第114話 誓いの花園

 ――鬱蒼とした森の先で、ハルマ達を正面から向かい入れたのは、まさに息を呑むほどの絶景だった。


「おお……!」


 目の前に広がる光景に、思わず感嘆の声を零したのはこの大陸に着いてからもう何度目だろうか。

 ここに来るまでにもバビロニアの大樹、森の高台の日の入り、テンガレット活火山など様々な自然の作り出した美しさを目の当たりにしてきたが……今回目の前に広がる絶景も、また今までと負けず劣らずの美しさを持っていた。


 そこにあったのはまさに作り話に出てくる『楽園』。

 夕日が沈む海をバッグに添えた、色とりどりの花々が咲き乱れる花園だ。


「すっげえ……! これまた超絶景じゃんか!!!」


「超絶景とは。……あと、前々から言いたかったんだけど、お前こういう時『すげえ』しか言えないのか?」


「……え? どゆこと?」


「いや、お前普通にこういう時毎回感想が『すげえ』ばっかりだからさ。他に何か言えないのか、と思って」


「……え? 俺、そんな毎回語彙力死んでる?」


「そう……ね。確かにジバちゃんの言う通り、ハルマは毎回こういう時『すげえ』ばっかりね」


「……」


 と、ホムラも苦笑しつつジバ公の意見に同意。

 一方そんな微妙に恥ずかしい指摘をされたハルマは、そんなことはないはずだと自身の記憶を遡るのだが――、



 ※ゼロリア到着時

――すっげえ! こんな光景、今までゲームやアニメじゃ見飽きるくらい見てきたが、まさか現実の光景として見る事が出来る日が来るなんて!!!


 ※フォリス到着時

『す、凄い……!!!』


 ※ケルト到着時

『おお……すげえ、ここがケルトか……』


 ※セブンドラコ到着時

『おお……、すげえそれっぽいな』


 ※キャメロット到着時

『凄え……。ザ・RPG感が半端ないじゃないか! そうだ、写真撮っておこう!』


 ※バビロニア到着時

『すっげえぇぇぇ……!!!』


 ※森の高台到着時

『すっげえ……! 日の入りって、こんなに綺麗なもんなのか!!!』



「……」


 そこには、多少の差異はあれど確かに『すげえ』しか言ってない自分の姿があった。


「……そう、だな。確かに俺、どこ行っても『すげえ』しか言ってないな……」


「だろ? お前、語彙力死んでるのかってくらいにどこ行っても同じ事しか言わないんだよ。何、お前『すげえ』が口癖なの?」


「かもしれないな。……なんだろう、この妙な恥ずかしさ。ただ口癖を指摘されただけなのに、なんかすげえ小っ恥ずかしいんだけど……」


「あはは、まあでもその気持ちはなんとなく私も分かりますよ。癖って指摘されるとなんだか恥ずかしいですよね。……それと、ハルマ君。今また『すげえ』って言ってましたよ」


「……。……!?」


「あはは、やっぱり気づいてませんでしたか。どうやら本当に口癖みたいですね」


「いや、今のは違う! 今のは……そう、ちょっと間違えただけで!!!」


「ははは! なんだよ、間違えたって!」


「……それは、その……。ぐぬぅ~~~……ッッ!!!」


 ジバ公の鋭いツッコミにハルマは何も言い返せない。

 結果自ら墓穴を掘ってしまったハルマは、もはや真っ赤になって不貞腐れることしか出来ないのであった。


「ははは……。まあ、ジバ公ももうその辺りにしておきたまえ。流石にこれ以上はハルマのメンタルがもたないよ」


「ええ……。僕的にはまだ少し物足りないんだけど……。……ま、確かにそれもそうか。しょうがない、じゃあ今日はこの辺で勘弁してやるよ」


「何がこの辺で勘弁してやるだ! 徹底的に叩きのめしたくせに!!! 鬼! 悪魔!! 人でなし!!!」


「……まあまあ。もうこれ以上この話題について話すのは、お互いの為にも止めておこうよ。……さて、それじゃあ折角ここまで来たんだし、気晴らしも兼ねてこの『すげえ』花園について少し話そうか」


「ブルータス、お前もか!!!!!」


 と、ここでまさかの不意打ち。

 流石のハルマも、ソメイに『止めようよ』と言われた直後に速攻で手のひら返されるとは思ってもいなかった。

 ……この騎士王、ホントに意外と良い性格してやがる!!!


「いいよ、いいよ……! いつか必ず仕返ししてやるから! 覚悟しとけよ、いつか思い出す度に悶絶するような黒歴史を掴んでやる!!!}


「ははは。……さて、それでこの花園についてだけどね」


「なッ!? ここでまさかの乾いた笑みと共にスルー!?」


「……ハルマ君、これ以上は本当にもう止めておきましょう。これ以上傷つくのは貴方だけですよ」


「くっ……! くうぅぅぅ……!!!」


「……で、この花園についてなんだけど。ハルマはここがどんな場所か知ってるかい?」


「知らねえよ! てか、そんなの俺が知ってる訳ねえだろ!!!」


 ソメイの質問に対し、悔しさからもはや半泣きのハルマは顔を真っ赤にしながら、いつになく突っぱねた雰囲気で返答。

 そんなハルマにソメイは麻婆豆腐な微笑を浮かべつつも、ここは特に焦らすことはなくすぐに答えを話した。


「ここは通称『誓いの花園』。とある人物達が出会い、約束を交わしたとされる花園だよ」


「誰だよ、とある人物達って」


「それは君もよく知っている人物さ。……ここで出会い、そして約束を交わしたのは他ならぬ、かの勇者ユウキと賢者ガダルカナルの二人だ」


「――! ユウキとガダルカナル!」


 聞き慣れた人物の名前が出てきたことで、驚きで目を丸くしつつピンと背筋を立てるハルマ。まあ、そんな反応をしてしまうのも無理はないだろう。

 だってソメイの話が正しいなら、ハルマ達は現在『そして でんせつが はじまった!』の場所に居ることになるのだ。そんな所に居たら流石に驚きもするだろう。


「100年前のある日、転生して来たユウキと旅人だったガダルカナルはここで初めて出会ったそうだよ。そして、何か一つの約束を交わした……そうだ」


「へえ……。ちなみにその約束っていうのは?」


「それは残念ながら今の時代には伝わっていない。何か約束を交わしたのは確かなようなんだけどね」


「そっか……」


 二人が出会い、そして交わした約束とは一体なんだったのか。こう濁されると微妙に気になってしょうがない。

 まあ、ハルマはガダルカナル本人に会えるので聞こうと思えば聞けるのだが……。果たしてそんな約束を教えてくれるだろうか。……いや、ガダルカナルのことだ。どうせ、微妙な笑みを浮かべながらのらりくらりと言い逃れされそうな気がする。


「結局真実は闇の中、か……。……にしても、マキラ大陸にこんな場所まであるなんてな。そうならそうと言ってくれれば良かったのに」


「ああ、それに関しては多分ホムラとシャンプーは普通に知らなかったんだと思うよ。ここは場所が場所なだけあって、あまり多くの人に知れ渡ってるような場所ではないからね。……まあそれでも僕と、それからジバ公は多分知っていたと思うけど……。僕的には敢えて最初は言わない方が面白いかな、と思ったから言わないでみた。ま、サプライズみたいなものだね」


「サプライズって……。ま、別に良いけどさ。で、ホムラ達はマジで知らなかったん? まあ、シャンプーはなんとなく分からんでもないけど」


「そうですね。私はまあ地元から遠出はあまりしたことがなかったので、こういった場所があることは初めて知りました」


「私も。まさかユウキとガダルカナルが初めて出会った場所、なんてのが今もしっかりと伝わっていて、しかもこんなに綺麗な場所だったなんて初めて知ったわ」


「そうなのか……」


 と、その様子からしてどうやら二人は本当に知らなかったようだ。その証拠に二人もハルマと同じように、びっくりした表情で目を丸くして驚いている。

 どうも、ここはソメイが言った通り凄い場所でありながら、本当に知名度はそう高くないらしい。

 どうやら知名度が高い人物に関係する場所だからといって、そこの知名度まで比例して高くなる……とは限らないようだ。世の中難しいものである。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 さて、とそんな訳でここがどんな場所なのか理解出来たハルマ達。

 ここまで来れば次なる目的地である海王国も、もうそう遠くないはないのだが……今日はもう日が沈みそうなので、とりあえずこの花園で野宿することになった。


「今更だけどさ、こういう場所で野宿ってしてもいいものなの?」


「環境に配慮さえすればね。だからくれぐれもごみを放置したり、いたずらに花を抜いたりはしないように」


「しないよそんなこと。いくらガキっぽくても、そんなマナーがなってないことまではしないさ」


 と、そういいながら早速ハルマは夕飯の時にでたごみをふくろに纏める。

 まあこれはもう元の世界や異世界に関係なく、そして最弱だろうがなんだろうが、それ以前に人間として出来て当然のことだ。

 まあ元の世界で野宿……なんて展開になることはあまりないが、それでもキャンプなどしたらごみを持ち帰るのは当たり前。その場に捨てて帰るなど言語道断である。


「……ああ、そういうことか。だからここは知名度が低いんだな」


「? それってどういうこと?」


「簡単さ。まず、知名度が高くなれば人が多く来るようになる。そしてそんな多くの人のなかには、悲しいことにマナーがなってない奴もいる。そうなったらここがどうなるか……分かる?」


「……あ、そういうことね。ここが汚なくなっちゃうんだ」


「そゆこと」


 ハルマの説明にホムラも納得、といった表情でうんうんと頷く。

 多分そうなることを恐れ、この場所のことはこの大陸の五大王であるエンキドゥがあまり公にならないようにしているのだろう。

 だからここはなかなかインパクトの強い場所でありながら、人々にあまり知れ渡っていないのだ。


「なんかちょっと悲しいな。まあ、世の中にはいろんな人が居るから、全部が全部善人ってのは難しいのかもしれないけどさ……」


「そうね……。結局、汚すのも綺麗にするもの同じ人間なんだものね。それは確かにちょっと複雑で……悲しいことだわ」


 と、特にホムラは神妙な表情でそう言う。それは今までに多くの『人の悪意』を見てきたホムラだからこその表情だろう。



 ……ハルマは決して英雄ではない。

 ここに来るまでに何度か人を助けはしてきたが、それは英雄のそれとは決して違う。少し酷い言い方をすればハルマのそれはあくまで『気まぐれ』であり、英雄達の明確な『使命』を持った救済とは違うのだ。

 だからハルマは特に何かを背負うことも、悩むこともする必要はない。


 だが、ユウキはそうもいかないだろう。

 ユウキはハルマと違って、明確に『使命』を持って転生して来た勇者にして英雄だ。

 ならば彼にはハルマにはなかった背負うものがあったはずであり、そして悩むものがあったはずなのである。


 ……果たしてユウキはどう思っていたのだろうか。

 自身に課せられた使命、必ずしも『善』とは限らない存在の救済という使命を。

 ユウキはどう考えていたのだろうか。



 ――それは、ハルマにはいくら考えても分からないことだった。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……約束か」


 一人、夜の砂漠で寂しそうな、懐かしそうな表情をした少女がいる。


「懐かしい話だね。もう……100年近くも前になるのか」


 その少女は名はガダルカナル。100年の時を越え、今もなお何かの目的の為に秘かに生き続けるかの伝承の賢者だ。


「時の流れというのは……まあなんとも、だ」


 ガダルカナルはレンネルと違う。

 遥かなる遺跡にいたレンネルはあくまで世界に焼き付いた『現象』のようなもの、あれは決して人ではなくレンネル本人でもない。

 だが、ガダルカナルは違う。


「……なに、だからまあなんだという話だね。変わらないさ、100年だろうが1000年だろうが――」


 常人離れしていようとも、彼女はあくまで人間だ。

 小さくて、弱くて、一人では生きていくことの出来ない弱い人間という生き物なのである。

 なのに、彼女は何故――


「僕には何も変わりない」


 今もなお、一人で孤独に生き続けるのだろうか。


 賢者の領域には基本的に誰も入って来れない。

 賢者の領域はマナがあまりにも濃すぎるが故に、遥かなる遺跡とは逆の現象……『オド喰い』が発生して、誰もここには滞在出来ないのだ。

 例外として魔術適性の無いハルマなら問題なくここに来ることが出来るが……それでも、彼がここに訪れるようになったのはこの数カ月の話。

 つまり彼女は100年間の大半を、たった一人で過ごしてきたということになるのだ。


 確かにガダルカナルは目的があると言っていた。何か目的があって、今もなお生き長らえていると。

 だが一体100年も孤独に生き続けるような『目的』とは一体なんなのだろうか。

 そんな生きているだけも辛そうなことさえ強いる『目的』とは一体なんなのだろうか。


「……待っていてくれ。いつか、いつかきっと叶えてみせる」


 この星に住む、誰もがそれを知ることはなく。

 この星に住む、誰もが彼女を見ることもなく。

 それでも小さな少女は――、



「……君との約束は、絶対に叶えてみせるからね。ユウキ」



 『約束』という名の『目的』を、一人孤独に追い続ける。




【後書き雑談トピックス】

 前にも言いましたが、ガダルカナルは自身の時間を巻き戻しているので100年経った今も15歳です。

 15歳と言うと、ハルマ(17歳)はおろかシャンプー(16歳)よりも年下。元の世界でいうと高校1年生くらいの年齢ですね。

 


 次回 第115話「約束」

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