第52話 おん・ざ・しっぷ えぶりでい Ⅴ

「癒されたい」


 ガダルカナル大陸への船旅5日目。

 食堂でお昼ご飯を食べていたハルマは、突然そんなことを言い出した。


「……なんなの? お前、時たま藪から棒になんか言わないと死ぬ病なの?」


「どういう症状? いや、違うんだって。よく考えてもみてよ」


「?」


 ハルマの言葉に首を捻るホムラ達。

 ハルマはそんな彼女ら様子を見て、分かりやすく「やれやれだぜ」とでも言いたげなジェスチャーをする。

 そんな様子がまたジバ公には「めんどくせえな、コイツ」と思われるのだが……そこはハルマは気にしない。

 ジバ公のあからさまな表情は無視して、ハルマは今までの旅路を振り返りはじめた。


「まず、最初のゼロリア&ワンドライでは吐血レベルの暴行。次にツートリスでが滝つぼダイブ」


「それはハルマが自分からやったんじゃない」


「いや、まあそうだけど」


 ホムラの痛烈なツッコミ。

 実際その通りなので反論のしようがない。


「まあ、それは置いてといて。んで、スリームでは街の命運がかかった交渉を単独で行い(ほとんどキングのお陰だが)、フォリスではアンデットと交戦。次のマルサンクでは死に掛けて、シックスダラーではホムラが返ってくるまでずっと腕折れたまま。そしてケルトでは本格的な武術大会参加ですよ」


「……僕はシックスダラーから付いて来ているから、それまでの旅路は知らなかったけど。ハルマもかなり壮絶な道を歩んできたんだね」


「だろ? かなり壮絶だろ?」


「分かったよ。で? その壮絶な旅路がなんなのさ」


「『なんなのさ』じゃないよ。もう転生してからずっとこんな感じで、そろそろ俺のメンタルがヤバいんだよ。死にそうなんだよ!」


「ああ……」


 憐れむような、同情するような気持ちの籠ったホムラの「ああ……」が心に刺さる。

 だが、実際そろそろハルマのメンタルダメージも結構なものになったきた。

 何度も言うが、天宮晴馬は元の世界ではただの高校生。

 そもそも元の世界に居る頃は腕を折ったことすらなかったくらいなのだ。

 それがこの世界に来てからは、もう骨折どころか瀕死にまで追い込まれたりしている。

 彼の身体も心も、そんな痛みに耐えることが出来るほど丈夫ではないのだ。


「だから、癒しがほしいです。なんかいいストレス解消的なアレはありませんか!」


「癒術じゃダメなのかい?」


「それは物理的な癒しでしょうが、ソメイちゃんよ。……前々からちょくちょく思ってたけど、お前さては天然だな?」


「天然?」


「……」


 果たして『天然』が伝わらないのは、異世界だからなのか、それともやはり天然だからなのか。

 まあどっちにしろ大して変わりなのだが。


「癒し、癒しかぁ……。ジバちゃんは何かいい案ない?」


「こんなハルマのクソみたいな欲望にも真摯に向き合うなんて……ホムラちゃんは本当に優しいね。……でも、僕も特に思いつかないな。僕はホムラちゃんが居ればそれで自動的にストレスは消えていくから」


「なんで?」


「え? いや、なんでって……」


「はいはいはい! そこの所の惚気ムーブは2人でやってくださいネ! また俺のストレス溜まっちゃうから」


 爆発しろ、といつもの怨念だけ送っておいて。

 なんとかこのメンタルダメージが一瞬で消せる方法がないか探すハルマ。

 すると……。


「兄ちゃん。癒しがほしいなら良い方法があるぜ」


「マジで!?」


 話を聞いていたのかレオ船長が何かを提案してきた。


「ああ、マジだ。実はな、こんかい俺は自分の個人的な仕事も兼ねていて、この船にガダルカナル大陸への届け物も一緒に乗せているのさ」


「ほうほう。……つまりその『届け物』が癒しな訳ですな?」


「そういうことだ。まあ、ソイツは『物』じゃなくて『動物』なんだけどな」


「動物?」


「そうだ。兄ちゃん、お前さんユウキと同じ異世界から来たなら『ウサギ』って知ってるだろ?」


「うん、知ってるよ」


 ウサギとは哺乳綱ウサギ目(重歯目)ウサギ科に属する動物の総称のこと。

 長い耳とジャンプ力が特徴的な小さな草食動物だ。

 接しやすい動物の一つで、小学校などに居る動物はだいたいウサギかニワトリと相場が決まっている。


「つまりあれか。ウサギが今船に居るんだな。……でも、ウサギとユウキに何の関係があるのさ? あれか? 『あれ』みたいに一緒に転生して来たとか?」


「そうじゃねえさ。こっちのウサギは元からこの世界に生きている動物だけどよ、ユウキが元居た世界の『ウサギ』とそっくりだからってその名前を付けたのさ。だからそういう言い方をしたわけだ」


「なるほど」


 もう当たり前のように勇気の名付けた名前が100年くらい残っている。

 流石は伝承の勇者と言ったところか、『最弱』のハルマとは天と地ほどの差がある……。


「それで、どうだ? ウサギで癒されてみるか?」


「……そうだな、そうするか。なんて言っても可愛いは正義だからな!」


「そんな言葉初めて聞いたわ。でも、ホムラちゃんにもそれ通用するから、その言葉採用で」


「面接かよ」


 てなわけで、ハルマ達は癒しを求めてウサギの元へ行くことにした。




 ―廊下―

 馬鹿でかい船の中の部屋の一つ。

 船長室に一番近い巨大な部屋が飼育室だ。

 現在ハルマ達は長い廊下を歩きながら、そこに向かっていた。


「てかさ、なんでウサギ運んでるの? 誰かが飼いたいって言ったわけ?」


「そうではねえな。今運んでるこいつ等は、ただの迷子だよ」


「迷子?」


「ああ、お前さんの世界の『ウサギ』がどうかは知らねえが、こっちのウサギは元々寒冷な土地にしか生息しない生き物なんだ。だから本当はガダルカナル大陸の雪原地方にしか生息してねえ。ところが、何故かコイツがレンネル大陸に迷い込んで、しかも結構数を増やしていたから慌てて保護して送り返すことになった訳さ」


「……レンネル大陸にウサギが居ると何か問題なのか?」


 そんなわざわざ送り返す必要なくない? とハルマは思ったのだが。

 そんなハルマの疑問を即座にホムラは解消する。


「問題も問題、大問題よ。だって、レンネル大陸には元々ウサギが居ないのだもの。もしそれが増えていてしまったら、レンネル大陸の自然環境がメチャクチャなことになるわ」


「ああ、なるほど」


「それに、人的被害も出てしまうだろうね。レンネル大陸の人々はウサギに苗れていないから、上手く対処も出来ないだろう。そうなると、必要のないウサギの犠牲が出てしまう可能性もある」


「そっか……。なるほどねぇ」


 動物が一匹見知らぬ場所で増えるだけでも結構な問題が発生してしまうようだ。

 まあ、それは異世界に限らず現実でも同じなのだが。


「そういうこった。まあ、レンネルにウサギが居た理由は、大方勝手に連れてきたアホがウサギに逃げられたか、捨てたかのどっちかだろうよ。まったく、無責任なことしやがる。しかもよりにもよってウサギをだ」


「よりにもよって?」


「ウサギは他の動物よりも『愛』が強い動物だからな。ちょっとほっとくだけですぐに数が馬鹿みたいに増えるのさ」


「ああ、なるほど……」


 そういえば元の世界のウサギもそういう動物だった気がする。

 確か『色欲』の動物にされてた気がするし。

 世界が変わってもウサギはウサギということか……。


 さて、それからしばらく歩いたあと、レオ船長は目の前の扉のノブを手に取る。

 どうやらここが飼育室のようだ。


「着いたぜ、ここにウサギはいる。一応やつらは大人しい動物だが、あんまり無茶したり乱暴はしないでくれよ」


「だって。しちゃダメよ、ハルマ」


「しないよ! ガキか俺は!?」


 小学生じゃあるまいし、流石にそんなことはしない。

 することといえば基本見て楽しんで、ちょっと撫でるくらいだ。

 乱暴や無茶なんて言語道断である。


「それじゃ開けるぜ」


「おう!」


 そんな訳で、レオ船長は飼育室のドアを開ける。

 ――その瞬間。


「チーーーーーーー!!!」


「!?」


 ドアの小さな隙間から、大量のウサギたちが飛び出してきた!?


「な、なんだぁ!?」


 流れ込む水のように、ウサギたちは一斉にドアの外へ。

 そして、一直線に向かった先は……。


「おうわあああああああああああ!?!?!?!」


「ハルマ!?」


 ハルマのところだった。

 何故か大量のウサギたちは全員揃って全力でハルマの元へ。

 そしてすっころんで横たわるハルマに群がりまくっている。


「が!? あ、うぉが! おお、おおおお、あがががあああ!!」


 大量のウサギたちがハルマの身体に圧し掛かりまくる。

 別にそれ以上は何もしてこないのだが、ハルマは突然のことにパニックになってひたすら藻掻きながら悲鳴をあげていた。

 がしかし、ウサギたちはハルマから離れようとはしない。


「ご、がふぅぅああ!!」


 顔の上にもウサギが乗ってくるのと、混乱してまともな思考が働かないせいで呼吸すらままならない。

 何処を見てもウサギ、ウサギ、ウサギ。

 ウサギ好きからすれば天国かもしれないが、ハルマは今の状況に至福感など微塵も感じていなかった。


「これどういう状況なんだよ!? と、とりあえずウサギに埋まってるハルマを助けねえと!!!」


「分かっているさ! ああ、でも乱暴なことはしないように!」


「ええ!」


 ホムラ達は必死になってウサギを掻き分けてハルマを引っ張りだそうとするが……。

 ウサギの数が多すぎて全然掘り出せない。

 退けても、退けても、退けてもウサギ。

 辺り一面真っ白である。


「あぁうがぁ!? おがあぁぁあああ!!! うごぁあああげぁああ!!」


「ハルマ! 落ち着いて! 大丈夫だから!!!」


 混乱、パニック、ウサギ、悲鳴、救出、ウサギ、ウサギ、ウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギウサギ……。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「――ッ!!!」


 気が付いた時、ハルマは気を失っていた。

 目を覚ますとそこは自分達の部屋のベットのなか。

 どうやらどうにかしてウサギから引っ張り出されたハルマは、この部屋で寝かされていたらしい。


「あ! 起きた! みんな! ハルマ起きた!!!」


 ハルマの様子を見ていたジバ公は嬉しそうにみんなに報告しに行く。

 次の瞬間、ドタドタとホムラ達が駆け込んできた。


「良かった! 目が覚めたのね! どこか痛かったりしない!?」


「――」


「何か苦しかったり、どこか後遺症のようなものはないかい?」


「――」


「……? 兄ちゃん?」


「――ぁ」


 ハルマは起きた――のだが、何故か一言も話さない。

 そのまま暫しボケーッとしていたが、突然……。


「怖い」


「え?」


「怖い怖い怖い怖い怖い……」


「ハルマ……?」


「ウサギ怖い、白怖い、怖い怖い怖い怖い怖い……」


「……」


 ハルマの心に付けられた傷は深く鋭く。

 癒しを得るはずが余計に傷つくことになったのだった。

 なお、この傷が完治するまでには5日も掛かったという……。




【後書き雑談トピックス】

 ハルマは『最弱』による『スキル:無警戒』のせいで動物にも好かれやすい。

 そしてこの世界のウサギは他の動物よりも『愛』が強い生き物。

 それが見事にデスマッチングしたのが、今回の原因である……。



 次回 第53話「次なる舞台」

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