1章 始まりの旅の始まり
第1話 ようこそ、異世界勇者サマ
――これは本気でヤバい。
眼前に広がる夢のような
その目はこれ以上ない程に大きく見開かれ、忙しく繰り返す呼吸は既に絶え絶え。
ただ、次から次へと脳裏に流れ込む『驚愕』が辛うじてその意識を繋いでいる。
――意味が分からない、意味が分からない、意味が分からない!!!
そこにあったのは文字通りの『非現実』だ。
都会の街並みにはありえない広大な草原。
世界の何処にも存在しないはずの生き物。
既に歴史の果てに消え去った中世風の王国。
そんな数々の『非現実』が今、彼の目の前に『現実』として広がっていた。
――これは、これは本気でヤバい……!!! 何で、どうしてこんなことになったんだ!?
こんな、夢のような現実に彼が陥った理由。
それは今から約1時間前――
―1時間ほど前―
「ふふ……」
「……」
「ぐふふ……」
「おい」
「ふふふ……、ふはははははははは!!!」
「キッモ!!!」
ハリのある少年の声が夕暮れ時の街に響く。
それはあまりにもコンパクトでかつシンプルに辛辣だが、今回ばかりはそんな言われ方をされても致し方ないだろう。
実際、『彼』のその笑い声は普通に不気味であり、道行く人たちも明らかに『彼』から距離を取っている。
しかし『彼』はそんな周りの人達も、友人の辛辣かつ的確な指摘さえも、一切気に留めていなかった。
「キモい? そりゃキモくもなるだろうよ!!! 苦節半年、ついに俺はこの偉業を成し遂げたんだぞ!?」
「……いや、そりゃ俺もお前が1年の頃から生徒会長にずっと憧れてたのは知ってるけどさ。だからって流石に街中でゲラゲラ……というかふははは笑うのはやめようぜ? ここまでキモいとこれはもはや何かしらの犯罪だよ」
「そこまでかなぁ!?」
一切優しくならない友人の(的確な)指摘に、先ほどまでの対応から一転思い切りツッコミを入れてしまった『彼』。どうやら、流石に犯罪者呼ばわりまでは許容出来なかったようである。
そんな高校2年生らしからぬ姿をさらしまくっている『彼』の名は
……ただ、今現在はいつもと少し事情が違い、見ての通りかなり……いや、物凄く浮かれている。
「――って! ちょっと待ってくれ! 俺は生徒会長じゃないぞ!?」
「え?」
「俺は六音時高校生徒会長『代理』、天宮晴馬だ! まだ政権交代はしてないから『代理』を付け忘れないでくれ」
「あー、そういう……。……てか、そういう事ならどっちかって言うと『代理』じゃなくて『候補』とかの方が正しくね?」
「それは……ほら、『代理』の方がなんかカッコいいじゃん」
「……」
どうでもいい訂正を嬉々と行うハルマに、友人はもう完全に呆れ……というか引き気味。
なにせ普段はどちらかと言えば真面目で大人しい性格の彼が、ここまで大はしゃぎしている姿をいきなり見せられたのだから、そりゃ付いていけなくなるもの当然であろう。
「まあ、お前の気持ちも分からなくはないけどさ……」
「そうだろ!?」
「とりあえず。そのテンションは少し抑えろ、いくらなんでも周りに迷惑だ」
「……わ、分かったよ」
だが、そんなハルマも友人のガチめな忠告には流石に沈黙。
どうやらおふざけ一切無しのマジトーンは、今のハルマにも来るものがあったようである。
―その後、少し歩き駅―
『多くの人々の命を奪った死神病はようやく収束の……』
その後、少し歩き友人と別れたハルマは、駅のホームに流れるニュースを聞き流しながら一人電車を待っていた。
なお、彼のなかでは未だに噴火寸前の火山のような歓喜が、今か今かと爆発の時を待っていたのだが……現状はそれを全力の理性で無理矢理クールダウンさせている。
……流石に駅で騒ぐのはいろいろと問題があるし。(街中でも問題だが)
『危ないですから黄色い点字ブロックまで……』
とはいえ、そんな圧倒的な歓喜をじっとしながら抑え続けるというのは土台無理な話であった。
てな訳でハルマは駅に着いた後も、足を止めず駅のホームを行ったり来たり。その姿は傍から見れば完全に不審者だったが……まあ背に腹は代えられない。
――長かった、長かったけどついに俺はやったんだ! これで、これでようやく……!
と、言う訳で上機嫌に鼻歌なんか歌いながら、駅のホームをウロチョロと歩き回るハルマ。
こんなにも気分が良いと、毎日通いすっかり見慣れた駅のホームも新鮮なものに見えてきて、ハルマはたまにはこんな風にホームの奥に来てみるのも良いかもしれない……なんて思っていた、が――
この行動が、いけなかった。
そもそも、駅のホームとはどんな時でもそれなりに危険な場所であり、普通に利用する時でさえいくらか気を付けてなくてはならない場所。誰しも、時たまニュースで駅のホームで事故が起きてしまった話を一度は聞いたことがあるだろう。
故に、そんな危険な場所で、注意力ゼロの状態の浮かれまくった人間がウロウロしようものなら――、
「うおッ!?!!?」
それは容赦なく、命取りとなる。
――!? !?!?!?!
突然急回転する視界。それが自分が足を滑らせた事が原因だと気が付いたのは、勢いのまま思い切り身体を叩きつけてからの事だった。滑らせた足元にあったのはポイ捨てされた空き缶、どうやらハルマはあれを思い切り踏んづけてしまったらしい。
……だが、正直言って今はそんなことはどうでもいい。だって、今彼の身にはそんな事よりもさらにマズい事が起ころうとしていたのだから。
――マ、マズい!!! 死ぬ!!!!!
転んだ先にあったのは地面ではなく
しかも、最悪な事に今その線路に向けて一台の電車が迫ってきている。
――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
どうにかしようとハルマは急いで藻掻くも、もう何もかもが遅すぎる。
打ち付けられた身体はこの期に及んで痛みを訴え、追い詰められた精神はまともな思考を許さない。
そして――、
――……あ。
何も足掻けず、何の抵抗も出来ないまま。
天宮晴馬は17年の人生の幕を閉じた。
―???―
「……?」
次の瞬間、終わったはずのハルマは何故かその意識を取り戻していた。
しかもどうやらここはあの世ではないようである。何故なら肉体がないなんてこともなく、心臓もしっかりと動いているからだ。
「……」
がしかし、
「!!!!!」
残念な事に。ハルマはまたもやそれどころではなかった。
「ぬうおわああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
なんと目を覚ましたハルマはいきなり上空約50メートルの高さから自由落下していたのである。
そして、それはもちろん命綱無し、ヘルパーなし、助けてくれそうな鳥とかもなしのないない尽くしの紐なしバンジー。……これでは意識が戻ったところで結局死んでしまう未来しかない。
「そんなあああああ!!! 誰か! 誰か助けてくれええええええええええ!!!!!!!!」
遥か上空で無様に助けを求めるハルマ。
だが、もちろんその声が誰かに届くことはなく……、
―その頃、地上―
「やめてください!」
「そんなこと言うなよ、別に乱暴なことはしねえっつーの」
「……」
「お前さんが素直に言う事を聞けば……な?」
「……!」
一人の少女に詰め寄る大勢の男たち。だが、そんな少女の周りにはその男たち以外には、誰一人として人は居ない。
つまり、少女は今完全なふくろのねずみである。
「ほらほら、素直に言う事を聞いとけっつーの。痛い目には合いたくねえだろ?」
「誰が貴方の言う事なんか!」
「そうか。じゃあ、しょうがねえっつーことだな。……野郎ども!」
「おう!」
「――!」
今にも飛び掛かって来そうな男達を前に、自身も戦闘態勢に入る少女。
だが、それでも状況はあまりにも少女が不利だ。何故なら、少女一人に対し男達は数があまりにも多すぎる。
仮に少女が実力者であったとしても、女性が一人で男十数人を倒すのは相当難しいだろう。
「……くっ」
まさに絶対絶命。
そんな追いつめられた状況を前に、少女が諦めかけた――その時だった。
「あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
「!?」
「な、なんだっつーの!?」
遥か上空から、なんともまあ情けない悲鳴が響き渡ったのは。
「な、何!?」
「ちょ、これはどういうことだっつ―――」
「あああああああああああ!!!!!!!」
「あ、兄貴ー!!!!!」
ドガーーーーーン!!!!!!!!
と、派手な音と共に悲鳴の主、即ちハルマは男達のリーダーと思わしき人物の上に墜落。
こうして結局天宮晴馬は17年の人生の幕を閉じた――と、思われたが……?
「痛ってえ!!! ……って、ええ!? 嘘、生きてる!?」
なんと彼はそれでもしぶとく生き残っていた。
そのしぶとさやまさにゴキブリの如し、これにはイカロスもびっくりである。
「マジか! なんか知らんけどやった!!! ……って、あれ?」
「……、……」
「えっと……これは……。もしかして、なんかお取込み中でした?」
奇跡的に生存したハルマがようやく周りを見渡すと、そこにはポカーンと目を見開く男達と一人の少女の姿が。
どうやら、皆ハルマの突然かつ衝撃的な登場には驚きを通り越して言葉を失ってしまったようだ。
「あー……えっと……。なんかすみませんね……。へへ……」
「お……おい……」
「……ん? って、うおわ!? 下に人居たー!?」
「てめえが……俺の上に……落ちてきたんだ……っつーの……」
とりあえずどうにか適当に誤魔化そうと思ったその時、足下というか尻下から聞こえてきたのは何ともか細い声。
そこには、ハルマに(そのつもりはなかったが)クッションにされた哀れな男が見るも無残な姿でぶっ倒れていた。
「ご、ごめんなさい!!! えっと大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫な訳ねーだろうが……。てめえ……覚えとけっつーの……」
「――ッ! て、てめえら! 兄貴連れてズラかるぞ!!!」
「へ、へい!」
ぶっ倒れた男もとい兄貴を見てようやく冷静さを取り戻した男たちは、乱暴にハルマを男からどかすとそのまま兄貴を抱えて急いで逃走。
まあ、肝心のリーダーがああなってしまえば、流石に逃げ出すのも無理はないだろう。
と、いう事でその場にはハルマと、先ほどまで男たちに取り囲まれていた少女が残された……のだが。
「……」
「……」
次々と移り変わる状況に何を言い出せばいいのか分からず、しばしおろおろと沈黙する少女。
そんななか、ハルマは……、
――……めっちゃ可愛いな、この子。
呑気にも目の前の少女に見惚れていた。
「……」
長く清潔で美しい黒髪に、透き通るような白く綺麗な肌。
その瞳は黒曜石のように純な黒で、その輝きにハルマは吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える。
そして……、
「あ、あの……」
「!」
その鈴の音のように響く綺麗な声もまた、ハルマの胸を熱く熱く高鳴らせた。
「あ、ありがとうございました。お陰で……その、助かった」
「……、……あ! いや、その、なんだ! 気にしないでくれ! 俺は別にそんなに大したことした訳じゃないし!」
「うん、まあそうね。だって、どう見ても貴方落ちてきただけだったし」
「そうそう! ……って、あれ?」
謙遜されるかと思いきや、案外バッサリと切り捨てる少女。
そんな対応にハルマは少し驚いてしまった……が、まあ特にそこには触れないでおく。実際、その通りなのは事実なのだし。
それに……、
「えっと……それで? ここは一体……?」
今は、それ以上に確認しなければならない事が山ほどある。
――……とりあえず、生きてはいるな。
電車に轢かれ、高度50メートルから紐なしバンジーしたが、とりあえずは生きている様子のハルマ。
出来ることならこの謎の生存をとりあえず喜びたい……が、それはあくまで現状把握の第一段階に過ぎない。
何故自分は生きているのか。
一体ここは何処なのか。
というか、そもそも今はどういう状況なのか。
と、積もる疑問は腐るほどにまだまだたくさんあった、が――
「Grrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!!!!!!!!!!!」
「!?」
力強く轟く咆哮がその疑問を全て吹き飛ばす。
何故ならその声が響いたのは遥か上空、即ち先ほどまでハルマがいた空。そしてそこには一匹の在り得ざる獣が悠々と空を泳いでいたのだから。
「な、何だあれ!? まさか……ドラゴン!?」
「何って……ワイバーンだけど? 貴方、ワイバーン知らないの?」
「ワイバーン……?」
不思議そうに問う少女。
もちろんハルマもその単語自体は知っている。だが、それは本来この世にはいないはずの存在だ。
「……、……!」
がしかし、少しづつ落ち着いてきた彼の目には、その考えを嘲笑うかのようにどんどんと、そして次々とあり得ない『
都会の街並みにはありえない広大な草原。
世界の何処にも存在しないはずの生き物。
既に歴史の果てに消え去った中世風の王国。
目の前に広がるのはまるでおとぎ話のような世界、されどその全てが本物の現実だ。
――これは本気でヤバい。
そんな非現実的な現実を前に、ハルマはようやく自身が陥った事態を理解する。
――意味が分からない、意味が分からない、意味が分からない!!!
それは多くの物語にて語られた身近な夢。
夢なのにどこか現実に近く、叶うはずがないのに不思議と想像しやすい現象。
「貴方……大丈夫?」
――これは、これは本気でヤバい……!!! 何で、どうしてこんなことになったんだ!?
今の彼に起こった事実はまさに、
【後書き雑談トピックス】
ちなみに主人公の名前は「天宮晴馬」と書いて「あめみや はるま」と読みます。
本来の読み方である「あまみや」ではないのでご注意を。
次回 第2話「ないない尽くしの転生者」
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