第115話 約束

『……』


 目を覚ました時、少年は見知らぬ花園に居た。


『……、……?』


 突然の異変に、何が起こったのか少年は理解出来ない。

 だって、ついさっきまで少年は新宿の街を歩いていたはずなのだ。間違ってもこんな花園で眠ったりはしていない。


『……』


 目の前に広がるのは色とりどりの花が咲き乱れる、都会ではまずお目にかかれない花園だ。そしてその奥にはちょうど朝日が昇り始めた海が広がっている。

 それはまるで作り話に出てきそうなほど美しい絶景だった。もし今の彼以外の者がここに訪れたのなら、きっとこの光景から目が離せなかっただろう。


『……』


 だが、少年はその花園と海から目を離すことが出来た。……ただし、それは今の彼の状況が混沌を極めていたからではない。

 少年がその絶景から目を離すことが出来た理由。それは……、


『おや、目……覚めましたか?』


『――!』


『おはようございます、見知らぬお方』


 少年にとっては目の前の絶景よりも、そのかけられた言葉の方が何倍も綺麗に感じたから。ただそれだけのことだった。


 優しく少年に語りかけたのは一人の少女。長く綺麗な金髪と吸い込まれそうな碧眼を持ったただの少女。風に吹かれ舞い散る花びらと共に、少年の横で遠い朝日を眺めている――ただの少女だ。


『……』


『あれ? まだ眠い感じですか? でも、これ以上ここで寝るのはあまりおススメではありませんよ。確かにここは綺麗ですが、いくらなんでも居眠りするには少し危ないでしょう。ちゃんと、お家に帰って寝た方が良いですよ』


『……あ、いや、そういう訳ではないんだ。えっと……いろいろ状況が複雑でな……』


『そうなんですか?』


『ああ、うん……。……ちょっと待て、とりあえず一つ一つ整理していこう』


 と、ここで目を覚ましてからようやく少年は口を開く。そして忘れかけていた異常を思い出した。

 気が付いたら見知らぬ場所に居た、などという訳の分からない異常事態。何一つとして理解出来ないまさに八方塞がり。

 そんな危機的状況で、少年が最初にとった行動は――、


『……えっと、いろいろと言いたいことはあるんだけど』


『はい』


『まず初めに……一つ良いかな?』


『どうぞ、遠慮なく』


『……その、君は……誰だ?』


『……』


 ある意味当然の質問。

 少年に名を聞かれた少女はしばしキョトンとした顔をしていたが……その直後、小さな笑みを浮かべる。


『あはは! そうでした、そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。ごめんなさい。なんだか話しやすかったので、つい』


『花園で寝っ転がってる奴が……話しやすい?』


『ええ、そうですとも。貴方はとっても……話しやすそうでした』


『……』


『と、話が逸れてしまいましたね。……では、僭越ながら自己紹介をば』




『私は名前はガダルカナル。特に理由もなく世界を彷徨く、ただの世を捨てた賢者ですよ』




 吹き抜ける一陣の風。

 再び舞い上がる花びらに包まれながら、少女は少年に自らを『賢者』だと名乗った。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……」


 ハルマは目を覚まし、すぐに自分が夢を見ていたのだと気付いた。だが、それは決して普通の夢ではない。

 何故なら、今見た夢はどう考えても――


「ガダルカナルと……ユウキが初めて会った瞬間、だったよな」


 実際に過去に起きたであろう出来事の風景だったのだ。

 少年の方は夢の中で名乗ることはなかったが、ハルマはユウキだと確信を持っていた。だってこの花園の風景でガダルカナルが初めて会った少年に話かけているなど、ユウキとの出会いの場面以外にあり得ないだろう。

 それに何でもないただの夢、と切り捨てるにはあまりにもリアル過ぎる。ならば……やはり必然的にこういう発想に行き着くのだった。


「……あれかな。確かガダルカナルは『夢』とリンクを繋げる、って言ってたはず。だからガダルカナルと縁の深い場所に着た影響で、それに何かが反応したのか……な?」


 まあ、あり得ない話ではないだろう。

 というか残念ながらハルマには他に説明が思いつかなかった。もしかしたらハルマの知らない異世界特有の夢事情が何かあるのかもしれないが、流石にそこにまでは配慮しきれない。だって知らないんだし。


「ま、別に説明出来なくても問題ないんですけどね。不思議な出来事なんてもう慣れっこだし」


 異世界に来てから元の世界と違いに何度も振り回されたことで、ある程度の事ではもう驚かなくなってきていたハルマ。

 今回の夢も、冷静に考えると結構凄いことのはずなのだが……ハルマはいともあっさりと受け入れてしまった。……本当に慣れとは恐ろしいもんである。


 さて、そんな訳で不思議な夢と共に目を覚ましたハルマ。

 しかしまだ外の様子からして時刻は朝早くのようだった。その証拠に、太陽はちょうどさっきの夢のようにまだ東の先にある。


「……でも、なんか目覚めちゃったな」


 再び寝ようかとも考えたのだが、なかなか寝付けなかったので二度寝は断念。

 そのままハルマはしばしどうするか考えた後、せっかくなので朝日を拝んでおくことにした。昇ったばかりの朝日なんて早々見られるものでもないのだし。

 元の世界ではまず早起きなんてしないのだから、こういう機会にお目にかかっておこうと思ったのだ。


「では……天宮晴馬参る!」


 てな訳で、早朝の静かなる孤独朝日ウォッチングスタートである!



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「あ、ハルマも起きたの。おはよう」


「……」


 静かなる孤独朝日ウォッチング1秒で終了。

 なんと見晴らしの良さような場所に移動したら、そこには既に朝日を眺める先客がいた。


「……おはよう。えっと、もしかしてホムラって毎日こんな朝早く起きてるの?」


「ううん。今日はたまたま目が覚めただけ、でなんか眠られなかったからせっかくだし朝日でも眺めてようかなって。ハルマは?」


「あーうん。概ね同じ」


「そう」


 そこに居たのはホムラ、どうやら彼女もハルマと似たような状況に陥り今の状態になったようだ。……なんだろう、ここの花にはなんかそういう効果でもあったのだろうか。こう、眠気覚まし効果……的な。


「うーん、そうなんだとしたら凄い便利なんだけどな……。ぜひ元の世界に持って帰って歴史の授業中に活用したい。歴史の岡村は話してばっかりだから、眠くなるんだよな……」


「……。……えっと、それもまたいつものよく分かんない話?」


「いつものって……。まあ、そうだけど。……でもさ、そんなに何言ってるか分かんないかな? なんとなーくニュアンスは伝わらない?」


「うーん……」


「伝わらねえのか……」


 それは悲しき異世界ギャップなのか、はたまたホムラが天然なのか。

 ……どうだろう、どっちとも可能性があって何ともいえない。いや、寧ろこの場合は両方か? ホムラの性格から考えると、それも十分にあり得る……。


「うーむ、これは難問だな……」


「……あ、えっとごめんなさい。なんか私、あんまり良くないこと言っちゃったかな」


「へ? あ、いや、そんなことはないよ。ただ、やっぱり元の世界の事を話すのはちょっと難しいな、と思っただけだから」


「……」


「……ホムラ?」


 と、ハルマの言葉を聞いて、ホムラは少し寂しそうな顔をして黙ってしまう。

 ……もしかして何かマズいことを言ってしまったのだろうか。どうも此間のガダルカナルの件からも、ハルマは知らないうちに相手の地雷を踏んでしまう性質があるようだった。なら、もしかして今回も……、


「……あ、ごめんなさい。ちょっと、考えちゃっただけだから。気にしないで」


「……考えちゃったって?」


「……。……えっと、その。……いつか、ハルマが帰る日のこと」


「ああ……」


 元の世界、というので思い当たってしまったのだろう。……まあ、そういう表情になってしまうのはハルマにも分からなくはない。

 この世界に転生してきてから4カ月近く、ハルマはホムラ達と各地を旅しいろいろな縁を紡いできた。それは新しい人達とのものもそうだが、もちろん共に旅をするホムラ達にも同じことが言える。

 だが、そうやって深く縁を紡ごうといつかはその終わりも来るのだ。だってハルマの最終的な目的は元の世界に帰ることなのだから。


「分かってはいるわ、人は絶対出会ったと人と、いつかはお別れの日が来るものだって。……でもね、しょうがない事だと分かっていても、その事を考えると……やっぱりね」


「……そうだな」


「……ごめんなさいね、朝からなんかしんみりさせちゃって。その、私話しするのあんまり上手くなくて……」


「いや、別に謝ることはないでしょ。そんなに俺は気にしてないから、大丈夫だよ」


「……」


「……ん?」


 と、再びハルマの発言を聞いて沈黙するホムラ。ただし、今度の表情はどちらかというとちょっと不機嫌そうな顔だった。


「……気にして、ないの?」


「え?」


「いつかのお別れの日の事、ハルマは気にしてないのって」


「……あー。いや、今の『気にしてない』はそういう意味で言った訳じゃないよ。そりゃ俺だって別れの事を考えると寂しくなるに決まってる」


「その割にはなんか淡々としてるけど」


「そう?」


「そうよ」


「……」


 まあ確かに、ホムラ程は表情や雰囲気がブレていない。これならば傍から見ると、あまり気にしてないように見えるかもしれない。

 ……ハルマはその理由をなんとなく理解はしていたが、それは今まで同様表に出すことはしなかった。


 だが、そのままだんまりという訳にもいかない。

 てな訳で、ハルマは小さな笑みを浮かべつつ、ホムラに対しもう一つの『気にしていない』理由を語ることにした。


「……まあ、でも確かにホムラ程は気にしてないのはそうかもね」


「……」


「でも、別に寂しくない訳じゃないよ? 俺はその……ただあんまり考えないようにしてるだけだから」


「え?」


「別にそんな難しいことじゃないさ。辛い事とか苦しい事ってのは、過去のと今の分を背負うだけで精一杯だと思うんだよね。だからそこにさらに未来の分まで背負う余裕は俺にはない。だから、俺は先の辛い事はあまり考えないようにしてるんだ。それに未来はなんて何が起こるのか分からないのに、そういう事を想像するのはもったいないだろう? だから俺の未来妄想は常にハッピーな事しか考えてないんだよ」


「例えば?」


「そうね……。例えばガチャ回したらお目当ての子がまさかの単発で出てきたりとか、アイスバーが見事に大当たりとか、行く先々の信号が全部ちょうど青になるとか……」


「……なんか、スケールが小さいわね」


「あんまり非現実的過ぎるとリアリティがないからね。なんとなくあり得そうな感じくらいがちょうどいいよ」


 と、ハルマは穏やかな笑みを浮かべながらホムラにそう言う。

 そしてそんなハルマの言葉を聞いたホムラは、ハルマと同じように穏やかな笑みを浮かべて優しく笑った。


「……そっか。まあ、確かにそれはそうね。妄想だけってのもあれだしね」


「そゆこと。……という訳でこれが俺が案外あっけらかんとしてる理由だよ。ご理解いただけましたかな?」


「うん、よく分かった。ありがとうね」


「いえいえ」


 ハルマの雰囲気の理由が分かり、とりあえずはスッキリした様子のホムラ。

 ……だが、まあだからといってホムラの中からなんとなく感じる寂しさが消える訳ではなかった。

 当然だ、だって今のはあくまでハルマの理由なのだ。故にそれを知ったところで、ホムラまでそうなれるという訳ではない。故にやはり分かってはいても、どこか寂しさは消え切らないのだった。ならば――、


「ホムラ」


「何?」


「まあ、なんだ。せっかくだし、もう一個いい方法をお教えしよう。いつかの辛さを忘れられる、良い方法をね」


「……良い方法」


「そうそう。で、それは何なのかと言いますとですね」


「……」


「それは……約束、です」


「……約束?」


「そう、約束。指切りげんまん的なアレね」


「……どういうこと?」


 ハルマの言ったことが理解出来ず、ホムラは首を傾げる。

 だがそんなハルマはそんな様子を前にしても、変わらず自慢げな雰囲気のまま話を続ていく。


「簡単な事さ。友達とか、家族とか、大切な人と交わした約束っていうのはそれだけで大きな力になるんだよ。辛い時も心を支えてくれる、大きな力にね」


「そうなの?」


「そうなの。実際ハルマさんは何度か実証済みなので確信持って言えるです、はい」


「そう。……じゃあ、せっかくだし。ユウキとガダルカナルに肖って私達も何か、ここで約束する?」


「良いね! ……で、どんな約束にしようか」


 と、ここまで来て内容までは何も考えていかなったハルマ。

 故に、一体どんな約束なら別れた後も寂しくないかな……その場で考え始めるのだが、


「えっとね。私は、その、既に一個あるの」


「あ、そうなの?」


 その答えが出る前に、すぐさまホムラが答えを出した。


「じゃあそれにしよう。……で、一体どんな約束?」


「……その、半分以上私の我が儘なんだけど。……いつまでも友達で居る、っていう……」


「……」


「あ! その! 迷惑とかだったら全然違うので良いんだけどね!? ちょっと、そういうのを考えたりしてなくもないかなーとか……」


「いや、全然良いと思うよ。……まあ、友達で居ることって別に約束するまでもないとも思うけどね」


「そうなの?」


「うん。普通1回友達になったら、あんまりその後解消ってないでしょ。……あ、いやでもどうなんだろう。陽キャ感バリバリのパリピーな人達は案外そうでもないのかな……」


 純粋な疑問。

 ハルマはどっちかっていうと生徒会長(代理)でありながら、陰属性が強かったので真の『陽』の実態は分からないのだが……。もしかしたらそっち側の世界では、案外普通に切り捨てられたりしているのだろか。

 ……だとしたらなんか怖い気もするが。


「……ま、それは人それぞれだわな。……えっと、まあでも俺は全然良い約束だと思うよ。遠く離れていても友達が居てくれるっていうのは、凄く心の支えになるからね」


「じゃ、じゃあ……」


「うん。そいじゃ、ほい」


「え?」


「『え?』って、今回は指切りげんまんしないの?」


「あ、ああ……! するする!」


 と、いう訳でハルマとホムラは2回目の指切りげんまん。

 なんだかゼロリアでの事を思い出して、とても懐かしい気分になった。


「指切った! ……はい、それじゃこっちの約束は前みたいに破らないでね?」


「もちのろんですよ! ……とまあ、てな訳でさ」


「?」


「これからも……その、よろしくね。ホムラ」


「……。……うん、こちらこそよろしくお願いします。ハルマ」


 互いに優しい笑みを浮かべながら、今度は握手を交わす二人。

 握ったホムラの手は、どこか安心感を覚える暖かさに包まれていた。




 ……いつかこの旅には終わりが来る。そして、いつか彼らには別れの時が来る。

 それはどうあっても逃れられない運命、出会ったその瞬間から定められた運命だ。

 でも少年も、少女も、その運命に悲観はしない。


 だって、いつか別れの時が来ても、いつか終わりの時が来たとしても。

 今日の日の誓いがある限り――



 少年も少女も、決して『一人』ではないのだから。












※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ユウキ、約束しよう。……僕は、私はいつか君を」


 いつの日か、君を。きっと、必ず―――




【後書き雑談トピックス】

 と、いう訳で長らく続いた『4章 回帰する記憶』はこれにて完結です!

 そしてこれでようやく第1部の半分が終わりました。……長え。

 6カ月くらいで6分の1がようやく終了、つまりこれ単純計算すると完結まで3年(36カ月)掛かるんですよね。……前作の10ヶ月はなんだったのか。


 まあ、そんな訳で『最弱勇者の英雄譚』はかなりの長期戦になるものと思われますが、これからもお付き合いいただければ嬉しいです。よろしくお願いいたします。

 ちなみにこれからの予定なのですが、次はすぐに5章に入るのではなく前々からやろうやろうと思っていた番外編をやりたいと思います。

 そんな訳でなので5章の開始は(多分)8月になるかな? 

 ……あ、つまりしばらくハルマ君の出番ないですね。


ハルマ「!?」

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