第97話 信じる理由

「嘘だろ……」


 ニヤリと笑う牛老角に、ハルマは今度こそ心の奥底から焦りと絶望感を感じる。

 こうやって牛老角に戦況をひっくり返されるのはこれで3度目、ハルマ達はその度に大きな絶望感を叩きつけられていたのだが……今回のそれは今までの比ではなかった。


「水が……弱点じゃない……?」


 全てを根本から否定する牛老角の一言。絶対的な確信を正面から粉々にされるということが、まさかこれほどまでにキツイものだとはハルマは知らなかった。

 身体はおかしな緊張感で細かく震え、頭も焦りで思うように回らない。まさにこれこそが『ピンチ』というヤツなのだと、嫌というほど理解させられる。


「どうした、アメミヤ・ハルマ。一体いつまで木の上から高みの見物を決め込んでいるつもりだ? それとも降りてくるのが怖くなってしまったか? まあ、私としてはそれでも全く構わないが」


「――ッ!」


 一歩、挑発するように前に出る牛老角。そのおかげでハルマは少しだけ冷静さを取り戻すことが出来た。


 ――震えてる場合じゃねえ! アイツを……止めないと!!!


 そしてハルマはすぐさま地上へ。

 一体、そこに着いた時に何が出来るのか。と言われれば、「何も出来ない」としか言いようがないが、それでも安全な木の上に隠れている訳にはいかなかった。


「ソメイ!」


「分かっている!」


 そしてハルマは、水攻めの間一旦離脱していたソメイと合流し、勢いよく牛老角へと向かって行く。……だが、もちろんその攻撃が牛老角に当たることはない。誰よりも劣る『最弱』のハルマの攻撃はもちろん、先ほどまでと同様にソメイの攻撃さえ掠ることもなかった。

 ……それはまさに、誰がどう見てもすぐに分かる『無駄な抵抗』。勝ち目も希望も見い出せないまま立ち向かっていく虚しい抵抗者の姿であった。


「く、くそ――!!!」


「はははははは! 無駄だ、無駄だ! どんなに頑張ろうと汝らの攻撃は私には届かんよ!!!」


 勝利を確信し、心底愉快そうに高笑いする牛老角。

 そんな様子にハルマは猛烈な悔しさを感じつつも、なんとか取り戻した冷静さを決して逃がすことはしなかった。

 ここでヤケになったり、諦めらたりしては本当に終わってしまう。まだ生きている、まだ生きていられる。なら、まだ投げ出すには早すぎる。


 ――落ち着け、考えろ! 奴にとって『水』は弱点じゃなかった、でも『雨』を忌避したのは絶対的な事実なんだ! つまり奴に弱点があるのも事実! なら、その本当の弱点をなんとか見つけ出せ!!!


 当たらない攻撃を続けながら、その傍ら脳内では脳をフル回転させていく。

 勘違いしてしまった弱点――てっきり雨を忌避したことから、牛老角は水が弱点だとハルマ達は思ったのだが、実際はそうではなかった。つまり牛老角の弱点は雨にあって水にないもの。それが奴の弱点なのである、ならばそれをなんとかして見つけ出さなくてはならないのだが――、


「なんだよ!? 雨にあって水にないものって! 難しいなぞなぞか!!!」


 そんな簡単に見つけられるものではなかった。

 だって、そもそも根本的な事を言えば雨は結局『水』なのだ。空から降ってきた水が雨と呼ばれる、ただそれだけのこと。

 なのに、この牛老角戦ではそれがとても大きなものになっている。……一体、何がそう違うというのか。


 ――水を落とす場所の高度ってことか? いや、それなら牛老角は水が弱点ではないとは言わないだろ。ん? 待てよ……。……そうか! なら、つまり弱点が雨であっても、それが水である必要はないのか! なら、つまり……、


「ハルマ!!!」


「――! おわっ!!!」


 考えが新たな領域に至ろうとしたその瞬間、ソメイの声が思考に割り込む。そしてそれが警告の言葉だと気付いたのは、それからさらに3秒後のことだった。

 たった3秒、されどこの戦いにおいて3秒とは多大な時間だ。それだけの時間があれば、攻撃は大きく前へと前進することが出来る。


 ――避けられない!!!


 反応が遅れた、戦場であるというのに考え込み過ぎた。

 だが、今更後悔したってもう遅い。そんな暇があるのならせめて、少しでも受けるダメージを減らす行動を――!


「――らあっ!!!」


「――!」


「なッ!?」


 無駄とは分かっていても、気休め程度に受けるダメージを減らそうと剣を振るうハルマ。

 ……と、ここで牛老角が予想外の行動に出た。なんと確実にハルマを捉え攻撃を当てられるはずだった牛老角が、何故か自ら後ろに下がったのだ。

 おかげでハルマは無事で済んだが……。


 ――……どういうことだ?


 今のはあまりにも不可解極まりない行為だった。

 確実に攻撃でき、しかも当たり所が良ければ仕留めることさえ可能だったであろう攻撃、ソメイも場所的に援護は出来ないはずだったのに……何故か奴は自らその攻撃を中断したのだ。


 ――……遊んでる?


 一瞬、ハルマは勝利を確信した牛老角がこちらで遊んでいるのか、とも思ったが……、それは牛老角の性格的にも考えにくかった。

 ……なら、つまり今の行動はどういうことだろうか。牛老角にはあり得ない行動をあり得ないタイミングでとった理由……それは……、


「――ッ!!! そうか、だとしたら!!!」


 ここで、ハルマは何かに気付いた。

 だがここで慎重にハルマはその気付きが今度こそ正しいかを確認していく。今までの牛老角の行動と、そして奴の弱点と結び付け、今度こそ確実に……。


 ――……やっぱり、間違いない!!!」



 そして――今度こそ、ハルマは確信に至った。



 その瞬間、ハルマの身体には今までとは違う震えが走り出す。

 それは三度湧き上がる希望の奔流、しかも今回のそれは先ほどの絶望感と同じく今までの比にならないレベルで強大だ。

 それはまさに思わず笑みが零れそうになるほどに。


「……ん」


「……ハルマ?」


 ……というより、もう笑みは恐らく零れてしまっていたのだろう。

 その証拠に、ソメイと牛老角はハルマを見て不可解そうな表情をしていた。当たり前だ、微笑とはいえ突然人が笑い出したら誰でも不思議に思うことだろう。

 だが、ハルマはそれを分かってなお、その表情を改めることはしなかった。


「どうしたんだい? 急にそんな笑みを……」


「ああ、どうかしたさ。分かった、今度こそ分かったよ。これならきっと勝てるはずだ……!」


「!? そ、それはどういう!?」


 ハルマの言葉はもちろんソメイも詳しく知りたいことだった……が、ハルマはもう既にホムラ達の元に向かって走り始めていた。


「悪い! 今は時間がないから説明出来ない! ソメイ、もう少しだけ牛老角を抑えててくれ! 頼む!!!」


「え!? なっ……わ、分かった! 何がどうなのかは分からないが! 君を信じよう!!!」


「ありがとう!!!」


 背中越しに叫ぶハルマを見送りながら、ソメイは未だ分からぬ理由を信じて再び牛老角へと向き合った。

 もちろん、その姿を見て牛老角は疑問を感じざるを得ない。


「……分からんな。お前が何を考えているのかも、アメミヤ・ハルマが何を考えているのかも。そして、今の説明でよく従う気になったものだな、今奴はなんの説明もしなかったというのに」


「何、ハルマはそれだけ信用にするに値する人物だというだけさ。僕にはまだ答えは分からないが、きっとハルマは今度こそ辿り着いたのだろう。なら、僕はそれを信じて期待に応えるだけだよ」


「ふっ、くだらん。……奴が気付くなど、あり得るはずがない!」


「くっ――!」


 再び鳴り響く凄まじい一撃。

 それはまるで最悪の可能性から目を逸らし、聞き遂げないようにしているかのように、強く大きな一撃だった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 その頃、前線をソメイに託したハルマは、無事ホムラ達と合流していた。

 そして早速息を切らしながらも説明を始めていく。


「悪いみんな! いろいろと言いたいことはあると思うけど、それは出来れば後にしてくれ! ソメイの体力的にも時間があまりないから、今は急いでほしい!」


「……ん。それで? 何か思いついたの?」


「ああ、ばっちりだ。……でも、実はやることはほとんど何も変わりない。みんなもう一回さっきと同じように動いてくれ」


「……? つまり、それは……もう一回牛老角に水を掛けるということでございますか? でも、それは効果がありませんでしたが……」


「大丈夫だ、エリシュさん。ちょっとそこにひと手間加えるだけで、ちゃんと作戦は成功する。それを出来ればちゃんと説明したいけど、そうすると時間が……」


「分かったわ。じゃあ今すぐもう1回作戦を繰り返しましょう」


「決断早いな!? ありがたいけど!!!」


 まさに即決、清々しいくらいに迷いなくすぐに判断したホムラに、ハルマは思わずツッコミを入れてしまった。確かに自分からそう頼んだのだが……それでもまるで疑問のない様子には少し驚かさせてしまったのである。


「ちょっとくらい不信感感じたりしないの? 俺、悪いけどマジで何の説明も出来ないよ?」


「感じないわ、だってハルマの作戦なんだもの。確かにハルマの作戦って突拍子もなかったり、無茶だったりすることはある。でも、それは決して適当な訳ではなく、ちゃんと考えた上でそうなってるってことくらいは、もう流石に分かってるわ。……実際今までもそうだったしね。だからどんなに理解出来ない作戦でも、貴方が意味のないことをしようとしてるとは私達は思わない。そうでしょ? シャンプー、ジバちゃん」


「はい、もちろんです!」


「……うん。まあ、僕も一応」


「ホムラ、シャンプー、ジバ公……」


 ついさっき、水攻め作戦が失敗した直後だというのに、彼女たちは一切ハルマを疑うことはしなかった。それどころか『今までのハルマの姿がそうだったから』なんて、ただそれだけの理由で彼女たちはハルマを今も信頼してくれている。

 そのことに、ハルマは溢れかえる程の嬉しさを感じつつ……だからこそ、次こそは絶対に成功させなければと勢い込むのだった。


「……ふふ、信用されてるね。それはとても良いことだよ。……さて、それじゃあエリシュ。私達もアメミヤ君を信頼して、もう一度作戦を遂行するとしようか」


「了解です!」


「よし。……それじゃ期待しているからね、アメミヤ君!」


「はい! 任せてください!」


「うん、良い返事だ!」


 そして再び国を駆けていくエリシュとエンキドゥ。

 これにより、再び水が溜められるはずだ。そうすれば――今度こそは!!!


「いくぜ、牛老角! 今度こそ、お前に勝つ!!!」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「う、ぐあっ――!!!」


「ふっ、そろそろ白昼の騎士も体力の限界か?」


 一撃、また一撃と少しづつ牛老角の攻撃がソメイに当たり始める。

 いくら防戦に徹底しているといっても、その体力は無限に続く訳ではない。流石のソメイも長期戦の影響で疲れが出始めてきたのだ。


「まだだ……まだ、終わりではない……!」


「無駄な足搔きよ。素直に諦めれば楽になるというのに」


「……」


 牛老角はただただ冷酷に嗤う。

 そしてその笑みを浮かべたまま、もう一撃ソメイに攻撃をしようと再び一撃を――


「エクスカリバー!!!」


「――くっ!」


「ハ、ハルマ……!」


「悪い! 待たせたな!!!」


 入れる前に、ハルマのエクスカリバーが割り込んだ。

『光』を反射するこの攻撃には、流石の牛老角も素で回避するしかない。結果、ソメイは何とか攻撃を受けずに済んだ訳だが……それは一時しのぎに過ぎない


「ようやっと戻ってきたか。それで? 何をするつもりだ?」


「なに、それはこれからのお楽しみってやつさ。今度こそ、確実に成功してみせる!!!」


「はっ、笑わせるな!!!」


 再びハルマ達に迫ろうとする牛老角。だが、今度はそれを別なものが阻んだ。

 それは、


「おっと! またこの氷か! だが、同じ手を二度は喰らわんぞ!」


 シャンプーの氷槍だ。

 しかし、今回のそれは一度経験していた牛老角には通用せず、素で回避させてしまう。

 ――が、これもハルマはちゃんと想定済みだ。


「問題ない! 放水準備!!!」


「――ッ! はっ! またその無意味な水かけか!!!」


 分かり切った結果を前に、牛老角は大きく嘲笑う。

 ……だが、もちろん今回も前回と同じなはずがなかった。ハルマはちゃんと、今度こそ勝利の準備をしてきている。


 故にこそ、ハルマはここに新たな指示を追加する。

 それは――


「ただし今回は一気に流すな! 量はそう多くなくていい!」


「……何?」


「そして……ホムラ! シャンプー! 魔術で水を散らしてくれ!!!」


「――ッ!!!!!」


 瞬間、ハルマの指示を聞いた牛老角の表情が思い切りこわばる。しかし、今更気づいてももう遅い。

 結果、ハルマの指示通り流される水は少量に、そしてホムラとシャンプーが遠方から放った魔術によって水は散らされ……その場には綺麗な霧雨が降り注いだ。

 そして――


「いくぞ、ソメイ! 今なら当たるはずだ!!!」


「なッ!?」


 続く予想外のハルマの指示。

 未だ理論が分からないソメイだったが、それでもその言葉を信じて彼は牛老角へと向かって行く。

 そして、振るわれたその一撃は――


「な、なんと!!!」


「が……あぐあっ――!!!」



 今までの不発が嘘のように、見事牛老角を切り裂いたのだった。




【後書き雑談トピックス】

 説明が下手で分かりにくいかもしれないので状況補足。

 まず、戦場は開けた広場みたいな場所です(周りに何本か大樹が生えてる)。

 そして放水は、凄くデカいバケツに国民達が水を集めて、それを両サイドから牛老角に降りかけていると思ってください。で、今回のは傾け具合で流れる水の量を変えた感じ。ちなみに傾けるのも国民のみんなが力を合わせて頑張っています。

 国民達、縁の下の力持ち。



 次回 第98話「牛老角」

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