホムラに向けて堂々と上げたのであった。
【後書き雑談トピックス】
しれっと小ネタを会話に挟むのが私の秘かな楽しみの一つです。
ちなみにハルマ君は18人目が特に好みだと思われる。(分かる人にだけ分かる情報)
次回 第3話「始まりの国 ゼロリア」
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