第106話 ——問おう

『よーくこの面を覚えて帰るといい。ユウキにそっくりな小僧に、やけに気になりやがるお嬢ちゃんよ』


「……!」


 ――それは、まさに『豪快』という言葉がピッタリと当てはまる男だった。


 粗暴さと威厳を感じさせるゴツイ髭面に、偉丈夫で筋骨隆々な大柄の身体。その顔もなかなか驚くものがあったが、それ以上にその全身に纏う鍛えられた筋肉の迫力が凄まじく、ただその姿を見ただけで全身に鳥肌が駆け巡るのが分かった。

 ……だが、そんな凄まじい迫力とは裏腹に、ニヤリと浮かべる笑顔は不思議なまでに子供っぽい。それはどこか少し不思議な愛嬌すら感じられるほどであり、それが逆にまた彼に感じる『豪快さ』を引き立てているようにも思えた。


 ……そんな、凄まじい迫力に当てられてしまったのだろうか。彼を前にしてジバ公とシャンプーに出来たことは、ただただ目を見開き彼を見ていることだけだった。

 何かを話そうとしても上手く出てこず、何か動こうと思ってもなかなか身体が動かせない。目の前の男があまりにも規格外であることが目に見えて分かるが故に、身体が不用意な行動を許してくれないのだ。

 だからこそ、ただただジバ公とシャンプーは憧憬と恐れの混じった小さな震えを感じながら、彼――レンネルを見ていることしか出来なかった。……のだが、


「おお、凄え筋肉だな……。ねえ、これどういう鍛え方したらこんなにまでなるの?」


「!?」


『ほう』


 やはり、と言うべきだろうか。その凄まじい迫力を前にしてもなお、ハルマは特に普段と変わった様子を見せることはなかった。それどころかレンネルに対して普通に話掛けさえしている。

 ……それが、レンネルには面白かったのだろうか。そんなハルマの態度を前にして、彼はその顔にさらに大きな笑顔を浮かべると、その表情のままハルマの素朴な疑問に対し律義に返答した。


『小僧、俺みたいに身体を鍛えてぇならまず山に籠るといい。山に籠って戦って、食って、飲んで、戦って、生き抜くんだ。そうすりゃ気が付いた頃には俺にみたいになってる』


「それってつまり、YAMASODATIってことじゃねえか! 何!? この世界でも某月のブランド作品のジンクスが生きてるの!? 山ってそんな過酷な環境だったかなぁ!?」


「……」


 普通に親し気な会話をレンネルと交わすハルマの姿には、流石のシャンプーも呆然である。どうやら流石のシャンプーでも、あのレンネルに何の躊躇いもなく話しかけていくハルマの姿にはただただ驚くしかなかったようだった。


「……? シャンプー、どうかした? なんかずっと黙ってるけど?」


「……え? あ、その……。す、すみません。その、レンネル様の迫力に緊張したのと、ハルマ君の対応に少し驚いてしまって……」


『……まあ、それが普通の反応だわな。実際、俺を前にしてもまったくビビらなかった奴はユウキ意外じゃお前が初めてだよ、小僧』


「そうなの?」


「いや、『そうなの?』って……。まあ、お前は前からこんな感じだけどさ……。もうちょっとこう……緊張感とかあった方が良いんじゃねえの?」


「?」


 改めてハルマのこのあっけらかんとした雰囲気に呆れるジバ公。

 しかし、当のハルマは改めて言及されてもなお、やはりいまいちピンと来ていない様子なのであった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



『さて。随分久しぶりの客人だと思ったらなんとも面白い奴が来やがった訳だが……。まずはその前に、今更だがお前ら誰だ? てか、どうやってここまで入って来たんだよ?』


 とりあえず話にひと段落着いたところで、レンネルはまずハルマ達に根本的な質問をする。……まあ、確かに100年間誰も入ることが出来なかった場所に、ある日突然人が現れたらそりゃ不思議に思うのも当然だろう。


「どうやってここに来たか、ね。それは名前を聞けばすぐに分かるよ」


『何? 名前だと?』


「うん、名前。……てな訳でシャンプー、早速だが自己紹介どうぞ」


「は、はい! ……えっと、お、お初にお目にかかります! 私……貴方様の子孫の、シャンプー・トラムデリカといいます!」


『なッ!? お、俺の子孫だと!? 確かに、それなら俺のオドに汚染されたこの遺跡の奥にまで入って来れるのも分かるが……。……ああ、でも確かにそうっぽいな。言われてみれば顔つきやら雰囲気やらがどことなく……』 


 そう言って、まじまじと見通すかのようにシャンプーを眺めるレンネル。シャンプーにはどこか自分か、それとも彼の妻であるマキラの面影があったのだろうか。何度かしばらく見直した後に、彼は一人納得したようにうんうんと頷いた。


『なるほどな、通りでやけに気になりやがる訳だ。そりゃ俺の子孫だってんなら気になって当然だよな。……それに、こうやってよく見てみりゃ、確かにマキラの面影もどこか少しありやがる』


「そ、そうなんですか?」


『ああ、そうだとも。良かったなシャンプー、こりゃあ、お前は将来びっくりするくらいの美人になるぞ。……いや、まあ今も十分綺麗なんだけどな』


「――ッ!? え、あ、えっと……あ、ありがとうございます……」


 何の屈託もなく超ストレートにシャンプーを褒めるレンネル。その言葉にシャンプーの顔は見事に真っ赤だ。どうやら普段ハルマに惚気まくってるシャンプーでも、流石に自分があんな率直に褒められるは少し恥ずかしかったようである。

 ……てか、それはそれとして。初登場時もそうだったけど、この人さり気なく妻への惚気を会話に織り交ぜてくるな……。


『……いやぁ、しかしまさか俺の子孫とはねぇ。まさかこんな日が来るたぁ思ってもみなかった。だが、まあ確かに名前を聞けばしっかりと分かったな』


「でしょ?」


『ああ。……で? じゃあお前らは何なんだ?』


「え?」


『いや、だからお前らは何者なんだって聞いてんだよ。まだシャンプーしか自己紹介してねえだろうが』


「ああ、なるほどね。……俺は六音時高校生徒会長代理、天宮晴馬! で、それからこっちが何故か知らんけど喋れるスライムのジバ公です。よろしく!」


「……よろしくお願いします」


『って! 名前聞いても理由分かんねえじゃねえか!!!』


 ごもっとも。

 いきなり先ほどの言葉と食い違うハルマの発言に、レンネルはまさにお手本のようなツッコミを見事にぶちかます。流石は伝承の戦士と言ったところか、ツッコミもまた見事なまでに切れがいい。


「……ふふふ、レンネルさんよ。俺は何も『全員分かる』とは言ってねえですよ」


『普通あのノリなら全員そうだと思うだろうが! ……で? じゃあハルマ、お前は一体何者なんだよ? なんか、お前はやけにユウキにそっくりだが……』


「……それ皆言うな。何? そんなに俺の顔ってユウキに似てるの?」


『ああ、びっくりするくらいにな。……あー、でもあれだな。よく見ると、まあユウキと全く同じって訳でもねえ。身長はユウキの方がもう少しデカいし、髪の色のもアイツは黒だった。……あれだ。いろいろとユウキより一回り小さくなった感じだな、お前は』


「へえ……」


 ……まあ、『世界には自分と同じ顔をした人が3人居る』というくらいなのだし、ユウキと顔が偶然似ている……ということもそこまでおかしなことでもないだろう。ただそんな二人が同じ世界に異世界転生した、というのはなかなか奇跡のような事態ではあるが。こればかりはもう偶然としか言いようがない。


『……てかあれか。その名前から察するにお前も転生者だな? なるほど、まあ転生者なら確かに入って来れても不思議じゃねえか』


「あー、うん。えっと、残念だけどその考察だと半分間違ってる」


『何? そりゃどういうことだ?』


「えっとですね、レンネル様。ハルマ君は確かに転生者なのですが、何故かユウキとは違ってとてつもなく弱いのですよ。なのでハルマ君がここに入って来れたのは、『転生者だから』ではないんです」


『……転生者なのに弱い? それもまたどういうことなのか気になるが……今はいい。で、それならなんでハルマは入って来れたんだ? てか、弱いなら尚更ここはキツいだろ』


「それがね……なんか知らんけど俺、魔術適性がないんだよね。だから拒絶反応なしで入って来れたの」


『魔術適性がない!? ……ハルマ、お前。一体どうなってんだ……!?』


「さあ……?」


 まあレンネルが不思議に思うのも無理はないのだが……。

 ぶっちゃけ、その質問はこっちがしたいくらいなのである。そんなものハルマだってどうして自分が弱くて、どうして自分に魔術適性がないのか……なんていつも疑問に思っているくらいなのだ。

 故に、そんな風に質問されてもハルマには答えようがなかった。


『……ったく、これだから転生者って奴は難しくていけねえな。ユウキもそうだったが、どうにもよく分からんことが多すぎるんだよ』


「そんなこと言われてもなぁ……。あと、今回の件は多分俺特有のレアケースだろ。知らんけど」


『それはそれでまたって感じじゃねえか? まあ、別にいいんだが。……まあ、とりあえずハルマは『何故か魔術適性がないから』ここに来れたのは分かった。そいじゃ、その……ジバ公だっけか? は、どうやったんだ? ここはモンスターだからってそう簡単には入れねえぞ?』


「……えっとね。分かんない」


『……は?』


「いや、マジで分かんないのよ。コイツがここに来れる理由に関しては俺らも気になってる。てか割と普通に何でお前大丈夫なん?」


「いや、だから知らんて。知ってたらさっき言ってるから」


『……お前ら、魔術適性といい、ここに来れた理由といい、その謎の弱さといい、何故か喋れることといい……。自分のことなのに分からないこと多すぎやしねえか?』


「……う」


 確かに、まあ……手厳しいがレンネルの言う通り。

 ハルマもジバ公もよく考えれてみれば、いろいろ不思議な点が多々あるのだが……。実際そのどれもが『原因不明』なものばかりなのだ。

 普段は「分からないから考えてもしょうがない」と、なかば無視して来ているのだが改めて認識してみるとなかなか不可解なものである。

 普通に考えれば喋れるスライムとかやっぱり疑問しかないだろう。だって、元の世界で言えばそれ、猫が当たり前のように話してるようなもんなんだぞ。もしそんな猫がいたら多分元の世界なら国中大騒ぎになってるはずだ。


「まあ、でも結局考えても分かんないからしょうがないんですよね……」


『やれやれ……。まあ、俺も考えるのは得意な方ではないから、あんまり偉そうなことは言えんがな』


「……てか、そんなこと言ったら、俺達からすればアンタにも不思議な点はあるんですよ?」


『何? 俺にか?』


「そうだよ。まず、普通に考えてアンタどうやって生きてるのさ。普通に考えたら、もうアンタは御年100歳越えのスーパー爺ちゃんのはずだろ? でもアンタ少なくとも見た目はメチャクチャ若々しいじゃんか」


 まあ、当然の疑問だ。

 そりゃ100年前に活躍した人物が今もなお若々しい姿で現れたら、いくら異世界とはいえ不思議に思って当たり前だ。

 流石に生き物である以上レンネルだって不老ではないだろう。故に、何かしらガダルカナルのような『今もなおここに居る理由』がないと、どうにも現状の説明が付かないのである。


『なるほど、まあ確かにそりゃ不思議に思って当然だわな。で、俺が今もここに居る理由だが……それは簡単だ。単刀直入に言っちまうと、俺はもう生きてない』


「……へ?」


『ああ、だからって幽霊だって言ってる訳じゃねえぜ? 俺はそんな非現実的なものではない、もっとちゃんと説明出来る存在だ。で、俺が一体何なのかだが……まあ分かりやすく言うと、俺はレンネルの超精巧なコピーみたいなもんだと思ってくれりゃいい』


「コピー……?」


 ……全然分からない。

 そもそも人間のコピーなんて概念自体、普通に生きていて接するものはないはずだ。故に、そんな当たり前のように言われたってピンとくるはずがないのである。


『あれだ。人間には全員に体内で作られるオドって魔力があるだろ? 今の俺はそれの塊みたいなもんなのさ。……ほら、俺は生前かなり強かっただろ? だから、多分死んだあともオドが世界に残ったんだろうな』


「なるほど……。……では、レンネル様。どうしてレンネル様は、その残ったオドが塊となって形を成したのですか? 普通、いくら死後オドが残ったからと言っても、このような事態にはならないと思うのですが……」


『……』


「レンネル様?」


『……すまん、それは俺にも分からん。なんか気付いたらこうなってた』


「はあ!? おま、あんなこと言ったくせに、結局アンタも自分のこと分かってないじゃないか!」


 あれだけ呆れた風な発言をしてきたくせに、まさかの見事なまでに綺麗なブーメラン。これには流石にハルマも声を大にして、鋭いツッコミをぶっ放すのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……さて、お互いいろいろと立場が特殊なせいで、なかなか長い自己紹介になってしまった。だが、これでようやくしっかりとした関係の土台作りは完了。ならばついにここから本題に入って行ける! ……のだが、


『んで? お前らここに何しに来たんだ?』


「……えーっと」


 答えに困るハルマ達。

 そりゃそうだ。だってそもそも『本題』がないのだから、要件は何だと言われても答えられる訳がない。

 そもそも、ここに来たのは半分くらいはセレスが『入れるかどうか試してほしい』と言ったのが理由なのであって、元々ここに訪れる予定はなかったのだ。おまけにまさか最深部に幻影とは言えレンネルが居ると思っていなかった(ハルマは少し考えてはいたが)ので、レンネル相手にする会話なんて微塵も考えていないのである。


 がしかし、あの伝承の戦士レンネルと会話出来る機会なんて早々あるものではない。なら、少し無理をしてでもここで何か聞いておかないと損というものだ。

 てな訳でハルマ達は少しの間考えた末、一つちょうど良い質問を思いついた。


「あの、レンネル様。一つお聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか」


『なんだ?』


「その……レンネル様は常にここにいらっしゃるのでご存じないかもしれませんが、実は今地上ではあの魔王アルマロスが再び復活しようとしてしまっているのです。つきましては、かつて魔王と戦ったレンネル様に何かアドバイスのようなものを頂けないかな……と、思いまして」


 そう、質問とはアルマロスについての事だ。

 実際これは現状ハルマ達にとって一番大事なことなのだし、即興で考えた質問にしては結構いいものだろう。

 と、いう訳でかの伝承の戦士の有難いお言葉に期待に胸を弾ませるハルマ達。だったが――、


『アドバイス……。そうだな、まあ強いて言うなら「頑張る」か?』


「……え?」


『だから、「頑張る」だって。努力ってことだよ』


「いや、その言葉の意味は分かるけどさ……」


『じゃあなんだ?』


「え? アドバイス……それだけ?」


『それだけだが?』


 ……聞かなきゃ良かった。

 てか、今更だがよくよく考えてみれば、この手のタイプの人間がまともなアドバイスをしてくれるはずもなかった。……実際、さっき自分で「考えるの苦手」とか言ってたし。


「……はぁ」


『おい、なんだその溜め息は。言っとくが別に俺はふざけてる訳じゃねえぞ? 実際、戦いなんて最終的にヤバい所までいけば最後は頑張るしかねえんだよ。考えてもみろ、お互いに命を懸けた必死の殺し合いだぞ? 命懸けの奴が土壇場にどんな行動を取るかなんて想像出来るか、お前?』


「それは、まあ……」


『だろ? だから、やっぱり最終的には頑張るしかねえんだよ、結局。んで、そんな訳だから「戦いのアドバイスをくれ」なんて言われても簡単には出来ねえのさ』


「……」


 まあ、確かに一理ある。

 元の世界でも、昔から『窮鼠猫を嚙む』と言うように、追いつめられた相手は何をするか分かったものではない。なら余程の実力差がない限り、最終的にはそんな状態に追い込まれ合うことが必至な「戦い」というものに、的確なアドバイスなんて確かに出来ないのかもしれない。


 だが、それでもこの肩透かしをくらったかのような気分が抜けきらないのも事実だ。

 そんなハルマ達の気分をレンネルも察したのだろうか。レンネルは少し申し訳なさそうな顔をした後、わざとらしい溜息をしながら別な話題を話しかけてきた。


『……やれやれ。しょうがない、ならちょっとは英雄らしく振る舞ってみるか。可愛い子孫の前でもあるしな。……お前ら、一つ聞きたいことある』


「ん?」


『――問おう、お前達は「強さ」とは何だと心得る?』


「……え? どゆこと?」


『何、そう難しく考える必要はない。思ったままに、率直に答えろ。お前らにとって「強さ」とはなんだ?』


「……」


 真っすぐとハルマ達を見据えながらレンネルは問う。先程までのどこかお茶ら気た感じが嘘のように、真っすぐと生真面目な雰囲気を纏いながら。


 ハルマ達に「強さ」とは何か――と、彼は問うた。

 

「強さ……」


 今までとは少し違うレンネルの真面目な雰囲気をすぐに察したハルマ達。故に今回は真剣にその問いについて考えてみる。

 強さ。それは常に『最弱』であるハルマからすれば、ある意味常に意識している言葉だ。なら、ハルマはその言葉をどんな風に捉えているのか、それは――


「……俺は、普通に肉体の強さだと思う」


『ほう、それはつまり分かりやすく言えば「喧嘩の強さ」とかそういうこと……って解釈で良いんだな?』


「うん。まあ少なくとも俺はって話だけど」


『うんうん、よく分かった。……で? それじゃあジバ公とシャンプーはどうだ?』


 ハルマの意見を聞き入れたレンネルは、一旦答えは保留にして今度はジバ公とシャンプーに問い直す。その問いに次に答えたのは……ジバ公だった。


「僕は精神的な強さかな。つまり勇気とか、諦めない心とか」


『なるほど……。それじゃあ、シャンプーはどうだ?』


「……そう、ですね。えっと……その、少しズルい答えかもしれないですが。私はハルマ君とジバ公さんの答え、その両方とも……だと思いました」


『ほう、両方か。なに、ズルいなんてことはないさ。それも立派な回答さ。……と、これで三人とも出揃った訳だが……。なるほど、これはまあ見事に三者三様って感じになったな。うん、なかなか面白い』


 ニヤリ、と愉快そうに笑うレンネル。

 そしてそのまま彼は暫しに面白そうにハルマ達を眺めていた。が、しばらくして満足したのか、彼はふっと溜め息を一つ付き再び会話を続ける。


『……さて、とまあこんな感じに三者三様の答えが出た訳だが。まあ、こうなったらそりゃ答えが気になるよな』


「そりゃあね。問題だけだして答え無しとか、質が悪いにも程があるぞ?」


『何、心配するなって。ちゃんと答えてやるからよ。で、結局強さとは何なのか、だが……』


「……」


『それに関しては――明確な答えはない』


「……え?」


 ……今、『答える』って言いませんでしたっけ?

 それなのに、出てきた回答が『答え無し』って……。そんなの、答えないよりさらに質が悪い気がするのだが。てか、わざわざそんな問題をするっていうのも……。


「……」


『ああ、おいおい。またそんな呆れた顔をするな。ちゃんと納得できる理由があるんだよ、呆れるのはそれを聞いてからにしろって』


「……なんだよ、理由って」


『何、簡単なことさ。強さなんてものはな、どれか一つに絞れるようなものじゃないってことさ』


「……?」


『ふっ、分からねえって顔してるな。だが、ちょっと考えればすぐに分かることだぜ? そうだな、この場合は俺を例に挙げると分かりやすいか」


「……レンネル様を、ですか?」


『ああ、そうだ。……お前らも知ってるとは思うが、俺はかつてユウキと共に世界を旅した。その目的は魔王の討伐、ならその旅路には幾度なく戦いがあったことは容易に想像できるな?』


「うん、それくらいは流石に」


 実際、ハルマ達もここまでに多くの戦いを経験してきている。ならばユウキ達もまた苛烈な戦いを乗り越えてきたことくらいは簡単に想像出来ることだ。

 ……それが、この問いの答えにどう繋がるのかは分からないが。


『そうか、それなら話が早い。……なら、幾度ない戦いの中で一番誰が活躍したのかもすぐに分かるな?』


「そりゃ……ユウキだろ?」


『ああ、その通りだ。実際、戦いで一番活躍したのは疑うまでもなく誰よりもユウキだった。それは揺るぎねえ事実だ』


「……? それが何なんだ?」


『まあ、最後まで聞けって。さて、まあてな訳で俺らの中で戦いの最強はユウキだった訳だが。……なら、俺らの中で武器の扱いが最強だったのは誰だと思う?』


「……え?」


 微妙に先ほどとは違う質問をしてくるレンネル。

 ハルマ達はこの問いが一体、先ほどの『強さ』の話とどう繋がってくるのかがまるで分からなので、ただ困惑が増していくばかりなのだが……。とりあえず今は彼の問いに答えることにした。


「えっと……それもユウキじゃないのか?」


『いいや、違う。残念ながら、武器の扱いに関しては俺の方が上だ。アイツは確かに強いが、それでも元は平和な世界の住人だからな。流石に武器の扱いまでは熟知出来てなかったさ』


「……そう、なのか」


『ああ、そうなんだ。……さて、じゃあそれを踏まえて次の質問だが。じゃあ俺達の中で一番武術に優れていたのは誰か、そして知恵に優れていたのは誰か。分かるか?」


「……えっと。ならば武術はマキラ様で、知恵はガダルカナル……という訳ですか?」


『その通り! ……と、ここまで言えば、俺の言いてえこともなんとなく分かってきたんじゃねえか?』


「……へ?」


『つまりは、だ。俺は強さは一つに絞れるようなものじゃねえと言ったが、答えはこういうことさ。俺達でもユウキに勝るものがあったように、「強さ」ってのは人によって千差万別なんだ。だから何か一つで言い表せるようなものじゃねえんだよ』


「人によって、千差万別……」


『そうだ。……いいか? 人間ってのはな、必ず何かにおいて一つは最強であるようになってるんだ。だから、ハルマが言ったように肉体的に最強も居るだろうし、ジバ公が言ったように精神的に最強もいるだろうし、シャンプーが言ったように両方のバランスが最強の奴もいるだろう。他にも絵を描くことが最強の奴も、走ることが最強の奴も、物を作ることが最強の奴も。……世の中にはあらゆる最強がある。人の数だけ、ソイツだけの最強があんのさ』


「……」


『……と、まあ長々と話しちまったが。要するに俺は「強さ」ってものを一つに絞ろうとするような考え方は持つな、って言いたかったのさ。……ほら、俺って戦士だし? 「強さ」にはちょっとした拘りありって感じでな?』


 フッと再び子供のような笑みを浮かべるレンネル。

 だが、今度のその笑みは先ほどとは違う……どこか達観したような雰囲気も感じる笑みだった。


 「強さ」とは人の数だけ存在するものである。……それは、ある意味レンネルだからこそ辿り着いた結論なのだろう。

 伝承の戦士と呼ばれ、彼はかのユウキよりもさらに戦いに縁の深い存在であった。そしてそれと同時に彼は3カ月も挑み続けて、結局根負けさせることしか出来なかったユウキを、ずっとそのような立場から見続けてきた。

 そんな彼だからこそ、この結論に至ったのだ……と、ハルマは思う。まあ、果たしてそれが本当に当たっているのかは分からないが。


『……。……さて、それじゃあこれで俺のお話しは終わりだ。てな訳で、もうここにこれ以上居ても何もないぜ。時間の無駄だからさっさと出ていくんだな』


「なっ。そんな、急に素っ気なく……」


『何、言いたい事全部言ったからな。これ以上は居られても俺も困るんだよ』


「それは自己中過ぎないかな!?」


 ……まあ、ハルマ達もここに残る理由はもう特にないのだが。

 とはいえ急にこんな素っ気されたら、驚くのもまあ無理はないだろう。てか、なんで急に……。……まさかレンネル、自分で言った発言に少し恥ずかしくなってきたのか?


「……レンネル?」


『ああ! その「まさか……」みたいな顔で見るんじゃねえよ! 悟ってるなら確認するな!』


「……あ、はい」


『ほら、さっさと行けって! 外で待ってる仲間も居るんじゃねえのか!?』


「……あ! そうじゃん! ホムラとソメイずっと待ちっぱなしだ! えっと、じゃあ……レンネル! えっと、その、ありがたいお話ありがとう! また来るね!」


「えっと、私からもとても為になる話をありがとうございました。また今度時間が出来たら来ますね。それでは失礼いたします!」


『……ちっ』


 微妙に羞恥心を煽りながら、ハルマ達は外へと駆け出していく。

 そしてそんな後姿をレンネルは珍しく少し赤面しながら見送るのであった。もっとも彼の赤面が珍しいことを知っているのは、かつてともに旅をしたユウキ達だけなのであったが。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



『……』


 さて、そんな訳でハルマ達が居なくなり遺跡の最深部には再び静寂が訪れる。

 そんななかレンネルは自らの行動を思い返し……なんとも言えない気分になっていた。


『ちくしょう……。つい、100年ぶりの会話でテンションが上がり過ぎちまった……』


 確かに英雄っぽい所を見せてやろうとは思っていたが……。それでも、あんななんかそれっぽいセリフを長々と話してしまったのは、少し思い返すと恥ずかしさが勝るようである。


『……まあ、しょうがねえよな。なんせ相手が相手だったしな』


 もちろんテンションがここまで上がってしまったには理由がある。それは言うまでもなく、相手がハルマ達だったからだろう。

 なんせ、自分の子孫に親友のそっくりさんだ。それが100年ぶりの退屈を満たす相手として現れれば、流石にテンションも上がるというもの。

 故にレンネルはあんな失態(と本人は思っている)を犯してしまったのである。

 それに――、


『アメミヤ・ハルマ……か。なるほどね……』


 ハルマの何かに気付いたレンネルは、一人愉快そうとも寂しそうとも言える表情で笑う。そして、一言。


『頑張れよ、アメミヤ・ハルマ。結局、俺がお前に言ってやれるのはそれくらいのもんだ』


 届かぬ激励を、最弱の少年に送るのであった。




【後書き雑談トピックス】

 ついに1話が1万文字を越えちまった。日に日に1話分の文字数が増えていく系作家ハルレッドです。

 魂赤時代の1話2000文字が懐かしいネ! てか、2000って全然話進まなくないか……? 昔、どうやってそんな少数文字で済ませてたんだろうか……。


 

 次回 107話「烈火の街 テンガレット」

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