第118話 その男、《最強》につき

「僕みたいに強くない限りは、ちゃんと相手を見て戦わないと怪我するぜ?」


「……」


 ……おそらくはの話だが、きっと人はこういう状況の事を『間一髪』と言うのだろう。

 結構……というか、かなりアホな理由でイカタコ達に倒されそうになってしまったハルマは、突然その場に現れた男の手によってなんとかその命を救われていた。


「……あ、あれ?」


「ういしょっと。……はい、もう大丈夫ですよ。君、どっか怪我してない?」


「え? あ、はい。大丈夫……です。えっと、危ないところをどうもありがとうございました」


「はい、どういたしまして。ま、そんな礼を言われるようなことをした訳じゃあないんだけどね」


 と言いつつも男は小脇に抱えたハルマの礼を聞き、まるで子供のような屈託ない笑顔でニヘラと笑う。

 そんな緩ーい雰囲気からはあまり想像出来ないが……あの一瞬でハルマを救い出したという事からこの人はかなりの実力を持った人のようだ。

 なら、もしかするとこの人は……、


「あ、あの、もし間違いだったすいません。その、貴方ってもしかして……この海王国の騎士のヘルメ――


「あ、貴方は! ヘルメスさんじゃないですか!」


「……」


「……」


 と、狙ったかのようなタイミングで会話に乱入してくるソメイ。これからハルマが話の本題に入る――というその瞬間に、見事スパっと話をぶった切ってきやがった。

 おまけにハルマが聞こうとしていたことまで先に言ってしまい、ハルマの会話を完全にノックアウト。悪い意味でアフターサービスまで万全である。


「……あ、あれ? どうしました? なにか……少し張り詰めた雰囲気ですが」


「その雰囲気の元凶が何を言うか」


「え? ハルマ、それはどういう……?」


「ははは……、久しぶりに会ったけどソメイ君は相変わらずみたいね。ま、僕としてはその方がある意味安心はしますけども」


「へ? あ、いや、そんな……ははは」


「……あー、うん。今のは別に褒めた訳じゃねえのよ?」


「あれ? そうなんですか?」


「……」


 その指摘は意外だったようで、割と素で驚くソメイ。

 一体、今の会話の中のどこにコイツは褒め要素を見出したのだろうか。まったく、天然とは本当に恐ろしいものである……。


 と、ソメイの天然のせいで話が逸れそうになったが……今はそれよりも大事なことがあった。

 それはさっきソメイが男に対して呼びかけた名前だ。先程ソメイが男に対して使った名はヘルメス、この名は海王国に使える『最強の騎士』の名前である。

 つまり、やはり彼は……


「あの……」


「ん?」


「貴方が海王国の騎士、ヘルメスさん……なんですか?」


「ああ、そうさ。今の話の通り、僕がこの国の騎士であるヘルメスさんです。よろしくな、ハルマちゃん」


「――!」


 ニッとニヒルな笑みを浮かべながら改めて自らの名を名乗るヘルメス。

 どうやらハルマを助けてくれたこの男こそが、ソメイから話を聞いた噂に名高い最強の騎士『ヘルメス・ファウスト』で間違いないようである。

 まさか城に着く前に出会ってしまうとは……。


 ――これが、最強の騎士か……。


 海王国の騎士、ヘルメス・ファウスト。

 彼はソメイの話によれば、他の国の4人の騎士が手を組んでも抜刀すらさせられない程の実力を持った者らしい……が、少なくともその外見には特にそういった雰囲気は纏っていないようであった。


 ヘルメスは、パッと見の印象は異世界ならどこにでも居そうな男性……と言った感じだ。

 特に整えられた訳ではないボサッとした茶髪に、ソメイよりは少し低いがそれでも平均よりは高めの身長。服装はソメイと違い騎士の制服ではなく、私服の上にコートを羽織った楽な恰好をしており、あまり騎士といった感じではない。

 おまけにその雰囲気も決して『強者!』というような気迫のあるものではなく、なんというか……こう少し頼りないようなヘラヘラしたものであった。


 ――……。……この人、本当に最強なんだろうか……。


 思わず浮かび上がる疑問。 

 そりゃもちろん騎士になれるくらい強い人だというのはハルマにも分かるのだが……それでも『彼が最強』と言われるとどこか疑問を感じざるを得ない。

 これならどっちかというとソメイの方が強いような気もするのだが……。


「おい! てめえら!!!」


「……ん?」


 と、ハルマがソメイの実力に疑問を感じていたその時、背後からけたたましい怒声が響く。その声にハルマ達は振り返ってみると、そこには怒り顔を真っ赤にしたイカとタコが不機嫌そうな顔でこちらを思い切り睨んでいた。


「お前ら! 俺らの事忘れてんじゃねえ!!!」


「……あ、ごめん。なんかいろいろあって、つい……」


「『つい……』じゃねえよ! こんちくしょう! こいつら、とことん俺らのこと舐めやがる!!!」


「ええ!? いや違う違う! 別にそういう訳では――!」


「うるせえ! お前ら、もう絶対に許さねえからな!!!」


「……!!!」


 元々怒っていたのに加え無視された怒りも重なってしまい、もはやイカタコの怒りは手の付けられないレベルにまで上昇。

 その顔(顔?)ももはや目に見えるほど赤くなってしまっており、どうやらハルマ達はさらに事態を面倒なことにしてしまったようである。

 ……タコなんて元から赤いから、2重で赤くなったせいで見た目はもう完全に茹ダコだ。これを食べる精神性をハルマは持ち合わせていないが。


 ……と、そんな張り詰めた空気の中。

 ただ一人、ヘルメスだけは途中で乱入したのもあって、状況をイマイチ理解出来ていない様子。故に、彼はハルマ達とイカタコを交互に見ながらどうにも不思議そうな表情をしていた。


「……で? そう言えば聞いてなかったけど、これはどういう状況なん? 何? こいつら食おうとでもしたの?」


「いや、流石に喋るイカタコを食べる精神性はないです。そうじゃなくて実は――」


「……え? 私は普通に出されたら食べるけど?」


「私も食べますよ、ハルマ君」


「ホムラ、シャンプー、シャラップ! ……で、実はその、突然立ち塞がれたんで少し奴らと話をしたら、なんかアイツらの地雷を踏んでしまったみたいで……」


「なるほど。まあ、ああいうのってたまによく分かんないことでキレたりするしね。了解了解、じゃまあここはヘルメスさんにどんと任しとき」


「……え?」


「ササッと解決してやるよ。元々、それが僕の仕事だしね」


「ええ!? あ、いや、でもアイツら結構強いモンスターで!!!」


「ヘーキヘーキ」


「……!」


 と、ハルマの止める声を適当に受け流し、ひらひらっと手を振りながらヘルメスはイカタコに向かって悠々と歩いていく。

 そんな彼をハルマは、自分が行っても無駄と分かってはいても、止めに行こうとした……のだが、それはソメイによって止められてしまった。


「大丈夫だよ、ハルマ。ヘルメスさんは見た目からは想像出来ないくらいに凄まじく強いんだ。あれくらいの相手なら何の問題もない」


「いや、でも……!」


「大丈夫だって。ほら、見ててごらん」


「……」


 フッと穏やかな笑みを浮かべ、ソメイは不安さの欠片もない表情でそう言い切る。

 そんなソメイの説得を受け、ハルマも多少不本意ながらもとりあえずはその場で状況を見守ることにした。もし何かあればすぐに動けるようにはしておきつつ(もっともハルマが行っても特に何も出来ないが)。


「よーっす。なんかアンタら、随分とお怒りみたいね」


「あぁ? ……てか、まずなんなんだてめえ? 突然出てきてたりしてよ。こちとら取り込み中なんだ、とっとと失せやがれ!」


「そうだそうだ! ……それともなんだ? てめえも俺達に叩きのめされてえか?」


「いや、出来れば僕は平和的に解決したいんだけどな。手と手……じゃなくて触手を取り合って握手で終わり! って感じじゃあダメか?」


「ダメに決まってんだろ!!! ふざけてんのか、てめえ!!!」


「うお……そんな怒るなよ、別にふざけちゃいないし舐めてもねえよ。僕はホントに、ただなるべく平和的に解決したいってだけさ」


「黙れモヤシ野郎が! そもそも平和的に解決なんか今更出来る訳ねえだろ!!!」


「まあまあ、そこをなんとかさ。僕もこれ以上斬るのはちょっと忍びないんだよ」


「しつこいな、てめえ! 無理なもんはむ――……ん? 斬る?」


「おろ? なんだ、もしかして気が付いてなかったのかアンタら。ならほれ、足見てみーよ」


「……え?」


 ヘルメスの言っている事の意味が分からず、言われた通り素直に足元を見るイカとタコ。だが次の瞬間、彼らはその目に映った光景を前に、真っ赤だった顔を一瞬で青ざめさせることとなった。

 そこには一体どんな光景があったのか。それは――、


「――ッ!!! あ、足が!!!???」


「悪いな。ちょっとあまりにも隙だらけだったんで、いくつか斬らせてもらった」


 なんとイカとタコは目の前に居たヘルメスに、いつの間にかその足を数本斬られていたのである。

 事実、そこには見事なまでに綺麗に斬られた足が真っすぐな断面を見せていた。


「なッ!? ええ……あああ!!!???」


 そのあまりの不可解な状況に対し、理解が追い付かず思い切り混乱するイカとタコ。だが、どれだけ慄き喚こうと状況は変わることはない。

 ……どんなに否定しようとしたとしても、やはりその足は気づかぬ内にいつの間にか斬られていたのである。


「……なッ!!!」


「ほら、言っただろう?」


 そして、その光景には傍から見ていたハルマも驚きを隠すことは出来なかった。 

 まあ当然の事だろう、だってヘルメスは『今まさに目の前で会話している相手の足を、その相手に気付かれないように斬り落とした』のだから。いくら脆弱なハルマであっても、これがいかに凄まじいことなのかはすぐに理解出来る。

 故に、ハルマは直前までヘルメスの強さに疑問を抱いていたこともあって、彼の動きに心の底から驚愕したのだった。


 ……さて、そんな訳で知らぬ間に足を斬られてしまったイカとタコ。

 まるで理解出来ない状況に、彼らは暫しその場であたふたとしていた……のだが、


「とまあそんな訳でな。出来れば僕もこれ以上はなしにしたいのよ、だからさ平和的にいこうぜ?」


「……」


「……それとも、もうちょっと斬り落とした方が良いか?」


「――ひッ! ――!!!!!」


「え!? あ、ちょっと! 待ってくだせえーーー!!!!!」


 ヘルメスの脅迫を受けイカタコはさらに顔を青くする。

 そして、そのまま彼らは何か捨て台詞を残すことすらせず、無言かつ一瞬でその場からすぐさま退散していってしまった。もちろん子分たちもその後に続く。

 ……結果、それなりに苦戦したイカタコ軍団をヘルメスは本当に一人で全て追い払ってしまったのだった。


「……ふう。はい、これで解決だな。ほいほい、これでもう安心だぜ」


「……」


「ん? どうしたハルマちゃん、黙り込んじゃって」


「……す」


「す?」


「凄い!!! ヘルメさんって本当に凄く強いんですね!!!」


「お、おう!? いや、まあ確かにそれ程でも……あるけど」


「そこ否定しないのかよ」


「ははは、まあ事実ですし? それに否定したらそれはそれで嫌味っぽいだろ、スライム君?」


「まあ……」


 ジバ公のツッコミに子供のような笑みを浮かべながら答えるヘルメス。まあ、あそこまで強いなら当然の話ではあるが、やはり彼も自身の強さはしっかりと自覚しているようである。


 ……さて、まあそんな訳で結構いろいろあったが、ようやく事態もなんとか落ち着きを見せてきた。

 てな訳でまずハルマ達は、とりあえずヘルメスに改めて自己紹介することに。やはり最初はお互いに知り合うことが大事だろう。……もう結構『最初』は通りすぎた気もするが。


「えっと。それでは改めて紹介しますね、ヘルメスさん。まずそこの黒髪の彼女がホムラ、そのとなりの子がシャンプー、そしてこの喋るスライムがジバ公と言います」


「ほいほい。よろしくな、ホムラちゃんにシャンプーちゃんにジバ公くん」


「……そう言えばアンタ、僕を見ても驚かないな」


「あ、確かにそう言えばそうね」


「うーん。まあ、確かに喋るスライムは初めて見たけど、そんな腰抜かす程でもないかな? 別にスライムが喋ったっていいでしょ」


「……」


 なんともまあ、大らかというかなんというか……。いや、まあ驚きのあまり受け入れられない。とか言うよりは全然良いのだけども。


「ははは……。……で、そっちの彼がヘルメスさんもさっき名前で呼んでいましたが、ハル――


「俺は六音時高校生徒会長代理、天宮晴馬! ああ、気にしn――


「お、それが噂のちょいと変わった自己紹介だね。うんうん、よろしくな生徒会長代理のハルマちゃん」


「……。……ねえホムラ、なんかテンプレ崩されたんだけど」


「そりゃ……あんだけ印象的な自己紹介を何回もしてれば多少は噂にもなるでしょう。特にハルマは五大王様たちの中ではそれなりに有名なんだし」


「そ、そっか……」


 なんだろう、この妙にこっ恥ずかしい感じは。

 自分の知っているレールにそぐわなかっただけで、人はこんなにペースを乱されるものなのか……。

 ……もしかしたらこの先、みんなこういう反応するのかな。


「……どうしよう。この自己紹介止めようかな」


「ええ!? もったいないですよ、ハルマ君! せっかくハルマ君の中では珍しくカッコいいんですから、これからも続けましょうよ!」


「ホントお前結構容赦ないよな、シャンプー!!! あと、あれそんなカッコいいか!?」


「え? カッコよくないですか?」


「ええ……」


 ようやく出たシャンプーの『初カッコいい』がこれってどうなんだ。どっちかというとハルマ的にはギャグ的なつもりで言っていたのが……。

 ……え? 何? それとも、もはやこれがカッコいいに入るくらいまで普段はカッコ悪いってことなの?


「ははは。やっぱ噂通り面白い感じだね、みんな。……で、君らはウチの国に用があって来たんでしょ? ソメイ君」


「……。……え? あ、はい」


「やっぱりか。んじゃ、僕に着いて来なよ。せっかくだ、一緒に城まで行こうぜ」


「分かりました。では、ご同行させてもらいますね」


「ねえ、シャンプー!? 他にもっとカッコいいのないの!?」


「他? ……他?」


「何そのマジな顔!?」


「……」


「ははは……」


 こうして、後ろでギャーギャー喚くハルマとそれに対し真剣な顔つきで悩むシャンプーを、ソメイ達は若干呆れたような表情で見守りつつ……。彼らはヘルメスと共に海王国へと向かうことにしたのであった。

 なお、その後の道のりはヘルメスが一緒に居たためかモンスターが出てくることはありませんでした。ヘルメス凄い。




【後書き雑談トピックス】

 なお、ハルマが五大王たちの間で有名なのは、間違いなくアラドヴァルのせいです。


 ヘル「ウチの王からは『最弱勝利超料理異世界人』って言ってたって聞いたけど?」

 ハル「アラドヴァル!!!(デジャヴ)」 



 次回 第119話「海王国オリュンポス」

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