最英EX 夢を見た魔術師

【前書き】

 エイプリルフール番外編。

 まあ、エイプリルフールなのに本編時空のお話なんですけども。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 夢を見ていた。

 遠い、遠い夢を見ていた。

 諦められない夢を、どうしても捨てられない夢を。

 愚かしくも儚い――夢を見ていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ―10年前、聖王国キャメロット―

「やあやあ、これからよろしくね!」


「……」


 ある日、突然のことだった。

 その人はまるで当然のことのように、まだ王となる前……まだ10歳になったばかりの私の元に現れた。


「ええと……」


「ん?」


「貴女は……誰ですか?」


 だが、私はもちろん彼女のことなど全くもって知らない。

 だって昨日の昨日まで彼女は影も形もなかったのだ。寧ろ知っている方がおかしいだろう。


「……」


 だから私は彼女に名前を聞いた。

 すると、彼女は少し悩んだような表情になる。

 何故だろう? どうして名前を名乗るに悩む必要があるのだろうか。

 私は不思議に思ったがその答えを聞くことはしなかった。

 何故なら、それを聞く前に彼女はニヤリと笑って名乗ってしまったから。


「うーん、そうだな……。じゃあ、ここはマーリンとでも名乗っておくかな。よろしくね、未来の王女ロンゴミニアド様」


「よろしく……お願いします?」


 まだ状況が分からず、しどろもどろな私。

 そんな様子を見て彼女……マーリンはハッハッハと笑う。


 これが私とマーリンの出会いだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「やあ、ロンゴミニアド。……えっと、勉強中かい?」


「マーリン。うん……じゃなくてはい、お勉強中です」


「ふふ、段々と敬語が様になってきたじゃないか」


 ひょいっといたずらっ気に満ちた顔で私の部屋を除くマーリン。

 彼女はそのまま私に断りもせず、部屋の中に入ってくる。

 初めの頃は「勝手に覗かないで」と言っていたのだが……何度言っても止めてくれないので最近は諦めてしまった。

 結果、今はもう何の抵抗もなく私の部屋に彼女は入ってくる。


「どうだい、王様の勉強は? つまらない? 楽しくない?」


「マーリン、それじゃあどっちの答えも同じ意味になってるわ」


「およ? じゃあロンゴミニアドはこのどっちの答えでもないのかな?」


「……そういう訳ではないけど。今の質問は公平性……みたいなものがないと思います」


「ははは、真面目だねぇ」


 私の答えを聞いてマーリンはケラケラと笑う。

 今、そんなに面白いことを言っただろうか?


「マーリン、一つ訂正したいことがあります」


「ん? なんだい?」


「今のは私が真面目なんじゃなくて、貴女が不真面目なんだと思うわ」


 そう、マーリンはいつも不真面目だった。


 この国に突然現れ、何故か当たり前のように私の世話係になってから早3か月。

 その間私は彼女のことをいろいろと見てきたが……彼女はとにかく不真面目なのだ。

 つまらないことがあればすぐに「忙しいんだ」と言って投げだすし、なんだか話すときもいつもおちゃらけ。

 そんな彼女にどうして『真面目』なんて言葉が使えようものか。


「……おう、結構厳しいこと言うねぇ。まあ、確かに私はそんなに真面目にやってないからね」


「どうして?」


「どうしてって……それは簡単なことだよ、ロンゴミニアド。人間はね、いくつものことを全部成し遂げるなんてのは出来ないのさ。私達のこの小さな腕では、何か一つだけを精いっぱい成し遂げるのが限界なんだ」


「そう……なの?」


「そうさ。そしてそれはもちろん私も同じだ。だから私はたった一つ、その大事なことを成し遂げる為に、それ以外のことは結構いろいろ切り捨ててる。だからいろいろと不真面目に見えるのかもしれないね」


 少しだけ、彼女には似合わない寂しさのような表情を浮かべながら彼女はそう言った。

 だが、そうなると今度は一つ気になることがある。


「じゃあ、貴女は何を『真面目』にやっているの?」


「え?」


「たった一つ。何かを精いっぱい取り組んでいるのでしょう? それは何?」


「……内緒」


「えええ!?」


「ロンゴミニアドが王様になったら、私に命令して聞くといいよ」


「ちょっと! ズルい、ズルいわマーリン!!!」


 アハハと笑いながら、そそくさと逃げ出していくマーリン。

 その逃げ足は結構早くすぐに何処かに行ってしまった。

 結果、私は彼女の「内緒」を聞くことは出来ず。


「もう! マーリンったら!」


 私はぷんすかと怒りながら、部屋に戻っていくのだった。




 ―その日の深夜―

「……ん」


 その日の深夜。私はトイレに行きたくなって目を覚ました。

 ふと時計を見てみると時間が夜の2時半。

 結構な夜中である。


「……」


 早いところ済ませて、部屋に戻ろうと私は早足で廊下を駆けていく。

 ……すると。


「あれ?」


 暗い廊下に薄い明かりが見える。

 おそるおそる近づいてみると、それは書斎から零れる明かりだった。


「誰か、まだ起きているの?」


 こんな夜中まで起きて何をしているのだろうか。

 私は気づかれないように書斎をそっと覗いてみた。


「……あ」


 書斎の中に居たのは一人の女性だ。

 普段の彼女からは想像も出来ないような、苦悶の表情をした女性がそこに居る。

 その名は他ならぬ……マーリンだ。


「あと10年。あと10年だ。失敗は出来ない、する訳にはいかない。なんとしても、なんとしても成功させないと……!!!」


「……」


「だからこそ、この10年を無駄にするな。絶対に、絶対に成功する為に……10年後に絶対に成功させるために!!! 彼の時よりも、さらに難しくても必ず成功させるために!!!!!」


「……」


 辛そうな表情で、苦しそうな表情で。

 マーリンはひたすらそう呟いていた。

 普段の笑顔やおちゃらけた様子がまるで嘘であるかのように。


 ……私はその後、そっと書斎を離れた。

 マーリンに声を掛けることも出来たが、敢えてそれはしないでおく。

 だってマーリンはあんな状態を普段誰にもを見せたことがない。つまりあれは私達が気安く関わっていい彼女ではないのだ。


「……マーリン」


 きっとあれが彼女が唯一『真面目』にやっていることなのだろう。

 でも結局それが何なのか、私にはまるで分からなかった。

 それでも一つだけ分かったことがある。

 それは……決して彼女の成し遂げようとしていることは容易なことではない、ということだ。




 ―10年後―

「……王、王?」


「……え? あ、ごめんなさい。少しボーっとしていました。何か用ですか、マーリン」


「いや、別にようって程ではないですけどね。此間のハルマ君達凄かったですねって」


「ああ、はい。彼らの勇気には私もとても驚かされました」


「ですよねー!」


「……」


 マーリンは、今も変わらず私には楽しそうな表情を向けている。

 でもそれが本心ではないことを私は10年前から知っていた。


 ……10年、今年がマーリンの言っていた『10年後』だ。


 今年に一体何があるのだろう、今年に一体彼女は何を成し遂げるつもりなのだろう。

 それはこれから成し遂げることなのだろうか、それとも現在進行形で行っているのだろうか、はたまたこれから始まることなのだろうか。



 ……マーリン、貴女は一体何を望んでいるのですか?



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 夢を見ている。

 遠い、遠い夢を見ている。

 諦められない夢を、どうしても捨てられない夢を。

 愚かしくも儚い――夢を見ている。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



【後書き雑談トピックス】

 ロンゴミニアドが王になったのは3年前の17歳のとき。

 ちなみにマーリンはその時24歳です。

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