最英EX 悪い夢
『本日はご来場頂き誠にありがとうございます。今宵皆さまにお送りいたしますのは、一人の少女と怪物による遠き罪を象った夏の歌。どうぞ心ゆくまでお楽しみください』
「……」
悪趣味なくらいに古びたマイクから、聞きなれたアナウンスが劇場に響く。
ガラガラと、ピーピーと、交わる雑音が聞くに堪えない。
ゆっくりと見せつけるように上がっていく舞台の幕は17年前の忘れ物。古く、古く、どこまでも古いこの劇場全てが、彼のための
『……昔々、ある所に善良な一人の少女とその家族がおりました』
改めて一から教えるつもりなのか、それとももう一度しっかり思い出させるつもりなのか。
古びた音声は今宵も悪趣味に、分かりきった事実を淡々と話し始めていく。
『少女は大好きな家族たちと、毎日を幸せに健やかに過ごしておりました。……しかしそんなある日の事、一つの不運な悲劇が少女を襲います。なんと楽しい家族旅行の最中不慮の事故にあってしまった少女は、目の前で父と母を亡くしてしまいました』
キキーッ!!! ガッシャーーーーーン!!!!! と、
妙にリアルに再現された車の衝撃音に、思わず込み上がってくるのは鈍い吐き気。
知らないくせに、見ていた訳ではないくせに、覚えているはずないくせに。
あぁ、どうして、なんでこんなにも、地獄だけはしっかりと再現されてしまうのか。
『深い深い悲しみに囚われそうになってしまった少女。しかし、少女は残された唯一の家族である弟のためにも、決して諦めることはありませんでした。それどころか少女は前よりも明るく逞しく前向きに、再び人生を歩み続けたのです』
そうだ、それは確かに事実だ。
現に彼女は自分の前では決して弱音を吐くことはなく、涙の一粒も見せることはしなかった。
だが、同時に彼は知っている。それは彼女の精一杯の強がりだったことも。
……だって、彼は見てしまったから。自分の前ではいつも明るく笑う姉が、夜に独り父と母を呼びながら静かに泣いていたのを。
『……しかし、それでも世界は残酷でした。そんな少女に対し、世界が与えたのは祝福などではなくあまりにも無残な終わり。なんと少女はそれから数年後、弟が8歳の誕生日を迎えた夏の日。弟が不始末で起こした火事から彼を庇い、そのまま命を落としてしまったのです』
再び、眼前に再現される地獄。
それはもう、何度も、何度も、何度も、彼の前に現れた……見慣れた地獄。
何もかもが炎に包まれ、焼け落ちていく、熱い熱い炎の地獄だ。
「……、……うっ、うううゔうゔゔゔゔえっ……」
もう、何度も見た地獄なのに。
それでも脳裏に焼き付くあの日の後悔が、罪悪が、憎悪があまりにも深すぎて、今度は我慢しきれずその場で嘔吐してしまう彼。
……だが、吐こうとも吐こうとも、彼が本当に吐き出したいものは一向に出ていく気配はなく。
故に、ただただ意味もなく、彼はその場に蹲っていた。
『幸せな家庭に生まれ、善良に生き、悪逆を犯すこともなかったのに。少女の人生はあまりにも短く、そして必要以上に悲劇に満ちたものでありました。……本当に世界とはなんと残酷なものなのでしょう。…………しかし、本当に少女を苦しめたのは世界だけでしょうか?』
と、ここで響くアナウンスの方向性が変わっていく。
今まではあくまで物語のナレーターとして、ただそこにあった事実を語っていただけだ。だからその気になればここまでは機械にだって出来た仕事だ。
だが、ここからは違う。
ここから先に始まるのは朗読ではなく尋問。
過去にあった物語のお話ではなく、現代に生きる怪物へのお話だ。
『確かに少女は世界の残酷さの被害者であるのは事実です。……しかし、少女を取り巻く悲劇の元凶は明らかにそれだけではありません。一つ、明確に彼女に不幸を呼び寄せていた存在が彼女の近くに居たはずです。彼女に必要のない不幸を、厄災を、悲劇を呼び寄せていた存在が』
「やめろ」
『誰よりも弱いくせにすぐに喧嘩ばかりして」
「やめろ!」
「誰よりも子供なくせに無理に大人ぶろうとして」
「やめろ、やめろ!」
「誰よりも病弱なくせに無茶ばかりして、心配ばっかりかけて」
「やめろやめろやめろ!!!」
「役に立ちたい、助けたい、幸せにしたい。そんな妄言ばかり吐いた挙句、出来たことは盛大で悪趣味な火葬だけ」
「やめろ!!!! やめてくれ!!!!!!!」
「そんなどうしようないクズが居たよな。……なぁ、
「――ッ!!!!!!!!!!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――ッ!!!!!!!!!!!」
まるで、夢の続きのように。
悪夢の中と同じ慟哭を上げながら、ハルマは汗だくで目を覚ます。
「……、……」
身体だけを起きあげ荒い息を吐きながら、見渡す景色は見慣れたテント。
……そうだ。まだ次の街までは距離があるから、今日はここで野宿をしていたんだった。
「……」
ふと横に目をやると、そこではハルマの作ったバスケットのベットの中でジバ公が小さな寝息を立てながら眠っていた。
それをハルマはしっかりと確認すると、そのまま彼を起こしてしまわないよう静かにテントの外に出ていく。
……まあ、わざわざ意識しなくても人を起こさないように部屋を出るのなんて、もうハルマは慣れ切ったことなのだが。
「……あれ? ハルマ、どうしたんだいこんな夜遅くに」
「ソメイ……」
と、テントを出ると、外で見張りをしていたソメイと目が合う。
その様子からして彼はまだ眠るつもりはないらしい。……まったく、不眠症気味とはいえあまり無理はしないでほしいものなのだが。
「ちょっと……目が覚めちゃって。夜風に当たろうかと」
「そうか、じゃああまり遠くには行かないようにね。この辺りはそう凶暴な魔物は居ないけど、何が起こるかは分からないから」
「分かってる、ちょっとしたらすぐ戻るよ。……お前も早く寝ろよ」
「もちろん。あと少ししたらちゃんと寝るよ」
穏やかに返る彼の言葉に思わずハルマは苦笑。多分、あんな事を言いつつ彼はあと1時間は寝はしないのだろう。
そして、仮にそれを後から問い詰めれば決まって彼は「すまない……。その、ホムラもシャンプーも気持ちよさそうに寝ていたものだから、起こすのが忍びなくて……」なんて言い出すのだ。
「やれやれ、騎士サマにも困ったもんだな……」
ほんと、その強さをほんの少しでも良いからどこかのバカへ分けるやってほしい。
彼の百分の一でも、あの時の自分に強さがあれば。また何か違う未来があったかもしれないのに。
「……」
なんて、ありもしないたられば話を夢想しながら、ハルマは少し離れた茂みの中へ。
……うん、ここならきっともうソメイにもハルマの声はちょっとやそっとじゃ聞こえないだろう。これなら安心だ。安心だから――
「お゛、おおおおおおおおおおおおおおおおおお……
吐いた。
先ほどの夢のように、ハルマはそのまま空っぽの中身を吐き出していた。
「……はぁ、はぁ、はっ……おおお、おおおおおおおおお……
だけど、それでも、やっぱり本当に出て行ってほしいものは出ていかなくて。
出ていくのはただただ無意味に吐き捨てられる胃液だけで。
「……はあっ、ああっ。……、……」
……まあ、分かってはいた事だ。どうせこんな事したって楽にはなれないって。
だって、ハルマはあれ以来もう毎日のように夜中に独り、いろいろな苦しみに耐えきれず吐き出していたのだから。
というか、そもそもハルマを襲う苦痛は何も吐き気だけではない。
あの日、あの地獄の日以降、一度たりとて、一秒たりとも、天宮晴馬に楽になれる日なんてありはしなかった。
だって起きていれば常にどうしようもない憎悪と罪悪感から、割れるような頭痛に、腹痛に、吐き気に、倦怠感に襲われるし。眠りに落ちれば今度は毎夜毎夜の悪夢の始まりだ。
こんな生活の中で、どうやって楽になれと言うのか。
「……は、ははっ……」
ああ、そうだ。分かっている。知っている。
自分の事だから、自分が一番分かっている。
こんなにずっと辛いのは、こんなにずっと苦しいのは。
彼に自分を許す気がないからだ。
天宮晴馬という名の復讐鬼は、絶対に天宮晴馬という怪物を許さない。
自分から、誰よりも幸せにしたかった姉を奪った自分という怨敵を、彼は何がなんでも許せないのだ。
だから――、
「分かってる、分かってるよ。……逃げようなんて、思ってない。だからちゃんと毎日、ちゃんと出来るだけ苦しむさ。苦しんで苦しんで苦しんで……その果てにちゃんと、独りで地獄に落ちるとも」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
これは、彼の旅の中のとある夜の一幕。
大して特別ではなく、別に何かおかしなわけでもない、ごくごくありふれたただの夜の一幕である。
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